Black Summoner
Episode 368: Bad Eating Comes Back
―――試練の塔
「んん~、やはり美味。これは喉で味わうに限りますね。焼けるような熱さがまた何とも」
蜥蜴を丸のみしたビクトールは満足いったのか、ニンマリと口角を上げて語り出した。踊り食いとはこの世界では珍しいもので、日本由来のトラージでもごく一部の者が好む程度に留まっている。しかし、それもあくまで小さな魚介類に限っての話だ。火吹き蜥蜴の踊り食いなど試した日には、胃の中から焼き殺されてしまうのが目に見えている。そもそも喉を通る筈がない。できたとしても、どこかの女神くらいなものだ。
『へっくち』
どこからか念話が聞こえてきたのは気のせいか。どちらにせよ今は戦闘中、気にしている場合ではない。
「おいおい、戦闘中に食事かよ」
粗方の髑髏を殲滅し終えたケルヴィンが、大鎌を肩に乗せながらビクトールを見上げる。
「私にとっては食事も戦法の1つですからね。死の代償なのかは分かりませんが、これまで胃に溜め込んでいたスキルがなくなっていましたから、尚更です」
「あー、そういやお前の固有スキル『悪食』だったっけ? 難儀なもんだな」
「ええ、全くです。また一から食い直さければなりません」
悪食とは食った相手のスキルを疑似的に自らのものへと吸収する固有スキルである。相手が自らと親しみ深い者である程にその効力は効果を増し、より有るがままのスキルレベルで受け継ぐ事ができる。食べたスキルは補助効果としてステータス欄に記載されるのだが、ビクトールが死より蘇生した際、補助効果に備わっていたそれらは全て剥がれ落ちてしまっていた。ちなみに『調理』スキルのみは料理を作る前に自前のポイントで会得している。
「俺の記憶違いじゃなければそのスキル、親しい奴ほど効力が上がるんじゃなかったか? そんな蜥蜴を食ったところでスキルの等級はだだ下がりだろ」
「親しい? いえいえ、親しいですよ。食材となり得るのであれば、料理人として愛していますとも」
何の問題が? と、ビクトールは首を傾げる。どうも悪食は一方通行な親愛でも適応対象になるらしく、ビクトールが心の底からそうだと考えていれば、相手がモンスターでも吸収するスキルは下方修正されないようだ。
「ですから、私の心配などしなくて結構っ!」
ビクトールは天井から鉄檻を引き抜き、ケルヴィンへと投げつける。鉄檻は大鎌によってバターの如く斬り捨てられるも、その後を追うは弾丸となって飛び出したビクトール。伸縮された右腕は後方に、振りかぶるにしては度が過ぎるまでに引き伸ばされていた。
俊敏さであればケルヴィンが大きく優っている。防御に徹するのではなく、背後へ退くのでもなく、ケルヴィンは力強く前へと踏み込む。そして手にした死の大鎌、大風魔神鎌(ボレアスデスサイズ)を何よりも速くビクトールの顔面へと振るう。躊躇など微塵もなく、何の容赦もなく三日月の刃は悪魔を通り過ぎた。
「―――っ!?」
「クフッ、戴きました」
両頬から血を流し、不敵に笑うビクトール。両断されたかと思われた頭部は健在。黒杖に施した大風魔神鎌(ボレアスデスサイズ)は確かにビクトールを通り過ぎた。しかし、その刃は驚くほどに開けられたビクトールの口の中へと入り、瞬時に消えてしまった。あとに残ったのは刃のなくなった黒杖ディザスターのみ。ケルヴィンが再付与しようとしても、魔法の発現がなぜか上手くできない。
魔法を食った? 何らかのスキルによる効果? 詠唱を阻害されている? 並列思考が何十もの可能性を導き出すも、どれも推測の域を出ていない。分かっているのはビクトールが大風魔神鎌(ボレアスデスサイズ)を食らい、それでもまだ生きているという事実だけだ。
「フウッ!」
悠長に考えている暇はない。間を置かずにビクトールは距離を詰め、口から炎の息吹(ブレス)を吐き出した。
(さっきの蜥蜴の……!)
炎を司る成竜が生成するレベルの灼熱がケルヴィンの眼前を覆い尽くした。この程度であれば螺旋護風壁(ヒーリックスバリア)で難無く防げるが、ケルヴィンは油断なく意識を集中させる。この炎は目隠しでしかないと分かっているのだ。
(拳と…… 次に本体っ!)
炎の中から放出されたビクトールの右腕は、再び魔人闘諍(ジンスクリミッジ)で覆われていた。速攻性重視の右腕限定バージョンはセラもよく使う型だ。その武術を教授したのがビクトールであったとすれば、彼が即座に発現させたとしても不思議ではないだろう。むしろ経験を重ねている分、セラよりも技術は高いのかもしれない。
十分に助走を付けた黒腕は螺旋護風壁(ヒーリックスバリア)を突き破るに至る。黒杖をクロトの保管に投げ入れたケルヴィンは、序盤に放った剛黒の黒剣(オブシダンエッジ)の大剣を2本手元に引き寄せ、剣術と二刀流を駆使して受け流しを図っていた。凄まじい衝撃にギリギリと痛む両腕。高まる歓喜。満たされる欲求。堪らない、保ってなんかいられない。
「その笑み、バトルジャンキーなのは相変わらずのようですねっ!」
「お蔭様でなっ!」
受け流した後も戦いが止まる事はひと時もない。漆黒の大剣を払い、黒腕を弾いた後に迫るはビクトールの本体だ。伸ばした拳がビクトールを伸縮させたゴムのように引き寄せて加速。宙に浮かせた残る大剣8本を迎撃に放つもビクトールは左腕で6本を弾き飛ばし、すり抜けた2本は鉄壁の装甲を前にダメージを与える事ができない。2人が正面から衝突したのはこの直後の事だ。拳と大剣、黒と黒による応酬の連続。両者の攻撃が交わる度に調理場には衝撃が走り、鋭い金属音が辺りを包む。
風神脚(ソニックアクセラレート)の効果がまだ続いている後押しもあり、手数ではケルヴィンが圧倒していた。ビクトールの歪かつ強靭となった右腕と、魔法による強化はされていないがそれでも強固である左腕をすり抜け、ビクトールの胴体、特に装甲の境目を目掛けて幾度も大剣を斬りつける。だが、その部位でさえも手傷を負わせる事は未だできていない。
(これだけ当てても傷1つ付かないか。頑丈さだけならジェラール以上か? 問答無用でぶった斬る大風魔神鎌(ボレアスデスサイズ)が使えなくなったのは辛いな。何より魔法を使い辛い。何か仕掛けがあるんだろうが……)
ケルヴィンが攻め手を模索する一方で、ビクトールも拮抗する戦いに驚いていた。拳に付与させた弱体化の状態異常を尽く除去する正確な白魔法、大剣を扱っているとは思えないような素早い剣捌きは一撃も当てる事を許さない。彼の記憶の中ではケルヴィンは魔法を極める召喚士であり、大鎌を用いたトリッキーな中距離戦ができたとしても、このような肉弾戦にまで精通しているとは毛ほども思っていなかったのだ。
(くっ…… この方、確か召喚士でしたよね? 何ですか、大剣2本を軽々と扱うこの剣術は? 勇者のような剣捌きは? いえ、セルジュ・フロアはまた別次元ですが、正直驚きを隠せません)
S級の剣術に加え、ケルヴィンにはリオンより借り受けたS級の二刀流がある。それは正に勇者専用のスキルであるのだが、悪食の篭手(スキルイーター)の恩恵で不可能を可能にしているのだ。ある意味で素材元のビクトールのお蔭である。
(なるほど、セラ様と本気で交際する気なのですね。それで、血の滲むような努力を…… クフフ、ムッとしていた感情がほんの僅かではありますが、薄れた気がします。まあ、容赦はしませんが)
当たっているような、そうでもないような。接近戦を磨いたのは完全にケルヴィンの趣味の範疇といえるが、泥酔したセラと付き合っていくにも必要なのはまた事実。でなければ恋に発展する以前に死んでしまう。
「クフ、死なないでくださいね?」
黒腕が片方の大剣を掴み取った直後、ビクトールは口を開け新たに会得した固有スキル『魔喰』を発動させた。