Armed Summoners - Black Spears and the Brave Men of the Other World
Episode Two Thousand Twenty-four Thoughts, Explore (3)
アズマリアによるメリクスの殺害は、即座には達成されなかった。
アズマリアが彼を殺そうとしたその瞬間、メリクスの肉体が変異したのだ。白い巨躯の出現を目の当たりにしたミリアは、それが彼の新たな召喚武装の発現であると認識した。それと同時にアズマリアを討つべき敵であると定め、即座に呪文を唱えている。そのときのミリアには、メリクスがもはや自我を失い、ただ破壊を撒き散らす怪物へと成り果てていることなど、知る由もなかったのだ。
アズマリアは、神兵と化したメリクスを滅ぼすべく、ゲートオブヴァーミリオンを召喚、そこから数多の戦力を呼び寄せたことが、リョハン全体を混乱に陥れる大事件へと発展した。
アズマリア襲撃事件とも、魔人戦役とも呼ばれるその事件は、戦女神に並ぶ信仰対象だった始祖召喚師アズマリア=アルテマックスをリョハンの大敵の座へと追いやり、裏切りものの烙印を押されることとなった。アズマリアとの戦闘が、リョハン全土に燃え広がったのだ。そうなるのも致し方のないことだった。
だれひとり、事の真相を知らないまま、戦いの始まりを終わりを迎えたのだから、アズマリアを憎む以外にはなかったし、アズマリアの裏切りに失望する以外にはなかった。
アズマリアは、それを理解し、覚悟した上で、メリクスを殺そうとしたのだ。
その結果、メリクスの体内に宿る神の毒気が暴走し、メリクスが神威の化け物と成り果てることすら想定済みだった。そして、そのためにリョハン全土が戦場となり、リョハン市民に多数の犠牲者が出ることも。
それでも、あのときアズマリアはメリクスを手にかけなければならなかったのだ。そうしなければ、メリクスによる犠牲者は当時の何倍にも膨れ上がったことは明白だ。白化症についても、神人化についても、なんの知識もないリョハンのひとびとにとって、メリクスが突如として化け物へと成り果てた場合、対処は遅れに遅れたに違いないのだ。ミリア自身、メリクスがそうなった場合、リョハンの武装召喚師としての立場を忘れ、責務を果たすこともできなかっただろう。
怪物に成り果てたからといって、最愛の夫であることに変わりはないのだ。
すぐさま攻撃できるかというと、そんなことがあるはずもなかった。
アズマリアの選択は、なにひとつ間違っていなかった。
とはいえ、事の真相を知ったミリアがすべてを納得し、アズマリアを許せるようになるまで、何年もの月日を要したのはいうまでもない。
先もいったように、メリクスは、ミリアにとってたったひとりの最愛の夫なのだ。その夫が治療法のない化け物へと変わり果てようとしており、みずからの意志で首を差し出したという事実があったとして、それをはいそうですかと受け入れられるほど、達観してはいない。現実が見えてないわけではないし、止むに止まれぬ事情があったということは、理解した。だが、感情は、そうもいかない。アズマリアへの怒りや憎しみが収まるには、時間が必要だった。
アズマリアの肉体としての長い年月は、そういう意味でも彼女には必要不可欠なものだったのかもしれない。
でなければ彼女は、アズマリア討伐の急先鋒となり、世界中を飛び回ってアズマリア打倒に人生を捧げたことだろう。そして、真相を知らないまま、見知らぬ土地で野垂れ死んでいたかもしれない。あるいは、返り討ちに遭うか。
いずれにせよ、ミリアは、アズマリアの肉体だった日々が無駄なものではなかった、と考えていた。悪夢を通してアズマリアのひととなりを知ることができたのもそうだが、真相を知ることや、知識を得ることができたからだ。
アズマリアが何者なのかも、知れた。
ミリアが本当の意味でアズマリアを許すことができたのは、彼女の正体を知ったからなのかもしれない。
そんなことをぼんやりと考えながら、彼女は、護衛も連れず歩いていた。
ミリア=アスラリア。彼女はその名を大切に想い、胸に手を当てた。職務の間の午後のひととき。わずかばかりの休憩時間、彼女はこうして町中を歩くことで費やしている。そうして、空中都のひとびとと触れ合うのがいまの彼女に必要な時間だった。
ミリアは、リョハンにある種の革命をもたらしている。
これまで戦女神が務めていた政務の頂点を無関係な他人が務めているのだ。これを革命と呼ばずして、なんと呼ぶのか。
リョハンは、戦女神を頂点とする都市国家だ。
ヴァシュタリアからの独立を境に市民の、都市の結束の重要性を十二分に理解した護山会議によって、戦女神ファリア=バルディッシュが祭り上げられることとなり、以来数十年、リョハンという天地を支える柱として、戦女神という役割があった。いま、リョハンを生きるだれもが戦女神を実在する神として崇め讃え、心の拠り所としているのだ。リョハン市民にとって戦女神はなくてはならないものであり、必要不可欠な存在だった。
そんな状況を良しとはしなかったのが先代戦女神、つまり彼女の母ファリア=バルディッシュと父アレクセイ=バルディッシュだ。大ファリアとも呼ばれた彼女の母は、孫娘であり戦女神の後継者でもあったファリア・ベルファリア=アスラリアに戦女神の役割を受け継がせることを望まなかった。故にアレクセイと力を合わせ、リョハンを改革しようとした。それが戦女神の人間宣言であり、護山会議への統治権の完全移譲だ。
当初、それは上手くいっていたかに思えた。実際、大ファリアと護山会議の説明は、リョハン市民に多少の混乱をもたらしただけで浸透し、護山会議によるリョハンの統治にも、だれも文句をいわなかった。統治形態そのものに大きな変化がなかったのだから、当然といえる。戦女神は、リョハンのひとびとの精神的支柱であり、政治の頂点に君臨している必要がなかったからだ。
故に“大破壊”が起き、世界が終末の様相を呈すると、リョハン市民は心の拠り所を見失い、大混乱に包まれることとなったのだ。
護山会議は戦女神の必要性を認識すると、ファリア・ベルファリ=アスラリアに戦女神の継承を要請、彼女の娘は、その要請を受け入れ、二代目戦女神となった。たったそれだけのことでリョハンの混乱は収まり、落ち着きを取り戻したというのだから、リョハンの改革というのは簡単なことではないということがわかるだろう。
戦女神代行についても混乱が起こるものと予想された。、まず第一に戦女神ファリア=アスラリアがリョハンを離れることが、リョハンのひとびとにどれだけ深刻な影響をもたらすのか、ミリアたちには想定しきれなかったからだ。
しかしながら、戦女神代行という新たな役職は、リョハンのひとびとにすんなりと受け入れられている。少々、驚きをもって迎えられたとはいえ、暴動や反発が起きなかったことには彼女のみならず、護山会議の議員たちにとっても想定外のことだった。
二代目戦女神誕生から二年あまり。
“大破壊”によって起きた混乱が収まり、現在の二大神体制がリョハンのひとびとの心に知れ渡り、戦女神ファリアがおらずとも、守護神マリクがいるという事実が、大きな混乱を起こさなかった理由のようだった。当然、ミリアが戦女神代行を務めるということも大きいらしい。
ミリアは、先代戦女神の娘であり、戦女神の後継者候補に上げられていたこともある。そして、当代の戦女神ファリアの母でもあるのだ。戦女神の代理人にこれ以上相応しい立場の人間はいないだろう。だれもがそう考えてくれたようだった。
おかげで、ミリアはさしたる苦労もなく戦女神代行としての職務に当たることができており、アレクセイを始めとする護山会議の議員や七大天侍改め六大天侍の協力も得、リョハンに小さな変化をもたらし始めていた。
ミリアは、ファリアがいない間のいまだからこそできることがあるのだと考えており、そのために日々、リョハン市民と触れ合い、リョハンにいまなにが必要なのか、市民がなにを求め、なにを望んでいるのか、思索を続けている。
彼女がひとり出歩くのはそのためだった。護衛をつけていると、市民は彼女に話しかけられても、尻込みするものだ。それでは、市民の感情を知ることができない。市民の求めることをできる範囲内で実現しつつ、現在の統治体制を改善する。それが自分に与えられた使命だと、彼女は想っているのだ。
母の想いを受け継ぐには、そうする以外にはない。
母は、戦女神を必要としない世の中を作りたがっていた。そのことは、父アレクセイからよく聞いて知っていたし、彼女自身が幼いころから、母はそのようなことを夢見ていると囁いたものだ。戦女神に頼ることなく、ひとびとが自立できる世の中を作ること。そのためにはどうすればいいのか、母は毎日のように考えていたようだし、それは半ばまで上手くいっていた。しかし、“大破壊”によって母の作りかけていた新たな秩序は音を立てて崩れ去ってしまった。
今後、“大破壊”のような世界全土を巻き込む大事件が起きないとは、言い切れない。
もう一度、人間宣言によって戦女神の役割を放棄したとして、また、同じことを繰り返すだけかもしれないのだ。
故に彼女に課せられた使命というのは、今後、再び“大破壊”のような出来事が起こったとしても、戦女神を必要としないリョハン作りであり、そのためにはどうすればいいのか、目下、大いに頭を悩ませているところだった。
せめて、ファリアがその旅を終え、リョハンに戻ってきたときには、少しくらいは進展させて起きたいものだ、と彼女は強く想っている。
母として。
愛娘にそのような役割を押し付けることしかできなかった自分の不甲斐なさを挽回するには、そうする以外にはなかった。