Armed Summoners - Black Spears and the Brave Men of the Other World

Episode One Thousand Two Hundred Seventy-Three: Wise or Foolish

後方から奇妙な悲鳴が聞こえてきて、エスクは後ろを振り返った。反乱軍からの解放に沸き立つシールウェールの町並みの中、物々しい一団が列をなして歩いている。《蒼き風》と《紅き羽》、ガンディアに所属する二大傭兵団だ。ともに先陣を務めたベレル豪槍騎士団は、エスクたちの先を行っているため、彼の視界には入っていなかった。

悲鳴を上げたのは、その後方集団の先頭にいる青年だった。銀髪の青年は、重装備の美女に抱きつかれて、途方に暮れているかのような表情を浮かべている。ルクス=ヴェイン。

「“剣鬼”殿も大変ですなあ」

ドーリン=ノーグが他人事のように笑った。弓の名手である彼は、先の戦いで大いに活躍したという。特にアニャンの猛攻を何度となく止めたことは賞賛に値するとの評判であり、彼がいなければ被害はもっと大きかっただろうとさえいわれている。さすがは元シドニア傭兵団随一の弓使い、というべきだろう。

「まあ、俺もモテるよ?」

「なに対抗してるんですか」

レミル=フォークレイの冷ややかな言葉にエスクは笑みを浮かべた。思った通りの反応だった。彼女ならば、そういってくれるだろう。いつだってそうだ。彼が思った通りの反応を見せてくれる。それは、彼女との長年の付き合いから来る経験則であり、彼女の人柄を把握しているゆえの予測だ。

「“剣魔”が“剣鬼”に負けちゃあいかんのよ」

「“剣魔”の名、嫌いじゃなかったんですか」

「もうあれだ、慣れだよ、慣れ」

「セツナ様の下についてからというもの、“剣魔”呼ばわりですからなあ」

ドーリンが感慨深げにいった。

「まあ、いいさ」

どう呼ばれようと、エスクそのものが変わるわけではない。エスクはエスクであり、シドニア戦技隊はシドニア戦技隊だ。“剣魔”とその仲間たち、ということにはならない。

シドニア戦技隊は、先の戦いで死者二名、重軽傷者十名といった結果に終わっている。エスクを含めたった二十六人の戦闘部隊は、これにより二十四人に減ってしまったわけだが、大勢に影響を与えるほどのものではない。ただ、手痛い損失というほかないのもまた、事実だ。シドニア戦技隊の隊士たちは皆、シドニア傭兵団のころからの仲間であり、歴戦の猛者ばかりだった。隊士を補充したところで、そう簡単に埋められるような穴ではないのだ。

(増員も視野にいれんとな)

そのためには、元シドニア傭兵団の団員だけしか戦技隊に入れないという考え方そのものを変えなくてはならない。エスクがそんな考えに縛られていたのは、単純にシドニア傭兵団の傭兵たちの実力を知っていたからだし、能力を信じていたからだ。いくら強くとも無関係の人間を隊に入れるよりは、昔からよく知っている仲間のみで隊を構成するほうがなにかとやりやすいということもある。だが、たった二十六人しかいないということを考慮すると、そういってもいられないということくらい、エスクにもわかっていたのだ。

いずれ、シドニア戦技隊はシドニア傭兵団の影も形もなくなるだろう。セツナ配下の部隊として存続し続ける限りは、そうならざるをえない。エスクを始め、すべてのシドニア傭兵団元団員が生き残り続けるというのなら話は別だが、そんなことはありえない。エスクでさえ戦死する可能性があるのが戦いというものだし、今回の戦いでさえ、ふたりも失った。このまま戦いの渦中に身を投じ続ければ、隊員を補充しなければ部隊としての形さえ失われていくのはだれの目にも明らかだ。

シドニアの名に拘っている場合ではない、ということだ。

(姫さんのようにな)

エスクの脳裏にシーラの顔が浮かんで、消えた。シーラは、黒獣隊の隊員を大幅に増員し、シドニア戦技隊に並ぶ人数を確保していた。黒獣隊は元々、シーラと彼女の元侍女のみで構成された部隊であり、シーラにエスクのようなこだわりがあれば、増員など考えられなかっただろう。しかし、シーラはこだわりを捨て、増員してみせた。彼女は、主であるセツナのためだけを考えている。セツナのためを考えるならば、増員は正しい。戦力の強化は、セツナのためにも、ガンディアのためにもなる。

エスクも、そろそろ覚悟を決めなくてはならないということだ。

そんなことを考えているうちに、エスクたちは軍施設の開かれた門の中に足を踏み入れていた。ガンディア軍ログナー方面軍によって解放されたマルディア軍施設では、シールウェール駐屯軍の生存者たちがお祭り騒ぎのように騒いでいた。ログナー方面軍兵士のうち、傷の浅いもの、疲れの少ないものも同じようにはしゃいで回っていた。

そんな様子に呆気に取られていると、エイン=ラジャールが部下を引き連れて現れた。

「エスクさん、みなさん、お疲れ様です」

「これはこれは未来の軍師様みずからお出迎えとは、痛み入りますな」

エスクが恭しく言い放つと、エインは底抜けに明るい笑みを浮かべてきた。その悪意ひとつない笑顔は、エスクには少々眩しすぎるきらいがあり、エスクは彼が苦手だった。戦いの真っ只中、王都を掠め取るような戦術家が、どうしてここまで透き通った笑顔を浮かべられるのか、不思議でしょうがない。

「セツナ軍の仲間同士、気楽に行きましょうよ」

「参謀局の室長がセツナ軍に入っていいんですか?」

「セツナ派の同志、ならなんとか」

「やはりまずかったんですな」

ドーリンがぼそりとつぶやくも、エインは表情ひとつ崩さなかった。

「それはさておき、無事にシールウェールを解放できたのは、シドニア戦技隊、《蒼き風》、《紅き羽》、豪槍騎士団の皆さんがあの三人を引きつけておいてくださったおかげです。おかげで市内での戦闘は想定よりも遥かに簡単に終わりましたし、持つべきものは心強い味方ですね」

「“剣聖”は討ち果たせなかったけどなー」

心残りがあるとすれば、それだ。

エスクは、ルクスと共闘しながらも、“剣聖”に傷ひとつ負わせられなかったのだ。相手がふたつの召喚武装を同時併用しており、多大な恩恵を受けているとはいえ、だ。こちらはふたりで、相手はひとりという数的有利を生かせないだけの実力差があったということにほかならない。

それになにより、“剣聖”トラン=カルギリウスは、召喚武装を用いずとも、超人染みた動きを見せており、彼がエスクとルクスよりも上を行く戦闘者であることは、明白だった。だから、なおのこと口惜しい。今回は、相手にソードケインの能力を知られていなかったものの、次回は、そうはいかなくなる。トランは、エスクとソードケインの自由自在の刃を警戒するようになるだろう。そうなれば、今回のようにルクスの窮地を救うといったことはできなくなるかもしれない。

より苦戦を強いられるということだ。

逆をいえば、こちらも相手の能力がわかりきったということでもあるが、トランと二本の召喚武装の能力が判明したところで、対策の取りようがないのも事実だった。トランの二本の召喚武装、直剣と直刀は、簡単に広範囲攻撃を行うことができるという点で凶悪だった。さらに、その広範囲攻撃をあれほど連発しても息切れ一つしないというのは、トラン自身がとんでもなく強いということであり、召喚武装だけが凶悪というわけではないということだ。

要するに“剣聖”トラン=カルギリウスはとんでもなく強いということだ。

「“剣鬼”と“剣魔”を持ってしても無理なら、どうしましょうかね」

「それを考えるのは軍師様のお仕事でしょ?」

「ですから、まだ軍師じゃないですよ」

「まだ?」

「ええ、まだ」

しれっとした顔で告げてくる少年に、エスクは、少しばかり気圧されて、嫌な気分になった。自分が将来軍師になることをこれっぽっちも疑っていないのだ。自分の将来に確信を持っている。だからエスクは彼が嫌いなのかもしれない。

「まあともかく、シールウェールの奪還に成功したんですし、そのことを喜びましょう。休めるうちに体を休めて、次の戦いに備えませんといけませんし」

「つぎの戦い……か」

「反乱軍が再びシールウェールの制圧に兵を差し向けてくるかもしれません」

「あー……それもあるか」

納得する。シールウェールを制圧していた反乱軍は、指揮官を討たれたことで算を乱したように撤退しただけであり、新たな指揮官を推戴し、戦力を整えれば、再びシールウェールを制圧するべく押し寄せてくるかもしれない。その場合、こちらの戦力に対抗できるくらいの兵数を用意できるかどうかにかかっているのだが、反乱軍の総兵力は、わかっているかぎりでは救援軍の半分以下であり、別働隊に対抗する数を用意できるとは、とても思えなかった。

しかし、数的不利を覆す戦力というのも、ないではない。

“剣聖”トラン=カルギリウスとふたりの弟子をエスクたちにではなく別働隊の兵力を削るために運用することができれば、反乱軍が別働隊に勝つことも不可能ではないのだ。

それをしなかったから、反乱軍はシールウェールを手放さなければならなかったのだが。

「まあ、ないでしょうけど」

「どっち!?」

「半々といったところです」

エインが片方の瞼を下ろして、いたずらっぽく笑った。

「反乱軍の目的は、マルディアの制圧というよりは、王家の打倒。マルディア王家を滅ぼしさえすれば、マルディアを制圧するのも難しくはないという考えなんでしょうね」

「シールウェールの制圧も、マルディオン攻略の足がかりにするためだっけ?」

「おそらくは」

確証があるわけではない、ということだ。

シールウェールをマルディオン攻略の橋頭堡にするというのは、戦略上、わからないわけではない。しかし、反乱軍の兵力を考えると、ベノアガルドの騎士団との合流を待ってから行動に移すべきであり、数少ない兵力の中から戦力を捻出してまで攻略し、占拠するべきではない、というのがエインの意見だった。制圧できたから良かったものの、投入した戦力によっては、シールウェールの制圧さえできず、撃退されたかもしれないのだ。そして、制圧できたからといって、維持できなければ意味がない。

今回のように救援軍の戦力によって撃退されてしまえば、シールウェールの制圧そのものが無意味となる。数少ない兵力をただ減らしただけになる。

「ほかに理由が思いつきませんからね。マルディア王家を滅ぼすには、マルディオンを攻略する必要がある。少なくとも、マルディアの王族の皆様がおられるのは、マルディオンですから」

「しかし、騎士団との合流を待たずに行動を起こしたことは、解せない、と」

「ええ。解せませんね。反乱軍の戦力は、マルディア政府軍と拮抗する程度のもの。救援軍の半数以下もいいところです。そんな状態にも関わらず戦力を捻出し、無駄にすることにどれだけの意味があるのか」

「救援軍によって防備を固められるのを恐れたのでは?」

「まあ、それが正しいんでしょうね」

エインが、ドーリンの意見にうなずきながら、前を歩いて行く。軍施設内部を歩いていると、そこかしこでエスクたちに敬礼してくれるマルディア兵に出くわした。彼らは、救援軍別働隊によってシールウェールが解放されたことを心から喜んでいるようだった。

「救援軍がマルディアに接近したから、触発されて行動に移った。反射ですね。反射的に」

「その結果、戦力を無駄にすることになった、というわけだ」

「まったく。馬鹿げた話です。俺ならこんな戦術は立てない」

エインが笑うことなく断じた。一刀両断。爽快極まる言いっぷりだった。彼はさらに続ける。

「そもそも、俺なら反乱の時期を考えます」

聖石旅団の反乱は、昨年の夏に起きている。夏の間にマルディアの北半分を支配下に収めたはいいものの、秋になり、騎士団が国に帰ってからは防戦一方となった。それでもそれから半年、支配圏を維持し続けることができたのは称賛に値するかもしれない。ただし、それはマルディア政府軍の落ち度でもある。騎士団の後ろ盾がなくなった瞬間に攻め立てれば、ガンディアを始めとする救援軍の助けがなくとも、反乱軍を殲滅することも不可能ではなかったかもしれないのだ。

もちろん、可能性の話でしかない。殲滅することができたかもしれなければ、逆に殲滅された可能性もなくはないからだ。拮抗した戦力ならば、勝敗は戦術次第でいくらでも塗り替えられる。

「そこらへんはほら、いろいろ事情もあるだろうし」

「止むに止まれぬ事情っていう奴ですかね。そんなもので勝機を見失うのは愚か者のすることですよ」

「つまり、反乱軍は愚か者ってことだろ」

シールウェールへの攻撃しかり、マルディア政府を刺激し続けた結果、救援軍を招き入れてしまったことしかり、頭の良い人間が脳裏に描いた状況とは、思えない。

「そういうことです。さて、愚者の軍団をいかにして撃滅するのが賢者のやりようなのか、じっくり考えますか」

「賢者ねえ」

エスクが皮肉げにつぶやくと、エインがこちらを振り返って、またしてもいたずらっぽく笑った。

「まあ、賢者なんて我が軍にはいませんがね」

「ナーレス軍師は?」

「あのひとも、賢者ではありませんよ。ただの軍師です。ただの軍師だから、いいんです」

エインがどこか遠くを見やるようにしていった一言が、なぜかエスクの耳に残った。彼の口振り、声音が、哀しみを帯びていたからだ。