Boundary Labyrinth and the Foreign Magician
Outside 1566, what does that man want?
「傷は……そうですね。応急処置が早くて的確だったので大丈夫そうではあります。場所が場所ですので、後日体調が悪くなるような事がありましたら、知らせていただければ診察しますね」
残されていた血痕は冒険者達のもので、落下の時に受けた傷とのことだ。ワーム達との戦いでもポーションと治癒術式、魔道具に循環錬気の併用で診察したが、傷口も塞がって、魔力の流れも一先ずは問題なさそうだ。
野外での傷は破傷風を始めとした懸念があるため、念のためにクリアブラッドや浄化の術式を用いたり、発酵魔法の応用術式を用いることで予防というか対策を施しておく。
「消毒も……とりあえず問題ないかな。魔力の流れも問題なさそうだ」
「あ、ありがとうございます、境界公」
治療を受けた冒険者達は何やら感動した面持ちであった。ドラフデニアの冒険者達にも受けが良いというのは……歓迎すべきことかな。アンゼルフ王の関係で冒険者達もあちこちから集まる国でもあるし、そこで好意的に受け止めてもらえているなら口コミでも伝わるしな。
俺個人の評価はともかく、領地の事や迷宮村の住人達、氏族達の事等も受け入れられてもらえる下地になれば御の字だ。
ワームから受けた傷も一人一人治療と消毒、予防処置を施して味方側の治療は完了だ。一先ずは、だが。ドラフデニアの武官達も、冒険者達同様に嬉しそうな表情をしていた。
「皆無事なようで……何よりですな」
そう言ってきたのは、先程からこちらの様子を窺っていたあの謎の種族の人物だ。
口を動かしているわけではないがどこからか響くような音で、言葉を紡ぐ。
やはり……調子が悪そうに見えるな。武官や冒険者達からお礼を言われて、心配もされていたようではあるが……。
話しかけてきてはいるが、脇腹のあたりに手をやって、そこから動こうとはしない。
「ありがとうございます。その、調子が悪そうに見えるのですが……何かお手伝いできることはありませんか?」
「そうだな。危ないところを助けてもらったのに何も返せないというのは……」
俺の言葉にルトガーも同意し、訓練生達と冒険者達も心配そうな表情で頷く。
「その必要は、ありませんな……。調子が悪いのは事実ですが、身体の作りが、違いますゆえ……。何かできるとも思えないとまでは、言いませんが……このぐらいならば……放っておいていただければ……治ります」
それは……一理あるかも知れない。なまじ魔法が使えるからこそ、変な干渉をされておかしな結果になったら困る。かといって包帯だとか普通の応急処置も、意味があるとも思えない。
「何かして頂けるとしたら……会ったことを忘れていただきたい、というのは難しいのでしょうか……? 私としても、接触は避けたかった、のです」
彼は、そんな風に伝えてくる。
接触は避けたかった……か。それでも不調をおし、避けたかったリスクを負ってまで、ルトガー達を助けてくれたという事になる。
思わず、レアンドル王と顔を見合わせる。レアンドル王も少し痛ましそうな表情で頷いた。
「ここにいる面々なら、大丈夫だ。信頼のおける者達ばかりだし、余も……そうだな。ドラフデニアの害にならないというのであれば、ドラフデニア王の名にかけて他言しないと約束できる」
「僕もフォレスタニア境界公家の名に懸けて他言しないと約束できます。勿論害が及ばなければという前提ではありますが……」
レアンドル王と共にそう答えると、ティアーズの運搬する水晶板の向こうでも、みんながこくこくと頷いていた。
『私達もお約束します』
『わたくし達も中継映像で見てしまったけれど……他言はしないわ』
『ん。約束する』
みんながそう答えると、彼も静かに頷く。
「……ありがとう、ございます。勿論、私達から危害を加えたり、害をもたらすような意思は、ないと……お伝えしておきます」
それならば問題はない。確認したいことはまだあるし、口約束ではあるけれど……そもそも自分から助けに入って秘密にして欲しいというのが善意からの行動だったという裏付けのようなものだ。
信頼させるために仕組んだという可能性はあるが、だとするなら俺達の到着まで見越していなければあの状況はかなり厳しいもので、恩を売るというには少しおかしい。
「ただ……本当に他言しないだけで何もしないというのはあまりにも不義理ですので、せめて体調がもう少し回復するまでの間、身を守らせては貰えませんか? 場所を移せないのであれば、この場所でも対応はできます」
「それは――」
転送魔法陣もあるしな。要救助者を先に脱出させたり、休むための物資をここに送ってもらったり。色々対応は可能なはずだ。
外との通信は可能だし、調査の必要があるからと言えば問題ない。他言するなというのなら姿は中継に映らない位置にすればいいし。
その辺の事も伝えると少し思案していたようだが、やがて言葉を紡ぐ。
「では……お言葉に甘えさせていただき、ます。その……気が、抜けて……魔力も使ったので……意識、が」
そう言いながらも彼は意識を手放してしまったのか、前のめりにくずおれ、倒れ伏してしまった。
「っと。大丈夫ですか?」
少しだけ躊躇ったものの、剣呑な魔力ではないので少し触れつつ尋ねてみるも返答はない。呼吸は元々していなかったようだし、本当に作りが違う。魔法生物……ではないようだが。過去の経験から似た印象の種族を探すのなら……付喪神やパペティア族、か?
無機物と生物の中間……精霊達にも近しい印象ではあるか。不調故に魔力反応に乱れは見られるが、悪い印象は感じない。最も、他言無用の約束をした手前、その辺の推測を口にするのは憚られるところはあるが……。
「では、色々と動いていきましょう。処置ができるかは分かりませんが、休ませるための環境を整えたりはできるはずです」
彼を腕に抱えてそう言うと一同頷く。
このままで大丈夫なのか、魔力の流れなどの様子を見ながら対応していくしかあるまい。もしも……悪化するようなら対応せざるを得ない。ウィズの分析だけは続けてもらう事にしよう。
その間に、後始末と転送魔法陣の構築。退避したり物資を融通ずるための準備といったところだな。救助対象は見つかっても謎は深まってしまったし、もし彼らが今回の揺れと何か関係があるだとか、事情を知っているようなら、そこは意識を取り戻し、落ち着いたタイミングで尋ねておきたい。
事情を話せないのだとしても、俺達が懸念を抱かなければいけない事なのか、ぐらいは尋ねてもいいはずだ。互いに害意がないというのは確認したのだし、それぐらいは問題ないというか、尋ねるのは正当な範囲内だろう。こちらの事情を説明することにも繋がるしな。
「地上に脱出することを希望する方は――」
そう尋ねてみるが、誰も首を縦には降らなかった。
「助けてもらったわけですから、私達からも恩を返しておきたく思います」
「傷も塞がっていますし、ポーションのお陰で体力も戻ってきたようです」
「せめて彼の無事を確認するまでは……」
武官達と冒険者達が、そう伝えてくる。
「余もまだ確認しなければならない事はあるのでな。まだ帰るというわけにもいくまい」
レアンドル王はそう言っていた。
そうだな。レアンドル王も、俺と同じような考えはあるのだろう。
バイロンは――少し所在なさげに俺を見てくる。
「もし体力に余裕があるのなら、手伝ってくれると嬉しいな」
そう言うとバイロンの表情が明るい、嬉しそうなものになる。
同行を希望して一緒に肩を並べて戦ってくれたのに、ここにきて帰れというのもな。この広間は崩れたりといった危険もないようだし、差し迫った危険があるというわけではない。安全確保をした上でならば人手はありがたいし、バイロンの心情を考えても良い話だったようで。
「はいっ! 何をすればいいでしょうか!?」
と、尋ねてくる。
ん。そうだな。まずテントの設営から……だろうか。この場所を前線基地として色々対応できるようにして、守りも固めつつ、休息がてらルトガーから合流するまでの細かい話も聞いてみよう。それで見えてくる部分もあるはずだ。