Armed Summoners - Black Spears and the Brave Men of the Other World

Chapter One Hundred Nine Hundred and Fifty-Two: The Truth (V)

気がつくと、妙な感覚の中にいた。

まるでだれかに抱きかかえられているような、そんな感覚。それでいてなんの不快感もなければ、むしろ安心感や昂揚感が湯水の如く溢れ出て、このまま抱かれ続けていたいと願うほどだった。なぜそんな風に思ってしまったのかは、無意識のうちに理解できている。

セツナの腕の中にいるということを体が認識しているからだ。セツナの体臭、体温、心拍数、呼吸音――彼の死神たるレムには、そういったことがはっきりとわかるのだ。体が覚えている。染み付いているといっていい。それが不快ではなく、むしろ嬉しいことであるとさえ想っているのは、やはり数年あまりの付き合いによって、彼のことを本気で愛するようになったからだろうが。

いつまでも目を閉じていられるわけもなく、瞼を開けると、長い黒髪の先端が彼女の視界を彩った。強い風が髪を揺らし、セツナの顔を覗かせる。相変わらずマスクオブディスペアを頭の上に乗せた青年の顔は、やはり怒りを孕んでいる。声をかけるのも躊躇うほどだった。

「なにが起こったのでございましょう?」

おずおずと話しかけると、セツナがこちらを見下ろした。いつになく優しい目だった。それこそ、ラジャムとの対戦の最中にも見せた目だ。荒ぶる感情を無理やりにでも抑えつけ、ようやく絞り出したような優しさではない。極めて自然に出ている優しさ。故にこそ、レムは不思議に想ったし、不安も抱くのだ。怒りと慈しみという相反する感情を同時に内包することなど、人間にできるものだろうか、と。無理がでやしないだろうか、と。

「逃げたんだよ」

「逃げた?」

「ラジャムからな」

セツナがいうまでもなく理解できたことではあったが、彼がいってくれたことで、レムは正直安堵する気持ちが強かった。セツナとの闘争に喜びを見出した闘神ラジャムは、リョハンの窮状を知ったセツナにとっては、ただの邪魔な存在にほかならなかった。相手がいかにアレウテラスの守護神であり、信仰を集める存在であったとしても、セツナとレムにとっては邪神でしかない。そんな邪神との対峙がセツナの感情を逆撫でにし、怒りを増幅させ続けるなど、レムにとっても喜ばしいことではなかったのだ。

周囲を見ると、夜空が広がっていた。眼下には、星明かりに照らされた暗い大地が横たわっているだけであり、アレウテラスの町並みさえ見当たらない。闘技場から離脱しただけではなく、アレウテラスから遠く離れた場所まで移動したようだった。

「あんな闘争馬鹿と戦い続けて消耗するなんざ愚かな真似、できるわけがねえ。時間がないんだ。急がないと……間に合わなくなる」

「それほどの窮地なのでございますか?」

「ああ。窮地なんてもんじゃねえのさ」

セツナの遠くを見やる表情は、逼迫しているように見えた。

「ま……最終戦争に比べりゃあどうってことはないんだが」

「あれと比べられるようなことは、そうあることでは……」

「そういうこった。つまり、リョハンはいま、存亡の危機に瀕してるってこと」

「存亡の危機……」

「なにより、ファリアが危ない」

「ファリア様が、どうなされたのでございます?」

「あいつ、前線に出てるんだ」

セツナの目は、遥か彼方のリョハンを見ているのだろう。その目に映る光景を見たいと想ったが、それは叶わない。

「武装召喚師だから当然だろうが……それにしても、前に出すぎだ」

「御主人様……」

「俺はこれからリョハンに翔ぶ。おまえは、向こうについたらファリアの援護を優先しろ。俺は、状況を打開する」

「はい。畏まりました、御主人様」

「しっかり掴まってろよ」

セツナの言葉にうなずき、レムは彼の体にぎゅっと掴まって見せた。セツナの首に腕を絡め、振り落とされないようにしがみつく。こういうときでないとここまで密着することはできないが、だからといって、こういう状況下でそういう幸福感を噛みしめるのは不謹慎を通り越しているだろう。

セツナの背から生えた漆黒の翼がとてつもなく大きく広がったかと思うと、闇がレムごとセツナ自身を包み込んでいった。そして、意識が途絶するような感覚があった。あらゆる感覚が切り離され、現実感もなにもかも失われる。まるで魂だけの存在になったかのような錯覚。だがそれは一瞬の出来事であり、つぎの瞬間には、自分が死んでしまったわけではないことを理解するに至る。闇が消え、世界に光が戻る。数多の星々によって照らし出された夜の世界。

そして、前方に戦場を認識したとき、レムは、セツナに抱え上げられていることを知った。

「先もいったが、ファリアは頼んだからな」

「ご、御主人様!?」

レムが素っ頓狂な声で抗議するのも構わず、セツナは空中で大きく振りかぶり、抱え上げたレムを遥か前方の戦場に向かって投げ放ったのだ。

レムは、完全武装状態のセツナに投擲されたことで、物凄まじい加速を得た。そのいままで感じたこともないような加速感の中で、セツナの目測が一切の誤りがないことを確信する。レムは、敵味方入り乱れる戦場の最前線、リョハンの戦女神ファリア=アスラリアの目の前へと投げ込まれたのだ――。

そうしてファリアの元に辿り着いたレムは、ファリアの援護に専心しながら、セツナがラジャム戦から継続中だった怒りを神軍の女神にぶつけるのを見ていた。

長時間に及ぶ完全武装状態は、セツナに多大な負担を強い、消耗させたことは疑いようがなかった。

戦闘が終わり、ファリアの腕の中で意識を失ったセツナを見たときには、当然のことと驚きはしなかったし、セツナも無事に目的を果たせたからこそファリアに身を任せることができたのだろうと想ったものだ。

セツナはそれからというもの、ずっと眠り続けている。

完全武装状態とはつまり、七つの召喚武装を同時併用するということであり、そのことを知ったファリアやルウファなどといった名だたる武装召喚師たちは驚きの余りセツナの正気を疑い、セツナが無事、何事もなく生きていることに信じられないといった反応を見せていた。武装召喚師の常識から考えれば、ありえないことなのだ。ふたつ以上の召喚武装を同時併用するだけでも負担が大きく、あまり推奨されないというのに、セツナは七つもの召喚武装を同時に召喚し、扱って見せた。その負担、消耗は想像にあまりあるものであり、ファリアたちがその事実を知ったとき、度肝を抜かれたような顔をしたのも無理からぬことだったのだろう。

そして、セツナがしばらく眠り続けていることに対しては、さもありなんといった反応を見せるのが、リョハンの武装召喚師たちでもある。あれだけの数の召喚武装を同時併用したのだ。消耗し尽くし、意識を失うのも当然であり、回復するまでに日数を要するのは武装召喚師でなくとも想像がついた。逆流現象やなんらかの不具合が発生しなかっただけ、ましだろうというのが、リョハンの武装召喚師たちの見解だった。

かつて大召喚師と呼ばれた先代戦女神ファリア=バルディッシュですら、複数の召喚武装を併用することはそう多くはなかったという。

複数の召喚武装を使った武装召喚師といて有名なのは、旧四大天侍のひとりであり、リョハン始まって以来の天才児マリク=マジクだ。彼が愛用した召喚武装エレメンタルセブンは、一度の召喚で七つの召喚武装を呼び寄せるというものであり、その負担たるや凄まじいものといわれていたが、蓋を開けてみればなんのことはない。彼は元来、人間ではなく、人間の振りをした神属だったのだ。人間とは比べ物にならない精神力を有していてもなんら不思議ではなく、七つの召喚武装を平然と併用していたのも納得の行く話であるとファリアたちがいっていた。

それだけ、複数の召喚武装を同時併用するというのは困難なものであるということだ。

そういった話を聞く度にレムが想うのは、セツナが無事に目覚めてくれるかどうか、ということだが、ファリアは特には心配していない様子だった。

『信じているから』

数日前、この早を訪れた戦女神が去り際に発したなにげない一言は、ファリア本人の言葉のように思えた。戦女神ファリアとしてではなく、ファリア=アスラリア個人の想いとして、レムに伝わったのだ。本当のところは、わからない。けれども、レムにはそれで十分だった。十分、伝わったのだ。だからレムは、彼女のためにもセツナから目を離さず、彼が目覚めるのを待ち続けているのだ。

「御主人様……さっさと目を覚ましてくださいませ。ファリア様を始め、皆様が心配なさっておいでですよ」

「……心配?」

不意に聞こえた声に顔をあげると、閉ざされていた瞼が何の気なしに開いていた。

「なにを心配するってんだ?」

「御主人様!」

レムは反射的にセツナに抱きつき、彼の覚醒を全身全霊で喜んだ。