トウマが俺の隣を通り過ぎて、一瞬でアースに詰め寄った。

 そして、手に持っていた神器の槍で……心臓を一突きした。

「な……」

 この一連の動作を呆けた表情で見ていた俺は、そこでやっと事の重大さに気づいた。

「なにやってんだてめえええええええええええええええええええええええええ!!!!!」

 トウマが槍で刺したのはアースだが、その体はクレールのものだ。

 あれでは、クレールが死んでしまう。

 そう思った俺は激昂し、2人のいるほうへと駆けだした。

「うふふ…………有無を言わさず私を殺しにきましたか……」

「!」

「でも……その程度の攻撃では私を殺せませんよ……?」

 アースが心臓に刺さったであろう槍を掴み、勢いよく引き抜いた。

 それにより、クレールの体からドバっと赤い血が流れ出る。

 ……が、それも数瞬のことで、槍で刺された部分はあっさりと塞がっていった。

「くっ!」

 慌てた様子のトウマは、強引に槍を引き戻して、アースから距離を取った。

 そのタイミングで、俺はアースのところへとたどり着き、2人の間に割り込みを入れるようなポジションにつく。

「そこをどけ! お前の相手は後でしてやるから!」

 俺に向かってトウマが怒鳴り散らしてきた。

 さっきまでとは様子が違う。

 俺と戦っていたときは楽しんでいた様子だったのに、今は鬼気迫っている。

 だが、ここで引くわけにはいかない。

「……そいつは魔女だぞ。魔女は、お前にとっても敵と言っていい奴なんじゃないのか?」

 俺が一歩も引かずにいると、トウマは諭すような口調で訴えかけてきた。

「それは、そうなんだが…………クレールを傷つけさせることはできない」

「クレールって、器になったお嬢ちゃんのことか? 残念だけど、その子は諦めてくれ。もう魔女になっちゃったんだ」

「……っ! 諦めきれるかよ!」

「!」

 トウマの物言いに、今度は俺が怒鳴った。

 クレールは、今まで俺を幾度となく支えてくれた。

 つらいときも楽しいときも、いつだって俺と一緒に分かち合ってきてくれたんだ。

 そんなクレールが、魔女だかなんだか知らない奴に乗っ取られて、さらには殺されそうになっている。

 見て見ぬふりなんてできない。

 俺は……物事を損得勘定で割り切れるような大人じゃないんだ。

「今そいつを倒せなかったら、この世界に災厄が降りかかるぞ! それでもいいのか!」

「よくない……でも……クレールを失うようなことは……俺にはできない……」

「…………ふぅ……そうか」

 トウマは俺の答えを聞くと、大きく深呼吸をした。

 そして、キッと俺を睨みつけ、今にも飛びかかってきそうな体勢を取った。

「……どうしてもどかないっていうなら、仕方がないね……お前ごと魔女を蹴散らすことにするよ」

「!」

 突如、トウマの持つ槍が光を放ち始めた。

 あれは……もしかして、神器に備わったスキルを発動させるつもりか。

 クロスから聞いた感じ、あれの攻撃を回避するのは、ほぼ不可能だ。

 光速の一突きとやらがどれほどのものかを、こんなときに味わうことになるだなんて……。

 でも……受けて立つしかない。

 トウマは、俺ごとアースを貫くつもりだ。

 クレールの体がどれくらいの攻撃まで耐えうるのかわからない以上、俺がトウマの攻撃を捌く!

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 トウマが駆け出して俺の懐に入り、槍先を突きだした。

 槍先は眩い光を放っている。

 もはや、それが物質なのかどうかすらも認識することができない。

 回避不能の速度で繰り出される、必殺の一突き。

 一対一の対人戦であれば、出された時点で、ほぼ負けが決まってしまいかねない究極のスキル。

 目で追うことはできない。

 槍を前に突き出された時点で、勝負は決している。

 けれど、俺はそんな回避不能とも言える攻撃を――大盾で受け流した。

「なっ!?」

 必殺の一撃を受け流されたからか、トウマが驚きの表情で俺を見ている。

 そんなに驚くことでもない。

 これは、ただ単純に……俺のヤマ勘が当たっただけなんだからな。

 クロスから仕入れた情報によると、この槍に備わった力を使われたら、どうあがいても回避などできない。

 まあ、光速らしいからな。

 実際に光の速度なのかは疑問だが。

 だから、俺は最初から見て避けることを諦めて、トウマがどこに向かって突きを放ってくるかだけを考えて行動した。

 その結果がこれだ。

 トウマは俺の腹部目がけて槍を突きだしてきたが、それは《時間暴走》をフル稼働させ、その位置に移動させた大盾によって、ギリギリ受け流せた。

 おそらく、あと少しでも大盾の移動が遅れてたら、そのまま突き刺されていただろう。

 コンマ1秒もない間の攻防だった。

 プレイヤースキル、異能(アビリティ)、そして運。

 それらのうち、どれか1つでも欠けていたら成し得なかった結果だと、俺は思う。

 多分、これは二度も成功しない。

 一度限りの奇跡だ。

 だからこそ、俺はこの奇跡を無駄にしない。

「そこぉ!」

 俺はトウマに向けて、カウンターの突きを放った。

 これは、もちろん『クロス』による攻撃だ。

 ここまで、トウマには一度として攻撃を当てられなかった。

 でも、神器による光速の一撃を外した今回ばかりは、こいつにも隙が生まれたようだった。

 俺の攻撃は、トウマの腹にクリーンヒットした。

「…………お見事」

 トウマが俺の耳元で、そう囁く。

 そして――。

「ゴボ……」

 ――トウマは突然……大量の血を口から吐き出して、倒れた。

「え……?」

 なにが……起こったんだ……?

 俺はまだ、トウマに一発しか攻撃を入れてないのに……。

 どうして……こいつは血を吐いたんだ……?

 どうして……こいつは倒れてるんだ……?

 どうして………………こいつのHPは……ゼロになってるんだ……?

 どうして……どうして……。

「うふふ……私の祝福が、ようやく効いたようですね……」

 混乱する俺の背後で、アースが不気味に笑った。

「祝福を分散させすぎていたのが悪かったのでしょうか……まさか、ここまで耐えるとは思いませんでしたよ……」

「…………」

 祝福ってなんだよ……。

 トウマが倒れた原因と、なにか関係があるのか……?

「これが、魔女様の祝福を受けたにもかかわらず歯向かった者の末路です」

 ルヴィがこちらに歩き出して、そんなことを言いだした。

 つまり……こいつらは魔女に逆らうと死ぬってことか?

 なんだよ、それは。

 そんなのは祝福じゃなくて……呪いだろうが。

「トウマ。あなたはいつも自由気ままで、手のかかる人でしたが、私は嫌いではありませんでしたよ。安らかにお眠りなさい」

 ピクリとも動かなくなったトウマに、ルヴィは最後の言葉を送っていた。

「……馬鹿な奴だな。なにも、死ぬ思いまでして歯向かわなくったっていいのに……死んだら全部お終いじゃねえか」

「でも、彼らしいと言えば、彼らしかったのかもだね……」

 他の異能機関の連中も、それぞれの言葉でトウマのことを話している。

 なんだこいつらは。

 いつもは仲間を捨て駒みたいにして扱うクセに。

 トウマにだけは少し違った反応だ。

 あのカルアでさえ、憎まれ口を叩いてはいても、ちょっと様子が違う。

 それだけ、付き合いが長かったってことなんだろうか。

「うふふ……私を殺そうとするから、こうなるのです……」

 だが、この魔女と呼ばれる奴だけは、冷たいセリフを吐き捨てた。

「私に歯向かったばかりに……これまでのあなたの努力は無駄になりました……ええそうです……こうなったのは、あなたが全部悪いのですよ……うふふふふ……」

「…………」

 殺されかけたのだから、トウマを憐れむ気持ちもないってことか。

 あるいは、性格が冷酷なのか。

 どちらにせよ、俺の気持ちはモヤモヤしたままだ。

 トウマは、魔女に呪いをかけられていても、歯向かう意思を持ち続けた。

 結果はこうなってしまったけど……それが悪く言われていいはずなどない。

「おい、ルヴィよぉ……そろそろ俺様も話していいよなぁ?」

 と思っていたそのとき、ニーズがルヴィに声をかけた。

 ニーズはトウマの一件を、黙って見ていたようだ。

 そして、その件が終わったと見て、今度は自分の用件を伝えようとしているわけか。

「あら、ボウヤじゃありませんか。まだそこにいたのですね」

「おいぃ……誰がボウヤだ誰がぁ。ブチ殺すぞぉ」

「どうせ、私がなにを言おうと殺しにくるつもりでしょう?」

「……ハッ! まぁな。それをするタイミングを、さっきからずぅっと窺ってたんだけどよぉ、ようやくできそうだぜぇ」

 どうやら、ニーズはルヴィを殺すつもりのようだ。

 トウマに続いて、次はルヴィか。

 ルヴィについては、俺にとっても倒すべき敵なのだから、ニーズを止める気などない。

 因縁があるなら、遠慮なく清算してくれ。

「うふふ……残念ですが、それは叶いませんよ……魔族の王候補さん……」

「あぁ?」

 と思っていたそのとき、アースがそう呟いて、ルヴィの傍へと寄った。

「だって…………この子は私が殺すんですもの……」

 そして、アースは……ルヴィの背中に右手を突き刺した。