ハルトさんとの模擬戦の後、僕達は食事の用意されていた広間に戻ることになった。
それからは特に騒ぎとかもなかったけれど、今度はリーファとチサトだけではなく僕も他の勇者や従者さん達から話とか聞かれたりすることになった。
その際、従者同士で集まって話をしようと誘われたりしたので、これも交流の一つと考えて二つ返事でOKを出した。
「フィルゲン王国に負けないくらいに広い部屋だな……」
食事の後、各々の部屋に案内された訳だけど、これが結構広かった。
因みにリーファは隣の部屋であり、その隣がチサトの部屋である。
どうやら主従の部屋は隣り合うようにされているようだ。
「一週間の交流か」
「他に何かをする様子もないし、単純な交流と各々の戦力の確認といったところか?」
ベッドに横になって染み一つない天井を見上げていると、傍らにいるシフがそう口にする。
この招集にはこれといった目的がない。
ただ、一週間という期間の間に他国の勇者同士での交流を行えというものだ。
その際にこのセントレアルの施設を用いて訓練するのもよし、ラウンジで談笑するのもよし、この招集のために用意された食堂で土地由来の料理を食べるのもよし、といった風に結構自由に動きまわれるのだ。
「ま、僕は変わらずにチサトとリーファの従者としてサポートに回るだけだからな。それほど気張る必要もないだろう」
「そうとは限らんぞ。……リオンと呼ばれた謎の女性のこともある。あれは確実におぬしに目をつけていたからな。気をつけたほうがいい」
「……」
「完全に忘れていたという顔だな……」
そうだった……!
ヘキル君のインパクトと、面倒事は忘れたい一心で思い出さないようにしていたリオンさんの存在。
思わず頭を抱えて唸っていると、僕の部屋の扉を誰かがノックする。
「? リーファじゃない。チサトか」
あの子ノックとかしないし。
首を傾げつつ扉を開けると、そこにいたのはチサトでもリーファでもなかった。
扉の前に立っていたのは無精髭が印象的な男性。
ヒルデさんの挨拶の際に広間で、声を荒げていた勇者の一人。
「貴方は……ハムガルド王国の、フィグロさん?」
「あんな悪目立ちしていていれば覚えるか。……こんな時間に悪いな。少し、話せるか?」
彼と話すのはこれが初めてだ。
接点があるとすれば、それは巨獣と戦ったということだろう。
無言でシフに視線を向けると、こくりと頷いてくれる。
使い魔達には留守番をしてもらおう。
「ええ、構いませんよ」
「助かる」
ユランとライムにも目を移しながら、最低限の身なりを整えたあとに部屋を出る。
「勇者二人に声をかけたんだが出てこなくてな。君が出てくれてよかった」
「当然リーファは寝ているとして、チサトが出てこなかったというと……多分、本でも読んでいたんでしょうね。彼女、集中すると周りの音とか耳に入らなくなるらしいので」
「そ、そうか……」
廊下を歩きながら言葉を交わす。
最初に勇者である二人に声をかけたということは、彼が聞きたい内容は大体察することができた。
「巨獣の進撃の時の話でしょうか?」
「……当事者の君なら分かってしまうか」
さっき食事をしている時に話しかけてこなかったのは、この人も遠慮してくれたのだろう。
ヒルデさんの時は食って掛かったように見えていたけれど、彼の言い分自体は間違ってはいなかった。
自分の故郷を想って怒れる時点で、この人が悪い人じゃないのは分かっている。
「貴方が望むなら、僕達が戦った巨獣と魔王軍幹部について話します」
「頼む」
彼が頷くのを確認してから、記憶を巡らせる。
思い出すのは数カ月前の記憶。
僕とリーファがフィルゲン王国を訪れたことから話を始める。
巨獣、ベヒモスの進軍。
三つの砦を建設し、冒険者、騎士達全員で戦ったこと。
その最中に僕が魔王軍幹部―――デウスと相対したこと。
ただ一つ、僕が神獣と関わったこと以外に起こったことを全てフィグロさんに伝える。
「———こんな感じ、ですね」
「……そうか。君達も大変だったんだな」
話を聞き終えたフィグロさんの表情を見ることができない。
迂闊なことを口にした覚えはないけれど、彼の国のことを考えるとかける言葉が見つからなかったのだ。
だけど、簡単なことではなかったことを伝えねばならない。
「本当に、紙一重だったと今でも思います。結果的に砦は三つとも破壊されてしまったわけですし、もし偶然神獣が現れなければ、フィルゲン王国も……」
「その紙一重の奇跡を引き寄せたのは君達だ」
呟かれた言葉に思わず息を呑む。
彼は自嘲気味な笑みを浮かべながら、遠くを見るような通路の先を見据えていた。
「正直に言おう。俺はここに来る前までは君達のことが気に食わなかった」
「え?」
「今は違うけどな。君の主の堂々とした振る舞いと、君自身の力。それを見ればどれだけの修羅場をくぐってきたかは嫌でも分かる」
フィグロさんは続けて言葉を発する。
「俺も君達と同じように戦った。もちろん、信頼する従者も居たんだが、結局は魔王軍の幹部とやらに負けちまった」
「……幹部、ですか。どのような奴でしたか?」
「口数の多い気持ち悪い奴だ。プレガスと名乗ってたな」
……ニーアじゃないか。
これ以上、僕とリーファの怒りに油を注がなくて済んだようだ。
しかし今の時点でイリスさんに酷い目を合わせた罪がある。
「結果は国の中枢の都市は巨獣に踏みつぶされ、俺の相棒、従者は重傷を負っちまった。幸い、ハムガルドの民の避難は間に合ったが、彼らの住む場所がなくなっちまったわけさ」
「……」
「……君はいい奴だな。俺達の国のことなのにそんな顔をしてくれるなんてな」
感情が顔に出ていたのか、僕を見て苦笑するフィグロさん。
ハムガルド王国は、僕達が辿るもう一つの可能性だったかもしれない。
いや、フィリが来てくれなければこうなっていたのだろう。
「まあ、とどのつまり嫉妬だ。守れなかった俺と、守った君達。比べちまえばどっちが優れていたなんて、誰が言わずとも分かっちまうからな」
「そんな、どっちが優れているかだなんて……」
「気にすんな。俺ァ、遅咲きの勇者だ。三十路のオッサンのはずなのになんの因果か勇者召喚術式なんぞに選ばれちまった。……気づいてるだろ? ここにやってくる勇者が皆若ぇ奴らだって」
「え、ええ、まあ」
そういえば皆、若い人ばっかりだったな。
フィグロさんを除けば、平均年齢20か18くらいだと思う。
「正直、若い子供に混ざって勇者名乗るのはツライ。俺がいるだけで平均年齢が上がるとかおかしいだろ」
「せ、切実ですね」
「こう見えても一児の父親でもあるからな……」
「……え、嘘!? お子さんがいらっしゃるの!?」
「なんでオネェっぽくなった?」
しまった、動揺のあまり口調が変な風に。
いや、確かに三十歳くらいとなればおかしな話でもない。
それから魔具製の写真を見せてもらったり、勇者になった経緯やお子さんについてなどの話を聞かせてもらった。
「悪いな。長く話しちまって」
「いえ、僕も楽しかったです」
歩きながらの話だったが、思ったより長く話し込んでしまったようだ。
曲がり角に差し当たった場所で立ち止まった彼は、苦笑しながら頬をかく。
「ここにいる間、何か困ったことがあったら相談してくれ。実力的には君の方が上だろうが、大人として何かできることがあるかもしれないからな」
「ありがとうございます。その際は、遠慮なく頼らせてもらいますね」
「おう」
最後に二言ほど言葉を交わした後に、フィグロさんと別れる。
色々と怪しいマリーナさんや、ヘキル君と個性豊か? ……豊かな勇者達を主に関わった今日だけど、彼は普通に信頼できる人だった。
あとでこのことをチサトとリーファに話そうと考えていると、歩いている通路の先に見覚えのある黒い猫が横切るのが見えた。
「……ん? シフ?」
部屋から出たのだろうか?
首を傾げながら、小走りで駆けよると僕の姿に気付いたシフはぎょっとした表情を浮かべ、すぐにその場を逃げ出そうとする。
もしや、隠れてラウンジのお菓子でも取りに行ったのかな?
「フッ、まさか僕が怒るとでも思ったのか?」
瞬時に軽い肉体強化を発動させ、逃げるシフを抱きかかえるように捕まえる。
ものすっごい慌てた様子でわたわたしているシフを抱えたまま歩き出す。
「にゃひ!?」
「まったく、お菓子が食べたいなら僕に言えば持ってきたのに」
「ァ、やめ、ボクはッ……はふぅ……」
「なんかいつもよりちょっとだけ声高くない?」
どうしたのだろうか?
不思議に思い、シフを見ようとすると僕の手の甲に痛みが走る。
「いたっ」
「っ!」
「って、おい! シフ!!」
するりと僕の腕から抜け出したシフは、どこかへ走って行ってしまう。
痛みに手の甲を見れば、薄っすらと爪で引っ掻かれたような傷があった。
それほど深くはない。
血もほとんど出ない傷だが、問題は僕がシフに引っかかれたという事実だ。
「……」
シフが走っていった先は、僕が泊まっている部屋のある場所だ。
すぐに追いかけて、勢いよく扉を開く。
「カイト、お邪魔してる」
「いらっしゃい!」
いつもの如く部屋にいるリーファはスルー!
僕はクッションの上で丸くなっているシフの前に歩み寄る。
僕に気付いたシフは目を細めながら顔を上げる。
「カイト、ようやく帰ったか。随分と話し込んでいたな?」
「シフ!」
「うむ?」
「反抗期か!?」
「いきなりどうした!?」
分からないとは言わせん。
何より、僕を引っ掻いた証拠があるのだ……!
理由を話さないと、僕のメンタルが削げることになるからな……!