Black Eagle’s Saint~ The Expelled Healer Masters Dark Magic from His Spare Magic Powers
Civila knew what I knew. I'm gonna have to worry about you next time.
シビラがエミーを連れて、巡回中の間に自分の魔法の準備をしておく。
昨日はシビラのお陰か、すっかり英気を養えたように思う。
その分は頑張らないとな。
「まずは、《ダークアロー》」
(……。……《ダークアロー》)
頭の中で時間差を意識して、矢を撃つ。
右手と左手から、一本ずつの黒い魔力の矢が発射され、壁に当たり消滅する。
「よし、久々でも問題なく使えるな。後は……」
俺は、一度シビラが思いつきで言った、あの二重詠唱のことを思い出していた。
闇魔法を発動する関係上、外で練習するわけにいかないのでやっていなかったが、今なら誰もいないこの空間を存分に使える。
手首を少し外気に晒して、小さく引っ掻き傷を付ける。
「《ダークアロー》」
(《ヒー、ル——)
そう、俺が試してみたいのは、ファイアドラゴン討伐後にシビラが言った『攻撃魔法と回復魔法の同時使用』だ。
これに慣れると、有利になるとかそんなレベルじゃない。ダメージや疲労といった概念が吹っ飛ぶことになる。
まずは前段階の、ヒールから練習してみたが……闇魔法は発動したが手首の傷は治らない。失敗したようだ。
「すぐに上手くはいかないな。もう一度だ。……ふーっ……《ダークアロー》」
(……《ヒール》)
再び闇魔法が壁に飛んでいったのを見届け、自分の手首を見ると引っ掻き傷も消えていた。
「よし……まずは第一段階、成功だ」
いきなり完璧じゃなくてもいい。
着実に、一歩ずつ前に進んでいけば、必ず最後は結果が出る。
今の俺には、そのための道がある。
——だからエミーにも、そう思ってほしい。
完璧じゃなくても一歩ずつ、俺達のパーティーの一員になってくれたらいい。
どこか、俺とシビラのやり取りを見ているように感じたのは、気のせいではないと思う。
恐らくエミーは、俺とシビラの相棒同士としての、息の合い方を見ているのではないだろうか。
……俺がこの魔法を習得したいと思ったもう一つの理由は、エミーがどうにも、無理をしそうで心配だったからだ。
俺のエクストラヒールは、スタミナチャージという俺の知らない神官の魔法も兼ねている。先ほど使った時に疲労がなくなったと申告した、ということは……それまで疲れていても言い出さなかったのだろう。
疲労は危険だ。
なるべくエミーには、一番いいコンディションでいてほしい。
明るく脳天気なほど元気なのが、エミーの取り柄だった。
魔王の自爆を受けた直後の物言わぬエミーを見て、自分があそこまで錯乱するとは思わなかった。
もう二度と、あんな思いはしたくはない。
「《ダークアロー》」
(《ヒール》)
もう一度発動。成功。
「《ダークアロー》」
(《エクストラ、ヒール——)
頭の中で、魔法が途切れた感覚がある。
最終的にエクストラヒール・リンクを失敗することなく無詠唱で使えるようになっておきたいが……すぐには難しいだろうな。
それから数度練習し、エクストラヒールを数回に一回程度は発動できるようになったところで、フロアの扉が開く。
見回りが終わったのだろう、いつも通りの気負いのない顔をしたシビラの顔を見て、その無事に息をつく。
「たっだいまー」
「ああ、お帰り……って、家じゃないぞ」
「ラセルのいるところが家でいいんじゃない?」
「……せめて拠点って言ってくれ」
俺の居るところが、家。その内容を一瞬想像し……俺が少し言い淀んだ瞬間を、こいつが見逃す筈がなかった。
悪巧みを思いついたようなニヤニヤした顔で、俺に頬を寄せてくる。
「……! あっれぇ〜? も〜しかして、もしかして……照れちゃった? シビラちゃんとラブラブ同棲の妄想で言い淀んじゃった? 二人屋根の下生活とか想像して照れちゃっきゃん!」
「お前も懲りないよな……」
自分でチョップしておいてなんだが、こいつはチョップされると分かっていて言ってるんじゃないんだろうか……。
頭を押さえているシビラの横から、ずずいと身を乗り出してくるエミー。
頭をこちらに向けて、むっとした顔をしている。
「ん!」
エミーの目が、『分かって』と言っている気がする……っていうか完全に言ってる顔だな。
……もしかして。
「てい」
「……んふ」
俺がチョップをすると、エミーは頬をだらしなく緩めて引っ込んだ。
本当にアレで良かったのか……? 俺は、一番付き合いが長いと思っていたお前のことが段々分からなくなってきたぞ……。
……しかし、今ふと思ったのだが。
「シビラ、何かエミーと話したか?」
「ん? まーね、あんたが気にすることじゃないわ。エミーちゃんとは仲良くなったから、ねー?」
「はいっ!」
エミーはシビラに対して、先ほどとは明らかに違う笑顔。
そこには、仲良くなった以上の……そう、危うさのようなものがない、晴れやかなエミーの笑顔だった。
……そうか。そうだよな。
孤児のイヴが抱える事情をすぐに理解して救ってしまったお前が、俺でさえ気付いたエミーの危うさに気付かないわけがなかったな。
エミーは気合い十分と言った様子で、フロア先の扉へと盾を構えて歩き出した。
俺はシビラの隣に行き、小声で話しかける。
「シビラ」
「ん?」
「助かった」
「……今度は自分から言いなさいよ」
俺の言いたいことも、もちろん察して受け取ってくれた。
俺の大切な幼馴染みのことまで気付いてやれるお前は、どんなに調子に乗ろうと気遣いの女神様だよ。
だが、エミーに関しては俺に一日の長があるんだ。
頼れる相棒にも、譲りたくないものはある。
次からはちゃんと、俺から言うさ。
エミーが盾を構えながら、扉を開く。
その先にはやはり、下への階段があった。
「……さて、一番気になることがあるわけだけど……みんなも分かるわよね」
「先行していたパーティーが、上層にいなかったことだな」
「ええ」
シビラの懸念。
それはこの『セイリス第三ダンジョン』という最難関ダンジョンにて、絶対に中層以下には潜らないはずの冒険者パーティーと上層で出会わなかったことだ。
「第三ダンジョンは、アタシが以前も攻略して失敗したことがある。その時に調べたけれど、上層に迂回路はないのよ。ある場所といえば、行き止まりだけ」
「ということは、間違いなく中層にいるんだな」
シビラが頷くと、エミーも真剣な顔で事情を把握し、下への階段を降りていく。
「ラセル、防御」
「《ウィンドバリア》」
「エミーちゃんも。上層は様子見も兼ねて大丈夫と判断したから見てたけど、次は黒ゴブリン混成だから物理防御しておいて。盾受けしきれない可能性もあるから」
「はいっ! それでは……《プロテクション》!」
エミーが、その防御魔法を発動させる。
するとエミーの身体を、黄色い光がふわりと覆い、すぐにその色は消えた。
俺が望んだもう一つの力、パーティーを守るための防御魔法だ。
羨ましいか、と言われると、そりゃ自分の持っていない能力は羨ましい。
だが、あのときのような落胆と絶望感は、もうない。
恐らくシビラは、俺が怪我することを過度に気にする必要がないと言ったのだろう。
だとすると、俺もエミーのことを、過度に心配するのは失礼なのかもしれないな。
最上位の防御魔法二種は、誰かを守りたいと願った聖騎士であるエミーのためにある。
ならば、エミー自身のためにも……そう、エミーの気持ちのためにも、エミーが使うべき魔法だ。
「エミー。一応説明するが、俺のウィンドバリアは投擲攻撃と攻撃魔法をある程度弾く。二重詠唱にしてあるから、それなりに強いはずだ」
「凄いね、これ……! 分かった、ありがとね!」
お礼を言うのは俺の方だって。
聖騎士なんて仰々しい職業を貰っても、そういうところが几帳面なのがエミーの良さだよな。
まずは最初の敵……ギガントだ。
そのまま接近攻撃を始めるかと思いきや、先に矢が飛んできた。
もちろんその攻撃は、壁に当たって甲高い音を立てる。
「黒ゴブリンの弓がいるわ。見ての通りラセルの魔法にかかれば大したことないし、どんな猛毒も問題はないわ。エミーちゃん!」
「分かりました!」
エミーがギガントへと体当たり気味にぶつかり、攻撃を盾で受ける。
もちろんその間も、右手の竜牙剣による攻撃の手は緩めていない。
俺は……まだ闇魔法を使う判断はできない。
ウィンドバリアの効力のためか、敵がそこまででもないなと思ったのと、もう一つは……やはり、どこで別パーティーと会うか分からないからだ。
シビラの攻撃魔法が黒ゴブリンを倒していき、比較的早く敵は全滅した。
「よっし、中層問題ないわね」
「はい! ラセルの防御魔法がかなり強くて、感覚的には上層とあまり変わりませんね」
「いいわよ、その余裕。この階層でのギガントは、途中で緑から赤に変わって強くなるけれど、エミーちゃんのスキルなら大丈夫。気負いせずにね」
俺は念のため、エクストラヒール・リンクを使い回復させた。
皆が万全であることを確認し、道を進んでいく。
「……しっ」
シビラがエミーの肩と俺の袖を掴む。
何か気付いたことがあるらしい。
「……一応言っておくと、アタシは事前にフロアサーチの魔法を使ってるわ。レベルが低いとほんとお粗末な範囲だし、結構覚えるの高めだから使ってなかったけど……索敵用の魔法よ」
シビラの突然の魔法解説。
俺が結局何を言いたいのかと質問する前に、シビラは驚くべき行動に出た。
「——新しいパーティーが探索に来たわよーーーッ!」
なんと、この魔物だらけの中層でいきなり叫んだのだ。
俺もエミーもシビラの方を見て驚いていると、すぐにシビラの意図が分かった。
『……ここだーっ……』
確かに、今、小さい声が聞こえてきた。
「よっし。相手にこちらを認識させた。意味のない同士討ちだけ懸念してたから、もう堂々と行っていいわよ」
「い、行くってどっちにですか?」
「左の道ね」
シビラの指示した方向へ俺とエミーも一緒に移動すると、狭い入口をした小部屋の中に、探していた人達がいた。
「た、助かった……」
先行していた冒険者パーティの五人が、その場所を一時拠点にしており、パーティーの男がほっとしたように呟いたのが聞こえた。
このパーティーには、いろいろ聞きたいことがある。
その中でも一番の謎であり、聞く必要があることはやはり『何故この階層に居るのか』だろう。
下の階層に逃げ込むなど、普通は有り得ない判断だ。このダンジョンに潜れるほど生き残ってきたパーティーがする行動とは思えない。
——何か、未知の敵の予感がする。
俺は熟練者パーティーの筈の顔ぶれを確認しつつ、その小部屋へと足を踏み入れた。