Armed Summoners - Black Spears and the Brave Men of the Other World

Episode one thousand three hundred and fifty-six: Abad Liberation Army.

ガンディア解放軍は、アバード領ヴァルターにおいて、タウラル要塞を制圧し、アバード政府に対し反乱を起こした双牙将軍ザイード=ヘイン率いる反乱軍の鎮圧を、シーラ率いる黒獣隊、そして元イシカの星弓兵団、弓聖サラン=キルクレイドに命じた。それに対し、アバード軍からも戦力を提供するという打診があり、解放軍はこれを受け入れている。総勢四千を越える兵力となった鎮圧軍がヴァルターを出発したのは、ヴァルター到着の翌日のことであり、同時に解放軍も南へと歩を進めていた。

ヴァルターを南下し、王都バンドールへ至る。

復興まっただ中のバンドールで体を休めたのも束の間、すぐさまさらに南進し、四月十二日にはシーゼルに到着している。シーゼルの南に横たわるウルクサールの森を抜ければ、ガンディアとの国境を越えることになる。つまり、森を抜ければ、そこはガンディア領なのだ。

正確には、ウルクサールの南半分がガンディア領であり、ザルワーン風にいうと黒龍の森などと呼ばれる森になるのだが、それはいい。

ザルワーンに入れば安心できるというわけではない。むしろ、アバード領よりも注意しなければならないことが多くなるだろう。

シーゼルに到着後、ガンディア解放軍の元に入ってきた情報を総合すると、ジゼルコート軍はログナー方面の南半分の掌握に成功しており、マイラムまでも落ちたという話だった。レコンドール、バッハリアが落ちるのも時間の問題であり、急がなければザルワーン方面までもジゼルコート軍の魔手が及ぶことになる。といって、軍備も整えず急ぐなど自殺行為にほかならず、徹底的に情報収集を行いながら、慎重に歩を進める必要があった。

慎重かつ大胆に。

解放軍はシーゼルにてガンディア国内の情報を集めた後、出発。途中、皇魔の群れと遭遇するも、これを《獅子の尾》とシドニア戦技隊、《蒼き風》などが華麗に一掃、戦力を消耗することもなくアバード領内からガンディア領内へと至った。

ガンディア領ザルワーン方面北部。南へまっすぐ下れば、龍府がある。

ザルワーン最大の都市にして、古都・龍府は、セツナの領地であり、おそらくジゼルコートの魔の手が及んでいないであろう数少ない都市と考えていいだろう。龍府でのセツナ人気は相当なものであり、ジゼルコートの入り込む余地がほかの都市よりも圧倒的に少ないからだ。

「ようやく、ガンディアに帰って来られたのね」

ミリュウは、安心することもなく、つぶやいた。ルウファが同意する。

「大した問題もなくここまで辿りつけたのは、幸運というべきなんでしょうね」

「ええ。本当にね」

サラン=キルクレイドによる暗殺未遂や、シール川を封鎖されたこともあったが、それが解放軍の行軍速度を低下させたりはしなかったのだ。むしろ、敵が明らかになったことで、行軍速度は上がったというべきかもしれない。

イシカも、マルディアも、レオンガンドの敵だということが明らかになった。

その二国だけではない。ジベルも、アザークも、ラクシャも、ジゼルコートに与している。ベレルもだ。ただし、ベレルだけは、敵対行動を取っているわけではない。王女イスラ・レーウェ=ベレルをジゼルコート軍に押さえられた結果、動けなくなったのだ。イスラは、ベレルからガンディアへの従属の証として送られた人質なのだ。ジゼルコートに人質を取られた以上、ジゼルコートに従うよりほかはない。しかしながら、ジゼルコートの手先となって攻撃してこなかったのは、ジゼルコートに従いながらも、レオンガンドへの忠義を忘れていないということなのかどうか。単純に攻撃命令が下されていなかっただけとも取れるが、なんにしても、ベレル豪槍騎士団との戦いが発生しなかったのは喜ぶべきことなのだろう。無駄な戦闘はできるだけ避けるべきだった。

「問題はシーラたちだけど……」

ファリアの脳裏に、ヴァルターで別れることになったシーラたちのことが浮かんだ。シーラ率いる黒獣隊、サラン=キルクレイドと星弓兵団、そしてアバード軍。戦力としては十分なのかもしれないが、タウラルは難攻不落の要塞であり、ザイード=ヘイン率いる反乱軍の全容が明らかになっていないこともあって、不安を覚えずにはいられなかった。無論、シーラを信頼していないわけではないし、黒獣隊が強力な戦闘部隊であることは重々承知だ。星弓兵団も強烈だったし、なにより弓聖がついている。負ける要素はないはずだが。

「だいじょうぶでしょ」

ミリュウが当然のようにいってくる。

「あたしは、心配してないわよ」

「あらあら」

馬車の中で、レムがミリュウを見て嬉しそうに微笑む。すると、ミリュウが憮然とした。

「なによ」

「ミリュウ様がシーラ様のことを褒め称えられるなど、考えられないことでございます」

「褒め称えてなんていないでしょ」

ミリュウがむきになって言い返すのを横目で見やりながら、ファリアは小さく笑った。

「ただ当然のことをいったまでよ」

ミリュウが、レムから視線を逸らした。その青く美しい瞳が、どこか遠くを見やる。馬車の御者台から見える青空の、さらに彼方を見ているようなそんなまなざし。

「たかが通常戦力を相手に苦戦するようじゃ、セツナの側になんていられないわ。シーラもきっとそう思ってるでしょ」

「そうね。そうよね」

シーラは、たかが通常戦力に苦戦するような召喚武装使いなどではない。

彼女とハートオブビーストの最大の能力は、ファリアたちをも圧倒するものだった。王都を瞬く間に壊滅させた白毛九尾の狐。もっとも、あの能力は、アバード動乱以降、一度足りとも使えた試しがないということだが、ハートオブビーストの能力発動の条件を考えれば当然のことかもしれない。

ハートオブビーストは血に飢えた獣なのだ。血を見なければ気がすまない。戦場に流れる血がハートオブビーストの能力を呼び覚ます条件となる。もちろん、それだけが条件とも思えないのが、バンドール攻防を思い出せばわかる。

アバードの戦場に流れた血は、クルセルク戦争よりもずっと少ない。戦場に流れる血の量がハートオブビーストの能力に影響するというのであれば、クルセルク戦争においてもシーラは九尾の狐化していなければおかしいのだ。

つまり、血の量だけが理由ではないということだ。

なにかしらの制限か条件があり、それを満たした上で大量の血を必要とするのかもしれない。それくらいの条件があるべき能力なのは間違いなかった。

(わたしも、そうよ)

ファリアは、みずからの胸に手を当て、瞑目する。

力がなければ、彼の側にはいられない。

なぜならば、彼自身が力を求め続けているからだ。

圧倒的に強大な力を得てなお力を求めなければならないのは、騎士団という敵が現れたからでもあるだろう。もしベノアガルドの騎士団がガンディアに友好的で、自分たちの敵でなかったとすれば、そこまで力を求めなかったかもしれない。戦う可能性がなければ、力など必要ないからだ。しかし、現実には彼らは敵対する可能性のほうが高かった。ベノアガルドは、ガンディアの内情を調べており、その際、ジゼルコートに通じているのではないかという疑いが生まれた。

そして、疑いは確信となって、ファリアたちの前に具現した。

マルディアにおけるベノアガルド騎士団の行動の多くは、ジゼルコートの謀叛と連動するものだったのだ。

騎士団は予想通り敵となった。

彼が力を求め続けたことは無駄にならなかったのだ。

それは、ファリアたちも同じだ。

ファリアたちもまた、個々に力を求め続けた。

彼の側にいるために。

彼ほどの力は持ち得ない。それは火を見るより明らかだ。彼と黒き矛ほど圧倒的なものなど、そうあるものではないのだ。それだけの召喚武装と契約を結ぶには、どれだけの呪文が必要で、どれだけの代価が必要なのかわかったものではない。そして、そんなものが簡単に召喚できるとも思えない。そもそも、同列の力を秘めた召喚武装など、存在するのかどうかさえ疑わしい。それほどまでに黒き矛というのは凶悪極まりない。

だが、たとえ彼に敵わなくとも、力を求め続け、研鑽と修練を重ねることは決して無駄ではなかった。

レムは“死神”の新たな力を、ミリュウはヘイル砦を破壊するほどの能力を得ていた。ルウファはどうかは知らないが、最悪の事態に備えてはいたらしい。

ファリアも、リョハンでの猛特訓が地力を底上げしたことを実感している。

すべては、セツナのため。

ただ純粋に力を求めるセツナの側にいるためだ。

(シーラ……頑張って)

ファリアは、シーラの無事を祈り、また、セツナの無事をも祈った。

レムが生きているということは、セツナもまた生きている。

毎朝、レムの姿を確認するたびに安堵するのは、ファリアだけではなかった。レムとセツナの関係を知っているものは皆、レムの姿を見てはほっと胸を撫で下ろすという日々が続いていて、レムはなんだか妙な気分だといっていた。実際、そうだろう。自分の姿を見るたびに安心されるのは、奇妙な気分に違いなかった。

しかし、レムがいてくれるからこそ、ファリアたちは安心していられるというのは事実だった。

もしレムがセツナとともにサントレアに残っていたとすれば、ファリアたちは毎日不安で堪らなかったかもしれない。セツナは強い。圧倒的だ。それはわかっている。だが、黒き矛の能力が使えない上、十三騎士の実力が黒き矛に肉薄するものだと判明している以上、楽観視はできなかった。エインの読みでは、騎士団が本気で攻め込んでくることはないということだったが、それもどこまで信じていいものか。

セツナにはラグナがついているし、巨人の末裔である戦鬼グリフが協力してくれてはいる。それだけでセツナひとりに殿を任せるより遥かに安心だったし、安全なのだが、騎士団が十三騎士を大量投入してきた場合のことを考えると、夜も眠れないのがファリアたちの実情だった。

戦いに専心できるだけ、シーラのほうがましかもしれない。

そんなことを考えながら、ファリアたちは龍府へと到着したのだった。

ガンディア解放軍から分かたれたその軍勢は、アバード解放軍と名づけられた。

セツナ軍黒獣隊、元イシカ軍星弓兵団、弓聖サラン=キルクレイドに加え、アバード軍からは爪獣戦団、牙獣戦団の二軍団およそ二千の兵が参戦している。四千に届かないほどの兵数だが、戦力の質を考えると、十分過ぎるくらいだろうとシーラは認識している。

アバード解放軍は、結成翌日にヴァルターを出発している。

ガンディア解放軍が南に向かうのと同時に、ヴァルターを東に向かって行軍を開始した。目指すはタウラル要塞であり、タウラルの解放とザイード=ヘインら反乱軍の殲滅が目的だった。殲滅である。ザイードが投降するのであればまだしも、その気配が見えない以上、殲滅するよりほかはない。

解放軍の方針として、そうなのだ。

敵は、滅ぼす。

そのために敵と味方を色分けしたのであり、国内の敵を明らかにするためにこそ、ジゼルコートの謀叛を誘発させたのだという。まさかルシオンが敵に回り、ジベルやマルディアまでがジゼルコートに与しているとは想像もしていなかったようなのだが。

逆をいえば、それだけレオンガンドの敵が明らかになったということであり、この解放軍の戦いに勝利することができれば、ガンディア国内からレオンガンドの敵が一掃されるということだ。ガンディアは一枚岩になり、隻眼の獅子王の名の下に小国家群統一に邁進できるだろう。また、国外の敵も明らかになった。それら敵対国を制圧して回るのもいいだろう。

その前にまずジゼルコートの反乱を鎮めなければならず、シーラは、ザイード=ヘインの反乱を終わらせなければならなかった。

「一々、命名しなけりゃ気がすまないのかねえ」

道中、クロナ=スウェンが苦笑したのは、アバード解放軍という名称についてだろう。それだけではない。ガンディアが以前から軍に特別な名称をつけるのが好きだったことについても、思い出して、笑っているのかもしれない。直近では、マルディア救援軍がそうだった。合衆軍だから、というのもあるのだろうが。

「そういう慣例なので……」

「いや別に悪いっていってるわけじゃないんだけどね」

クロナが慌てて取り繕ったのは、相手が相手だからだ。

「それならいいんですが……」

囁くようにいうのは、参謀局第一作戦室長付補佐官マリノ=アクアという女性だ。黒髪黒目の小柄な女は、アバード解放軍の戦術を担当することになっていた。彼女としては、直属の上司であるエイン=ラジャールとともに行動したかったようであり、その点、シーラはなんとなく申し訳なく思っていた。

今回の戦いは、完全にアバードの問題のように思えたからだ。

たとえザイードがジゼルコートの企みに乗ったのだとしても、アバードの戦力だけで片付けるべき問題だった。ザイードの戦力は千五百程度。難攻不落のタウラル要塞に篭もっているとはいえ、全盛期のアバードの戦力ならば落とせないわけがなかった。

もっとも、全盛期の戦力があれば、ザイードはもっと多くの戦力を引き連れてタウラルに籠城したかもしれず、王都そのものを落としたかもしれないのだが。

その場合、セイルの命が危うかったのは間違いなく、アバードが度重なる内乱で消耗していたことをいまは喜ぶべきなのかもしれなかった。

(なんとも皮肉な話だがな)

シーラは、タウラル要塞を遥か東に見遣りながら、苦い顔をした。

アバードの内乱には苦い想いしかない。

ザイードの反乱も、内乱といっていいのだ。