Ashes and Kingdoms

On a harsh winter night.

自分の部屋がある。

粉屋のオアンドゥス家に引き取られて一番驚いたのは、そのことだった。

もちろん部屋とは言っても物置に近いもので、寝台が半分余りを占拠し、空いた場所に小さな書き物机と椅子を無理やり押し込んだようなものだが、それでも個室は個室だ。

孤児院で年長年少の兄弟達と雑魚寝し、ガタつく円卓を皆で使い、場所がなければ床で読み書き算数の勉強をする、それが当たり前の環境で育ったフィンにとって、どんなに狭かろうと自分ひとりだけのための場所というのは予想外だった。

冷静に粉屋の家族構成を考えたなら、新たに引き取ったばかりの男児を、大事な一人娘と一緒の部屋にするわけにいかないのは当然のことだ。しかし、農家に引き取られた孤児が家畜小屋での寝起きを強いられるのも珍しくないことを思えば、ちゃんとした部屋をあてがわれたのは驚きに値する。

初めて一人で寝床に入った夜は、どうにも心細く落ち着かなくて、一向に寝付けなかった。目が覚めた時、手足を伸ばして誰の体にもぶつからないことに当惑した。

だが粉屋一家の温情もあって、そうした状況にも、十日ほどすれば慣れた。一日働いてくたびれきった後で、誰に遠慮する必要もなく好きなように寝床にもぐりこめることに、ささやかな幸せを感じるようにもなった。

――が、しかし。

木の葉が色づいて落ち始める季節になると、彼は個室の問題点に気付かざるを得なくなった。

「……っくしょん!」

そう、寒いのである。

裕福とは言えない粉屋のこと、当然ながら火鉢や温石のような贅沢はできない。

幼子達と団子になって寝ていた時と違い、寝台には彼ひとりきり。くっつき合う相手もいないとなれば、暖を逃さぬよう芋虫のように丸まって眠るしかない。

それでも、フィンは不満など言えなかった。

寒さのあまりよく眠れない夜を幾度も過ごし、しまいに腫れぼったい目で赤い鼻をして咳き込みながら、今夜はアヒルを寝床に連れ込もうかと真剣に悩むはめになったある日、養母ファウナがやっとそのことに気付いてくれた。

「まあ大変! 一人で寝るのはもう寒い季節だわね、うっかりしてたわ」

「そうか、もうそんな時季だな。おいフィニアス、寒かったならそう言え、遠慮なんかするんじゃない」

オアンドゥスも気まずげながら叱りつける。フィンは素直にうなずいたものの、自分が待遇に文句をつけられるはずがないという心底の確信は小揺るぎもしなかった。

それを見抜いたかのように、オアンドゥスはその夜、自室に引き上げようとしたフィンを逃がさず捕まえた。

「こっちに来い、今夜からおまえも一緒に寝るんだ。狭くても文句は言うなよ?」

むしろ不平を期待するかのような声音で言いつつ、オアンドゥスはフィンを引きずっていく。普段は夫婦二人のものである寝台で、ファウナとネリスが一緒に布団を被って待っていた。

「よーし、これで温石がひとつ増えたね!」

少しばかりわざとらしいながらも、ネリスがそんなことを言う。

あの、でも、ともぐもぐ言うフィンを、オアンドゥスは強引に寝台へ押し込んだ。

養母と妹の体温で既に温まっていた布団が、ふわりと馴染みのない匂いを漂わせる。孤児院の、幼子の体臭が染み付いた古布団とは全く違うその匂いに、フィンはややこしい顔になってもぞもぞした。そこへ問答無用でオアンドゥスも入りこみ、フィンを抱え込むようにする。

「うー、寒い寒い! こんな日は全員ひっついて寝るに限るな」

「いびき、かかないでよね」

ネリスが注文をつけ、オアンドゥスは大袈裟に情けない顔をして見せる。他愛無いやりとりをしながら、一家はひとつの寝台に身を寄せて互いに温め合った。

「流石にちょっと狭いわね。ネリス、ちゃんとお布団被ってる? もっとこっちに来なさいな」

「え、やだ。そっち側、父さんいるもん」

「ネリス……」

「あらあら、そうねぇ、フィンもいるしねぇ」

「違うってば!! もう、母さん嫌い!」

小声で交わされる会話を聞きながら、フィンはいつの間にかまどろんでいた。

狭くて身動きが取れなくて、慣れない匂いがして。

それでも、温もりが全ての感覚を包み込み鈍らせ、柔らかな眠りの中へと引き込んでゆく。

「あったかいねぇ」

まぶたがくっつき、意識が穏やかな闇に沈む直前、そんなささやきが微かに届いた。

――ああ、温かいな。

フィンは声に出さずに応え、ひとり微笑んだ。

温かい。この温もりは、新しい家族が与えてくれたものだ。一滴たりともこぼさず受け止めて、絶対に失わないようにしないと……

夢うつつに、しかし深く、心に刻みつける。そうすると、実際以上に身体の奥底までも熱が伝わっていくような気がした。

(終)

=以下蛇足。下ネタ注意。=

一夜明けて、風邪気味だったのが嘘のようにすっきりした顔をしているフィンに、オアンドゥスが隙を見てこっそりささやいた。

「あのな、フィン、その……もし、やっぱり一人で寝る方が良かったら、正直に言っていいんだぞ」

「……?」

「だからだな、ほら、色々あるだろう、男の都合ってものが」

「?? あの……俺、邪魔でしたか」

「そうじゃない!……いや、いいんだ、おまえが構わないなら一緒でいいんだ、その方が温かいし、風邪をひかれるよりいいし……」

ぶつぶつ言いつつそそくさと立ち去る養父の背を見送り、フィンはただ困惑して立ち尽くすばかりだった。

孤児院で大勢と雑魚寝が当たり前で、一人の時間がほとんどなかった上に性への関心が薄いフィンと、風車小屋で一人息子として育ち、思春期に部屋であれこれ妄想に耽ったオアンドゥスとでは、まるきり常識が違う。

父子がその溝を埋める事は、生涯、結局なかった。

それはそれとして、その冬が終わるよりも早く、結局フィンは個室に逆戻りした。

狭くなった寝台で睡眠中に布団の奪い合いが起き、ネリスに風邪をひかせてしまったからである。あまり寒い日には、気を遣った養父母のどちらかが添い寝に来てくれたが、最終的にはフィンの体が寒さに耐性をつける方が早かったとか……。

おしまい。