「なるほど、これが、街の外壁替わりなわけだ」

街の端の方に在る木をさわり、魔力が通っている事を確認する。多分、これで街を守ってるんだ。

おそらく、この木は普通に火をつけても燃えないだろうし、叩き折るのも中々厳しいだろう。魔力が木を強化してる。

面白い。元から生えてる木に魔力を通しているのか、それともこういう植物を作ったのか。

どちらにせよ、この街が木だらけであり、森の中にある理由が分かった。これは自衛のための姿なんだ。

「面白いね、どうやって維持してるんだろ」

シガルも外壁替わりの木をぺたぺた触りながら、魔力の通りを確認している。

確かに、木自身が強化をしている訳でもないだろうし、どこかに技工具か、呪具か、それとも何処かにこの魔術を維持する人がいるのか。

なんにせよこの感じだと、この木を魔術で越えて通った時も、街に警報が鳴りそうな予感。探知系は何故か引っかからないのになぁ。

まあ、引っかからないからこそ、街を囲む魔力が気になったんだけど。

『老の山の魔術と似たような物だと思う。場所に魔術を固定して、周囲の魔力を循環するようにして、何かしらの鍵を持って起動する。最も、ある程度術者本人の魔力を定期的に固着させる必要が有るけど』

ああ、あの石碑の魔術ってそういう物なんだ。鍵はあの言葉かな?

場所に固定、か。なかなか難しい事を言うな。単純に維持するだけなら簡単だけど、自分がその場から離れてもとなると、難しい。

ああ、そうか。だから何か維持が出来る『物』を置いて、そこに注ぐのか。そして物自体も、そこから移動できないように維持、と。

ただ違うのは、竜の魔術は元々が周囲の魔力を使う分、維持期間が長い。

「てことは、この木は、魔力の保持が良い木って事かな?」

「かなぁ。お姉ちゃんに聞いたら分かる気もするけど」

「だねぇ・・・」

イナイは今、この街の領主の所に行っている。なんか宿に迎えが来て、イナイに会いたいと伝えられた。

ついて行こうかと言ったんだが、間違いなくつまらない話を聞かされる羽目になるから、止めとけと言われたんだよなぁ。

別にいいって言ったんだけど、少し悩むそぶりを見せた後。

「いや、やめとけ。一人で行くよ」

と言われてしまった。イナイ一人が面倒事で、俺達は気ままに散歩って、ちょっと申し訳ないんだけどなぁ。

「お姉ちゃんが心配?」

シガルが横から、顔を覗き込みながら聞いてくる。クロトも何故か同じように覗いてくる。

ハクさんは何か凄くつまらなそうな目でそれを眺めてらっしゃいます。因みにグレットもいるよ。不機嫌そうなハクの傍でびくびくしてるのが可哀そうである。

「心配というか、なんか変な反応だったなぁって」

多分普段なら、じゃあついてくっか?って言いそうなのに。それに反応も遅かった。少し悩んでから、止めとけって感じだったし。

なんか、気になる事が有った感じだった。

「多分、東の話されると思ったんじゃないかな」

「あれ、シガルも聞いてるの?」

「うん、あたしも聞いたよ。お姉ちゃんは立場が立場だから、多分、面倒になったときの相談をされてるんだと思う」

面倒になったとき、か。つまりそれは、戦争になった時という事じゃないんだろうか。彼女を、戦争に関わらせるのか。

嫌だな。それは嫌だ。彼女は強い人だけど、それは戦う力が有るだけだ。強い女性だけど、人の死を平然としてられる人でもない。

戦争で死ぬのは、悪人じゃない。国のために戦う人間だ。そしてその被害に巻き込まれる一般人だ。

なら、彼女はきっと、戦う事を選択するだろう。誰かを守る為に。戦えない人間を守る為に。

「その時は、やるしか、ないか」

彼女が心を痛めるなら、俺も傍に居よう。俺も戦おう。彼女一人の手を、血に染めるような真似はしない。

俺の手は、もう人を殺している。殺した相手は悪人だけど、それでも人を殺した事実は変わらない。

そして相手が悪人であっても、殺した感触は、今でも思い出すと気持ち悪い。悪人でさえ、心の底から同情を出来ない相手でさえ、こんな気分になるんだ。

相手も、相手の正義で戦っているなら、その感情はもっと気分の悪い物になるだろう。殺しているのは悪人じゃない。国のために戦う兵士なんだから。

彼女の泣き顔は今でも鮮明に思い出す。彼女は強いけど、そんなに強くないんだ。だから、支える。

俺は、彼女の伴侶になると誓ったんだから。頼りにならない男だけど、それでも精一杯、彼女の力になろう。

「久しぶりだね、その顔」

「へ?」

シガルがにっこにこしながら俺の顔を見つめていた。久しぶりってなんだろ。

「タロウさんが、あたしとお姉ちゃんの事を真剣に考えてる時の顔」

「どういう顔か分からないんだけど」

「あはは、そうだね」

ケラケラと、楽しそうに笑うシガルだが、言われてるこっちは今一分からない。

というか、シガルは俺のそんな表情までしっかり見てたのか。

「最近は自分の事で一杯一杯みたいだったから、ちょっと安心した」

優しく笑い、そう告げるシガルに、勝てないなと思った。

イナイもシガルも、本当に俺をよく見てるな。俺は彼女たちほど、彼女たちの機微に気が付いてあげられていないのに。

「いいんだよ、それで。タロウさんは、タロウさんらしいのが良いんだから。あたしも、お姉ちゃんも」

「心を読まないでほしいなぁ」

「なら表情に出すの、頑張って止めないとね」

また笑いながら言われる。そっすね。表情に出すぎだと、ほぼ全員に言われてますもんね。

リンさん位じゃないかね、俺の感情の動きさして気が付かないの。

「ま、今は悩んでも仕方ないかな」

もしかしたら違う話かもしれないし。まあ、希望的観測は大体叶わないけどさ。

「そうだね、お姉ちゃんが戻ってきたら、聞いてみよ?」

「・・・みよう」

クロトは、解っているのか、いないのか。多分解ってるんだと思うけど、表情が乏しくて良く解らん。

なんかシガルの動きを真似ただけにも見えるし。

『・・・むかつく』

とりあえずその気持ちは分かるけど、八つ当たりにグレットの毛を逆なでするのは止めてあげなさいよ。

すげー嫌そうな感じだぞ。

「ん?」

何かが転がってくる。果物だ。いや、なんか色々転がってるぞ。

色んな方向に転がっとる。微妙に多方向に坂道なんだな、あそこ。

「ま、まってー」

オロオロして、どれも拾いに行けずちょっとパニックになっている女性がそこに立っていた。多分あの人が落としたんだろう。

いや、アレはこけたな。膝から下と、手が汚れている。

「シガル、あっちお願い。俺は向こう。ハクとクロトはここに転がってきたの拾って」

「はーい!」

「・・・はーい」

『えー、こいつと?』

ハクは凄く嫌そうだったけど、こっちに転がって来てる量が一番多かったので、返事は聞かずに二人に任せ、落とした物を拾っていく。

なんか、食べ物だけかと思ったら、色々在るな。布と糸も有るし、食器も有る。何でこんなに一杯一人で運んでたんだこの女性。

ま、とりあえず全部拾いますか。

「ありがとう。坊や」

荷物をすべて集め、にこやかにお礼を言われるが、このまま渡していいものか悩む。

明らかに目の前の女性は普通の女性で、この荷物量はキャパオーバーな気がする。

「あのー、もしよければ、荷物運びしましょうか?」

「え?いえ、でも、御迷惑じゃないかしら」

「いえ、今時間は一杯あるので、大丈夫ですよ」

遠慮する女性に、気にしないでと伝え、女性が持っていた分の荷物も持つ。こっちは軽いな。

「ねえ、お姉さん、膝は大丈夫?」

「あら、お嬢ちゃん。ありがとう。大丈夫よ。この服結構体を守ってくれるのよ」

服が体を守る?なにか魔術的な物が付いてるのかな?

その割には何も感じないんだけどな。

「それに、お姉さんって年じゃないのよ?おばさんでいいわ」

「え、でも」

「いいのいいの。子供もいる年だから、本当におばさんなのよ」

ぱっと見は30過ぎぐらい、かな。もし目測通りなら、お子さんはやんちゃな時期っぽいな。

あ、いや、ウムル以外の国は結構若いうちに子供居る事あるんだっけ。

「じゃあ、おばちゃん、私達に任せて、おばちゃんはこの子に乗って」

シガルがグレットをポンポンと叩くと、グレットは小さく鳴き、伏せる。

「あらあら、ありがとうねぇ」

おばさんはグレットにゆっくり乗り、毛並みを手で確かめている。なんかすごく楽しそうだ。

「えっと、じゃあ、どっちに向かえばいいですか?」

「あら、そうね、ごめんなさい。あっちに向かってくれるかしら」

「あっちですね。解りました」

おばさんの指示に従い、街中を練り歩く。子供居るなら子供と一緒じゃダメだったのかなぁ・・・。

いやま、それでもちょっと多いけど。