Black Eagle’s Saint~ The Expelled Healer Masters Dark Magic from His Spare Magic Powers
Confirmation of victory, the end of the demon king, and…
俺は魔王の倒れた姿を確認し、シビラの方へと向かった。
満面の笑みで腰に手を当てながら、俺の方を見てうんうん頷く。
「いやー、二重詠唱のアビスネイルって初めて見たけど、たまんないわね! 魔王を一撃でここまでできるなんて、アタシの長い生でも『黒鳶の聖者』だけよ、どーなってんのよあんたは」
「いや、チャンスを作ってくれないと二度は当てられない攻撃だなこれは……そっちこそ、無詠唱をあんなタイミングで使ってくるとは思わなかった。魔王を出し抜くとは、さすがのずる賢さだ」
シビラは、俺へ。
俺は、シビラへ。
それぞれの行動を、捻くれた感想で述べる。
お互い真顔になって見つめ合い……どちらともなく静かに笑い出した。
そして、シビラは革手袋を外して右手を挙げ、その病的なまでに白い手の平を向ける。
知略の魔王を頭から爪先まで完全に手玉に取ったとは思えない、その細く美しい手に、俺は自信を持って自分の手の平で叩く。
「あいたっ!」
シビラは手首を振りながら、少し赤く腫れた手に息をふーふーと吹きかけ出した。
……いやいや、そこで痛がるか普通?
なんだか締まらないヤツだな……。
ま、でもこの緊張感のなさこそがシビラなのかもしれないな。
どんな危機でも、横にいるだけで乗り越えられそうな気がしてくる勝利の女神。
俺自身がどれぐらい強いのかなど自分ではハッキリとはわからないものだが、こいつが勝てると断言すれば、勝てる気がしてくる。
それが、シビラという女だ。
「自分で手袋脱いでおいてそれはないよなあ、《エクストラヒール》」
「うう、もうちょっと女の子にいたわってあげた方がいいわよあんた……アタシ以外の子だと泣いちゃうわよ」
「大丈夫だ、シビラ相手にしか叩いたりしないからな」
「ひどっ!? いや、これはもしかして信頼の証……? 露骨な好意の表れ!? そう、まさにこれはアタシ限定で、夫婦漫才する気があるラセルからのぞっこん愛情のうらがえきゃいん!」
当たり前のように俺の腕がチョップをやったな今……。
それにしても、どうやったらそんな妙な方向に連想していくのか、不思議でしかたがない。
なんつーか、よくもまあここまでポジティブになれるもんだ。
最初にパーティー除名されてスレた俺も、ある意味こういう無駄に前向き思考なところも見習うべきか……?
……いや、こいつのポジティブ具合を真似たら本格的にただの脳天気だな。
「聞こえてるわよ!」
「聞こえるように独り言を言ったからな」
「なんでそんなにアタシに対して明け透けに喋るのよあんたは……他の孤児院の女子組も長い時間一緒に居たのに、全然そんなんじゃないじゃん……」
がっくりきた顔で溜息をつくシビラを見ながら、ふとそんな何気ない一言を改めて考えてみる。
確かに、こいつとはすっかり距離も縮まった。縮まったというか、まあ正直あっちから縮めてきたのだとは思うが。
それでもパーティーにいた頃は、俺ももう少し大人しかったように思う。少なくともエミー相手にも、ここまで言いたい放題言うほどの仲ではなかったな。
……まあエミーにここまで言うとすぐ涙目になってさすがに出来ないだろうが……。
だが、この全く経験したことのない女性との距離感がどうかと言われると……悪くないのだ。
シビラと冗談を言い合うのは、気分がいい。初めての経験なのに、まるでずっとそうしてきたようにすら感じる。
腹立たしいことに——本っ当に腹立たしいことに——どうにも俺は、こいつとの不思議な距離感を、相当気に入っているようだ。
ようだ、というのは自分でもはっきり分からないから。
「……まーいいわ。あんたは本当によくやってくれた。【宵闇の魔卿】としては、職業(ジョブ)を変えて三日目で魔王討伐はさすがのアタシでも新記録よ」
「シビラが言うのなら、そうなんだろうな。悪い気はしない」
「最高評価よ。まったく、我ながらとんでもないもの生んじゃったわね」
全く、本当にこんなことを成功させてしまうんだからな。
自分が【聖者】のまま【宵闇の魔卿】としてレベルアップしている感覚は、未だに不思議なものがある。
そして何より……俺自身の魔力の謎も。
一体俺の身体はどうなっているんだろうな。
消費魔力が高いらしい闇魔法だが、何をどれだけ使っても、全く枯渇する気配がない。
それでいて、ちゃんと魔法が使えている。
……ある意味、聖者になったことや闇魔法使いになったことより、遙かに大きい謎だ。
「全く、それにしても魔王も、ラセルのことを知りもせずにお供の『ペット』を連れるのをさぼるなんてね」
「……お前そういえば、いないと分かって鼻で笑いかけてただろ。油断させるって言ったのはお前なのに」
『ペット』……それはシビラが事前に言ってた、魔王の戦闘補佐の魔物。
魔王はこいつを引き連れて現れることが度々あるらしい。
「うっ、まあ……ね。あんまりにもおかしくて笑っちゃったわ。……フロアボスは基本的に複数戦ほど怖いものはないからね。一体の強いボスをパーティーで連携してたこ殴りにするのが基本、これが自分一人で複数のボスに近接戦を挑むような状況になると、もー勝つのは絶望的よ」
……なるほど、あの魔王に近接戦闘ができるお供がついてきたら、一気に勝ち目が薄くなるな……。
なんとなく、魔王とはいうが、戦うことを一番の専門にしている雰囲気ではなかった。だが、その名の通り王として造る技術に関しては、他の追随を許さないのだろう。
それでも、俺だって剣やローブで魔法攻撃を防いだというのに、二度の強力な魔法で剣を取り落とすほどの魔法を投げつけてくる魔王は強かった。
「複数戦はね、基本的に勝てないと思って真っ先に逃げること。それが無理なら階段や細道を利用して、例えばそいつが——」
シビラが視線を動かした途端、その目が驚愕に見開かれる。
その瞬間、猛烈に嫌な予感がして、俺もすぐに振り返る。
魔王が倒れていたはずの場所には、何もなかった。
「——ク、クク……」
そういえば……ここのフロアボスで、場所が打ち止めというわけではない。
フロアボスを倒せば、必ず次の扉が開くのだ。
すぐに魔王が現れたから、気にすることもなかったが……奥の方を見ると、今まで閉じられていたであろう向こう側の部屋が、明るく光っている。
「あ、あいつ……ッ!」
シビラの焦りを余所に、魔王は満身創痍でありながら余裕そうに笑う。
……強がりではなく、本当に何か、精神的余裕があるか……もしくは少し壊れているか。
「死体の残像を残した移動だヨ……ハハハ……! また、会おウじゃないか、宵闇の魔卿……いや、『黒鳶の聖者』、だったかナ……!」
「やられたッ! ラセル、逃げるわよ!」
シビラが叫ぶと同時に、俺は階段を急いで登る。
フロアボスの扉に魔力の壁はなく、部屋からすぐに脱出することができた……が。
「『奥の手は残しておク』……よイけいケンだっタ……こういうのも、また、一興、だナ……」
その最後の言葉が、どうにも頭から離れなかった。
第二層には既に魔物の姿はなく、目の前には真っ直ぐの道があるのみ。
シビラは迷いなく、左に曲がって走って行く。そういえばこの女神、ダンジョン全部の地図を頭の中で作っているんだったな……。
「ラセル、一応言っとくけどあのダンジョンコアを壊した時点で魔物はもう出ないわ! そして、ダンジョンの維持もできない!」
「維持もできない、だと?」
「そう! ほっといたら少しずつ老朽化するんだけど、あの馬鹿魔王、自滅魔法使いやがった!」
魔王が使う、『自滅魔法』。
何のことか知らなくても、その名前と威力がどれほどヤバい状況なのかぐらい、俺でもわかる。
後ろを振り返ると、光がどんどん明るくなっている気がする。
……マジかよ……!
「そろそろ一階! ラセル、回復!」
「分かった!」
頭の中で《エクストラヒール・リンク》を使い、スタミナチャージの魔法を兼ねたその魔法で体力を回復する。
まだまだ全力疾走を止めるわけにはいかない。
一階部分まで上り、俺はふと立ち止まり、シビラの腕を掴んで叫んだ。
「《ウィンドバリア》!」
(《ウィンドバリア》)
シビラが怪訝そうな顔をした直後、壁に矢の当たる音がする。
驚いているシビラを余所に、俺は《ダークスフィア》を叩き込んで全ての黒ゴブリンを黙らせた。
「なんで分かったの?」
「いや、今のは本当になんとなくだ。俺自身、あまりに危険な状況すぎて、危機感がかえってなくなって冷静になっているのかもしれない」
「頼りになるんだかならないんだか! でも、今あんたはアタシを頭脳で出し抜いた、悪くないわよ!」
こんな時だが、褒められて悪い気はしない。
シビラに頭脳を褒められるのなら、自信を持っていいことだ。遠慮なく受け取っておこう。
俺達はダンジョンを出ると、立ち止まらずに走りながらも後ろを振り返る。
「ラセル、壊して!」
「《アビスネイル》!」
(《アビスネイル》!)
ダンジョンの入り口に魔法を使い、大きな魔力の爪が入り口部分を崩落させていく。
しかし……入口が塞がったぐらいではこの自爆魔法は抑えられないのか、光が岩の隙間から漏れ出して、周囲を焼く。
「……どう、しよ……これ、止まらない……」
「くそっ、まだだ!」
俺がここで諦めるわけにはいかない……!
このままでは、村ごと飲み込むんじゃないのかというほどの魔力の破壊攻撃。
ここで止めないと……!
村付近まで下がった俺が、覚悟を決めて目の前の光に対抗しようとした瞬間——!
「《マジックコーティング》!」
——懐かしい声が、聞こえた。
目の前が真っ白になり、熱なのか何なのか分からないものが吹き荒れる。
しかし不思議なことに、衝撃などは全く届かなかった。
やがて光は小さくなり、俺が目を開けると目の前の山はなく……。
……腕の中には、身体を殆どボロボロに崩壊させた、かろうじて幼馴染みだと分かる姿が俺に倒れかかっていた。
エミーは、その激痛に苛まれた姿で何故そんなに優しい目ができるのかというほど穏やかに目を細めて俺と目を合わせると……。
「——」
言葉を形成できない息の掠れた音、喉から何かごぼごぼと湧いたような音を立てて、そのまま目を閉じた。
俺の両腕に、力を無くした身体の重みが伝わった。