Boundary Labyrinth and the Foreign Magician

Outside eleven, king of Aceles.

 悪霊を迎え撃つのに選定された場所は――妖精の森から程近い平地だ。

 古戦場も兵士を展開するのに向いているので候補に挙がったが、仮にも悪霊等と呼ばれ、怨念を核として作られたような存在を相手に対して、因縁がある土地で戦うというのは如何にも拙かろうと、アケイレス王国との戦いに使われたことのない場所が選ばれた。

 兵を展開しやすく、大規模な戦闘を行いやすい、というのも条件の1つである。

 平野部ではあるが、妖精の森が程近いので魔物の出現も予想されるため、あまり開拓も進まなかった土地……だそうだ。だが、この場合それが好都合と言えた。

 まあ、そういった案が出たあたりでそこに魔法建築で戦闘用の拠点を作ってはどうかと提案したわけだが。レアンドル王や側近達は驚いていたが、手伝うと決めた以上は持てる手札を駆使して色々やらせてもらう。

 会議の翌日から現場に赴き、実際の作業を進めさせてもらっている。

 土魔法で堀を作り、堀を作った分で出た土を砦の建材としてそのまま流用し、まずは土で作られた砦を作る。そこから石化させ、構造強化で砦としての強度を確保する……というわけだ。

 急造であるため砦として求められる最低限の機能ではあるが、あるのとないのとでは大違いだろう。

 雨風は凌げるし傷を負ったら砦の中に逃げ込んで治療を受けたり、無傷の戦闘員と交代したりといったことができる。

 もし劣勢で撤退が必要と判断された場合でも、コルリスが俺の作業と同時進行で地下通路を掘っているから、そこを通って、離れた場所まで一気に逃げることも可能だ。

 そして、砦にシリウス号で人員や物資を運んでやることで、迎撃の準備もかなりの速度で整う、という寸法である。シリウス号による輸送の提案も、こちらからさせてもらった。

 砦の内部の調整をきりの良い所まで終わらせて、砦の外に出る。砦の外では、グレイス達が昼食の準備を進めていた。

 砦の建造を始める前に竈や椅子、円卓を作り、そこで昼食の準備を進めてもらっていたのだ。

「ああ、テオ。そろそろお昼ができますよ」

「うん。良い匂いがしてきたから、切り上げてきた」

 そう答えると、グレイスは嬉しそうに微笑んだ。

 白米、豚汁、魚の塩焼き、それからサラダ。味噌と醤油の良い匂いが、食欲をそそる。長閑な草原での昼食は中々気分が良い。

「ええと……新婚旅行中なのに、こうやって面倒なことに首を突っ込んでごめん」

 そう言うとグレイス達はお互いに顔を見合わせたが、笑って答えた。

「境界公のお務めと理解していますよ。テオのせいではありません」

「こうやってみんなでというのは、今までもこれからも、テオドール様やみんなと一緒なんだなって思えて……何だか嬉しいです」

 と、グレイスとアシュレイが言うと、マルレーンはにこにこしながら頷いた。

「そうね。それに……新婚旅行なのに後味が悪い思い出にしたくはないわ」

「確かにね。後々になってこんなことをしてきたって誇れるのなら……それは素敵なことじゃないかしら」

 クラウディアの言葉にステファニアが同意する。

 むう。そういうものだろうか。

「わたくしとしては興味深い物が色々と見れて充分に楽しんでいるわ。気遣いは無用よ」

「ん。テオドールはこういう時、すぐ動いてくれるから好き」

「そうね。私だって、それで助けてもらったんだもの」

 肩を竦めるローズマリー。シーラとイルムヒルトもそんなふうに返してくる。

「ですから……テオはご心配なさらず。私達はそんなところも含めて、テオの事を愛していますから」

 そんなふうにグレイスに言われて、赤面してしまう。俺の反応を見て、彼女達は笑みを深めた。

 そうやって、その日の昼食は……みんなとのんびり、和やかに過ごしたのであった。

「いやはや……。昨日まで何も無かった平原に、この短時間で本当に砦が出来てしまうとはな。有言実行ではあるのだろうが……高位魔人達が退けられるわけだ」

 砦が完成したところで人員や物資の輸送を開始する。

 空中戦装備の訓練をしていたレアンドル王にも砦の内部も含めて見てもらうと、そんなふうにしみじみと言って腕組みをし、目を閉じて頷いていた。

「魔人を迎え撃つ時も、こうして砦を作りましたからね。その時の経験もありますから」

「……私はもう、境界公が何をしても驚きませんぞ」

「本当、ヴェルドガル王国と友邦で良かったと思います」

 乾いた笑いを浮かべている宰相と、それに同意するように頷いているペトラである。

 というわけで砦の内部を色々と案内していく。こういった防衛拠点を建造するのは既に経験済みなので、それらの経験を活かして、この砦にもある程度フィードバックできたと思う。魔道具は組み込まれていないが、砦の門の部分についてはゴーレム化されている。月神殿経由でタームウィルズまで転移し、迷宮砦の時に作った予備の魔道具を取ってきて組み込んだ形である。

「ふむ。実戦的な砦よな。これならば兵士達も存分に戦えよう」

「内部構造に慣れてもらって、それから避難経路も確認して貰う必要はあるかなと」

「確かにな。だが、将兵達も我が国の精鋭。普段から訓練を積んでいる。然程の時間は必要とすまい」

「我等はこの砦から魔法を使えば良い、ということかな?」

 ロベリアが尋ねてくる。

「そうですね。砦の真正面が妖精の森ですから。奥地から悪霊を引っ張って来れば、平原を挟んで対峙することになります。この砦が後衛の陣取る場所、という位置付けになるかと」

 砦の上部には、妖精達が逃げ込めるような専用の通路を用意してある。

 ……後は訓練を進め、それがある程度の形になり次第、作戦の決行ということになるだろう。

 砦の完成から数日。

 将兵達が訓練を積んでいる間、俺達は俺達で王城の書庫等を当たり、過去の伝承を集めてぎりぎりまで黒き悪霊の性質を推測して対策を考えたり、身体が鈍らないように戦闘訓練をしたりといった時間を過ごした。

 余ったそれ以外の時間はスタインベールで買い物をしたり、宿屋でみんなとのんびり過ごしたりといった具合だ。

 戦いを控えた状態で何かをするというのもいつもの事なので……俺もみんなも気持ちを切り替えてというのには慣れている。王城での調べものや訓練をしている事を除けば……まあ、新婚旅行らしい時間の使い方ではあるのかも知れない。

 そうして、作戦決行の日がやって来た。

 妖精の森の奥、墓所から悪霊を戦場へと引っ張ってくるのはレアンドル王の役目である。

 俺とリンドブルム。そしてバロールも同行してレアンドル王の護衛役をさせてもらう。

「それじゃあ、行ってくる」

「はい。お気を付けて」

 グレイス達との抱擁を交わし、リンドブルムに跨って。レアンドル王と、ゼファードと共にシリウス号の甲板を飛び立つ。

 眼下に広がる妖精の森。そこに隠された墓所へと降下していく。

 ……墓所は――前に来た時のままであった。誰にも見つけられず、朽ち果てるに任された王の墓所。

 監視してもらっていたハイダーを回収し、玄室入口からその奥にある石棺へと、レアンドル王と共に真っ向から対峙する。

「では――始めましょうか」

「ああ。何時でも準備はできている」

 確認を取ってから深呼吸を1つ。レアンドル王とゼファード、それからリンドブルムが見守る中、棺の紋様を睨みつける。

 あれは――アケイレス王への攻撃の意思に反応する仕掛けだ。

 墓所内部かこの近辺で、攻撃か封印のための魔法を用いようと、マジックサークルを展開するだけでも契約魔法が反応して魔法の隔壁を作り出し、中身を目覚めさせようと動くという仕掛け。

 これがグエンゴールの仕込んだ悪意。

 悪霊を眠らせている……といっても、それはあくまでも強く育てるためのもの。

 この墓所を作った目的は、眠る王を守るためでもある。

 封印はやがて解けるように脆く。しかし防護は厳重に。グエンゴールのしたことはそれだ。

 奴は自分が死した後に、自分の育てた悪霊が「王を裏切った民」を蹂躙することを夢見ていた。

 大魔法を叩き込もうとしても厳重な防壁を張られてしまえば、肝心の悪霊に届いたとしてもその威力を半減させてしまうだろう。だから、囮となるレアンドル王を守る意味合いでも、持てる限りの全力を注ぎ込む瞬間は、今ここではない。

 だが、これは宣戦布告だ。目覚めを回避できないのであるならば、その過程もただでは済ませてやらない。

 不老不死を夢見て魔術師に人体実験を繰り返させた王。

 亡き王の妄執に引き摺られ、新しい王国やそこに暮らす全ての者の苦しみを願った魔術師。

 そんな奴らが長い長い年月をかけて作り上げたものを、これから全部台無しにしてやる。

 魔力循環。力を充分に練り上げて、玄室の入口から最奥まで一息に突っ込んでいく。棺の心臓部。アケイレス王家の紋章目掛けて掌底を叩き込む。

 螺旋衝撃波。

 魔法ではなく、武技によって内部に潜む者に渾身の一撃を叩き込む。叩き込みながら、シールドを蹴って後方へ離脱する。

 粉砕される石の棺と何かの咆哮。

 それは魔法によって誘導された安楽な目覚めなどではない。

 砕けた棺の中から黒々とした何かが溢れ出してきている。それと同時に、地の底から響いてくるようなくぐもった怨嗟の声が響く。

 黒々とした奔流の中に瞬くいくつもの目が、周囲の状況を窺うようにぎょろりと蠢く。墓所全体が呼応して震え出し、さながら蜂の巣を突いたような騒ぎだ。

「これはまた、大変なことになったな!」

 それぞれリンドブルムとゼファードの背に跨り、レアンドル王と共に墓所から飛び出す。一瞬遅れて黒い奔流が流れ出してくる。

 それを後方に眺めながらレアンドル王が俺を見て笑う。俺もレアンドル王ににやりとした笑みを返した。

 レアンドル王が、空中で身を翻して啖呵を切る。

「我が名はレアンドル=ドラフデニア! 栄光あるドラフデニアの王にして、アンゼルフ王を高祖とする者なり!」

 そうレアンドル王が叫んだ途端、暗黒の物体に変化が生まれた。

 冠を頂く老王の巨大な顔と、王とは違う小さな顔がいくつか浮かぶ。その中に、あのミイラに面影のよく似た顔があった。一瞬形を持った顔が黒い渦の中に混ざり合い、またいくつもの目が暗黒の中に生まれて。空中に向かって黒い腕を伸ばしてくる。

「王たるものの責務を忘れ、享楽と妄執に耽った過去の亡者共! その浅ましい姿を顧みて恥じるがいい! そのまま地獄に叩き返してくれよう!」

 レアンドル王の啖呵に、怨嗟の咆哮が追い縋ってくる。完全に向こうも乗ってきたようだ。

 アケイレス王やグエンゴールの人格や記憶が残っているのか。

 王の怨念に同調するグエンゴール自身も死後あれに囚われたか。1人や2人の声ではない。アケイレス王に最後まで従った者達ももしかすると混ざっているかも知れない。

 シリウス号と並走するように戦場に向かって飛ぶ俺達を追いかけて――墓所から悪霊が這い出して来る。這い出して、拡がる。

 黒い奔流は黒い霧となり、触れた森の木々を溶かした。

 黒き悪霊は暗い霧となって街を覆い、その気の向くままに犠牲者を溶かし喰らった、と伝承にある。生きた霧状の何か。それが黒き悪霊だ。だから、妖精の森で戦うわけにはいかない。高度を上げて森の損傷をできる限り減らす。

 このままだ。最高速で目的の場所まで飛んで、迎え撃つ。