Black Eagle’s Saint~ The Expelled Healer Masters Dark Magic from His Spare Magic Powers

Thank Emmy for being a part of the party. We're going to a new dungeon.

少し目を腫らしながらも戻ってきたエミーと、その肩を抱いてわしわしと髪を撫でるシビラ。

ベッドに腰掛けてエミーが落ち着くまで待つと、シビラはひとつ手を叩いて注目を集める。

「さて、ちょいと一騒動あったけど、当初のとおり今後の予定を立てるわよ」

シビラが言うには、この辺りにはダンジョンが三つあり、それぞれそのまま『セイリスの第一ダンジョン、第二ダンジョン、第三ダンジョン』と呼ばれているらしい。

「アタシたちが向かうのは、第三ダンジョン」

「何か理由があるのか?」

「単純に敵が強いことで有名なのよ。そうすると、当然……人が減るわよね」

「ああ、そうか。俺があまり他の人と会わない方がいいんだな」

「そういうこと」

俺は現在【宵闇の魔卿】という闇魔法を専門とする職業を得ている。しかしその名のとおり、『太陽の女神教』からすれば明らかに怪しい存在だ。

実際は敵対的でも何でもないのだが……俺自身が自分の魔法を見て、納得してもらえる自信がない。

「そういえば、エミーにはどれぐらい話したんだ? 闇魔法を使うようになったことは説明したと聞いたが」

「エミーちゃんには、ラセルのことは一通り。経緯とかもね」

「……変なことを言ってないだろうな」

「おっほほほ、ノーコメントでございますわ」

絶対余計なこと言ってるぞこいつ。

ちなみにエミーの方を向くと、どう解釈したらいいか分からないほど満面の笑みだった。とりあえず、余すところなく話した、ぐらいは覚悟した方がいいかもな……。

「ってなわけで、今日は恐らくもうディナーとか入らないだろうから、ぶらぶらして明日から突入しましょ。アタシは一人で道具とか買ってるから、二人はお好きにどーぞ。日が落ちる前に戻ってればいいわ」

そう言うや否や、シビラは一人で部屋から出て行ってしまった。

「……マイペースな人だよね」

「本当にな」

残された俺は、いざ二人きりになってみるとどうしてもそれを意識してしまう。エミーも同じなのか、所在なさげに視線を動かしながらそわそわと手を重ね合わせたりしていた。

昔は何の気兼ねもなく、それこそ男と同じように付き合えていたが……まあ、お互い大分変わったからな。

「俺達も、どこか行くか?」

「ら、ラセルと? うん、行く行く!」

俺とエミーは、結局二人で街に出歩くことになった。

市場はもう見て回ったので、再び海の見える場所へと向かう。

「わ……夕日の海、綺麗……」

俺もエミーの横に並んで空を見る。赤く光り輝く炎のような海面は、沈みかけた太陽の光を反射して眩しいほどに輝いていた。

遠くの海はもはや立体感などなく、水面というより絵画のようにすら見える。

「エミー」

「ん、なぁに?」

俺の方を振り向いたエミーも、太陽の光を受けて負けないほど全身を茜色に染めている。

会話してるとまだまだジャネットに比べて子供っぽいと思うのに、黙っているとすっかり大人びてしまった幼馴染みは、俺に向かって微笑む。

……あまり、気負いすぎるのもおかしいか。

「さっき買ってきたんだが……受け取ってくれないか?」

「えっ? こ、これって……!」

俺は先程市場で買った、簡素なブレスレットを渡した。金色の、細い金属のタイプだ。

「こういうのはよく分からなくてな。邪魔にならなさそうなものを選んでみたが、どうだ?」

エミーは俺の手元を見てじっとしていたが、はっと気付くと俺の手からブレスレットを急いで受け取った。

「……こ、これ、私に……?」

「まあ、な。前のパーティーじゃお荷物だったし、あまりこういうのを買ってやれなかったと思って。一応、いろいろな礼代わりだ。大したものじゃなくて——」

「ううんっ! そんなことない! 嬉しい、嬉しいよ!」

エミーは早速ブレスレットを着けて、沈みかけた太陽へとかざした。

その金色の輝きは、俺の目にも眩しく感じるほどにきらきらと……いや、違うな。

「ありがとう、ラセル。大切にするね!」

「ああ」

ブレスレットの金色より、エミーの金髪の方が、明るく綺麗だ。笑顔が、輝いて見えるからだろうか。

光の道を行く汚れなき【聖騎士】。一瞬でも心まで闇に染まりかけた俺には、やはりその姿が眩しく感じられる。

しかし、その金の眩しさが突如ふっと失われる。日が落ちきったのだ。

郷愁の茜空を、静謐な青が浸食していく。

——宵闇の時間だ。

俺は、全身を少しずつ青色へと変えるエミーに声をかける。

「明日から、エミーも『宵闇の誓約』のパーティーだ。頼りにしてるぞ」

「うん、任せて!」

キリッと笑顔になったエミーは握りこぶしを作る。

その表情は前向きで、以前の勇者パーティーでは最近まで見られなくなっていたものだった。

これならきっと、大丈夫だろう。

このエミーを再び取り戻せた安堵とともに、二人で宿へと戻った。

翌朝、旅の疲れをしっかりと抜いた身体で伸びをし、窓の近くにいたシビラと目を合わせる。

「おはよう、さすがに魔王戦の疲れはもうなさそうね」

「昨日はしっかり食べて寝て、一日遊び倒した感じがするからな」

「結構。海産物は栄養が高くてね、タコは疲れを取るし、魚は頭の回転を良くするわ」

シビラに言われてもしやと気付いたが、この場所を選んだ理由の一つにそれもあるのだろうか。

だとすると……やはり観光を楽しむことそのものを含めた上で、俺の為になることを選んでいるように感じる。そうでもなければ、栄養の話などできないだろう。

一石二鳥で、やりたいこととやらなければならないこと、全部やろうとしている。というか現に出来ている。

本当に、どこぞの教会でステンドグラスになっているだけの女神に比べて、うちの女神様は働き者なことだ。

俺とシビラの会話を聞いてか、エミーも起き上がってきた。

「おはなししてる〜、おはよぉ〜」

「ああ、おはよう」

エミーも伸びをすると、眠さを感じさせない動きですぐに起き上がった。

両手を握ったり開いたりしながら、「うん、大丈夫」と独り言を呟く。窓に腰掛けたシビラが、エミーの方を満足そうに見ながら頷く。

よし、皆調子も良さそうだな。

朝の準備を終えて、ギルドへと赴く。

アドリアの村と比べてはもちろん、ハモンドと比べても活気があるように感じる。この街の人柄によるものかもしれない。

シビラはこちらでも慣れた手つきでタグを寄せて、パーティーを街に登録するとすぐに出ようとした。

「おいおい、つれねぇな。なあ姉ちゃん、俺と遊んでいかねぇ?」

……ん? 今声をかけてきたのは……こいつか。

そこにはヴィンスと同じぐらいの背丈の、いかにも遊び歩いているなという雰囲気の男がいた。

シビラは無視して行くかと思いきや、腕を組んで考え込んでいるぞ。おいおい、付き合うんじゃないだろうな?

「んー。じゃあエミーちゃん」

「……え? え?」

「女の子が恋しい、ちょーっと残念な感じの彼に、両手でぎゅっと握手してあげて」

そう言いながらエミーの方を向いたシビラは……実にいい笑顔だった。

ああ……俺も、今から何が起こるかありありと目に浮かぶぞ……。

耳元で小さく囁かれたエミーは前に出ると、鎧に包まれた両手を差し出す。

「おおっ、君もかわいいねぇ〜! じゃあお近づきの印に……」

そして、無防備に、両手を握る。いや、握ろうとした。

男の両手はエミーの片手を握る寸前、両手まとめてエミーにがっちりと両側から包み込まれてしまう。

「……ん、おい、今……あだだだだだだだッ!」

当然、俺の筋力では全く太刀打ちできないエミーの圧倒的な聖騎士としての能力。

周りの人たちも男の悲鳴に驚き視線が集まる。

シビラはニヤニヤしながら男に顔を近づけて言い放った。

「世界一の美女であるアタシをナンパしたい気持ちはわかるけど、ごめんね〜、先約がいるの。もう変なナンパしないのなら、離してあげてもいいわよぉ〜?」

「あだだわかった、分かった! 俺が悪かったもう話しかけねえっていうかこええええ!」

エミーが「むー……怖いだなんて失礼しちゃう……」と言いながらも手を離した。

男はすっかり、エミーに怯えている。

「ま、アンタももうちょい相手のレベルを計れるようになりなさい? それじゃねー」

話を一方的に切り上げると、シビラはさっさとギルドから出て行った。俺とエミーは一瞬目を合わせると、急いでその後を追う。

「んー、ナンパ野郎をぶっとばすとか、早速セイリス名物の女好き返り討ちというありきたりなことをやっちゃったわね!」

「あれ、よくあることなのか……」

「うんうん、この街は多いわよ。まああんだけギルドに冒険者も受付係も多い時間でやると、さすがにもう迂闊に絡まれることもないでしょ。こーゆーのは早いうちにやっておくものよね」

こいつ、そこまで計算して……やってしまうのが、シビラなんだよな……。

エミーは先程の男の反応に、随分と凹んでいる様子だった。

さすがにあの反応はないよなと声をかける。

「エミー、大丈夫か?」

「ラセル、私怖くないよね……?」

「味方でいるうちは怖いわけないだろ。少なくともあの男より遥かに頼りになるって分かったわけだしな」

エミーはほっとした様子で胸をなで下ろした。

心配しなくても問題ない、お前はもう『宵闇の誓約』の一員なんだからな。

俺とシビラの穴を補完してくれる、大切なパーティーメンバーだ。

頼りにしてるぞ。

そんな気持ちと共に、『セイリス第三ダンジョン』の入り口へと到着する。

さあ、三人パーティーの初仕事だ。