「おい、それは俺が育ててた肉だぞ!」

「知らん。良い感じに焼けていたので取ったまでだ」

「良いじゃないかひと切れぐらい~。ほら、こっちに焼けたのあるよ~」

「くっ、じゃあ俺はこっちを貰うからな」

「あ、貴様、それはわざわざ下拵えをしていて、ただ肉を焼くだけとは物が違うのだぞ!」

「先に取ったのはお前だろーが!」

岩の人と虫の人が焼けた肉や魚を奪い合い、ニョンさんが間に入って止めようとするが一向に聞く気配がない。

虫の人は仕事中はクールだったのに、普段はあんな感じなのか。

雰囲気が渋い大人って感じだったので、なんかイメージが崩れる。

「店の中で喧嘩をするなクソガキ共」

だがその言い合いも追加の肉を持ってきた宿の店主、巨獣族のおじさんの一言によってピタリと止まる。

二人はびくっとするが、ニョンさんは変わらず和やかだ。

「全く、お前らは何時まで経ってもガキだな」

「あはは~、この二人はもう無理だよ~」

ニョンさんの言葉に店主さんは呆れた様にため息を吐きつつ、テーブルに肉や魚、野菜等を置いて行く。

その中には俺達が釣った魚も入っている。

店主さんは調理の腕も中々らしく、あのデカい手でどうやってこんな綺麗に俺達サイズに切っているのか不思議に思う程の刺身も出てきた。

これ最早料理っていうより、曲芸の域じゃないかな。

山でニョンさんが魔物を仕留めて山の奥に行ったあと、彼は何故か既に処理された肉の塊を持って戻って来た。

不思議に思って質問したが、内緒の約束なんだ~と言われてしまったのでそれ以上聞けなかった。

その後釣果も良い感じで日も傾いてきたし、街に帰って食事にしようという事で宿まで戻ると、何故かそこに虫の人と岩の人の二人が待ち構えていた。

そのまま二人も食事を一緒にする流れになり、宿の食堂で一緒に食べているのが今の状態である。

因みに釣果が良い感じだったのは当然俺以外である。悔しくなんて無いです。

「タロウ君、シガルちゃん、クロト君、三人とも食べているかい? もし口に合わなかったら気軽に言ってくれていいからね」

「あ、はい、ありがとうござます」

「美味しいです!」

「・・・香草焼き、美味しい」

肉を取り合っていた二人への声音とは全く違う優しい声で、俺達を気遣ってくれる店主さん。

焼き肉用の肉以外にも、テーブルには色んな料理が並んでいる。

その全てが店主さんが作ったらしいんだけど、皿とか盛り付けが俺達サイズなのがやっぱり凄いと思う。

「お前らが来たせいで他の客が入らねーじゃねーか。倍額払って行けよ」

「ちょ、親父さんそれはひでえ!」

「倍額って、肉と魚は半分以上ニョンが取ってきたやつじゃないですか!」

「あはは~」

そしてまた厳しい声で二人に言い放って、奥に引っ込んでいく店主さん。

二人は抗議の声を上げるが一切意に介した様子は無く、ニョンさんからもフォローは無かった。

「全く、何やってんだか。どうせまた騒いでたんでしょ」

背後から呆れを含んだ声のが聞こえ、声の主を確認するとリザードマンの人だった。

傍にはレイファルナさんとビャビャさん、それと相変わらず人族なのか解らない男性が揃って立っていた。

そしてここでもう一つ衝撃の事実。ビャビャさんワンピース姿だ。

あなたも女性だったんですね。全然性別が分かんねぇ。

「おー、こっちこっち」

岩の人がまるで待ち合わせをしていたかのように呼び、レイファルナさん達も特に疑問も無く席について行く。

あれ、もしかして元々みんなで集まる予定だったのかしら。

皆が揃ったのを見計らった様に、店主さんも酒類を並べていく。

クロト君にはジュースです。

「では、レイファルナとビャビャの全快祝いと、タロウ君への感謝をこめて、かんぱーい!」

皆が飲み物を持ったのを見て、岩の人が乾杯の音頭を取るが全員スルー。

一瞬もち上げかけた俺のこの手はどうすれば良いのか。シガルも苦笑いである。

「お前らいつもそうだけど自由過ぎるだろ!」

「貴様に言われたくないわ」

「んだと、仕事以外碌に出来る事ねーくせに!」

「仕事も出来ん男よりましだわ!」

「うるさい」

「ごへっ」

「げふっ」

岩の人がスルーされたことに抗議して虫の人とまた言い合いが始まるが、即行で店主さんの鉄拳制裁が頭に落とされ、ゆっくりと沈んでいった。

頭が陥没するんじゃないですかね、その拳。

「全く、少しはおとなしく食べさせて頂きたいものですね」

「あの二人が大人しくなるわけないじゃない。何年あの調子だと思ってるのよ」

レイファルナさんとリザードマンの人は倒れた二人の事を放置して肉を焼きはじめ、ビャビャさんはちびちびとお酒を飲み、人族っぽい人は黙々と野菜を食べている。

この人達、自由だ。リンさん達並みに自由だ。

「何だか気が付いたら凄い事になってるね、タロウさん」

「うん、最初に会った時はこんなに自由な感じの人達とは思わなかった」

レイファルナさんは仕事中はきりっとした感じで出来る女性っていう感じだったけど、今は焼けた肉をとても美味しそうに食べながら酒を一気飲みしている。

それを受けて隣に座っていたリザードマンの人も競う様に飲み始め、復活した虫の人と岩の人も参加して行く。

完全な宴会状態ですね。

「ほらほら、楽しいのは良いけど肝心の事してから酔い潰れなよ~」

だが途中でニョンさんが皆を止めた。

そこでそれまで完全に酔っ払いの集団になっていた皆が、素面の顔で俺の方に向き頭を下げた。

俺は訳が解らなくて、ただ固まってそれを見つめるしか出来なかった。

今から何が始まるのだろうか。

緊張して様子をうかがっていると、凛とした声がレイファルナさんの口から放たれた。

「タロウ殿、此度は命の危機を救って頂き、感謝致します」

「あ、その、はい」

酔っ払いからの急激な変化について行けずに返事をすると、今度は虫の人が渋く、とても良い声で続ける。

「貴方は我らが仲間の命の恩人。もし何かお困りがあればお声かけを。我らに出来る限りの恩返しをいたしましょう」

「え、その、いや」

助けられたから助けただけで、そこまで重い受け止められ方されても困るのだが。

というかニョンさんにも言ったけど、原因はこっちにも有るとおもってるし。

「その、俺にとってはあの時に居た人達は皆仲間だと思いますし、助けるのは当然だと思ってるので、そこまで重く取らなくて良いですよ?」

彼らは俺の言葉を聞くとゆっくりと顔を上げ、もう一度軽く頭を下げた。

「承知しました。では我らは我らなりの感謝を貴方に」

「あ、はい」

感謝まで要らないとは言わない。

助けてくれてありがとうは、それは嫌な気持ちは無い。

「んじゃあ、礼も終わったし食うぞ飲むぞー!」

「あ、貴様それは俺の肉だ!」

「はいはい、うるさいわよ」

「全く子供じゃ無いんですから肉の一つや二つで騒がないで下さい」

「貴様ら人の分を取るならば自分で焼け!」

「あはは~」

「ニョンまで取るなよ!」

そしてさっきまでの凛とした雰囲気も、渋い感じも一切なくなりまた宴会に戻る。

変化が一瞬過ぎるだろ。切り替えが早すぎるよ。

少し呆れも含んでそんな風に思っていると、袖を引かれるのを感じた。

何かと思って顔を向けると、ビャビャさんがお酒をちびちびと飲みながら俺の袖を握っていた。

な、何だろ、何か用なのかな。

「その・・・ありがとう、ね」

若干照れくさそうな感じで、無茶苦茶可愛い声で礼を言われた。

びっくりするぐらい可愛い声だった。

この人達、皆斜め上行くな。本気で驚くわ。

「ふーん?」

シガルさんが何か含みの有る声音で様子を見ているが、特に何にもないですよ?

見た目と声のギャップにかなり驚いただけですから。

その後暫くして帰って来たイナイとハクもこの宴会に参加し、ニョンさん以外が酔い潰れたところでお開きとなった。

おかしいな、ニョンさん確実にみんなと同じぐらい飲んでた気がするんだけどな。

あれだけ皆騒いでたのに、結局人族っぽい人一言も喋ってない事に気が付いたのは翌日であった。

せめてあの人達の名前と種族は今度教えてもらお。