あの後、シガルちゃんと色々世間話をした。その過程で魔王の話も少し教えて貰った。

と言っても魔王が一番活発だった時期は彼女が生まれる前で、聞いた話でしかないそうだが。

魔王ギーナ・ブレグレウズ。

かつてこの国の北、樹海よりもっともっと遠くの国に、一人の少女が生まれた。

その少女は幼い時期から、亜人の中でも特に身体能力に優れた個体として育っていった。

彼女の国は比較的平和だったらしい。魔物の被害こそあれ、人同士が争う事は殆ど無い国。

だがある日、唐突に侵略者が現れた。

彼女の一族を、友を、家族を捕らえ、奴隷にする為に大軍が送られた。

その時彼女はその場に居なかった。彼女が自分の暮らす街に戻って来た時に見た物は、最後まで逆らった者達なのだろう幾つもの死体。そして壊れた家と、動かない家族だった。

その時まだ侵略軍は全て引いてはいなかった。

故にその国での出来事が、その少女の初戦。魔王を生んだ発端と言われている。

彼女はありとあらゆる魔術を無詠唱で使い、だが強化魔術を使わずともあらゆる武具をその身体能力のみで破壊していったという。

どれだけの軍勢も意味はなく、その街に残っていた軍は全滅。

戦略的な全滅ではなく、一人残らず死んだ。

彼女は怒りのままに侵略して来た国を逆に滅ぼした。

そして亜人を全て配下にし、その勢力を伸ばしていく。

人々は蹂躙され、沢山の人間が老若男女問わず殺された。

この頃に人族は口々に言い始めた。あの女は魔王だと。

この国も滅ぶと思われた所で、8人の英雄と当時王子だった現王が立ち上がり、樹海を境に出来る所まで戦場を押し上げた。

だが8英雄と王は、あまりに強大な魔王に敗北してしまう。

とはいえ魔王も無傷とはいかず、8英雄の力を驚異とみなしてこの国を攻める事を止めた。

それから10年。北の亜人の国と睨み合いが続いている。

というのがこの街というか、国の人の共通認識っぽい。

後あの人を怖がった理由も、あの人がその魔王と同じ種族だからだそうだ。

あんなに可愛いのに。俺には怖さが解らないな。

ただ俺は、この話を聞いて違和感を覚えた。この話、何かどこかおかしい、と。

何故かを考えて思った事。それは魔王の出生が語られているからだと思う。

この話が本当なら、彼女の親しい人間はほぼ死んでいる事になる。

そして生きていても数人だろう。

何より攻め入った国が滅んでいるのに、まだいがみ合っている敵国に伝わるのはおかしい。

何というか、情報が変に正確すぎる様な気がする。

ならなぜその話が伝わった?

・・・うん、解んね!

まあ、真偽はいいか。特に関係ないし。いつか見に行けば分かる事だ。

あの人と同姓同名なのは気になるけど、魔王さんって亜人の方では英雄っぽいし、同じ名前をつける人が居てもおかしくないんじゃないかな。話の流れからして奴隷解放の戦争っぽいし。

つーか、あの人この国の人でしょ? でなきゃあの門通れないだろう。

シガルちゃんが呟いた時は少し驚いたけど、冷静に考えてそんな人物がここに居るはずがない。

しかし8英雄かー。ウッブルネさん以外の人にも会ってみたいなー。

魔王さんは怖いからノーセンキュー。

リンさんとセルエスさんを足した様な人には、怖いので会いたくないです。

そんな風に考えつつ街中をシガルちゃんに案内され「ここが美味しいよ!」とか「ここに珍しいものが売ってるよ!」とか言われながら歩いていると、見覚えある人を見つけた。

かなり向こうに居るけど、多分あれミルカさんだ。男性と笑顔で歩いているっぽい。

成程、あの人が彼氏か。何かぽややんとした感じの人だ。

まあ、デートの邪魔をする趣味は無いので遠くから生暖かい目で見ておこう。

俺は爆発しろとか思わない。羨ましいけど。

とりあえず気がつかなかったふりでいこう。後日言うけど。

いやさぁ、だってミルカさんこっちに気づいてるっぽいんだもん。

気のせいかもしれないけど、遠目なのに目が合った様な気がするんだよなぁ・・・。

「お兄ちゃんって、何処に住んでるの?」

「住んでるところですか? 樹海のそばですね」

あの後も暫く散策していると、シガルちゃんが唐突に俺の住処を聞いてきた。

なぜ突然と思いはしたけど、特に隠す意味もないので正直に話す。

すると彼女は少し驚いた様子を見せた。

「何でそんな所に住んでるの?」

彼女の疑問にとても納得する自分が居る。うん、当然の疑問だよね。

この街に先に来てたら俺も絶対そう思うわ。

あんな何もない所に好んで住む様な事は、何かしらの事情が無いとしないと普通は思う。

「そこにお世話になっている人が居るんです。剣も魔術もその人達から教わったんですよ。この剣もそこに住んでる方に貰った物です」

「へー! お兄ちゃんのお師匠さんなんだね! きっと凄いんだろうなぁ!」

うん、凄いです。凄すぎて最近本気で血反吐を吐きました。主にミルカさんとの手合わせで。

いやまあ、リンさんとの訓練も大概酷いけどね。セルエスさんも容赦無いし。

「ねえ、お兄ちゃん、また王都に遊びに来る事あるのかな?」

シガルちゃんは首を傾げながら、恐る恐るといった様子で聞いて来た。

どうだろう? またお使いに行ってこいと言われたら来るのか?

ちょっと解らないな。来るかもしれないし、来ないかもしれない。

「どう、かな。解らないですね」

思ったままに素直に答えると、あからさまにしょぼんとした顔になるシガルちゃん。

しまった。何だが懐いてる感じだし、また会いたいって意味だったのかな。

「ああ、でも、ここに気軽に来れるようになったらまた遊びに来ますよ」

落ち込んだシガルちゃんを見て慌ててそう言うと、彼女はパァっと笑顔になった。

解り易いなー。しかし、俺の何にそこまで懐く要素があったのかね。

「じゃあ、また会えるね!」

「そうだね、また会えるといいね」

彼女があんまり嬉しそうに言うので、合わせる様に俺は答えた。

何か本当に凄く懐かれたな。何でだろう。ピンチを助けたからかな?

あのしっぽの人にも、またいつか会えると良いな。

「さて、俺はそろそろ帰らないと」

「え、あ、そっか・・・」

日も落ち始めたので帰らなければと告げると、また表情が暗くなるシガルちゃん。

何とも見ていられなくなって、彼女の頭を優しく撫でる。

そして彼女と一つ、約束をしようと思った。

「じゃあ、俺の国の約束を守るオマジナイをしましょう」

「おまじない?」

「ああ、こうやって小指を結んで・・・」

指切りだ。この国にこんな習慣はないと思う。多分。

「またこの街に来たら君に会いに来ます」

この子の魔力の波長は覚えた。

全力で探査すれば街中なら会えると思い、約束して指切りをする。

「ふあ・・・」

シガルちゃんはそれを見て、何やら顔を真っ赤にしている。

どうしたんだろ? でもとりあえずこの指切りの意味は言っておかなきゃ。

「これが俺の国で約束を守るっていう御呪いです」

「約束を守る・・・うん」

何か熱の籠った感じの顔で見上げられてるんですけど、何ですか?

もしかしてこの国では何か違う意味だったのかな。そうだったら少し不味いな。

「お兄ちゃん、私大きくなったらお兄ちゃんみたいになりたい。お兄ちゃんみたいな、優しくて、強くて、誰かを助けられる魔術師に」

暫く様子を見ていると、シガルちゃんは何かを決意した様な顔で俺にそう言ってきた。

でも俺は彼女が言う様な大層な人間じゃない。

ただ、あの場で小さな女の子が酷い目に遭ってるのが嫌で、動いてしまっただけだ。

誰かを助けようなんて、そんな大層な想いは持ってない。

「買いかぶり過ぎですよ」

あの騎士隊長さんといい、この子といい、どうも俺を過大評価しすぎだ。

「そんな事無いよ! かっこよかったもん! だから・・・!」

そこで言葉を区切って、彼女はギョッとする言葉を口にした。

「私が立派な魔術師になったらお兄ちゃんのお嫁さんにして!」

・・・ちょいまち、なぜに私は幼女にぷろぽーずされとるんですか?

いや、ほんとちょっと待って。

「えーと・・・」

「・・だめ?」

困惑する俺に、再度問うように迫って来るシガルちゃん。

そんな上目遣いされても困る。可愛いけど幼女に手を出す気は起きないのですよ。

「君が大きくなって立派な魔術師になった時、まだそう思っていたら、またその時に返事をしますよ」

子供の頃の想いが大人になっても変わらない、なんてのは少ない。

だから逃げ口上の様になってしまうが、こう答えさせて貰った。

「うん! 解った! 約束だよ!」

だが彼女は俺のそんな逃げの答えに、満面の笑みで頷いた。

彼女の笑顔にちょっと罪悪感。だがこれで良い。

きっといつか俺の事は、昔とあるおじさんに助けられたんだー、程度の記憶になるだろう。

俺は彼女と別れて門を出て、暫く歩いてから腕輪を使い、家路に着く。

また明日からは訓練の日々だ。

もう少し強く、いつか騎士隊長さんと同じ様な動きが出来る様になりたいな。

あの人魔術無しであの動きだからな・・・。