Boundary Labyrinth and the Foreign Magician

between maintaining 1602 and erosion.

敵も抵抗しているが、三段撃ちはかなり有効だ。盾役の恐竜が身体を撃ち抜かれ膝をついた。それでも忌むべきもの達は個々のダメージを意に介さない。盾になることは止めない。

忌むべきもの達が、動きを変える。降り注ぐ光弾を飛行型が迎撃しながらもその内の何体かがわざと射線上に飛び込んできた。当然撃ち砕かれるが、その前に後方に控えていた中型の恐竜や古代生物が飛行型に何かの術をかけていた。

その効果はすぐに判明する。打ち砕かれた飛行型が四散して、黒い霧状に変化したのだ。盾役は手傷を負っているがお構いなしに侵食役の身代わりになっているし、自らのダメージを厭わないというか、全体が目的のために一直線に動いていて……根本的なところで普通の生物とはやはり違う。

黒い霧が立ち込め、濃くなるに従って盾役、侵食役が段々見えなくなっていく。最後に霧の合間から見えたのは侵食している忌むべきもの達が左右に分散していくところだ。煙幕を張る事でこちらの射撃が集中するのを防ごうという腹だろう。盾役もそれならば耐え切る事ができると。

「集中射撃停止! 一面を制圧するように射撃せよ!」

『集中射撃停止! 制圧射撃!」

ドルトリウス王の号令を受け、射撃班の動きが変わる。全体が瞬時に号令に対応すると怪しまれるので、外壁、防衛塔それぞれで命令を実行するまでのタイムラグまで考えているという徹底ぶりではあるが――。射撃を集中させるのではなく、侵食を受けている距離目掛けて平均的に弾幕を張って一定の領域を制圧する、という作戦だ。

先程までの集中火力は出ないが、これで対策への対応にはなる。封印の境界に触れに来るならばどうしても弾幕の中に突っ込まなければならない。

侵食の影響は、既に封印塔の制御中枢側にも出ている。透き通った翡翠のような中枢部が忙しなく明滅して、封印に何か異常が起きている事を示しているのだ。

「まだまだ……!」

ナヴェルが気合の入った声で言うと、マジックサークルを展開する侵食を押し返すように魔力を込めれば、制御部が輝き、封印の光壁もその強さを増す。どうなったら危険か。どのタイミングで結界を発動すればいいかは事前に打ち合わせ済みだ。封印が破られる際の制御部分の様子も、ナヴェルにランタンの幻影で事前に見せてもらっている。

危険だと感じる、或いは十分に敵を引き込んだタイミングで封印を解き、結界を発動する。

最も警戒すべき相手である忌むべきもの達の君主は――まだ敵後方だ。トンネルから抜けていない。側近を従えて、悠々と歩いて進んできている。

それで良い。射撃戦は前哨戦に過ぎない。君主が様子見をしているのと同じように、こちらも様子見と誘いをしながらも、光弾で向こうの戦力を削っているのも確かなのだから。

君主やその側近達は恐らく、要塞内部からの防御的な射撃では倒す事はできない。こちらも打って出て、直接倒しに行く必要のある相手だ。

要塞から打って出ての直接戦闘となってからは、支援射撃は友軍を誤射してしまう危険性が高いから、打って出てからの援護射撃にはそこまでの期待はできない。

相手に対策をしているとは思わせるが、警戒させ過ぎたり削りすぎてもいけない。忌むべきもの達の君主や側近などが侵食に加わって本気を出してきた場合に、閾値を見誤って封印を突破されてもいけない。その上できっちりと君主達を結界内部に引き込んで封じ込めなければならない。

「む――」

ナヴェルが小さく声を上げる。侵食されていることを示すかのように制御中枢が激しく明滅した。

「地下部分からの侵食です……!」

「地下だ! 制圧射撃と並行して潜行弾を放て!」

ドルトリウス王の号令を受けて、射撃班がまた動きを変える。

潜行弾というのは読んで字のごとくだ。魔法槍から放たれた黄色の魔力弾が地面に着弾。何事もなかったかのように広間の石畳をすり抜けると、わずかなタイムラグを置いて巨大なスパイクのような岩が地表に飛び出るように炸裂した。

地底内部にすり抜けるように潜り込んでいって忌むべきもの達の魔力を感知して炸裂するという術。これも――射程距離を調節されているので結界の積層魔法陣には影響を及ぼさない。

「上だ! 今までの攻撃を継続しつつ分担を変えて拡散弾斉射!」

『第二班! 拡散弾斉射! 第一班、制圧射撃継続! 第三班は潜行弾を!』

敵の動きは分散と物量か。大広間の上方でも飛行型が封印の境界に張り付いて侵食を見せていた。それを見て取ったドルトリウス王の指示で射撃班がまたタイムラグを置きつつ動きを変える。

三段撃ちのサイクルを変えて、空中の相手に拡散弾――無数の光の弾をばらまく。空中で張り付いている忌むべきもの達には盾役がいない。飛行型ならばダメージも通るだろうという見通しだ。それは向こうもわかっているのか、侵食を途中で止めて回避や盾を展開する防御行動を見せるとすぐにまた張り付いて侵食を再開する。

『小賢しいな。こちらの攻撃分散させるのが狙いか』

『さりとて、侵食しようとしているところを放置はできない、というわけですか』

状況をレアンドル王が分析し、ルトガーが眉根を寄せる。僅かながらの侵食でも、綻びを作るには足しにはなるという事か。

実際それは有効だ。一瞬一瞬だがコップに流れ込む水の量が増えているようなものである。飛行型に損耗を出しているが侵食の速度は確実に上がっている。それをナヴェルが抑えているという状況。

「お手伝いしましょう。向こうが怪しまない程度に抑えますが」

「何と……」

ナヴェルの隣で制御中枢にウロボロスを構え、魔力の波長を合わせて補強するための魔力を送り込む。

制御中枢を補強というか、体外循環錬気の応用で耐久できる限界を拡張したようなものだ。制御中枢の周囲に侵食を受けた汚染された魔力が拡散するが、それらがある程度溜まったところでパルテニアラが防御呪法を使って汚染された魔力を相殺してくれる。これならば、当分は持たせられる。

この状況を相手が維持するのならば、の話だ。相手も膠着と消耗を狙うのならば、それはそれで構わない。外壁と防衛塔の射撃班は各々が分散して攻撃している状態にはなってしまったが、消耗戦も想定して補充のための魔石もしっかり用意しているのだから。

合間合間で治療班が運んでくる魔石で射撃班は魔力を補充しながら、更に射撃を続けていく。

あくまで緒戦を支えるのが射撃班の役割だ。そこに使える魔石の量は決まっているが――まだ大丈夫だ。

もう少し。君主は悠々と歩いてくる。君主だけではなく、他の側近達、集合体もしっかりと引き込みたい。

と、その時だ。あと少しという距離で、君主が歩みを止める。

「む……。気付かれた、か?」

「いや――これは――」

パルテニアラとドルトリウス王の言葉。俺も一瞬ヒヤリとするも、シーカーの視界は遠目ではあるものの、君主が前方――トンネルの先を指差すような仕草をしているところを捉えていた。

次の瞬間、異変が起こった。集合体が壁から大きく迫り出してきたのだ。不気味な球体が空間内部に侵入してくる。

そこから太いパイプのような黒い奔流が生まれて、封印の境界に突き刺さる。

「くっ!」

ナヴェルが声を上げた。一気に封印の侵食が速まる。こちらも合わせるように負荷を分担して受け止める。重い、軋むような反応がウロボロスを通じて伝わってきた。

「ナヴェル! テオドール殿!」

「まだ、です!」

「僕達の事は気にせず、このまま維持を!」

ドルトリウス王の言葉。ナヴェルに負担がかかってしまっている事は分かっている。それでも、ナヴェルは継続を叫ぶ。君主とその側近達が、結界の領域に踏み込むまでは、と。

駄目押しとでもいうように。君主と側近達がその身を屈める。

来るっ!

「ナヴェルさん! 解除をッ!」

俺がそう叫ぶのと、トンネル内部の石畳を爆ぜさせて、砲弾のような凄まじい速度で君主と側近達が飛び出してくるのがほとんど同時。

ナヴェルは――封印を解除する術式だけは既に準備していた。マジックサークルを展開すると、青白い光壁が消失し、制御中枢から急速に光が失われていく。

封印に向かって突進してきた君主と側近達の爪が、宙を切る。

「今ッ!」

「承知!」

「おおっ!」

ウロボロスの石突きを両手で床に突き立ててマジックサークルを展開すれば、パルテニアラとドルトリウス王が咆哮するようにそれに応える。

君主と側近達が状況を把握し、対応するよりも早く。

契約魔法の立ち合い人の力も借りて、発動した立体積層型の魔法陣が要塞に、戦場となる大広間に、結界を構築していく。

あっという間に巨大な結界が一帯を包んだ。

さあ――忌むべきもの達は閉じ込めた。ここからが本当の勝負だ。