Armed Summoners - Black Spears and the Brave Men of the Other World

Episode One Thousand Six Hundred Forty-Nine: The End of a Dream (41)

遥か前方を埋め尽くすのは雲霞の如き敵兵であり、それらが既に王都を目指し、進軍を開始していた。

三大勢力のうち、ガンディオンの南側に展開するのは帝国と聖王国の軍勢だ。その帝国軍の戦力の詳細については、すでに知れ渡っている。帝国軍は、進路上の国々を絶望させるためか、他の大勢力への牽制のためか、その戦力を誇示していた。総兵力二百万を呼号したのもそれであろうし、主戦力である武装召喚師の数を明らかにしているのも、それだろう。

「帝国軍が動員した武装召喚師は公称二万人って話ですが、本当なんですかねえ」

セツナの右隣を駆けるエスクが疑問を浮かべるのも、無理はない。

帝国が二万人もの武装召喚師を抱えているなど、それまで聞いたこともなかったからだ。

《大陸召喚師協会》は、アズマリア=アルテマックスの考えにより、大陸全土に武装召喚術を広めるべく結成された組織だ。武装召喚術の使い手を増やすことで武装召喚術の水準そのものを引き上げ、理不尽なる存在に対抗する手段としようとしたのだろう。その真意こそ《協会》には伏せられていたものの、《協会》はアズマリアの教え通り、大陸全土に武装召喚師を派遣し、武装召喚術の流布に努めた。五十年近く前から、ずっとだ。果たして小国家群の様々な国に《協会》の支局が作られ、武装召喚術を学ぶものが増大した。ザルワーンで魔龍窟が生まれたように、独自の武装召喚師育成機関を設ける国もないではなかった。

帝国が抱える二万人の武装召喚師も、帝国独自の武装召喚師育成機関から輩出されたのであろうし、ニーウェ・ラアム=アルスールや彼の家臣もそうなのかもしれない。

二万人の武装召喚師がどれほど凄まじいかといえば、ファリアが把握している限りでは、《協会》に所属する武装召喚師は二万人よりずっと少ないといい、帝国が育成した武装召喚師だけでも《協会》を凌駕しうるかもしれないというのだ。もちろん、武装召喚師の質や召喚武装の能力を考慮すればその限りとはいえないが、帝国軍が二万人の武装召喚師を擁するというだけでとんでもない戦力を抱えているということは、想像がつく。

ただ、二万人という数字はそのあまりにも途方もなく、それがどれほどのものなのかは実感としてはわかりにくい。

帝国軍だけで勝てる見込みが皆無だということは、明らかだが。

「帝国軍ほどの大軍勢がわざわざ虚勢を張る必要はねえだろ」

セツナは、帝国軍の動きを見遣りながら、告げた。帝国軍、聖王国軍は、ガンディオンからガンディア軍が出てきたことに驚く様子さえ見せていない。帝国軍、聖王国軍の敵は、三大勢力の敵国であり、ガンディア軍など端から眼中にはないのだ。

三大勢力は、王都ガンディオンに接近しながらも、他勢力よりもいち早くガンディオン地下の遺跡を手に入れるべく、交戦を始めていた。前方、帝国軍と聖王国軍の間で火線が飛び交い、爆煙が舞い上がっている。それでも両軍ともに前進を止めない。

三大勢力の目的は、王都地下の遺跡の制圧なのだ。他勢力との戦闘は、ついでにすぎない。

「ってことは、本当ってことですかい」

「だろうよ」

「二万人といいますと、ガンディアの動員兵力でしたっけ」

「それくらいだったはずだ」

とはいえ、それもガンディアの最盛期であり、現在の戦力は六千にも満たない。いや、純粋にガンディアの戦力だけならば、四千足らずという体たらくだ。それもこれもガンディア領土を蹂躙されてきたからに他ならない。

「ついこの間まではな」

「その二万人が武装召喚師だったら……」

「とっくに小国家群統一できてるでしょうね……」

しみじみと言い合うドーリンとレミルに、セツナは、頭を振った。益体もない。

「ま、ありもしない妄想に浸るのはよそう」

敵軍の動きは、時間とともに活発化している。

帝国軍は、自慢の武装召喚師たちが動き出しており、翼型の召喚武装で空を飛ぶものもいれば、目にも留まらぬ速度で地面を滑走するものなどが聖王国軍に攻撃を仕掛け、それに対し、聖王国軍はおそらく魔晶技術によって作り上げられた兵器群をぶつけていた。鋼鉄の箱のようなものが、魔晶石の光を発しながら突貫する様は、異様というほかない。戦車というよりは装甲車であり、そのまま敵陣を蹂躙するのが攻撃手段のようだ。

魔晶人形の姿もある。

(あれが……量産型か)

ウルクによく似たそれらは、帝国軍の武装召喚師と激しい戦闘を繰り広げている。ミドガルド=ウェハラムの元に届いた報せは事実だったのだろう。聖王国は、魔晶人形の量産に成功し、それを主戦力としてこの大戦争に投入した。量産というくらいだ。かなりの数の魔晶人形が生産されているのは間違いなかった。セツナが認識できる範囲でも、百体以上はいる。それら量産型魔晶人形がそれぞれウルクと同等の戦闘力を有していた場合、帝国軍以上に厄介な相手であることは間違いない。

ウルクは、たった一体だけでも十分すぎるほどの脅威だ。

セツナは、聖王国軍の中にウルクの姿が見えないことだけに安堵した。もし、ウルクが敵としてセツナの前に現れれば、セツナはどうしようもなくなる。

やがて、帝国軍、聖王国軍の前線部隊がセツナたちを無視できなくるほどの距離に到達した。

「セツナ様」

エスクが改めて、いってくる。

「大暴れ、してやりましょう」

「ああ!」

エスクの言葉にセツナは力強くうなずくと、馬の腹を蹴った。馬が嘶き、速度を上げる。敵は、見えている範囲でも数万はいる。帝国軍、聖王国軍関係なかった。すべて、敵だ。ガンディアの大地を蹂躙するものすべてがセツナの敵だった。

(だれひとりだって許すものか)

燃え滾る魂の赴くまま、走る。

帝国軍の武装召喚師が上空から迫ってくる。灰色の翼が青空に翻ったところ、一条の矢がその胴体に風穴を開けた。ドーリン=ノーグのエアトーカーによって射出された矢は、一切の情け容赦なく敵を殺戮する。

「さすがは、ドーリン!」

「セツナ様、ご武運を」

エスクの賞賛とともにレミルの言葉が響く。力が湧いた。なにが起きたのかと振り向くと、馬上のレミルが杖をこちらに向けていた。ホーリーシンボルの力をセツナに刻印してくれたのだろう。ホーリーシンボルは、刻印した対象の様々な力を引き上げる能力を持つ。

セツナはレミルにうなずくと、下方からの殺気に気づき、馬から飛び離れた。馬の胴体が真っ二つに切り裂かれ、血飛沫が上がるのを眼下に見る。そこへ光の刃が殺到し、馬ごとセツナを斬殺しようとした武装召喚師は敢え無く絶命する。エスクのソードケインだ。エスクにも、ホーリーシンボルの刻印が輝いていた。神々しい光の紋様。そして、その紋様は、ホーリーシンボルの使い手にも作用する。レミルが馬から飛び降りていた。馬は無数の矢を浴びて棹立ちになったが、レミルは無傷だ。彼女は即座に馬から離れると、部下を指揮した。

そのころにはセツナは着地し、帝国軍と聖王国軍の戦場へと突っ込んでいる。無数の矢が飛来するが、矛を振り抜いて起こした風で巻き上げ、無力化する。その暴風は斬撃となり、こちらに向かってきていた帝国軍兵士、聖王国軍兵士を切り裂いた。矛の切っ先が掠りもしない間合い。兵士たちはなにが起こったのかわからないまま、続けざまに飛来した数多の矢に貫かれ、死んでいった。セツナの後方には、ガンディア軍が続いている。

「セツナ様に続けえええ!」

アスタル大将軍が吼えると、大地を揺らすほどの大音声がガンディア軍から湧き上がった。死を受け入れ、死兵と化したガンディア軍将兵には、恐怖心などはなかった。勇気も無謀もない。ただ、死に向かって勇躍するのみだった。

雄叫びが、セツナを後押しする。

帝国と聖王国の戦場の真っ只中へと突っ込み、がむしゃらに矛を振るう。武装召喚師と見れば飛びかかり、よくわからない魔晶兵器を破壊する。装甲車のようなものもあれば、魔晶人形の出来損ないのような大型の二脚兵器もある。それらを相手にしながら戦っていると、聖王国軍もセツナの危うさに気づいたのか、魔晶人形が殺到してきた。

何十体もの魔晶人形が波光砲を乱射してきたときには肝を冷やしたものの、魔晶人形の躯体そのものは、ウルクよりもよほど軟らかいようだった。黒き矛の一閃で切り裂くことができたし、胸を貫き、心核を破壊すれば機能停止することがわかった。

「魔晶人形は心臓破壊しろ!」

セツナは味方だけでなく、帝国兵にも聞こえるように声を張り上げた。帝国軍にとっても、魔晶人形は厄介な存在であり、帝国の戦力も利用してやろうという考えがセツナの中にあった。そうでもしなければ、三大勢力を殲滅することなどできない。

そのときには、セツナは、三大勢力をすべてガンディアの大地から排除することだけを考えるようになっていた。

不意に前方に閃光が走ったかと想うと、大気を劈く轟音とともに極大の光芒がセツナの頭上を貫いていった。オーロラストームの最大出力よりも巨大な光の帯。それなりの距離があったはずだというのに熱量を感じるほどのそれは、セツナたちの遥か後方――王都ガンディオンの第四城壁に直撃し、大穴を開けた。それだけではない。セツナは、光芒がそのまま新市街を破壊しながら突き進み、第三城壁、旧市街、第二城壁をも貫き、群臣街の建物を飲み込み、第一城壁を破砕するのを見届けた。そして、最終的には王宮の上部を掠め、二階より上を吹き飛ばしている。

「セツナ様、いまのは!?」

「目の前の戦いに集中しろ!」

セツナは、エスクに怒鳴りつけながら敵を切り払い、歯噛みした。

砲撃といっても過言ではない攻撃は、かつてクルセルクで見せつけられた神の力を思い起こさせた。地平の果てまで大地を抉り取ってみせた神の力は、いまの黒き矛の力でもってしても再現不可能だろう黒き矛は、確かに強い。シドの真躯に打ち勝つほどの力を持っている。しかしそれでも、神の力には遠く及ばないのだ。

帝国も聖王国も、その背後には神がいる。ヴァシュタリアも、神に率いられているという。それらが戦場に降臨すれば、そのときこそセツナは最期を覚悟しなければなるまい。神に勝てるわけがない。

(だが、あれが神の力ではない可能性もある)

それが気がかりだった。

もし、いまの光芒が召喚武装の能力かなにかだとすれば、とんでもない武装召喚師が帝国軍にいるということだからだ。

砲撃は、帝国軍陣地から王都に向かって放たれている。

まずはその砲撃手を探し出し、倒すべきなのではないか。

セツナは、魔晶人形の砲撃を逃れながら、帝国軍陣地の方角を睨んだ。

帝国は、カランに陣地を築き上げているという報告が入っている。