Black Summoner

Episode 531: Shot Down

―――中央海域

「そうと決まれば、早い者勝ちじゃな! エフィル!」

「はい!」

「あっ、狡い!」

エフィルが早撃ちで多首火竜(パイロヒュドラ)を放つと、ボガに乗っていたジェラールがそちらへと飛び移り、機竜へと向かって行った。先手と取られてしまったと、セラも手早く魔人紅闘諍(ブラッドスクリミッジ)による完全武装を行う。

「うむうむ。ビクトールの技が少しばかり混ざっているのが癪ではあるが、我の『血染』もしっかりと継承しておるな! ベルはエリザの力を得ているようだし、セバスデルが使えば変態的でしかない足技も、我が娘が使えば正に美の極致! フッ、我がセラベルはどれだけ優秀なのかという話よ。む、もしかしなくともグレルバレルカの未来は、凄まじく明るいのでは?」

「父上、無駄話はあとっ! 早く戦える準備をして!」

「だよね! 我も常々そう思ってた!」

セラの言葉を受け、即刻臨戦態勢へと移行するグスタフ。両手を握り締め、その身に自身のパワーとなる怒りを滲ませる。しかし、どうも能力の発動が上手くいかないようだ。

「むう、怒気がいまいちか。セラと一緒では、どうしても幸福感が上回ってしまうからな…… よし、愚息とセラの良い感じなシーンを思い浮かべ■■■■■っ!」

殺意がゲージを振り切り一気に覚醒したグスタフが力むと、全身の肌より浮き出た青筋が破れて、その巨体に夥しい血を浴びさせた。血は『血操術』で強固なる得物を形成させ角や爪、全身を覆う刃と対ケルヴィン戦で見せた武装と同様のものを施していく。更にその手には紅の偃月刀が握られており、これでもかとばかりに巨大なものへと変貌していった。

「流石は父上、能力の格好良い使い方を心得ているわ! 構築した形状もセンスの塊ね!」

「それほ■で■ない■なっ! か■っ!」

怒っているのか喜んでいるのか、正直判別のつかない表情を浮かべながらセラと共に突貫するグスタフ。仮に迫られる方に感情らしきものがあったとすれば、一歩二歩は思わず退いてしまいそうな形相である。しかし、そんな特攻部隊に立ち向かうは物言わぬ機竜だ。相手が誰であろうと何ら関係なく、淡々と防衛を行う機械。機竜が両腕を再び掲げ始める。

機竜が展開したシールドへ最初に接近したのは、真っ先に飛び出したジェラールだった。今回は飛ぶ斬撃の類は使用せず、直に魔剣ダーインスレイヴを叩きつける算段だろうか。多首火竜(パイロヒュドラ)の加速に合わせ、大剣の剣先は対象へと向けられる。

「ふんぬっ!」

魔剣と障壁の激突。その瞬間に凄まじい衝撃波が生まれ、ジェラールを乗せていた多首火竜(パイロヒュドラ)が散り散りに。これによって足場をなくしてしまったジェラールであるが、落下しつつも機竜のシールドに魔剣で圧をかけ、ガリガリと縦一文字に攻撃を加え続ける。

「ぬぅー……!」

魔剣ダーインスレイヴは触れたものの魔力を吸収する。初撃で与えた天壊(テンガイ)にもその性質は付与されているが、直接接触するともなれば威力は飛躍的に向上。ジェラールは固有スキルの『自己超越』で更にその性能を底上げし、辺りを飛び回る天使鎧を道すがら斬り付ける事で、自身の能力も『栄光を我が手に』によって一時的に上昇。次々と手札を切るジェラールの攻撃は強化に強化を重ね、絶対不可侵を誇る機竜のシールドに確かな傷痕を残していった。

「ぬんっ!」

落下中に与えられるであろう最後の一振り。気力を振り絞ったその一撃は特に力強く、強大なものだ。シールド表面からごっそりと魔力と耐久性を奪い取り、その漆黒の刀身に力を吸収させていく。

「うおっ、何と荒々しい魔力! これだけのじゃじゃ馬、長い事生きておるが初めての経験じゃわい! ボガ!」

「おう、旦那! 待ってたぜ!」

落ち行くジェラールの真下には、既にボガの広々とした背中が待機していた。地上であれば高度から落ちても平気なジェラールであるが、落下地点が海となれば話は変わる。体が鎧なだけに、ジェラールは水中が苦手で泳げないのだ。実体化すれば良いだけの話でもあるが、それは騎士としてのプライドが許さないなどと、謎に塗れた拒否をされてしまうのは目に見えている。剣翁の相棒として暫くの月日が経つボガは、そんなジェラールの性格を察して瞬時に行動を開始していたようだ。

「じゃが、その前に――― 余剰分はお返しするとしようかのっ! 天壊(テンガイ)!」

着地の直前に改めて振るわれる、漆黒の極大斬撃。その規模は一度防がれた天壊(テンガイ)の比ではなく、吸収した機竜の魔力を潤沢に使用した特別仕様だ。攻撃は先ほど削りに削ったシールドの縦線に寸分違わずになぞられ、またもや大スケールの衝撃を撒き散らした。

「うおっ!?」

「今度こそ落ちたっスーーー……!」

「グイーーーン!」

別次元の戦い、その攻撃の応酬による2次被害を受けては洒落にならんと、トラージの飛空艇はこの戦場から離れ、かなり遠くの位置での飛行を心掛けていた。が、それでもこの衝撃は船を揺らし、ドジな者であれば転倒でもしてしまう、もしくはグインを吹き飛ばすような、そんな影響をもたらしてしまった。どこかの空で不運な獣人の悲鳴が聞こえた気がしたが、まあ言うまでもないだろう。 ―――今はそれどころではない!

「手応えあり!」

天に昇った斬撃がシールドに亀裂を走らせ、バキンと硝子の割れる子気味良い音を奏でさせる。そして次の瞬間には、機竜を護っていた障壁がバラバラと崩落していった。

「おおっ、旦那すげぇ! これならあのでけぇ船の結界も、旦那1人で壊せたんじゃねぇのか!?」

「アホみたいな魔力を、そのままお返ししてやったまでじゃよ。あの方舟は近づく者を吹き飛ばす性質も合わさっておったからな、また別問題じゃて。しかし、まだ仕事は残っておる」

機竜はあのシールドを両手より自在に発生させていた。一度破壊した程度で浮かれていれば、また瞬時に同じシールドを作られてしまうだろう。それを防ぐ為に突貫するは、フィールドを赤色で掻っ攫う悪魔の親子だ。

「父上、急ぐわ!」

「■、セラ■遅■■取ら■■っ!」

厄介だった障壁をジェラールが破壊するタイミングに合わせて、セラとグスタフが機竜の両腕目掛けて飛来。2人は再度シールドを展開しようとする左右の腕に拳を打ち付け、偃月刀で斬りかかった。鈍い音、甲高い金属音が鳴り響く。

「いっつ……! かったいわね、これ!?」

機竜の体は余すところなく、神機デウスエクスマキナの鎧で覆われている。それは両腕も例外でない。助走をつけたセラ拳撃、グスタフの斬撃を正面から受けても、機竜の鎧には傷跡の1つも付いていなかった。

「だ■っ! 我ら■真骨■はここ■■だ!」

「奇遇ね、私もそう思ってたの! ―――『邪魔をするな!』」

「『セラ■言う事を■■っ!』」

攻撃と同時に付着した2人の血液が、機竜の両腕から体の隅々にまで素早く伝っていく。2人分の血となれば血染の効果と効率が倍増し、既にその体の殆どをセラ達は掌握していた。

「このまま操るって選択肢もなくはないけど、ケルヴィンが喜び勇んで解放しちゃいそうなのよねー。って事でエフィル、後は頼んだわ!」

「お任せください」

無防備となった機竜に向けられるは、エフィルが持ち得る火力を全て注ぎ込んだ蒼翠の業火。爆攻火(ヒートファーニス)、蒼炎、ルーミルの力の全てを施した矢が今、エフィルの弓より放たれた。

「―――ガアッ!」

「わっ!」

「■■っ!?」

自衛の為の最後の抵抗だったのだろうか。唯一血が巡っていなかった機竜の頭部を覆っていた鎧の一部が解放され、内部の口が露出される。機竜はそこより竜の息吹(ブレス)と思われる白き光線を放射し、エフィルの矢に抗った。

「ガ、ア……」

竜王の息吹(それ)に匹敵するであろう、機竜の白き反撃は強力だ。但し今回は抗う相手が悪く、頭部以外の全ての自由を奪われているなどの状況下。エフィルの本気の矢がそんな不完全なものに弾かれる筈もなく、機竜はそのまま頭部を貫かれ、火だるまになりながら海上へと落下した。