Black Summoner
Lesson 453: The Virgin of Passion
神皇国デラミス。転生神を信仰するリンネ教団の総本山であり、世界を脅かす魔王を唯一倒す事ができる存在、勇者が召喚される聖なる地。この時代においても、デラミスの国のあり方は変わらない。
「舞桜(まお)、調子はどうですか?」
今代のデラミスの巫女、セシリア・デラミリウスが宮殿の中庭で鍛錬に励んでいた1人の青年に声を掛ける。剣を振るう骨格たくましい青年はその手を止め、汗を拭いながらセシリアに笑顔を向けた。
「ああ、巫女様。何とかやっていけてますよ。これも俺をこんなに強い状態で召喚してくれた、貴女のお蔭です。それに、衣食住まで世話になってしまって……」
「何を言いますか。全ては貴方の類稀なる才と、積み重ねた努力によるもの。私はただ、その手助けを少々しただけに過ぎません」
「とても手助けの範疇には収まらないですよ。本当に本当です」
2人は互いに謙遜し合って、なかなか譲ろうとしない。黒髪の青年、セシリアに召喚された今代の勇者である舞桜は、両手を上げて降参のポーズを取り、終わらない譲り合いに一先ずの終止符を打った。このままでは、終日このやり取りが続いてしまいそうだったので、自ら折れる事を選択したようだ。
「それにしても、舞桜の成長速度には驚かされますね。パーティを組まなくとも『護り手の鍛錬場』に最早敵はいないようですし…… 修練開始前から屈強なお身体をお持ちでしたが、こちらに転移される前にも、何かなさっていたんですか?」
「ハハハッ。いいえ、何も。強いて言えば、農業で足腰を鍛えられたくらいです。それに、屈強とは逆ですよ。俺、こんななりでも結構病弱なところがあったんで。この世界に来てからは、不思議と調子が良くなったんですけどね」
「まあ、それは素晴らしい事ですね! 全ては転生神エレアリス様の思し召し! 慈悲深きエレアリス様が、転移前に病を払い除けてくださったのでしょう! うん、きっとそうです、そうに決まっています! イエス、ビバ、エレアリス様! この世界に光あれぇ! アァーハッハッハァーーー!」
「そ、そうですね。感謝しませんとね……」
舞桜が苦笑いを浮かべる一方で、唐突に興奮し出したセシリアのハイテンションは終わりを見せない。清楚たる彼女とて、この時代におけるデラミスの巫女。転生神に向ける信仰心と情熱は熱狂的な信者をも退け、圧倒的な声援(いのり)を送り続ける。舞桜もこの時の彼女だけは、少し怖かった。
「巫女様、巫女様~!」
「ハッ……!」
そんな時、中庭に世話役の女神官が小走りにやって来た。
「……如何しましたか?」
彼女の声を耳にした瞬間、ハイテンションだった気分を沈め、いつもの清楚な巫女の姿に戻るセシリア。どうもこの調子の姿を見せるのは、セシリアが心を許した者だけであるようで。舞桜はそんな彼女の変わりようが、少し怖かった。
「巫女様と勇者様に、その、お客様らしき? 方々が来ておりまして……」
「客人ですか? はて、この時間に来客の予定はなかった筈ですが?」
「どうやら、事前の連絡もなしに来られたようです。冒険者らしき格好をした若い男女2人で、ケルヴィンとメルフィーナという方なのですが」
「ケルヴィンに、メルフィーナ…… やはり、知りませんね」
セシリアは突然な来訪者を不審がった。それに、この報を持ってきた女神官の対応にも。普段であれば、何の連絡もなしに宮殿を訪れるような輩、それもどこの誰とも知れぬ者の連絡を、セシリアに持ってくるような事はしない。わざわざ連絡したという事は―――
「―――他に、何か知らせる事はありますか?」
「それがですね、これが俄かには信じられない話なのですが…… 女性の方が自分は天使であると言っておりまして、エレアリス様の遣いとしてお知らせしたい事があると。私共では判断できず、こうして巫女様をお尋ねした次第でして……」
「―――!」
僅かに、セシリアの瞳が見開かれる。
「天使? 天使っていうと、あの悪魔と対を成す存在の? そういえば、俺もまだ目にした事がないかな」
「神の遣いとも言っておりましたから、恐らくはそうでしょう。巫女様、如何致しましょうか?」
「……仮に、天使様を謳う偽物であれば重罪です。それだけ、このデラミスでは天使様は神聖なるもの。分かりました。私自ら、その者らを判断したいと思います。今の時間なら、大聖堂が空いていますね。そちらにお通ししてください」
「承知しました。それでは、神聖騎士団の騎士達も何名か―――」
「―――いえ、それには及びません。私にはこの舞桜がいますので」
「で、ですが……」
「良いのです。さあ、お行きなさい」
「は、はいっ!」
巫女の静かなる気迫に押され、女神官は来た時以上の早足で去って行ってしまった。完全にその姿が見えなくなったのを確認して、舞桜がセシリアに困った顔をしながら尋ねる。
「えっと…… 信頼してくれるのは嬉しいんですけど、本当に良いんですか? 護衛役が俺だけで?」
「……大丈夫でしょう。恐らく、そのメルフィーナという方が仰る話は、本当の事でしょうし」
「えっ、分かるの?」
「意識を集中させれば、多少は。この感覚、エレアリス様が神託の際に顕現したものと、似ている気がするのです。お会いしてみる価値は、大いにあると思います。それでは舞桜、大聖堂へ向かいましょう。何事も第一印象が肝心、遅刻は厳禁です。今日は、もしかすれば運命の日になるかもしれませんよ!」
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セシリアと舞桜がデラミス大聖堂に移動してから暫くして。大聖堂の大扉を叩く音が聞こえた。
「どうぞ、お入りください」
「「失礼します」」
扉を開けて入ってきたのは、女神官の話の通り、若い男女の2人組。男の方は黒を基本とした軽鎧に腰には長剣といった服装で、髪の毛までもが黒で統一されている。逆に女の方は明るめの服装。但し凄まじい美貌を持っていて、そんな顔で冒険者をやっているのが、かなりミスマッチな印象を受ける。
「お初にお目にかかります。デラミスの巫女、セシリア・デラミリウス様。本日は急な訪問にも関わらずにお会いしてくださり、感謝の言葉しかありません。申し遅れましたが、私の名はメルフィーナ。このような格好をしてはおりますが、天使でございます」
2人はその場で床に膝をつき、深く頭を下げた。
「御二人とも、どうか頭をお上げください。私が巫女の任に就いております、セシリア・デラミリウス。後ろに控えるは今代の勇者、佐伯舞桜。私もこのような身分ですので、護衛として彼を置かせて頂きます。よろしいでしょうか?」
「当然の備えかと」
「ありがとうございます」
セシリアとメルフィーナという女性が話をする最中、舞桜の視線が黒い男の視線と一瞬ぶつかる。なぜだか値踏みをされているような、そんな気がした。
「話は既に部下から伺っております。ですが、その言葉だけで信用する事はできません。何か、貴方が天使であると証明できる術はありますか?」
「……ええ、ございます。失礼ですが、人払いは?」
「済んでいますので、安心してください」
セシリアとメルフィーナは、これからどうするのか打ち合わせをしていたように、トントン拍子で話を進めていく。何も聞かされていない舞桜は、疑問に思いながらも事の成り行きを見守った。
メルフィーナが静かに立ち上がると、彼女の頭上、そして背中に魔力が集まっていくのが感じられた。魔力の流れを察知するだけではない。肉眼でも彼女の蒼い天使の輪を、蒼い天使の翼を確認する事ができたのだ。その姿は正しく天使そのもの。
初めて天使を目にした舞桜の興奮はもちろんの事、セシリアはそれを通り越して、片手と歓喜の声を上げながら飛翔していた。