Black Summoner

Episode 57: Game Over

始めに動いたのは刀哉と刹那であった。一気に間合いを詰め、ケルヴィンに攻め寄る。一方、ケルヴィンは両手を地に向けていた。

「起きろ、黒土巨神像(アダマンガーディアン)」

ケルヴィンの呼び声に答え、地面より出現する2体の黒のゴーレム。その様はジェラールを更に巨大化させたような、全身鎧風の風体。どちらも身の丈ほどの大剣を手にしており、巨体と相まって辺りに威圧を撒き散らしている。緑魔法にのみ存在するゴーレム生成系魔法により生まれた守護者である。その実力はA級モンスターに匹敵する。

「30秒でいい、足止めしろ」

2体の黒きゴーレムは主の言葉に頷き、各々勇者と向かい合う。

(まずは厄介なアレを何とかしないとな。ぶっつけだがやってみるか)

ケルヴィンが見る先にあるのは、体の自由を阻害する元凶である奈々の氷天神殿(フローズンテンプル)。

(指先一本一本に集中…… 対象を認識……)

ケルヴィンが集中する最中、勇者とゴーレムは戦闘を開始していた。刀哉が先行するゴーレムの大剣を双剣で受け止め、流しきる。ズンと大剣が地面に深く突き刺さり、バランスを崩すゴーレム。が、そこに続くは2本目の大剣。刀哉は双剣を十字に固め、足を地面に埋めかけながらもギリギリと鍔迫り合いで堪える。

「ぐっ! 刹那!」

刹那は天歩により空に足場を作り、三角跳びの要領で飛翔を続ける。その軌道は予測不可能、更に風妖精による速力増強を得た刹那を止める術をゴーレムは持たなかった。

「『斬鉄権』を行使!」

刀の鞘が青白く輝く。刀を抜刀したのは瞬きの間の一瞬。刹那が2体のゴーレムを通り過ぎた頃には、その上半身が地に落ちていた。だが、刹那の歩みは止まらない。ゴーレムの残骸には見向きもせず、ゲームの勝利条件へと疾走する。

(魔法構築、完了……!)

並列思考を利用した超高速で行われる魔法構築。ケルヴィンが行ったのは新たな魔法を生み出す為の、術式の新構築であった。通常であれば魔法を生み出す為の具体的なイメージの構築、発動に必要な術式の構築等々、突破すべき関門が多く長い月日が必要となる。そして、それが成功したとき、例外なく起きる現象がある。

―――ピコーン!

ケルヴィンの頭に響く効果音。メニュー画面が開き出す。

=====================================

◇新たな魔法を習得しました!

・A級白魔法【煌槍十字砲火(レディエンスクロスファイア)】

=====================================

(どうやら無事に認証されたみたいだな。煌槍(レディエンスランサー)の同時詠唱は今まで4、5本が限界だったが、並列思考のおかげで上手くいった。それにしてもこの効果音、いつ聞いてもあのゲームの…… メルフィーナの趣味か? いや、今はそれどころじゃないな)

もうそこまで刹那が来ている。今の状態ではおそらくは避けきれないだろう。早速だがお披露目といこう。

「煌槍十字砲火(レディエンスクロスファイア)!」

ケルヴィンの突き出した全ての指先から煌槍(レディエンスランサー)が左右に大きく迂回しながら放たれた。10本の煌槍(レディエンスランサー)は意思があるかのように狙いを済まし、目標へと高速で突き進む。威力・貫通力・ホーミング性を増した煌槍十字砲火(レディエンスクロスファイア)は個々がB級の頃の煌槍(レディエンスランサー)と比べ、一線を画していた。

(狙うは、氷天神殿(フローズンテンプル)の氷柱!)

左右から襲い掛かる光の雨が交差する。氷柱を同時に貫いた瞬間、青き神殿はバラバラのオーラとなって四散してしまった。拳を握り締め、ケルヴィンは体の調子を確かめる。

(よし、全身の妨げがなくなった。これで自由に動ける)

「な、何で氷天神殿(フローズンテンプル)の攻略法を!? 私のオリジナル魔法なのに……!」

驚きを隠しきれず、思わず声を上げる奈々。10本の氷柱からなる氷天神殿(フローズンテンプル)。その氷柱は各個破壊をしたとしても、まるで幻影を破壊しているかのように復活を繰り返す。弱点はただ1つ、氷柱を同時破壊することだ。氷柱を一瞬でも失った神殿はその維持ができなくなり、先ほどのように消えてしまうのだ。

(魔法だろうが何だろうが、この目に映りさえすれば鑑定眼で解析できる。お前が暢気に魔法の説明をしている隙に、もうその魔法の分析は終わっていたんだ。さて……)

枷が外れ、風神脚(ソニックアクセラレート)を全開にしたケルヴィンがそのまま数歩下がる。束の間、さっきまでケルヴィンが立っていた場所に風が吹き出した。

「惜しかったな」

(くっ、数秒遅かった!)

風の正体は刹那。風妖精の速力補助の風と共に渾身の居合いを放ったのだ。もう数秒早ければ、ゲームは達成されていただろう。

(だけど、まだ終わらない!)

居合いを外した瞬間に刹那は脳裏に命令を下す。すぐさま空中に足場を作り、後退したケルヴィンの方向へと天歩を使用。鞘へ納め終えた刀の柄を握り直し、流れるように次の居合いへと攻撃を繋げていく。ケルヴィンは目前、刹那の居合いが再度放たれようとしていた。

「うん、戦闘に関しては君が一番センスがいいね」

刹那は愛刀に重みを感じる。抜けない。いくら力を加えても刀が抜けないのだ。

「なっ……!?」

それもそのはず、刀の柄をケルヴィンに押さえ付けられていた。刹那が間合いを見誤った訳ではない。居合いの瞬間を完全に見切られ、超スピードで翻弄されただけの話だ。

「まず一人」

刹那の腹部に拳が叩き込まれる。その拳はとてもではないが素人の放つものではなかった。例えるならば何らかの拳法を熟練した、いや、到達点に至ったとされるレベルの一撃であった。

「か…… はっ…… あ、あな、た、魔法剣士、だった、んじゃ……」

「ん? 誰もそんなこと言ってないぞ。まあ安心しろ、俺の筋力は彼女(セラ)の4分の1程度だ。命に別状はたぶんないさ」

地面に頭から倒れこむ刹那を一瞥する。ケルヴィンが装備する悪食の篭手(スキルイーター)はスキルをコピーし、自分の物として扱うことができる。右手には雅よりコピーした『並列思考』。それでは左手の悪食の篭手(スキルイーター)には?

「うふふ、私の格闘術、大活躍じゃない♪」

セラよりコピーした『格闘術(S級)』が埋め込まれていたのだ。コピーしたスキルに上書きしなければ新たなスキルをコピーすることのできない悪食の篭手(スキルイーター)だが、仲間内で使用するのであれば話は別だ。使いたいスキルを好きなだけ使い回すことができるのだから。ゲーム開始当初、ケルヴィンはこの格闘術による体捌きを利用しながら刀哉と刹那の猛攻を防いでいた。

「油断、大敵!」

「次はお前か、お嬢ちゃん」

大木のような腕を振りかぶる巨大な黒き鬼。大黒屍鬼(グレイブデスオーガ)の肩に乗る雅は既に攻撃命令を下していた。だが、氷天神殿(フローズンテンプル)が消え去った今において、スピードはケルヴィンが圧倒しているのだ。避けることなど他愛もないことだった。

スドガァーン!

鬼の一撃に地が揺れ、粘土のように捲れ上がる。

(A級モンスターだけあって凄まじいパワーだ。それに状態異常系の黒魔法を鬼の腕に施している。厄介この上ないな。だが……)

回避したケルヴィンに雅が追撃の涅槍(グルームランサー)を連射する。そのどれもが魔力宝石によって高速化された強化魔法。躱すのは困難を極める。

「だが、どれもセラに数段劣る。鍛えなおして来い」

拳に魔力を施し、涅槍(グルームランサー)を全て弾き飛ばす。セラの指導により学んだ呪拳士の白魔法版。S級の格闘術があるからこそ可能な応用技だ。浄化の白魔法が込められた拳を鬼に放つ。顔と胸に放たれたそれは鬼を突き破り、白い塵へと帰していった。

「あっ……」

塵となった鬼から落ちる雅。絶好の攻撃チャンス。

(この子防御力低いしな。これで勘弁してやるか。首トンで……)

雅の後ろに回り込み、静かに、そして素早く手刀を首に打つ。

―――ガン! ……何か鈍い音がした。

(あ、やべ、威力の調整ミスった…… やっぱり素人がやるもんじゃないな、これ。ピクピクいってるけど、まあ大丈夫か? 俺の方が筋力低いし)

「刹那と雅をよくも!」

「神埼君! 私が盾になるからその隙に!」

「……済まない、必ず決める!」

己の過ちを反省する暇もなく、刀哉と幼竜が襲い掛かる。驚くことに奈々が竜に騎乗していた。サイズは小さいが、なかなか根性のある幼竜である。その幼竜に乗る奈々を先頭に、刀哉が後を追う形で走り迫る。

(お? 奈々って子、耐久だけならセラに匹敵するな。俺の腕力じゃ崩すのは難しそうだ)

「お願い、私達を護って! 氷結晶の盾(アイシクルシールド)!」

奈々の前に分厚い氷晶の盾が出現し、そのまま突貫を仕掛けてくる。鉄壁の防御による捨て身の突進、それはそのまま殺傷能力へと変換される。

「栄光の聖域(グローリーサンクチュアリ)」

突如空中で停止する幼竜。その周囲には3輪のリングが奈々を取り囲む。

「奈々!?」

「ど、どうしたの、ムンちゃん? こ、この輪は……?」

「S級の悪魔さえ一時的に封印する結界だ。今の君には破壊できないさ。多重衝撃(ハイパーインパクト)」

奈々と幼竜の四方から襲い掛かる衝撃の嵐。元々受けただけではダメージはないに等しい衝撃(インパクト)だが、幾度も激しく揺さぶられ、それが地に足がつくことなく続くとなると…… とても酔う。

「うぅ…… もう、だめ、吐く……」

「ギャ、ギャウ……」

神聖なる封印の中で嘔吐し倒れる美少女と竜。なかなかシュールな絵である。

「これで3人…… 思ったよりもスマートにいかないものだな」

「お前ぇーーー!」

封印を飛び越し、我を忘れて怒りのまま刀哉が迫る。繰り出すはデラミス最強の騎士、クリフより授かった必殺の双技。2本の聖剣が勇者の叫びに呼応し煌く。

「君はちょっと…… 期待外れかな」

―――気が付いたときには、膝を突いていた。仲間の仇は討てず、何をされたかも分からず、己の技さえ出させてもらえない。刀哉の人生において、これほどの屈辱、挫折は初めてであった。

「なぜ、これほどの力を持ちながら…… 世の為に使おうとしないんだ?」

「……何だ、君は人が皆善人だと思っているのかい?」

「元からの悪人なんていない! 周囲の環境や突発的な状況がそうしてしまったに過ぎないんだ! どんな人でも、改心すればいずれ許される時が来る! 人は分かり合える生き物なんだ! だから、今からでも遅くはない、その力を世界の人々の為に―――」

刀哉の首に短刀が当てられる。

「ハァ、お前が語るのはあくまで理想だ。確かに勇者としての考えならば、お前のそれは正しく尊い考えだ。だけどな、万人にそれは通じない。俺みたいな奴から言わせてもらうとな…… 余計な世話だ、寝言は寝て言え!」

視界がブラックアウト。刀哉の記憶に残っているのはここまでであった。