Armed Summoners - Black Spears and the Brave Men of the Other World

Episode One Hundred and Fifteen Negotiations (Previous)

「交渉決裂……ですか」

エインが残念そうにいったのは、九月二十四日、午後のことだった。

王都ガンディオンは、レオナ王女の生誕以来、お祭り騒ぎの様相を呈している。ナージュ王妃の出産とレオナ王女の生誕の祝報は、王都のみならず、瞬く間にガンディア国内全土に届けられた。もちろん、情報の伝達には時間がかかるものだ。が、クレブールやマルダールといったガンディア本土の都市には生誕日である二十二日のうちに情報が届けられたといい、二十四日現在、クレブール、マルダールなどの住民が、こぞって王都に押し寄せてきていた。皆、ナージュ王妃の出産とレオナ王女の誕生を祝い、喜びを分かち合いたいのだ。

そういった騒ぎは無論、《獅子の尾》隊舎のある群臣街にも大きく影響を及ぼしている。特に日中は、ガンディア王家の安泰ぶりを謳うひとびとで騒がしくなり、セツナは安眠を妨害されることも少なくはなかった。

そんな日々の中、ミドガルドと四度目の面会が行われることになった。話し合いの場は、隊舎の病室であり、セツナ側はセツナ以外にレムとラグナ、そしてエインが参加し、ミドガルドはまたしてもウルクを同席させた。

「そうなります」

ミドガルド=ウェハラムのまなざしは、声音に比べると穏やかそのものだ。だが、それゆえに彼の心情を推し量ることは難しいのかもしれない。

「わたくしとしても残念極まりないことです。セツナ伯サマのお体を徹底的に調査させていただくことで、魔晶人形の研究開発を進展させること、引いては魔晶技術の大いなる発展へと繋がると考えていたのですが。そしてそのおかげで眠れぬ日々を過ごしていたのですが、いったいどうしてくれるのです?」

などとミドガルドがいうと、後ろに控えていたウルクが口を開いた。以前からわかっていたことだが、表情こそ変わらないものの、彼女の口はかなり自由に動いていた。瞼も閉じるということから、表情以外は精巧に作られているようだ。どうやって動かしているのかは不明だが。

「不確定要素に興奮して睡眠不足に陥ったのはミドガルド個人の責任ではありませんか?」

「そうはいうが、セツナ伯サマとの接触を楽しみにしていたのは、君も同じだろう?」

「楽しみにする、という意味がわかりません」

「セツナ伯サマに逢うためにここまできたんじゃないのかね」

「わたしをここまで連れてきたのはミドガルド、あなたです。わたしの意思とは関係がありません。また、ここにいるのは当然のことです。わたしはセツナを護衛する義務があります」

ウルクのにべもない返答は、隊舎内での普段の彼女の言動そのままだった。だれが相手であろうと容赦しない言葉遣いなのは、そういう風に教育されたからなのか、元からそうだったのか、そこらへんはよくわからない。礼儀とかそういうことは教育されていないのかもしれない。

「と、いうことのようなのですよ」

「いや、どういうことかさっぱり」

「ですから、交渉決裂だなんてもったいない、という話です」

「だったら、こうしませんか?」

エインが身を乗り出した。

元々、ミドガルドに交渉を持ちかけたのは、エインだった。エインは、レオンガンド――引いてはガンディアの意向として、交渉を持ちかけたのだ。

その交渉というのは、セツナの体を隅から隅まで調べあげ、黒魔晶石の関連性を解明したいという彼の望みを叶える代わりに、魔晶技術をガンディアに伝授してくれないか、というものだ。元々、セツナの体を調べたいという彼の願いは、レオンガンドの判断によって何度となく却下されていた。セツナはガンディアの宝であり、いくら命の恩人とはいえ、勝手に調査され、あまつさえ技術の糧として利用されるのは言語道断だということだった。しかし、ミドガルドの出身国やディール王家に一定の発言力を持つという彼の立場を鑑みれば、完全に拒絶するということもできず、レオンガンドはその最終判断をセツナ自身に任せた。そのための話し合いが、ここ数日、日を開けて通じていたのだが、今日になって話し合いの内容が変わった。ガンディア政府は、突如として方針を転換、セツナが呆気に取られる中、エインは政府の代表としてミドガルドとの交渉に望み、すげなく断られたのだ。

「魔晶技術の提供は、今後の交渉次第ということにしまして、それまでの間、ウルクさんをガンディアに貸し出していただけませんか?」

「ウルクを?」

ミドガルドが、ウルクを一瞥する。魔晶人形の表情に変化はないが、彼女が小首を傾げたように見えた。ウルクには、エインの考えがわからないということだろうが。

「はい。ウルクさんをガンディアの戦力として貸し出していただけるというのなら、ミドガルドさんの研究がガンディアに役立つということになり、セツナ様の体を調べることにもガンディアにとっての意義を見出せます」

「ふむ……つまり、技術提供の代わりに戦力を提供しろ、と」

「そうなります。ガンディアは今後も国土拡大、小国家群統一に向けて戦いを続けることになるでしょう。そのとき、ウルクさんという戦力が加わるというのは、大きい」

魔晶人形のウルクがどれほどの戦闘能力を有しているのかは、実際のところ、よくわかっていない。ミドガルドいわく戦闘兵器であり、美術品のように美しく精巧に作られた外装には精霊合金なる金属が使われているとのことだが、その詳細はセツナにはわかっていないのだ。もちろん、ウルクが武装召喚師とも渡り合えるかもしれないということは、ニーウェを吹き飛ばした件でわかっているが、その実力派いまだ不明だ。

「妥協案ですね」

「そうなります」

「まあ、それでセツナ伯サマを調べてもいいというのなら、構いませんが」

「本当ですか!?」

エインが表情をほころばせた。

「ええ。セツナ伯サマと黒魔晶石の秘密が解き明かされれば、魔晶技術はさらなる段階を迎えること間違いなく、魔晶人形――ウルクも完成へと近づくこと間違いない。そのためならば、彼女を戦力として提供することもやぶさかではありません。魔晶技術を提供するのは、無理ですがね」

「ウルクさんがガンディアの戦力として加わってくれるだけでも十分です」

「しかし、彼女の正体は隠したほうがいいでしょうね。我が聖王国の人間――彼女は人間ではありませんが――がガンディアに与しているとなれば、帝国や教会も黙ってはいますまい」

「そうですね……せっかく戦力を借りたと思ったら三大勢力が動き出すような結果になっては困りますからね」

「まあ、考え過ぎではあるんですがね。ガンディアの国土拡大、小国家群の統一のための戦力としてならば、帝国も教会も黙殺してくれるでしょう。たとえば、ガンディアがこのまま国土を拡大し続け、小国家群の統一を成し遂げたところで、帝国や教会、聖王国がガンディアに軍を差し向けることは、まずありません」

ミドガルドは、いいきった。

「三大勢力は、肥大しすぎた国内情勢の維持だけで精一杯という有様。その点は我が聖王国とて同じ。小国家群がどうなろうと知ったことではないのです」

「だから、数百年も沈黙を続けている?」

「まあ、維持だけで精一杯の国土をこれ以上拡大したところで意味がないと考えてもいるのでしょう。三大勢力が拮抗し、一応の安定が保たれているのならば、それをわざわざ崩すまでのことでもない。小国家群に手を出し、三大勢力のうち二勢力を敵に回すようなことになれば、目も当てられませんからね」

「それを聞いて、多少は安心しました。これからも三大勢力には沈黙を貫いていてほしいものです。ガンディアは小国家群を統一するまではね」

エインが心底安堵したかのように微笑んだ。

「ガンディアが将来、小国家群を統一すれば、大陸には四大勢力による均衡が生まれることでしょうね。均衡が維持される限り、無駄な争いは起きなくなる。さらに数百年、沈黙が続くかもしれない」

「そうするために、陛下はガンディアによる小国家群の統一を目指しているのです」

「陛下の夢が叶うと良いですね」

「ええ。そのためにも、ウルクさんの力をお借りしますよ」

「どうぞ。その代わり……」

ミドガルドがこちらを一瞥すると、エインが勢い良くうなずく。

「わかっていますよ。好きなだけセツナ様をお調べください」

「おい」

「仕方ないじゃないですか。国のため、陛下のため、ですよ」

「エインおまえ、そういえば俺が納得すると思ってんだろ」

「納得しないんですか?」

エインがわかりきったことを聞いてきたので、セツナは憮然とした。

「するけど」

「するんですね」

「するのか」

レムとラグナの一言が遠くから聞こえてくる。ラグナは今回もセツナの頭の上ではなく、レムの右肩に乗っていた。ミドガルドとの話し合いのときはいつもそうだった。彼なりに気を利かせてくれているらしい。

「セツナ様は可愛いなあ」

「なにがだよ、気持ち悪い」

「おこらないでくださいよお」

エインがいやいやをする様子にセツナは嘆息するほかなかった。セツナの目の前で勝手に話が進んでいくのを止められなかったのだ。それは疑いようもなく自分が悪い。意見を挟む余地さえなかった。いや、そんな余地があったとして、セツナになにがいえたのか。セツナはただの交渉材料として利用されただけのことだ。それも、エインの独断ではなく、ガンディア政府、レオンガンドの意思であり、セツナに否やなどあるわけもなかった。

「とはいえ、いますぐにというわけにはいきませんよ」

「もちろん、セツナ伯サマのお体の傷が塞がり、体調が万全になるまでは、待っていますよ」

「よかった」

エインがにっこり笑うと、ミドガルドも微笑を浮かべた。痩せぎすの中年研究者は、年のころよりもずっと若く見えた。日夜研究に情熱を燃やしていることが若さを保つ秘訣だったりするのだろうか。

「話がよく見えませんが、わたしがガンディアに協力するということですか?」

「そういうことだよ。良かったじゃないか。これで公然とセツナ伯サマをお護りすることができるんだ」

「わかりました。セツナを護ることができるというのならば、なんの問題もありません」

(もしかして、ウルクさんを交渉材料に使わなくても、戦力になってくれたんじゃ?)

(どうだろうな)

エインの耳打ちにセツナは渋い顔をした。確かにウルクはセツナを護ることばかり考えているようなのだが、なぜそこまでして彼女がセツナを守ろうとしているのか、納得できる理由がない。もちろん、彼女の完全起動にはセツナの“特定波光”が必要だということは、ミドガルドの説明から判明してはいる。しかし、それが彼女の行動理念に繋がるとはどうしても思えないのだ。セツナ自身、“特定波光”なるものの存在は知らなかったし、ウルクに呼びかけたり、助けを求めた記憶もない。ウルクが勝手にセツナを護るといい、行動しているだけのことだ。ミドガルドにもわかっていないあたり、ウルクの行動理念には謎が多い。そんな謎ばかりの彼女のことだ。セツナを護るためについてくるようなことはあっても、戦力として利用できたかはわからない。

そういう意味では、この交渉には意味があったということになる。

(ま、ウルクを戦力として利用できるんだ。これでよかったんじゃないか?)

(そうですね)

「しかしながら、ウルクの、魔晶人形はまだ実戦に投入したことはなく、なにごともはじめてのこととなります。今後、ウルクを運用することとなれば、わたしも同行することになりますが、構いませんね?」

「ええ、もちろんです」

むしろミドガルドがついてきてくれないと、彼女の扱いに困るかもしれない。ウルクは魔晶人形。人造人間とでもいうべき戦闘兵器なのだ。その調整や整備がなにも知らない人間にできるわけもないし、万が一にでも故障でもしたら目も当てられない。

「もっとも、いますぐに戦争が始まるわけでもありませんし、しばらくは王宮でゆっくりとしていてもらうほかないんですが」

エインが苦笑交じりにいった。

ガンディアは現在、内政に力を入れている時期だった。昨年から今年の春にかけて外征に次ぐ外征を行ってきた結果、大量の国費を消費し、国民への負担も甚大なものとなった。クルセルク戦争が終わり、三月末に凱旋して以来、国内全体を厭戦気分が包み込むのも当然だった。特に直近の戦争であるクルセルクとの戦いでは、相手が皇魔を圧倒的な数の投入してきたこともあって、数えきれないほどの死傷者を出すことになった。勝利は犠牲の上に成り立つものだ。とはいえ、あまりにも膨大な犠牲は、戦争の悲惨さ、無常さを国民に知らしめた。レオンガンドが小国家群統一を目指し、そのためならば戦争も辞さないという考えを持っていることは広く知られている。支持者も多い。というより、国民のほとんどがレオンガンドの支持者というべき状況だ。連戦連勝が続いている。勝ち続けている限り、国民は政府を支持するものらしい。しかし、それでも、クルセルク戦争における損害の大きさは、戦争の暗い部分からも目を背けることができなくするほどのものだった。

「その間にセツナ伯サマが完治し、わたしどもの用事が済むかもしれませんね」

「その公算のほうが高いですよ。十中八九、そうなるでしょう」

「調査結果だけをもって国に帰るかもしれませんよ」

「そのときはそのときです。ミドガルドさん。あなたは神聖ディール王国の人間だ。小国家群を飲み込みかねない力を誇る大勢力の。大国化したとはいえ、三大勢力とは比較できるはずもないガンディアが、あなたの行動を止めることなどできるわけもない。たとえあなたがわたしたちとの約束を破ったところで、わたしたちには泣き寝入りするしかないのです」

「正直な方だ」

「ええ。正直だけが取り柄ですから」

(どこがだよ)

セツナは、涼しい顔でわかりやすい嘘をいってのけたエインに対し、笑いを噛み殺すのに必死だった。もちろん、彼が嘘つきというわけではない。確かに自分の感情に素直なところもあるし、そういう部分がセツナを困らせることも多々ある。だが、参謀局作戦室長としての彼は、その素直で正直な部分を隠し通せるくらいの技量があった。

しかし、彼がミドガルドにいったことは本心だろう。ミドガルドがセツナの調査結果を持って国に帰ったとして、止めようがなければ、糾弾しようもない。したところで、聖王国が耳を傾けてくれなければ、どうしようもないのだ。そして、小国家群の中の大国がなにをいったところで、大勢力を動かすことなど出来るとは思えない。

「それで、どうするのです?」

「信じるだけです」

「信じる? わたしを?」

「はい。あなたと、あなたの良心を」

「そのような不確かなものを信じるなど、裏切られても構わないというようなものではないですか?」

「裏切られるのは嫌ですが、そうなれば仕方がない。ディールの魔晶技術が将来ガンディアに牙を剥いたりしないことを祈るのみです」

エインは、ただ本音をいっている。本音をぶつけることでミドガルドの心に訴えかけようということなのか、ほかに方法がないから仕方なく本音をいっているのか。そこのところは、セツナにはまったくわからない。そしてまたしてもセツナが入り込む隙間がないことに気づく。

「……まあ、意地悪な言い方をしましたが、いまのところ、そのつもりはないのでご安心を。ガンディアとの約束を破れば、セツナ伯サマを敵に回すのと同義。そうなれば、ウルクまで敵に回る可能性がある。それだけは勘弁願いたいものですからね」

ミドガルドはウルクを横見に見て、いった。ウルクは無表情のまま彼に視線を送り、小首を傾げた。セツナもウルクと同じような反応をしていたかもしれない。

ミドガルドのいっていることは、まるでウルクがセツナのためならば平然と国を裏切るといっているようなものだ。

聖王国印の戦闘兵器である彼女が国を裏切ってまでセツナにつく道理がない。

しかし、そのことを質問する機会はなかった。