長い隊列を組んだオーク戦隊がぞろぞろと草原を歩いていく。

先頭を歩くのは俺たちだった。

「楽しみにしてるぶひスローブ。オークの里は急発展で成長中なのぶひィ! このまま皇国中のオークを纏めて、果てには他のモンスターもオークの里に入れて、最後は人間もオークの里の住人にしてやるんだぶひィ!」

「ブヒータ。それはもうオークの里じゃなくて国みたいなもんぶひ」

「オークの国ぶひ! そしてスローブ! 見事でかトカゲを退治したあかつきにブヒータの副官にしてあげるぶひィ」

「遠慮しておくぶひ」 

「ひええ、断られたぶひィ……」

俺とシャーロットはそんな大言壮語オーク……じゃなくてブヒータと名乗る王冠オークの一団に付いて歩いていた。

ブヒータは沢山のオーク達が暮らすオークの里という場所のリーダーなのだとか。

鋭意発展中ということで、最近は他の村に住んでいるオーク達をオークの里に取り込むのに忙しいらしい。

俺たちと出合ったのは他の村のオークを連れてオークの里に向かっている最中、突然ダンジョンから出てきた巨大トカゲに襲われ逃げていた時だったらしい。

「昨日はエアリス様もオークの里に来てたぶひィ。オークの里が急成長している理由を知りたいらしいぶひィ。そんなの考えるまでも無いぶひィ! ブヒータがいるからぶひィ!」

「ブヒータは前向きぶひね」

俺の声だ。念のためぶひよ。

「スローブ。ブヒータは前しか向かねえぶひ! モンスターの世界では雑魚扱いされたり、人間の世界では女騎士を虐めてるって思われたり、そんなオークの偏見を吹き飛ばしてやるんだぶひィ! 目指せ最強モンスターへの道ぶひィ! まずブヒータが最強になって次に皆も強くしてやるんだぶひィ! 龍だって一撃で倒せるようになるんだぶひーーー!!!」

「龍が一撃!? それはもうオークゴッドぶひ。それはそうとオークの里にエアリスがよく訪れるってほんとぶひ?」

何とオークの里にはモンスターが自由に闊歩する皇国の支配者、エアリスが頻繁に来るらしいのだ。

「今日も朝までオークの里にエアリス様はいたぶひィ! 何でもオークの里は他のモンスターの村に行くのにちょうどいい場所にあるらしいぶひ!」

エアリスとの接触・友好を望む俺からすれば、オークの里に向かうのは至極当然な話だったのだ。

そして俺の後ろを歩くシャーロットも今の皇国を支配しているモンスターに興味があるらしい。

「zzz……にゃあ……zzz……ぜっとぜっとぜっと、にゃあ……」

そんなシャーロットの腕の中ではどこからともなく帰ってきた風の大精霊さんがイビキをかいて寝ていた。

つーか本当に自由過ぎるだろ。

これでいいのか風の大精霊さま。

「それはそうとスローブ! オークとサキュバスの二人組なんて珍しいぶひ。もしかして恋人って奴ぶひィ?」

アタックリザードに襲われていたブヒータの傷をヒールで癒してから、ブヒータはオークの魔法使いである俺をオークの里に連れていくことに躍起になっていた。

最初はリアルオークじゃなくて偽オークであることがばれないか心配だったが、俺の杞憂だったようだ。

ちなみにオークの隊列の後ろでは『魔法使い~、オークの魔法使いがやってきたぶひ~』と大合唱が起きている。

「……そこんとこどうなんだぶひィ?」

やめてくれよブヒータ。

俺とシャーロットの関係は絶妙なバランスの上で成り立っているんだ。

見てみろ、シャーロットが恥ずかしそうに俯いてるじゃないか。

え? あれ? 何で俯くの?

……そういえば告白の返事もまだ聞けてなかったな。

黒龍さんを倒してからここまで来るのに精一杯だった仕方ないか。

「……まあいいぶひィ。それにしても何で二人とも服着てるぶひぃ?」

「そーれーはー流行ぶひよ。皇国の外の世界ではファッションが大事なんだぶひ。モンスターもファッションセンスを磨かないと時代に取り残されるぶひよ」 

適当な出まかせを言ってみた。

それにしても俺のオーク語は完璧だな。

無職になったらどこかでオーク語講座の学校でも作ろうかな。

「やっぱりスローブは知的オークぶひ! ファッションに気を使うスローブは先進的オークぶひ! でもサキュバスが服を着るのは可笑しいと思うぶひィ!」

「それについては俺も全く同感だぶひ……あ、うそうそ。嘘ですほんと」

嫌な視線を後ろから感じる。

ちらと見れば、シャーロットがどす黒い感情が含んだ目で俺を睨んでいた。

「それにしてもスローブも外の世界にいたぶひ? ブヒータもだぶひ! あのときは楽しかったぶひな~! 南方は住みやすいって噂は本当ぶひぃ! 帝国兵ほど強い奴らはあんまりいなかったぶひ! ……一人、やばい奴に吹き飛ばれたけど、あれはノーカンぶひ! あ~あそこはすごかったぶひな~。あそこは~」

思い出を噛みしめるようにブヒータは言った。

「……ちらり」

先頭を行くブヒータがちらちらと俺を見ている。

どうやら俺に外の世界はどうだったかもっと聞いてほしいみたいだ。

ちなみにオークの隊列後方では『オークの魔法使い~、魔法使い~』とまだ歌っている。っておい。あのアタックリザードを數十体のオークがえっほえっほと担いでいた。今日の夕ご飯はこれで決まりぶひ、とか不吉な声が聞こえてきたぞ。

「ブヒータはどこに行ってたんだぶひ?」

「よくぞ聞いてくれたぶひ! ダリスのダンジョンで武者修行ぶひ! 毎日が戦いで大変な目にあったぶひ!」

ダンジョンかあ、あそこは魔境だからなあ。

どの国でもダンジョンが見つかれば、すぐにダンジョンコアを破壊するために頑張っている。放置していたらどんどん大きくなるからな。でももう深くなりすぎて手が付けられないダンジョンも大陸には幾つか存在する。

有名なのはアリシアの故郷、サーキスタのやつとかだ。

「でも頑張ったからオークキングになれたからいいぶひ! ……水のオークを倒したからのような気もするけどまあいいぶひ!」

誇らしげなブヒータの左胸に目をやると確かにキングの証である紋章が刻まれていた。

オークのような弱いモンスターは進化することで強くなる進化型モンスターだ。

ちなみに冒険者の基準ではオークはD級モンスターだ。そしてオークキングは単体ではB級モンスター。だが何千ものオークを従えたオークキングはA級モンスターにも数えられる。

「ブヒータはすごいぶひな~。てことはこっちでオークを束ねてるぶひ?」

「そうぶひ! でも大変なことばっかりぶひ!」

「大変なこと?」

「病気が流行ってるぶひし、冒険者に虐められてるオークも結構いるぶひ! 冒険者の方は頻繁に場所を変えてるみたいでどこにいるか分からないぶひ! 病気の方は調査中だブヒ!」

病気か~、何だかオークの里は物騒なんだな~。

一応薬などは背負っているリュックに幾つか入れているけど、俺の魔法もあるし万全の態勢だと思いたい。ヒールさんは万能なのだ。

「スローブ。さっきから気になってたけど、リュックから飛び出ているそのスコップは何だぶひ?」

「これは宝探しに使うんだぶひ」

皇国にそびえ立つ大樹ガット―が根を張る地面に埋められた死の大精霊の卵。

これを早くゲットして俺は闇の大精霊さんを誘い出すつもりだなのだ!

闇の大精霊さんは帝国の王に常時声を掛け、自分の言葉を実行するように暗示を掛けている。

洗脳に近い闇の魔法の極致とも言える極めて高度な魔法だ。

アニメでは闇の帝王は最後まで暗示に狂い、南方との全面戦争を終わる様子を見せなかった。

闇の大精霊を帝国から誘き出す、けれど暗示が解けた帝王が何をするかは予想出来ない。もし戦争を引き起こすつもりなら―――。

頭の中でこれからやることを整理しながら、無残に破壊された様子の村の傍を幾つも通り過ぎる。

シャーロットには余り見せたくない光景だった。

「「「スローブは魔法使い〜オークの魔法使いぶひ〜」」」

下手っぴなオークの歌を聞きながら、俺達は歩く。

スローブ、スローブ、とオーク達がぶひーと騒いでいる。

どうやらオーク内で完全に俺の名前が決定したみたいだな~、何ともセンスの無い名前だぶひ。

「なぁブヒータ。どうしてみんな変なもの付けてるぶひ?」

俺は決心して聞いてみた。実はさっきからずっと気になっていたのだ。

王冠をしているブヒータ然り、他のオークも色々な装飾品を身に付けて着飾っている。

俺が知っているモンスターはこんな意味のないことをしないのだ。

「スローブ! またまたよく気付いたぶひ! 実はっ―――

「―――差別化らしいわよ。平穏な生活を手に入れたから遊びだしたのよこいつら」

凛とした女性の声。

振り返ればシャーロットもきょろきょろと声の主を探していた。

とんとんと肩を叩かれ隣を見ると、手作り感満載の王冠を被ったオークキング、ブヒータが左手で上空を示していた。

青いキャンパスと白い雲しか見えない大空に何者かがいるのだろうか。

俺はブヒータが指差す通りに空を仰いだ。

「……へぇ。そっちから来てくれたのか」

背中に綺麗な翼を持つ飛翔型モンスター。

悪戯好きで、モンスターには珍しく魔力を持って生まれた異端の種。

大陸の北方に存在する茨の森(スオンフォレスト)のみで生まれるとされており、綺麗な花を身体のどこかに身に付けているため花の妖精とも呼ばれている。

「なんか―――運命を感じずにはいられないな」

時に、苛烈で、厳しくて。

時に、妖美で、魅惑的。

自分の身を犠牲にしてでも、皇国に住み着いたモンスターを守るために命散らしたガラスのキミ。

「スローブスローブ! あの人が―――」

「―――知ってるよ、ブヒータ」

「ええ!? スローブはもう知ってるぶひ!? 物知りだぶひ! やっぱりスローブは知的オークぶひィ!」

哀れな北方モンスター達の未来を誰よりも考え、非力なピクシーの身でありながら飛翔型モンスターを中心に構成される魔王派を支配下においている。

「下がりなさい、ブヒータ。そっちのオークに聞きたいことがあるの」

上空からゆっくりと降りてくるモンスターが何者なのか俺は分かっている。

針のように鋭い視線で俺を貫く視線を、真っ向から受け止める。

「エアリス様ァ! こいつはスローブぶひィ! そーしーてー! オークの魔法使いなんだぶひィ!」

こうして俺は余りにも呆気なく―――。

―――魅惑のピクシー、エアリスと対面することが出来たのだった。