Boundary Labyrinth and the Foreign Magician

Outside 472, Nereid's daughter.

 デメトリオ王にとっては曾祖父の代の話であり……魔人の脅威という話は当事者よりも関係者から耳にしてきた事の方が多いかも知れない。だから……実際に魔人と戦った俺に、話を聞きたかった、という部分があったのだろうかとも思う。

 デメトリオ王は再び庭園から見える景色に視線を向ける。

「余は――この国が好きでな。美しい海原と、そこで生きる人々の営みを、この場所から見て平穏と繁栄を誇りとしてきたのだ。だからこそ、魔人の考える事が分からなかった。邪なる者として生まれついたからこそ殺戮や破壊を好むのかとな。しかし……そなたから話を聞いて、また少し認識が変わったように思う」

「力を封印した魔人の知己は――世界に色がついたようだと。そう言っていましたよ」

 とはいえ……殺戮や破壊を好む魔人もいるし、食事と割り切っている場合でも、だからこそ危険性は否定できない。魔人達の大半は対話も不可能ではないが、ザルバッシュのように人間を下等種と見ている者もいるからだ。

 だから、俺以外の他者がこの話を聞いて、魔人と相対して傷付くような事は望まない。そう言った考えも含めて説明すると、デメトリオ王は静かに目を閉じていた。

「そう、だな。それは肝に銘じておこう。すぐに状況が一変するほど容易い道でもあるまい」

 やがて頷くと、ふと表情を柔らかいものにして言う。

「色々と考えさせられる、有意義な内容であった。では、今後についての話をするとしようか。公式の場での応対と歓迎の宴を行いたい故――そうだな。明日再び、そなた達を王城に招待したいと考えている」

 そうだな。歓待については向こうからも通達してくれていた。今日の夜か明日には歓待、という事になるだろうかと思っていたが。

「ありがとうございます。では、ヴェルドガル王国の公館で旅の疲れを取ることに致します」

「うむ。予定が決まり次第、公館に遣いを送る事にしよう。それと、シリウス号の見学に関する話であるが――。これも追って連絡しよう」

「助かります。船に乗せている人員が最小限なので、港ではなく公館側にシリウス号を待機させられると管理が楽になるのですが……問題はありますか? 例えば、国防や防犯に懸念を示す方がいらっしゃるとか……」

 そう言うとデメトリオ王はくっく、と腹に手を当てて楽しそうに笑う。言いにくいような事をこちらから水を向けることで言いやすくした、というわけだが。

「国防というのなら、船よりもそなたがその気になる方が脅威であろうよ。そのような人物だと判断しているのなら最初から会おうとは思わぬ。ヴェルドガル王国の方針や、伝え聞く人柄や実績、それに親戚関係を加味しての判断でもあるからな。船に関しては――浮遊させたまま停泊させておけるのであれば問題はあるまい。あの辺りは暗礁が多くて喫水線の深い船は立ち入れない、という事だけ念頭に置いてもらえれば良い」

 デメトリオ王は相好を崩してそんな風に言ってくれた。

 親戚関係というのは、ローズマリーやヘルフリート王子の事だけでなく、ヴェルドガル王家やシルヴァトリアの七家の事も含めての言葉だろう。

 一礼すると、デメトリオ王も頷いて言葉を続ける。

「国内の移動に関しても隣国との境界に近い海域に向かうだとか、殊更西方諸国を刺激するような事がなければ大丈夫だろう。ここからも見えていたし、兵士達から報告が来ていたが……周囲の船に挨拶をしたりと、随分とこちらの通達に対して気を遣ってくれていたようだしな」

 と、そう言ってくれるのであった。なるほど。庭園も日当たりのいい東側に面しているしな。それで情報伝達が早くなったところはあるようだが。

「ありがとうございます。まずは王都観光をしつつ、その後の予定を立てていこうと考えています」

 アルバートがそう答える。

 グロウフォニカ国内のどこに足を運ぶかというのは、ネレイド達次第というところもあるので、まだ決まっていないのだが……王立の図書館に足を運ぶ可能性は高いので、まずは王都観光と共に予定を決めていければ、というところだな。

 そうしてグロウフォニカの王城での話も一段落し、俺達はヴェルドガル公館へと向かう事になったのであった。

 久しぶりにネレイドと顔を合わせる事になるからか、ヘルフリート王子はやや落ち着かない様子だ。ネレイドから預けられた貝殻を手に取ったり、馬車の車窓から街角の風景に目を向けたりしている。

 まあ……グロウフォニカ側の面々も御者としてついてくれているので、今のところはネレイドに関してあれこれと馬車の中で話をするというわけにもいかないが、その内容如何によってはデメトリオ王に相談する、というのも視野に入れられるかも知れない。

 賢君と聞いていたが、実際に会って話をして見た感じではその評判も頷けるものだったからだ。

 とは言え、あくまで王としてグロウフォニカの為にという部分があるので、厚意や善意に甘えられないところもあるけれど。

 そうして馬車はグロウフォニカ王都東側へと進んでいく。街の中心部や東側の漁港からもやや距離を置きつつも海が近く、静かで良い環境と言えるかもしれない。

 東側の海を望める位置にしてくれているのは、やはりそちらにヴェルドガルがあるからという配慮なのだろう。

 そうして進んだ先には、広々とした敷地の屋敷があった。馬車から降りると屋敷の正門にヴェルドガル側の使用人が到着を待っていた、という具合にやってきて挨拶をしてくる。

「おかえりなさいませ、ヘルフリート殿下。アルバート殿下と奥方様、境界公と奥方様の御来訪も、我ら一同光栄に存じております」

 と、公館で働く使用人総出で挨拶をしてくる感じだ。

「ただいま」

「滞在中はよろしくね」

「ありがとう」

 と、ヘルフリート王子とアルバート、俺もそれぞれに返答する。

「では、我々はこれで。我が国での滞在が実り多きものになるよう願っております」

「ありがとうございます」

 見送りとして一緒に着いてきてくれた騎士達と御者にお礼を言うと、彼らは敬礼して帰って行った。公館に手荷物等々を置き、それからネレイドの話を聞いて……状況が落ち着いたら、シリウス号もこちらに移動させる、というのが良いだろう。

「留守中に変わったことは? その、彼女の様子とか」

「カティア様なら、読書をしたり刺繍をしたり、時には我らの仕事を教えて欲しいと、炊事や洗濯を手伝ったりしてくれていましたよ」

 と、初老の執事がヘルフリート王子の質問に柔和な笑みを浮かべて答える。そんな返答に、ヘルフリート王子はどこか安心したように頷いて応じた。

 ネレイドのカティアは……割とアクティブというか、地上の人達に混ざって何かをするのにも抵抗がない人物のようだ。

 家事や料理を覚えるというのはヘルフリート王子と結婚したあとの事を意識してのものかも知れないな。

「それと、カティア様の知己で――少し変わったお客人が訪問中です」

「変わった? どんな?」

「説明が難しいのですが、カティア様の家における使用人のような人物、と聞いております」

 と、そんな説明を受けつつ庭園を移動し玄関口から屋敷の中へ入ると、そこに女性がいた。歳の頃は――ややヘルフリート王子より年上かも知れない。

 緩くウェーブする、青紫色の髪が目を引く。強い水の性質を宿した魔力を感じる事を除けば――見た目は人間と大差ない。人化の術は完璧に近いものがあるようだ。

「おかえりなさい、ヘルフリート。ヴェルドガル王国の方々も初めまして。私は、カティアと言うの」

 と、カティアは屈託なく嬉しそうに微笑んで、ヘルフリート王子や俺達に挨拶をしてきた。

「うん。ただいまカティア。諸事情あって人が増えたけど僕の姉夫婦や弟夫婦達で……まあ、みんな信用できる人達だね」

 そんな風にヘルフリート王子が説明する。と……カティアの肩口から何かがこちらを恐る恐る窺うように顔を出した。

「ソロン。地上の人達が増えて緊張するのも分かるけど、貴方もみんなに挨拶を」

「はっ、はい。お嬢様」

 と、ぴこぴこと耳のようなものが動いて、不思議な物体が空中を泳ぐように飛び出した。

「ソロン、と申します。カティア様の家にお仕えしております。以後お見知りおきを」

 そういってぺこりと頭を――というか身体ごとお辞儀をするソロンである。オレンジ色の……派手な体色をした軟体動物だ。目の形が変わるので、表情というか感情が何となく読み取れるような気もする。

 ……ええと、メンダコ……かな? 喋る上に浮遊するというのは……うん。珍しいというか何というか。