At the Northern Fort

Favorite Locations

家族旅行の翌日、私は砦でのんびりしていた。お腹を出してヘソ天しながら、白い雲がたなびく空をぼんやりと眺める。

やっぱり寒い季節はいいな。夏だとこんなふうに外で転がっていられないもん。

(お昼ごはんも貰ってお腹いっぱいだし、お昼寝しようかな)

そう考えてウトウトする。昨日の家族旅行楽しかったなぁ、なんて思い返しながら。

しかしそこであることを思いつき、私はパッと起き上がった。

(そうだ! 父上に〝お返し〟しよう。綺麗な景色を見せてくれたお返しを)

家族旅行に連れて行ってくれた感謝を込めて、父上に私のお気に入りの場所――北の砦を案内するのだ。

私もどこか絶景が楽しめる場所へ父上を連れて行けたらよかったけど、スノウレア山と北の砦、他の精霊の住処と、同じところを往復する毎日だからなぁ。

私はまずは一人で砦を巡って、父上をどこへ案内するか計画を立てる。

お気に入りの場所はいくつもあるし、父上に全部見てもらいたいのだ。

「あ、ここもあんないしようっと」

そうして計画を練ると、私は父上と母上のことも連れて、また砦に戻る。

しかし砦に戻ると言っても私は人を目指してしか飛べないので、訓練場でみんなをしごいている最中の隻眼の騎士のところに三人で到着してしまった。

「どうしたんだ? 三人で」

隻眼の騎士は私たちを見ると、びっくりしながら剣を鞘に収める。訓練場にいた他の騎士たちもみんな驚いていた。父上と母上は人の姿だけど、いきなり来たら驚くよね。

と言うか、父上と母上に砦を案内していいか、隻眼の騎士や支団長さんに許可を取るのを忘れていた。

なので、私は慌ててお願いする。

「せきがんのきし! 父上と母上に、とりでのお気に入りのばしょ、あんないしてもいい? 父上はわたしにきれいな景色をみせてくれたから、そのお礼をしたくって」

「砦の、ミルのお気に入りの場所を? まぁ構わないが」

「ありがとう!」

しっぽをパタパタ振ると、今度は父上と母上の方を振り返る。そして二人をニコニコと見上げて言った。

「じゃあ父上、母上、わたしについてきて」

「砦でミルフィリアがどんな様子なのか垣間見れそうじゃな。この騎士たちのように戦いの練習でもしていてくれればいいのじゃが。楽しみじゃ」

笑って言う母上に対して、父上は首を横に振り、こう呟く。

「戦いの練習は……しなくていい……」

「強くなるのは悪いことではないじゃろう」

「そうだが……危ない……」

若干言い合いが始まってしまったので、私はさっそく二人を連れて訓練場を出る。最初の目的地は、訓練場のすぐ近くにあるのだ。

「みて! ここだよ! わたしのお気に入りのばしょ」

「ん? ここに何があるのじゃ?」

特に何もない地面を前足で指している私を見て、母上が不思議そうに言う。

「ここ、ここ。よく見て。アリの巣があるの! さいきん見つけたの」

「アリ……?」

母上は片眉を上げて、父上は無言で地面を覗き込む。

砦の建物と地面の境目にアリが巣を作り、雪が積もる前にと、毎日せっせと食料を運び込んでいるのだ。

「ほら、みて! かわいい」

「可愛いか?」

母上は難しい顔をしている。だけど、自分たちの食料を一生懸命運んでいるアリって可愛いじゃん。

と、そこで向こうの方から、一匹のアリが大きな羽虫を引きずって歩いてきた。それを発見した仲間のアリたちは、みんなで協力して羽虫を運び始める。

「こんな虫を運んできても、羽が大きくて巣には入らぬぞ」

母上はアリにちょっと興味が出てきたらしく、そう言う。

父上もしゃがんでアリを見守り始める。

「無理じゃ、そのままでは」

羽虫は蚊くらいのサイズだけど、羽だけ特に大きいのだ。巣の出入り口が小さいので入るかどうか微妙だった。実際すんなりとは入らなかったので、アリたちは懸命に押したり引いたりしながら何とか中に入れようとしている。

しばらく奮闘していたアリたちを、私たちは家族三人で「がんばれー!」と応援していたが、最終的にアリは羽部分は諦めることにしたらしい。羽をちぎって捨て、本体だけ巣の中に運んでいった。

「まぁ、羽は食いでがなさそうじゃからな」

「いいはんだんだったね」

母上と私の会話に、父上が頷いて同意する。

「アリなど、と思っていたがしっかり観察してしまったわ」

「けっこうたのしいでしょ?」

母上と父上は立ち上がり、私は次の場所に案内する。

「つぎはこっち! お気に入りのばしょはたくさんあるの」

そうして次にやってきたのは、砦の北側だ。ここはあまり陽が当たらないので、今の時期は謎のキノコが生えている。

「ちっちゃくてかわいいキノコなんだよ。ほら、ここ」

じめっとした土の上に、小さくて白い、ひょろっとしたキノコがぽつぽつと生えている。

「それにここはね、よく霜がおりてるの。踏むとサクサクしてたのしいんだよ」

父上と母上にも霜を踏ませてあげたかったけど、今日は私がもう、ここら辺一帯サクサク踏んじゃったんだよね。それにすでに昼間だから残った霜も融けちゃったし。

「キノコだけでもたのしんで」

「キノコは動かぬから、アリほど面白くはないのう」

母上はつまらなさそうだけど、父上はここのジメジメした感じは好きみたいで、目をつぶって湿気を感じている。

その後、私は次々にお気に入りの場所を案内した。美味しそうな料理の匂いが漂ってくる厨房の裏。馬たちがいる厩舎。昼寝する時、枕にするのにちょうどいい木の根がある場所。みんなが集まる談話室。

あとは砦の暗い地下へ続く扉も実はお気に入りで、肝試し感覚でちょっとゾクッとしたい時に行ったりする。

それに隻眼の騎士と最初に顔を合わせることになった、宿舎の窓と向かい合って立っている小屋。この小屋は扉が壊れていてほとんど使われていないので、今は私が密かにいい感じの木の棒やいい感じの石を拾ってきては、そこに保管しているのだ。だからお気に入り。

「あとはね、とりでの門もお気に入りなの。あそこにいけば必ずだれかがいて、かまってくれるから」

と、そこまで紹介したところで、母上が笑って言う。

「どうやらミルフィリアはこの砦でものんびり過ごしておるようじゃな。騎士たちに交じって戦いの練習でもしておるのでは、と一瞬でも考えたわらわが間違っておった。じゃが、ミルフィリアが楽しそうで何よりじゃ」

そして私は父上と母上を連れて、最後に一番お気に入りの場所に向かった。砦の建物の中に入ると、階段を上って最上階に向かう。

「ここだよ。ここがいちばんのお気に入りなの」

「この廊下が……?」

父上がいぶかしげに言い、母上も戸惑っている。

「ミルフィリア、この廊下の何がお気に入りなのじゃ?」

そこで私は父上に抱っこしてもらうと、廊下の窓を指さした。

「あそこの窓から、そとを見てみて」

「窓?」

三人で窓を覗くと、そこからは砦の訓練場と、遠くにコルビ村も見えた。訓練場ではまだ騎士たちが演習をしていて、剣を振る時のかけ声がここまで響いてくる。 

私はにっこり笑って言う。

「この窓、お気に入りなの。だってここにいると、くんれん中のきしたちの姿が見えるし、コルビ村も見えるから。人のけはいを感じられて、好きなの」

角を曲がって向こう側の廊下から外を見れば、スノウレア山とそれに連なる山々を望めるので、そちらの方が景色は綺麗かもしれない。

だけど私は、私の好きな人たちを眺められるここの景色が好きだった。

すると、その理由を聞いた母上が笑う。

「全く、この子は。わらわも精霊の中では人間と仲良くやっている方じゃが、わらわ以上の人間好きじゃな」

「ミルフィリアは……面白いな……」

父上もそう言い、私の頭を撫でながら、こう続けたのだった。

「ミルフィリアの……お気に入りの場所が知れて……よかった」