Boundary Labyrinth and the Foreign Magician

349 With the goddess and family.

「……盟主はどうやって倒したのですか?」

 と、イグナシウスに尋ねる。

「連中の本拠地に追い詰め、件の魔術師達――そなたらの言葉で言うなら、七賢者であるか。彼らが総がかりで攻め込んだ。結界術による分断、転移魔法による強制的な排除といった手立てを駆使してな。生前のラザロもその魔人達との戦いに参加しておる」

「その時の戦いに関しては我も覚えている。魔術師達の1人と組んで、分断した魔人と戦った。だがそれは、戦いの目的の主ではなかった」

「下位の魔人を覚醒させる力を持つ、盟主を倒すことこそが最優先事項。それゆえ、幾人かの高位魔人までは倒し切れなかった。その残党が今も尚暗躍しているということやも知れんな」

 ……なるほど。その中の1人がガルディニスでもあったのだろうが。

「そして盟主は肉体と魂を分断され、肉体は迷宮の奥底に。魂を封じた器は北方へと運ばれた。幾重にも重ねた封印により二度と目覚めぬ眠りを与えた……はずであったのだがのう」

「魔人達は北方の国ベリオンドーラを滅ぼしはしたが、肝心の封印そのものには長らく手を出せなかったのじゃろうな。……恐らくシルヴァトリアの綻びと、封印の巫女の不在を嗅ぎ付けて、ようやく封印に手をつけることができたというところか」

 ジークムント老が腕を組みながら唸る。

 魔人の手に落ち、封印が破られても……それでもまだ宝珠と瘴珠の封印は生きている。2種類の珠は互いが互いの封印を高める構造をしているからだ。

「しかしそうなると、イグナシウス殿も瘴珠や北方の封印については知らされていないと」

 ジークムント老にそう尋ねられると、イグナシウスは少し申し訳なさそうに唸る。

「魔人に触れられぬように瘴珠そのものを別の方法で封印をするとは言っていたが、その方法までは教えてもらえなんだ」

「情報を分散することにより、封印を解く方法を秘匿しようとしたのでしょうね」

「うむ。その手は我々も踏襲させてもらっている。儂らがこのような姿となったのも迷宮側の封印を継続させるためではあるがな。儀式のための手順はきちんと伝達を行うとしよう。一応、儂らがいなくなったとしても封印儀式が継続できるよう、火の精霊殿には手順を記した書物を保管してあると、今ここで伝えておく」

 ……なるほど。年代経過での情報の喪失や、古文書の解読などを想定しているのだろう。実際それで苦労させられているし。

 しかしそうなると、瘴珠についてはあまり真新しい情報も出てこなかったな。瘴珠の管理は七賢者の管轄であるから仕方のないところではあるのだが。

「私としては……今の話でまた別に、気になることが出てきたわね」

 と、口にしたのはクラウディアだ。みんなの視線が彼女に集まる。

「私は最初、七賢者達が迷宮の研究をすることで迷宮内部に封印を作り上げたのかと思っていたわ。けれど、イグナシウスの話を聞く限りでは、どうも違うようね」

「……最初から迷宮に関する知識があったということはつまり、そういうことになるのでしょうね」

 クラウディアの言葉にローズマリーが羽扇で口元を覆い、眉根を寄せる。イグナシウスも同意するように頷いた。

「……儂も人である頃は疑問に思っていましたがの。今ならば彼らの素性にも予想がつきます」

「ええ。七賢者は月の民――或いは月の民と地上人の間の末裔という可能性があるわね」

「確かに。境界迷宮の仕組みとシルヴァトリアの魔法には共通点が多いような気がします」

 母さんの保有していた魔法だってそうだろう。分かりやすいところでは、迷宮の魔物を構築する術式と肉体を再構築する魔法、そして転移魔法や結界術などもそうだ。魔力を集める術も迷宮の仕組みに近いか。

 月の民の精髄である境界迷宮に使われている技術と、七賢者の保有していた魔法。これらが同系統のものであるならば、迷宮を利用することだって可能でもおかしくはない。事実として、七賢者は迷宮内部に4つの精霊殿と月光神殿を用いた封印を作り上げたのだから。

「月の民が地上の混乱を知り、人々を助けるために彼らを遣わした、ということは?」

「有り得るかも知れないわね。そして彼らは地上に留まり、国を作った。理由についてはいくつか考えられるけれど……」

 ジークムント老の言葉にクラウディアは思案するような様子を見せる。

 理由か。可能性というなら、帰らなかったのではなく何らかの事情で帰れなかった、とも考えられる。

 地上があるからこそ月の民の生活が成り立っていたとするならば、魔力嵐で地上が落ち着くまでの間、月の民が困窮したということも有り得るだろうし。地上は落ち着いたが月での暮らしは維持できなくなった、だとか。

 クラウディアが地上に降りた後、月の民がどうなったか、今どうしているのか。七賢者が地上に留まった理由。それらを推測するにはまだ材料が足りていないように思うが……月の民の安否についてはクラウディアも気になるところなのではないだろうか。

 そんなふうに思ってクラウディアに視線を向けると、彼女は小さく笑って尋ねてくる。

「嬉しいわ。心配してくれているの?」

「……ん。そうだな」

 皆の前で答えるには少し気恥ずかしかったが、真っ直ぐにクラウディアを見てそう答えると、彼女は笑みを深いものにした。

「私は大丈夫よ。仮に一部であったとしても、地上に降りた月の民の末裔がシルヴァトリアの人達だというのなら、私にとって知りたいことは判明したようなものでしょう?」

「それは、確かに」

 つまり、クラウディアにとっては逆ということか。使命のために他の全てを投げ打って地上へ降りたから……そんな彼女にとって月の民の子孫やその安否を知ることは、望外なことだったと。

「それは、テオドール。あなたのことでもあるし、マルレーンやマリー達のことでもあるの。今あなた達に囲まれているというのは、私にとってとても嬉しいことだわ」

 クラウディアは心配そうに近付いてきたマルレーンの髪を撫でながら言った。髪を撫でられたマルレーンはクラウディアと笑みを向け合う。

 七賢者の娘の1人がヴェルドガル王家にも嫁いでいるのなら。それはクラウディアの知る人達の子孫ということでもあるな。

「勿論、グレイスもアシュレイも。シーラもイルムヒルトもセラフィナも。それに村のみんなも、大事な家族だもの。こんなに恵まれているのだから、心配はいらないわ」

「そう、ですね」

「はい。クラウディア様」

 クラウディアの言葉に、グレイス達が笑みを浮かべる。そうしてお互いの顔を見て頷き合う。

 メルヴィン王やジークムント老、イグナシウスといった面々も目を細めている。何やら緊迫した空気も少し和んでしまった。茶を飲み、一息ついてから話を続ける。

「……しかし、七賢者が月の民であるならば、桁外れの魔術師であったのも道理よな」

 と、イグナシウスが茶を飲み干してから言った。

 そうだな。そして、彼らの技術の多くが子孫に伝えられなかったことも。

 時間の経過もあるのだろうが、月の民と地上人が混ざることで世代を経るごとに素質を持つ者が少なくなっていったというわけだ。魔力循環の使い手の減少などはその最たるものだろう。

「件の魔人集団を乗り切れば、再び封印を維持していくための目途は立った。となれば、これからをどうするかであろうな」

 メルヴィン王が皆の顔を見渡しながら言う。

「魔人が攻勢に出る時期は、宝珠の封印が弱まるその時と予想はできるが、その手立ては未だに断定できぬ。我等も魔人対策の術を完成させるための時間が欲しいということを考えると、今は互いに力を温存しながら睨み合っている状況と言えよう」

 ザディアスの残した瘴気の情報か。あれを基に下級魔人を叩き潰すための策を整えれば仮にベリオンドーラに下級魔人達の戦力を温存していたとしても対抗しやすくなる。

「ベリオンドーラと南方の聖地についての斥候も必要かと存じます」

「うむ。魔人についての情報は多ければ多いほど良い。シリウス号があれば人員の派遣も撤退もしやすくなる。宝珠の封印が弱まるまでに両方を済ませられるよう予定を組んでいくとしよう」

 まずは炎熱城砦にある最後の宝珠の回収。それから南方の聖地を調査すること。そしてベリオンドーラへの斥候。これらを順々に、確実にこなしていく……ということで儀式場での話し合いは纏まった。

 イグナシウスとラザロは王城へ。今日分かったことをジョサイア王子やステファニア姫、アドリアーナ姫達と情報の共有をするそうである。