BLACK MOON - Black Magic War Beginning with Jailbreak - [Full story illustration available]

Episode 98: "The contents of the cylinder" [Illustration available]

「黒魔術書(グリモワール)が手に入ったから、ミッション完了ね」

「そうだな。後はリリ迎えに行くだけだ」

これで任務は達成された。後はリリと合流してトランプ・サーカスを去れば、万事上手く行く。

「問題になる前に、さっさと帰るよ!」

「うわっ‼︎」

再びジュディが激しい水流を巻き起こす。どこからともなく現れた水は、ベルの足元に流れ込んだ。1度は経験した事ではあったが、ベルはどうしてもこの水の乗り物に慣れないのだった。

水流に乗った2人の黒魔術士(グリゴリ)は、あっと言う間に大テントへと舞い戻った。

「マジか……もうこんなに並んでやがる」

「これはちょっと面倒ね」

2人が大テントに戻ると、そこには長蛇の列が出来ていた。サマーベル兄妹と初めて大テントに来た時のように、道化師が顧客対応に追われている。多くの客がひしめき合うこの状況で、リリの姿を見つけだす事は不可能に近かった。

「これどうすんだよ?」

「ウチらだったら並ばずに大テントに入る事は出来るけど、ジョーカー団長に遭遇するのは避けたいわね」

「何でだ?」

「何でって、ジョーカー団長に遭遇しちゃったら、黒魔術書(グリモワール)返さなきゃでしょ?そんな事になったら、また振り出しじゃん」

「あ、そうか」

せっかく目的の黒魔術書(グリモワール)を手にした2人は、ジョーカー団長に会うわけにはいかなかった。今ジョーカー団長と遭遇する事なくリリと合流出来れば、何の問題も無く、サーカスを去る事が出来る。

しかしながら、大テントの外でリリに会えない限り、それは叶わない。

「お!列が動き出したぞ」

「入場が始まったって事ね」

2人が話しているうちに、行列が動き始めた。列が動き始めたと言う事は、大テントへの入場が始まったと言う事。サマーベル兄妹とリリは、列の先頭付近にいる。こうなってしまっては、ショーが終わるまで2人はリリと合流する事が出来ない。

「これは……ショーが終わるまで待つしかないね」

「マジかよ⁉︎」

「仕方ないでしょ。取り敢えずここを離れるよ」

状況を把握した2人は、渋々大テントのショーが終わるのを待つ事にした。目的を果たした2人は、安全にサーカスを去るために時間を潰さなければならない。それも、黒魔術書(グリモワール)が盗まれた事を知っているサーカス団員と遭遇せずに。

ベルとジュディは大テントの前を離れ、緑色の小さなテントの陰に移動していた。

「出来るだけ人目につかない所で、時間を潰す。ウチらに出来るのはそれだけ」

「つまんね〜」

ショーが終わるまで、2人には退屈な時間が待っている。目的を果たした今、2人には何もすべき事が無い。かと言って、サーカスの人間と遭遇して余計なトラブルを起こすような事もすべきでも無い。2人に出来るのは、物陰でじっとしている事だけだった。

「そう言えば、コイツの中身確認してなかったな……」

「そう言えばそうだった。退屈だから確認してよ」

何もする事がなくなって初めて、2人はまだ筒の中身を確認していなかった事に気付く。2人ともロビンそっくりに変身していた正体不明の泥棒に遭遇し、気が動転していたのかもしれない。

時間を持て余したベルは、丁寧にゆっくりと金属の筒の蓋を開ける。蓋を開けたベルは、筒を逆さにして何度か振ってみた。

「ん?」

ところが、筒の中から何か出てくる事ははかった。

「ちょっと貸して!」

異変に気づいたジュディはベルの手から筒を奪い、その中を覗いた。それから、彼女はベルと同じように筒を振ったり、中に指を突っ込んだりして黒魔術書(グリモワール)を取り出そうとする。

「ダメだ……何も出てこない」

「そもそも、その中に黒魔術書(グリモワール)入ってんのか?」

ジュディは何度も挑戦したが、筒の中から黒魔術書(グリモワール)を取り出す事は出来なかった。

「覗いてみた感じ、中には何も無かったけど、魔法で見えなくなってるのかも」

「本当にそうか?最初っから筒の中身は空っぽなんじゃないか?」

「そ、そんなわけないでしょ!」

筒の中を覗いたジュディは、黒魔術書(グリモワール)を発見する事が出来なかった。だが、ついさっき遭遇したロビンが偽物だったように、目に見えるものをそのまま受け取るべきではない。懐疑的なベルに反発するように、ジュディは再び筒の中を覗き込んだり、指を突っ込んだりした。

「…………」

「……………………」

「……そんなわけ、あるかも」

しばらく黙り込んで黒魔術書(グリモワール)を探していたジュディだったが、彼女の顔は次第に青ざめて行った。

「だぁーっ!どうすんだよ‼︎俺たちが追いかけてたのは囮(おとり)で、本物の泥棒はもうとっくに逃げ切っちまってんじゃないのか?」

ベルの悪い予感は的中した。黒魔術書(グリモワール)が筒の中に入っていなかったと言う事は、黒魔術書(グリモワール)泥棒は未だ野放しのままだと言う事。もしかしたら、ロビンの姿をしていたあの怪物は、犯人が残した囮だったのかもしれない。

「ちょっと待って。もう1回探してみる」

そう言ってジュディは再び目を瞑った。彼女の持つオーブ感知能力を使って、黒魔術書(グリモワール)の位置を確かめるつもりだ。もしもまだ犯人が野放しにされているのであれば、ベルとジュディが責任を問われる事となる。

ベルは、ジュディの様子を固唾を呑んで見守っている。

「黒魔術書(グリモワール)は…………」

「黒魔術書(グリモワール)は?」

「ここには無い!」

「はぁ⁉︎振り出しじゃんか!」

「黒魔術書(グリモワール)は筒の中に入ってない。サーカスの中にも、黒魔術書(グリモワール)が引き寄せる独特のオーブは感じ取れないね……」

一縷の望みを残していた黒魔術書(グリモワール)探しだったが、それさえも潰えてしまう。ジュディはしばらく目を瞑って黒魔術書(グリモワール)が引き寄せるオーブの痕跡をたどっていた。

しかし、それは霊魂(オーブ)の黒魔術書(グリモワール)が、筒の中に入っていない事を証明するだけだった。

「もしかして……黒魔術書(グリモワール)は最初から盗まれてなかったんじゃないか?」

「はぁ?アンタ何を根拠にそんな事言ってるの?」

「いや……なんかそんな気がしただけ」

「そんな根拠の無い事言わないで!」

状況が一転し、ベルはとんでもない理論を展開する。黒魔術書(グリモワール)が見つからなかったのならば、最初から黒魔術書(グリモワール)は盗み出されていなかったのではないか。ただ、それは何の根拠も無いベルの希望だった。

「だって……もし黒魔術書(グリモワール)が本当に盗み出されて、俺たちが犯人取り逃がしたんなら、俺たちの責任になるんだぜ?」

「それは……そうだけど。もしベルの言う通りだとして、ジョーカー団長がウチらに嘘つく必要がどこにあるわけ?」

「そりゃあ…………知らねぇよ!」

「知らないなら適当な事抜かすな!」

もしベルの言う通りトランプ・サーカス所有の黒魔術書(グリモワール)が盗み出されていなかったとして、なぜジョーカー団長がベルたちに嘘をつく必要があるのか。考えれば考えるほどベルたちが泥棒が逃してしまった可能性が高まって来る。

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それからしばらくして、大テントの中ではリリとサマーベル兄妹が、ショーの開始を待っていた。早朝から大テント前に並んでいた3人は、客席の最前列に座る事が出来た。客席は通路も人で埋め尽くされ、大テント内はすでに定員オーバー状態だ。

「アビーちゃん、ダミアン君。やっとショーが観れるね‼︎」

「リリさんもまだショーは観ていなかったんですよね!楽しみです‼︎」

「え?えへへ……そうね‼︎」

リリは自らの墓穴を掘った。リリは今さら実はショーを観た事があるとは言えないのだった。

「サーカスで、こんな素敵なお姉さんに出会えるなんて思ってませんでした」

「素敵なお姉さんだなんて……」

アビーはリリに穏やかな笑顔を向ける。あまり他人から褒められた経験のないリリは、必死に照れ隠しをするが、その頰は真っ赤に染まっている。

「レディース・アンド・ジェントルメン‼︎本日はお越しいただき、誠に有難うございます。私はこのサーカスの支配人フィニアス・テイラー・ジョーカーでございます」

その直後、ステージ上に現れたジョーカー団長がお決まりのセリフで挨拶を始める。これから、数日前にベルたちが見た魅惑の黒魔術(グリモア)ショーが開演される。

ジョーカー団長が一通り挨拶を済ませると、以前と同じように、ライオンの姿になったジャック・ダイヤモンドとクイーン・ハートがステージに現れる。

「ガウゥゥゥ‼︎」

ジャック・ダイヤモンドの火の輪くぐりを皮切りに、クイーン・ハートが世にも美しいカラフルな魔法の世界を演出する。クイーン・ハートの華麗な黒魔術(グリモア)の数々に、すっかりサマーベル兄妹は魅了されていた。

「うわあぁぁぁぁ‼︎」

アビーは、これまでにないほど目を輝かせていた。リリもショーの前半は鑑賞していなかったが、彼女には黒魔術(グリモア)ショーよりも、アビーの笑顔の方が魅力的だった。

「これが魔法の世界‼︎お父さんとお母さんの言ってた通りだ!」

隣にいるダミアンも、すっかり黒魔術(グリモア)ショーの虜になっていた。両親から聞いたサーカスの話を思い出しながら、彼もアビーと同じように瞳を輝かせていた。

「良かったね……アビーちゃん、ダミアン君」

はち切れんばかりの笑顔を見せるサマーベル兄妹を眺めながら、リリは声を漏らした。すっかり彼女は2人の親になった気分でいた。

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それから1時間ほど経った頃。観客が全員退場した大テントに入る2つの人影があった。ベルとジュディだ。2人は、報告と事実確認のためにジョーカー団長に会う事にしたのだ。

最初から黒魔術書(グリモワール)が盗まれていなかったとしても、2人が泥棒を取り逃がしたのだとしても、泥棒らしき存在から奪い取った筒の中に何も入っていなかった事実を報告しなくてはならない。

「誰だ、あれ?」

大テントに入ったベルは、さっそく何者かの姿を発見する。

「ババ・ファンガスよ。有名な占い師なのに知らないの?」

「占いとか胡散臭いもんは信じないからな。アイツがリリが言ってたババアか」

観客が全員退場した大テントの中には、ババ・ファンガスが1人佇んでいた。2人が用があるのはジョーカー団長だが、ここにはババ・ファンガスの姿しかない。ババ・ファンガスは、この世界では有名人なのだが、占いに興味の無いベルは、その姿を見た事が無かった。

「ババアとは失礼な」

その時、ババ・ファンガスが声を上げる。目が見えない分、彼女は聴力が研ぎ澄まされているようだ。

「悪かった」

「おやおや、素直に謝るんだね。まあ良いだろう。ところで、騎士団の人間が何の用だい?」

ババ・ファンガスは目が見えないはずなのに、大テントに入って来た2人が黒魔術士(グリゴリ)騎士団の人間である事を言い当てた。たとえ目が見えなくても、ババ・ファンガスには、様々なものが見えるのだ。

「さすがはババ・ファンガス。自己紹介は不要ってわけね。ここに来たのは、ジョーカー団長に会うためよ」

「団長に伝えたいのは、黒魔術書(グリモワール)の事だろう?アタシから言っといてやるよ。話しな」

「そう言う事なら……」

ジョーカー団長不在の今、2人はババ・ファンガスに対して事態の報告を行う事になった。泥棒らしき人物と遭遇して黒魔術書(グリモワール)が入っているであろう筒を奪還した事。それ以外に泥棒らしき人物を見かけていない事。

そして、その中には何も入っていなかった事。黒魔術書(グリモワール)奪還の命を受けてから起きた事を、ジュディは全て報告した。

「なるほど……つまり、お前たちは黒魔術書(グリモワール)泥棒を取り逃がしたって事かい」

「申し訳ありません」

2人が残した結果は、ババ・ファンガスの言う通りだった。ベルとジュディは目の前の事象だけを追い、易々と黒魔術書(グリモワール)泥棒を取り逃がしてしまった。それが真実だ。

「予言者なら、今犯人がどこにいるか分かるんじゃないか?予言してくれよ。そしたら俺たちがすぐ捕まえに行くからさ!」

「何言ってんの‼︎よくそんな馬鹿な事が言えるわね⁉︎」

頭を下げた後、ベルは礼をわきまえない発言で、ジュディを困らせる。確かにババ・ファンガスの力を借りれば、黒魔術書(グリモワール)の所在を知る事が出来るかもしれないが、聞き方が間違っている。

「アハハハ……面白い小僧よ。確かにアタシの力があれば、黒魔術書(グリモワール)の場所を割り出す事が出来る。だが、その必要は無い」

「それは……どういう事?」

ベルの無礼な発言に、ババ・ファンガスが癇癪を起こす事は無かった。

しかし、今の彼女の発言はベルとジュディを混乱させるものだった。

「黒魔術書(グリモワール)は、ハナから盗まれてなんていないからさ!」

「⁉︎」

ババ・ファンガスが明かした事実に、ベルとジュディは驚愕した。ベルの言う通り黒魔術書(グリモワール)は最初から盗まれていなかったと言うのだ。それはつまり、ジョーカー団長が2人に嘘をついていたと言う事になる。

「どういうつもりだ?おちょくってんのか?」

真実を知ったベルは、ババ・ファンガスに対し、静かに怒りの炎を燃え上がらせていた。ジョーカー団長は、なぜ2人に存在しない犯人を追わせたのだろうか。最初から黒魔術書(グリモワール)が盗まれていなかったのなら、ベルたちが遭遇したのは何者だったのだろうか。

「ちょっと試してみたのさ。アタシはお前たちが霊魂(オーブ)の黒魔術書(グリモワール)を盗み出そうとしていた事を知ってる。もし黒魔術書(グリモワール)がすでに騎士団の人間の手に渡っていたとしたら、お前たちはどうするのか」

ババ・ファンガスはリリの目論見を知っていた。彼女がベルの姿に変身していた事から、ババ・ファンガスはリリと騎士団が繋がっている事をとっくに見破っていた。

そして、今回の黒魔術書(グリモワール)泥棒騒動は、ベルたちの目的を確認するために行われたものだった。

「ちょっと待てよ。じゃあこの筒持ってたのは、一体誰なんだ?」

事件の真相を知ってベルが真っ先に抱いた疑問。それは、ロビンの姿をしていた人物は一体誰なのかと言う事。変身は誰にも出来るかもしれないが、完璧になりすますには、その人物をよく知っておく必要がある。

「あれは……アタシだよ」

「は⁉︎」

立て続けに、衝撃の真実が明かされる。何と、ロビンの姿をしていたのはババ・ファンガスだと言うのだ。仮にあれがババ・ファンガスだとして、ロビンに変身していた人物はベルによって倒されたはずだ。それなのに、今ベルの目の前にいるババ・ファンガスはピンピンしている。ひとつ謎は明らかになったが、また新たな謎が残された。

「あの小娘より先に、お前たちをこのサーカスから追い出すべきだったね。こんな真似をしておいて、無事で帰れると思わない事だね」

声色を変えたババ・ファンガスに、ベルとジュディは冷や汗を流す。ベルもジュディも、ババ・ファンガスの占いと変身以外の能力を知らない。

「……どうする?」

「これは、かなりマズイね」

ベルとジュディは、ついに敵意を示したババ・ファンガスの出方を伺っている。相手の実力が分からない以上、下手に攻撃を仕掛ける事も出来ない。

「アタシはただ座って占いしてるだけじゃないんだ。本当のアタシを見せてやるよ!」

「?」

次の瞬間、ババ・ファンガスの姿が眩いばかりの光に包み込まれる。2人との戦闘に備えて、戦い易い姿にでも変身するのだろうか。

「は〜い!クローバーちゃんで〜す‼︎」

光の中から現れたのは、ベルもジュディも知らない、若い女性だった。褐色の肌に、緑色の髪の毛。長い緑髪はツインテールにまとめられている。彼女のツインテールは、バネのように巻かれていた。盲目で大人しいババ・ファンガスとは反対に、彼女からは潑剌(はつらつ)とした印象を受ける。

「……クローバー?」

ジュディは、突如現れたクローバーと名乗る人物に困惑していた。彼女の目の前にいるのは、肌を大胆に露出した女性。極端に短いトップスにホットパンツ。トップス同様に短いホットパンツは、サスペンダーでしっかり固定されていた。

しかし、大テントのショーに出演していたクローバーは男だったはずだ。ジュディもベルも、それを覚えている。

「アタシはアレクサンドラ・キング・クローバー!クローバーちゃんって呼んでね」

「は?」

有名な占い師ババ・ファンガスは、クローバーだった。はたまた、クローバーの正体がババ・ファンガスだったのか。それは定かではないが、そのギャップがベルとジュディをさらに混乱させるのだった。