Black Eagle’s Saint~ The Expelled Healer Masters Dark Magic from His Spare Magic Powers

The encounter at the orphanage is the second Sister who works too hard

フレデリカに皆でついていきながら、マデーラの街を見る。

本当に昼とは思えないぐらい人が少ない。家を見ると、どうやら人はちゃんと住んでいるようだが……。

「ここよ」

歩いているうちに、到着したらしい。

フレデリカの指す孤児院の建物は、それなりの大きさがありつつも、見たところお世辞にも綺麗とは言えなかった。

……ただ、それでもイヴが住んでいた建物よりは綺麗に感じる。

改めて、イヴに与えられた環境と状況はあまりに過酷だったのだと認識した。

ほんの少しの間でも、同じ孤児院出身者として手助けできてよかったな。

フレデリカが扉を開けると、玄関で座り込んで遊んでいた少年が、びくっと震えてフレデリカを見つめる。

「あ……! ふ、フレデリカ先生!」

「ベニー君、久しぶり!」

フレデリカは慣れた様子で子供の名前を呼ぶと、手を広げて近づいていく。

ベニーと呼ばれた少年は、フレデリカに駆け寄る……かと思ったら、一歩引いた。

「……え?」

「あっ、ごめんなさい……。お、お帰りなさい、フレデリカ先生」

おずおずと近づき、少年はフレデリカの前に来る。

当のフレデリカにも予想外の反応だったのか、セイリスの孤児院の時とは違い、恐る恐る撫でた。

ベニーが素直に頭を差し出して撫でられたことに、心底ほっとした様子のフレデリカ。

だが一息吐いた後、顔を引き締めて目線をベニーに合わせた。

「ねえ、ベニー君」

「うん……」

「私の知らない『何か』があったら、教えてくれるかな?」

フレデリカがはっきりと聞くと、ベニーはびくっと震えて後ろをおずおずと見る。

……明らかに、何かある反応だな。

「言いづらかったらいいわよぉ。アシュリーは?」

「アシュリーさんは、多分、部屋に——」

ベニーが再び後ろを振り返ると、そこには恐らく呼ぼうとしていた人の姿があった。

フレデリカと同じシスター服をしている、赤いショートヘアの女性が顔を出す。

その女性は目を見開いて驚くと、フレデリカの方へと跳ねるように近づいてきた。

「フレデリカさん!? もう到着なさったのですか!」

「ええ。久しぶりね、アシュリー。救援にすぐ来られなくてごめんなさい」

「いえ、構いません。セイリスの神官、フレデリカさんとご一緒させていただきながら持ち逃げなど! あっ、そういえばセイリスの対応のために急ぎ向かったとお聞きしたのですが、フレデリカさんは今こちらにいらして大丈夫なのですか? それに、そちらの方々は……」

「はいはい、一つずつ説明するわね」

赤いショートカットの快活そうなシスターのアシュリーは、見た目通りに随分とお喋りが好きそうな人だ。

短い会話の間で、明確にフレデリカより立場が下と分かるな。

そういえば故郷のジェマ婆さんはフレデリカを呼び捨てにしていたが、あの婆さんも案外偉いのか? 有り得るかもな。

……っと、今は故郷より目の前のことだ。

「応接間、使えるわよね。そちらに行きましょうか。その前に……」

フレデリカは俺達の方に向き直ると、そのシスターを紹介した。

「マデーラ孤児院の管理をしてくれていた、アシュリーよぉ。アシュリー、みんなは……えーっと、アドリアの孤児院出身で、逞しく成長してくれた私の護衛なの!」

「わあ、素敵ですね! アシュリーです! フレデリカさんにはお世話になっております。あなた方も孤児とのことですが、対等な職員として接していただければこちらにとっても幸いです、よろしくお願いします!」

びしっと背筋を伸ばして、勢いよく頭を下げるシスターアシュリー。

真面目そうな人だ、この人が一人で回していたわけか……なるほど、問題なく運営できているわけだな。

だが、やはり一人で子供達の面倒を見るのは大変なのか、その顔には疲れが見え隠れする。

髪も、服も、手入れする暇はないのだろう。寝不足なのか、うっすら目元に隈もある気がする。

「アタシはシビラ、魔道士よ。それから」

シビラがタグを持つ。

そこに現れた情報は……以前とは大幅に違う情報だった。

『アドリア』——エミー【聖騎士】レベル2。

エミーのレベルは、【宵闇の騎士】になる際に大幅に下がっていた。

それでも、聖騎士としての職業まで剥奪されていないのは、シビラとエミーの力……いや、意志の強さによるものなのだろう。

それに、どんなにレベルが低くても最上位職。その存在感は絶大だ。

「聖騎士のエミーです、よろしくお願いしますね」

「す、すごい……! あっ、よろしくお願いします!」

アシュリーが何度も頭を下げたところで、当然こちらを見る。

シビラに目配せすると、タグを握って職業を表示させた。

『アドリア』——ラセル【聖者】レベル8。あれからレベルは変わっていないとはいえ、その職業は教会の人間にとって特別なもの。

「せ……聖者様、ほんとに本物の……?」

「いや、俺自体はそういう柄じゃなくてな。それよりあんた、相当疲れているだろう。あとフレデリカも、結構無理してるだろ。《エクストラヒール・リンク》、《キュア・リンク》。どうだ? 楽になったはずだが」

折角なので、この場にいる全ての者に回復魔法と治療魔法を使った。

聖者と聖女の回復魔法は、ただの回復魔法ではない。

体力回復から疲労回復、更には衣類の洗濯や装備の修理までやってしまうものらしい。

便利なものだ。こればかりは、太陽の女神に感謝している。

かつては【勇者】ヴィンス、【聖騎士】エミー、【賢者】ジャネットとともに、パーティーを組んでいた。

だが、あの頃は回復魔法がそこまで必要でなかった上、その初級回復魔法を全員覚えてしまったんだからな……。

さすがに修復までできていたことなど、情報のない頃には予想することなどできはしなかった。

……それに、あのパーティーに残っていたからといって、どれほど役に立てるかなど分からなかったしな。

エミーは色々なことがあって、最終的にこちらに合流した。

二人は他のメンバーを集めたらしいが、今頃どうなっているんだろうな。

俺が考え事をしているうちに、アシュリーは自分の顔に手をぺたぺた当てて、髪をくしゃくしゃ触って、服をぱたぱた叩いて……奥の方へとどたどたと走って行った。

「何かあったか……? いつっ! おい何すんだシビラ」

「何じゃないわよ、あんたね……いや、今の無自覚か。そりゃそーよね、あんたらしいわ……」

何なんだよ一体、最後まで言え。

そう伝えようとしたところで、建物の遠くから「ふおーっ!」とアシュリーの咆吼が聞こえてきて、どたどたと音を立てながら戻ってきた。

「ふ、フレデリカさん! 私今寝不足とか顔の疲れとか、あと服の汚れとか諸々全部綺麗になってるんですけど!? 最近鏡の前に立つのもダウナーだったのに、院で働く前ぐらいお肌つるすべなんですけど! ていうか私の目の前でフレデリカさんがめっちゃ綺麗になっていって気付いたんですけどぉ!?」

「や、やっぱりそうよねぇ? 私もアシュリーを見てすぐに変わったって気付いたんだもの! これがラセルちゃんの、聖者様の魔法なのね……!」

どうやら二人とも、お互いの顔が健康的になったことで気付いたらしい。

俺にはそこまで大きな変化には見えないが……まあ、それだけすぐに気付いたのなら良かったのだろう。

アシュリーは俺の近くに来ると、地面に膝を付けて俺の手をその両手で取った。

「聖者様ラセル様神様! シスターのアシュリーです! 何か御用があれば、部下のように何なりとお申し付けください!」

「おいおい、膝が汚れるぞ。俺はそういうつもりはないし、対等に接してくれる方が気が楽だ。フレデリカの同僚とあらば、使い渋る理由は無い。疲れが出たら、遠慮なく言ってくれ」

「ありがとうございます……! 私はラセル様を信仰します!」

「しなくていいぞ……」

シビラやエミーとは別ベクトルで、随分とテンションの高い女だなおい。

まあ暗いよりかはいいが……。

「あっ、応接間でしたよね! 今すぐお茶の準備をさせていただきますので、ゆっくりおいでくださいませ!」

アシュリーがばたばたと忙しなく出て行き、ベニーも他の子のところに行ったようだ。

俺は当然の疑問を、他の三人にぶつける。

「やれやれ、元気がいいのはいいことだが……何故あんなに気に入られるのか」

そう言った瞬間。

残り三人が『信じられない』とでも言いそうな勢いで驚き、揃いも揃って大きな溜息をついた。

「なんなんだよ一体……」

「ラセル。一つ言っておくことがあるわ」

三人を代表して、シビラが俺の目の前に指を突きつけた。

「女の人の、自分の美を保つための努力と、それを維持できないことの悔しさを侮っちゃ駄目。目元の小ジワの一本が、あんたのかつて味わった絶望ぐらいの重さで女性には襲いかかるのよ」

そんなにか……。

俺から見たら分からなかったが、フレデリカとアシュリーはお互いを見てすぐに分かったようだったな。

ん? ということは……。

「ふふっ、今の私は既にセイリスのお悩みも解決してもらったしぃ、さっき旅の疲れも取れちゃった感覚があったから、き〜っとここ最近で一番、綺麗になっちゃってるわね〜」

「いやフレデリカは元々綺麗なままだろ、全く違いが分からんぞ」

「や、やだわ、ありがとぉ!」

フレデリカが満足しているのなら、俺から見て分からなくても別にいいか……いてっ。

「……なんだよ」

「いや、今のアタシはこれをする義務があると思っただけよ」

シビラに文句をつけようとしたが、エミーが首を縦に振って同意していたので、喉まで出かかった反論の声は呑み込んだ。

理不尽だ……。

「そろそろいいですよ!」

奥からアシュリーの声が聞こえてきたところで、フレデリカの表情がきりっと戻る。

この辺りの切り替えは、さすがに管理代表メンバーなだけあるな。

それではこの街の問題、詳しく聞かせてもらおう。