Boundary Labyrinth and the Foreign Magician
638, give me a new tone.
工房の中庭で――ラモーナが翼を畳んで高速で急降下してくる。シールドを蹴りながら翼を開いて滑空するように軌道を変え、中庭にいたゴーレム達へとすれ違いざまに闘気を込めた羽や氷の矢を飛ばし、最後に突撃用シールドでクレイゴーレムの腹部に穴を穿ち、突撃用シールドを消失させると同時に舞い上がっていった。
今の動きは……流石ハーピーという印象だな。飛ばした羽もクレイゴーレム達の頭部――しかも目に相当する部分に正確に命中させている。闘気を帯びた羽は中々侮れない威力を秘めているのか、ゴーレムの頭部を易々と貫通していた。
ラモーナ1人でこれなのだから、集団になったハーピーは相当なものだという事が分かる。空中からのヒットアンドアウェイや呪歌が手札としてあるということを考えると、多分オーガなどでもハーピー達には太刀打ちできないだろう。
ラモーナは地上に戻ってくると、空中でくるりと回転し、人化の術を用いながら着地する。
「どうでしょうか?」
「動きの幅がかなり広がりますね。実に素晴らしいです」
ラモーナに空中戦装備の魔道具について感想を聞いてみるとそんな感想が返ってきた。一通り空中戦装備を試してもらったが、ラモーナは足場となるシールドを展開する魔道具と突撃用シールド、それから氷弾を放つ魔道具が気に入ったらしい。
氷弾の魔道具は、ハーピー達が使うために少しばかり調整を施し、氷の刃も展開できるようにしている。格闘戦において間合いを伸ばしたり、鉤爪で直接接触しなければならないリスクを減らすことが可能になる、というわけだ。まあ、ハーピー達の鉤爪は鉤爪で、強力な武器ではあるのだろうが、リスクを抑えた選択肢が増えるというのは悪いことではあるまい。
「気に入っていただけたなら何よりです。防具に関しては、やはりマジックシールドが良いですか?」
「そうですね。重い防具は苦手という者も多いと思いますから」
ふむ。ハーピー達の装備やその方向性に関しては固まってきたところがあるかな。
精霊王達の打ち合わせや日程の確認も終わり、明くる日になって予定通り工房でラモーナやマリオン達と共に魔道具の試用や呪歌、呪曲の実験等々を開始した。
まずは実験より魔道具の試用をということで、空中戦装備の説明を兼ねて色々実演したり、実際に使ってもらったりしているところである。
「それにしても……大使殿や皆さんの動きには驚かされました。私達とは飛び方から動き方まで色々と違いますが、だからこそ魔人を空中戦で制したというのも納得できます」
「テオドール様は海中で魔人やその眷属を圧倒しましたからね。ラモーナさんの仰る事も分かります」
ラモーナの言葉に、ロヴィーサがうんうんと頷く。
「海中でも……ですか。コルリスも大使殿と一度戦ったことがあるとステファニア殿下から伺っておりますが……もしや地中で?」
「いえ……。コルリスは地上に誘導して結界を張ってですね」
ラモーナが真剣な表情で聞いて来たので、そこは否定しておく。
それに望んで不利な場所で戦いたいわけでもない。海中での戦闘にしても、マールの加護があったから不利が無くなっていた部分もあるしな。
「テオ君、そっちはどう?」
と、中庭にアルフレッドがやって来る。竪琴を持ったマリオンと、それからドミニクとユスティアも一緒だ。
「ああ。魔道具の試用に関しては問題無さそうだ」
「それじゃ、こっちの調律も済んだし、ちょっと見てもらっても良いかな?」
「ん。了解」
魔道具の試用が終わったところで、続いて色々と呪歌、呪曲絡みの実験をしていこうと思う。
まずは判明していることの延長からである。イルムヒルトは弦の音に魔力を乗せて放つことができる。そこで、今度は弓ではなく本物の楽器にセラフィナの性質を持たせた魔石を組み込むことで、呪曲の補強であるとか色々なことが可能になるのではないか、と考えたのだ。
「んー、実験でみんなに演奏を聞いてもらうっていうのは、少し勝手が違うかも」
「情報収集でもありますので、いつも通りにやってもらえれば大丈夫ですよ」
「そうね。折角、壊れた楽器も修復してもらったわけだし」
マリオンは竪琴をそっと撫でて頷く。魔法楽器ということでラモーナ達も興味津々な様子だ。
マリオンの持っている竪琴は、グランティオスから持って来てもらったものに改造を施したものである。海王絡みの騒動で街中も結構荒らされたりしているのだが、その際壊れたり傷んだりした楽器を、木魔法や土魔法で修復するついでに、改造を施したのだ。
「それじゃあ、弾いてみるわね」
マリオンが人化の術を解き、魔法で水を作り出して空中に浮かべると、その上に身体を横たえて竪琴を奏でる。
心地の良い音色が広がるのと共に、身体の内側にその音色が染み込んでいくような感覚を覚える。そうして、活力が湧き上がってくるような感覚があった。
体力を増強する呪曲を奏でているわけだ。そうして――マリオンの演奏に合わせて組み込まれた魔石の内の1つが輝きを放てば、その瞬間に効果が増したのが分かった。
劇的に、とまでは言わないが、俺自身の生命力の流れを循環錬気で調べながらなので、確実に効果が出ているのが分かる。
呪曲は集団で心を1つにすれば更に効果が増す。相乗効果で更なる増強が見込めるだろう。
「どうやら、良いようですね」
「何だかわくわくするかも」
俺の言葉にドミニクが笑みを浮かべた。うむ。今日のは特に魔法実験らしからぬ感じではあるしな。
「我も、主殿が工房でこうして色々作っているのを見ているのは好きだ」
と、日向で座っているハイダー達と共に作業風景を見ていたマクスウェルも核を明滅させながら言った。
「マクスウェルにとっては、一番馴染んだ光景なのでしょうね」
グレイスの言葉に、マルレーンもにこにこと微笑みを浮かべてこくこくと頷く。マルレーンも工房が好き、ということだろうか。
「それじゃ、次の魔石を起動させるわ。まずは、普通に弾いてみるわね」
そんなみんなの反応に、楽しそうにマリオンが微笑んで答える。その言葉と共に、組み込まれた別の魔石が輝きを放った。こちらは同じくセラフィナの性質を持たせ、彼女の操る術を魔道具化したものが組み込んである。その効果はと言えば――。
中庭の端に置かれていた箱のような形をした魔道具から、マリオンの奏でる竪琴の音色があたりに広がる。
箱からはさながら、メガホンのような形状の筒が飛び出している。内側には魔石が組み込まれていて、それが振動することで音を出しているわけだ。
魔力キーボードと同じように魔石が音を奏でているのだが……これは契約魔法によって対になった魔石が、セラフィナの術によって共振し、楽器と同じ音を放つという……まあ、さながらスピーカーのような魔道具である。警報装置や魔法通信機等々、既存の技術もフィードバックされている。
「ああ、聞こえますね」
スピーカーに耳を傾けて、グレイスが笑みを浮かべる。
「これならば……離れた場所に音を届けることができるというわけですか」
ロヴィーサが目を丸くする。これを作るには魔石もそこそこの質を要求してくるのでどうしても通信機と違ってコストが割高になるが……音声通話技術にも応用が利くだろう。だが、今回はそれが第一の目的ではない。
「次は――みんなからは竪琴の音が聞こえない場所に行って、呪曲を奏でれば良いのね」
「よろしくお願いします」
目的は、遠隔で奏でた音が呪曲として作用するかどうかだ。
「ん。お供する」
マリオンは頷いて、工房の敷地を出ていき、シーラが護衛としてマリオンについていく。
行き先は俺の家にある楽器を練習するための防音室だ。程無くしてスピーカーから竪琴の音色が聞こえてきた。
呪曲――。先程と同様、活力が湧いてくるのが分かる。効果は流石に、生の演奏より弱いようだが確かに効果が見られる。
「これなら……安全圏から呪曲で仲間の援護ができるというわけね」
「……何とも素晴らしいことです」
クラウディアの言葉に、ロヴィーサが感心したように何度も頷いている。
通信機や監視装置と組み合わせれば臨機応変な対応も可能だろう。通信機でこちらの状況をシーラに伝える。
すぐ戻るとの返信があった。それに加え、遠隔の呪曲は普通のそれよりも魔力の消費が若干大きくなると言っている、との追伸も。
「ふむ。安全な代わりに、威力も落ちるし効率も悪くなる、と」
「その場にいないのに援護できると考えれば、それでもかなり便利なのでは?」
「演奏にも集中できるのではないかしらね」
アシュレイが言うとローズマリーが頷く。
まあ、普段の戦闘で行っていることを考えればな。大物を前衛が止めたり、後衛が防御陣地から援護したり、色々考えながら動いているし。その場にいないのに援護できるというのは、実際有用だろう。デメリットを差し引いて余りある。
そこにマリオンとシーラが戻ってくる。呪曲の増幅と、遠隔からの援護もこれで大丈夫、と。マイクのような魔道具とスピーカーを対にすることで、ハーピー達の呪歌にも対応可能だ。
「後は呪歌を歌ったり、呪曲を奏でる時の魔力の動きを循環錬気で見せて頂きたいなと思っているのですが」
迷宮村の住人とセイレーンと、ハーピーと。それぞれに伝わっている呪歌、呪曲は違うが、効果の似たものはあったりするのだ。そこから魔力の動きを見て共通点や仕組みを探ったりしていけば……もしかするとそれで新しい曲を作るヒントが得られるかも、などと考えている。まあ、あくまで上手くいけばの話だ。
「――それは面白そうだわ」
「確かに……新しい呪歌や呪曲とは心惹かれるものがありますね」
「そういうことなら、幾らでも協力するわ」
俺の考えていることを説明すると、そんな返答が返ってきた。イルムヒルト、ラモーナ、マリオンと、3人ともかなり乗り気だ。ドミニクとユスティアも、真剣な表情で頷き合っているが……何やら妙な火を点けてしまった気がしないでもない。
「いや、まあ……上手く行くとは限りませんが」
新しい曲の開発とまではいかずとも、セイレーンとハーピーの間で共に演奏ができるよう、呪歌と呪曲の統合ができれば御の字ぐらいに考えているのだが……さて、どうなることやら。