「ラセル。お前はもう、オレらとは無理だよ」

正面に座っている昔からの幼なじみの言ったことが、一瞬わからなかった。

「理由は、わかるよな?」

「……まあ、ね」

いや、わかっていた。

いずれこうなる日がくることは。

俺たち四人は幼なじみ時代から、いつも一緒だった。

村では珍しかった俺の黒い髪は、大人達には気味悪がられて距離を置かれていた。

そんな中で、同い年でも体躯の大きな男の子が遊びに誘う。

赤髪がその性格を表すような男、ヴィンス。

毎日飽きもせず木の枝をぶつけ合って、成長してきた。

模擬用の木剣を持つ頃にはお互い身体も大きくなり、俺もヴィンスから勝ちを拾うことが増えた。

ある日を境に俺とヴィンスの間に混ざるようになったエミーは、木の枝を見つけてきては、青い目を長い金髪の間に覗かせながら、俺たちの間に入ってきた。

この剣をぶつけ合う模擬戦、剣の才能があるのか意外にもエミーはいい勝負をした。

そんな俺たちを、気怠げな目を青い髪で隠すようにしたジャネットは、よく近くで俺たちを観戦していた。いつも本を読んでいたが、決してつまらなかったわけでも、見ていなかったわけでもないらしい。

寡黙だが決して暗い子ではなく、三人の欠点をアドバイスしたり、怪我した時の治療をしてくれた。

自然と四人はいつも一緒にいるようになった。

だから、『女神の選定式』に呼ばれる前に、一緒にダンジョン冒険者のパーティーを組もうという約束をしたのも、自然なことだった。

女神の選定式。

それは、十六歳になった者が教会で一人一つ、女神様より職業(ジョブ)という能力をもらう儀式。

各々に授けられる能力は非常に高く、決してデメリットなどない。

努力で覚えられるスキルに、女神様自ら選択肢を増やしてくれるような、そんな儀式。

その職を選んでもいいし、その能力を活かした別の職業に就いてもいい。

そして俺たちも例外なく、女神様より能力を授かった。

【勇者】ヴィンス。

【聖騎士】エミー。

【賢者】ジャネット。

そして、【聖者】のラセル。

田舎村からの若者四人がもらうには、あまりにもインパクトの大きな職業(ジョブ)の数々が並ぶ。

聖者という職業(ジョブ)……いや、役割(ロール)を女神からもらった俺は、パーティーの要として皆を支える役目を与えられた。

与えられたはずだった。

もう一度言おう。

各々に授けられる職業そのものに、デメリットはないのだ。

既に残留を諦めている俺とヴィンスの会話に、エミーが混ざる。

「ま、待ってよヴィンス! ラセルを追い出すなんて……!」

「オレだってラセルを追い出すなんてことになるとは思っていなかった」

「じゃあなんで!」

「じゃあ、か。それじゃあエミーに逆に聞くがよ、【神官】のラセルは最近活躍したか? その回復魔法、いつ使ったか言えるか?」

「う……」

わざとらしく下位の職業に言い直して嫌味を放つヴィンス。

しかし……俺を擁護しようとしていたエミーでさえ、その言葉に言いよどむ。

そう。

俺の【聖者】としての回復魔法は、結果から言うと全く役に立たなかった。

理由はとても簡単で、残酷なことだ。

冒険者としてダンジョンに潜ると、レベルが上がる。

元々模擬戦をしていた三人はもちろん、ジャネットの読書も術士として活躍できるベースになっていた。

早い話が、皆強かった結果誰も怪我しないのだ。

だから剣を持たない俺は、どうしてもヴィンスやエミーに比べて出遅れてしまう。

それでも【聖者】という名の杖を持った並の戦士として、上層では活躍できていたように思う。

しかし、ダンジョン中層に入る前に、俺の運命を大きく変える事態が起こる。

【勇者】【聖騎士】【賢者】の三人は、とても優れた職業だ。

万能で、パーティーのどんな状況にも役に立つ。

たとえ誰かが怪我した時や、自分が怪我した時でも。

そう……【勇者】【聖騎士】【賢者】それぞれ全ての職業が、回復魔法の《ヒール》を覚えてしまったのだ。

最初に攻撃魔法のエリートである【賢者】ジャネットが回復魔法を覚えたときの、自分の足元が崩れるような感覚は今でも覚えている。

それに引き換え、怪我も危機もないパーティーで、俺は役に立たなかった。

いわゆる『攻める』時のための魔法が全くないのだ。

レベルも、どんどん差が開いていく。

このパーティーに、回復魔法しかできない俺は役割がない。

それなのに、日々の食事は平等にもらっているし、私物が買える程度に報酬も分けてもらっている。

ヴィンスが重ねてエミーを説得する。

「今日もエミーが庇ったせいで、エミー自身がちょいと危なかったしな。……なあエミー、これ以上こいつが混ざってると、多分どっかで死ぬぞ」

「……」

「多分もうラセルじゃ、エミー相手でも全く歯が立たないんじゃねーかなあ。ぶつかって怪我したり——」

そこまで黙って聞いていたが、いくらなんでもそれは聞き捨てならなかった。

俺にだって、ずっと子供の頃から木剣をぶつけ合って勝ち越してきたプライドがある。

「さすがに大人と子供じゃないんだから、怪我は有り得ないよ」

「へえ、そうか? じゃあ試してみたらどうだ。怪我したんなら、もう色々諦めて村に戻った方がいい。向いてないだろうから」

「分かったよ」

「ジャネットもそれでいいか?」

「……そう、だね。いくらなんでもぶつかって怪我なんてないと思うし。それに仮に、ラセルが怪我するほど弱かったら、僕もダメだと思うな」

それまで黙って聞いていたジャネットも、ヴィンスに聞かれて肯定を示した。

そうか、ジャネットもどちらかというと追い出す側だったのか。

俺を邪魔に思っているのか、心配しているのか、その表情からは読み取れない。

俺は近くに立てかけてあった、最近はヴィンスとエミーしか使わなくなった木剣を持ち、エミーを見る。

当のエミーは困惑しながらも、利き腕でない左手一つで盾を構えた。

「じゃあエミー、構えていて。外したりはしないから」

「うん、それは私も気にしてないけど……あまり無理しないでね?」

その言葉は、きっと心から俺を心配してくれていた言葉なのだろう。

しかし、俺にとっては。

その台詞は完全に下に見られているようで、冷静さを失わせるのに十分だった。

「行くよ……!」

返事を聞く前に大きく踏み込んで、両手持ちにした木剣を上段から勢いよく打ち付ける。

筋力に体重や木剣の重さを乗せた一撃で、普通の女の子なら両手で盾を構えていてもふらつくほどの勢いだ。

エミーの顔が近くになり、お互いの目が合う。

近くの盾が光を放つのを認識しながらも、俺は別のことを考えていた。

こんなに近くで見るのも久々かもしれない。

じゃじゃ馬だったエミーも、随分と成長したな——

——目が覚めた時には、夜になっていた。

窓の外から差し込む月明かりを頼りに部屋を見ると、見慣れたパーティーの部屋の中はがらんとしていた。

今まで、眠って……いや、違う。

気絶して、いたのか……?

身体に掛けられてある毛布をどかして、近くにある一人分の荷物と、それなりに暮らしていける量のある金貨の袋を見つける。

それ以外には、何もかもがなくなっていた。

木剣も、戦利品も、三人の幼なじみも。

俺は、自分がパーティーを除名させられたことを悟った。