Can I Become an Adventurer Without Gift?
Lesson 39
「……えーっと、ここであってるよな?」
ハルは冒険者ギルドに足を踏み入れて、中を見回しながら頬を掻いていた。
「そ、そのはずです……?」
目の前に広がる光景を見たルナリアも戸惑っているようだった。
この街の規模は、ハルたちが活動していた街よりも大きく、湖畔の港町として栄えていた街である。
しかし、食堂で聞いた問題の影響は大きいらしく、冒険者ギルドも閑散としていた。
「とりあえず、掲示板を見ておこう」
「ですね」
ハルとルナリアは、依頼が掲示してある掲示板に向かうが――そこも閑散としていて、依頼の数も少ないようだった。
「こいつは、困ったな」
「困りましたね……まさか、こんなにも何もないなんて……」
掲示板に貼られている依頼の少なさにハルとルナリアは改めて肩を落とす。
残っている依頼も、薬草の採集などの採集系の依頼がいくつかと、荷物運びの依頼がある程度だった。
二人のお目当ては湖関連の依頼だったため、困惑してしまう。
「……あのー、冒険者の方ですよね?」
そんな二人にそっと声をかけてきたのは、丸い縁取りの眼鏡をかけたギルドの受付嬢だった。
「あぁ、別の街で活動してたけど、この街に通りかかったんで少し依頼をと思ってな」
「そうだったんですね……ここは依頼が少なくて驚かれたでしょう?」
ハルの言葉に受付嬢は苦笑する。
「やはり、湖の問題が原因なんですか?」
悲しい表情のルナリアの質問に、顔に影を落とした受付嬢が小さく頷く。
「はい、以前は人の行き来も多くて、もっと活気があったんですが……。やってくる冒険者の方の数が減るにつれて、依頼の数も減ってきたんです……」
唇をきゅっとさせている受付嬢の表情は芳しくない。
「湖の調査を色々な人がしたと聞いたが、ギルドは動かなかったのか? 以前の調査というのは恐らく素人もたくさんいたんだろうが、プロの冒険者たちが集まればなんとかなるんじゃないか?」
ハルの指摘に受付嬢は更に表情を曇らせて首を横に振る。
「もちろんギルドも動いたんです。報酬も多めにして、多くの冒険者が参加してくれたんですけど……」
そう言って口ごもってしまった彼女の表情を見る限り、恐らくその依頼の結果は思わしくなかったのだろう。
「ダメだったのか……」
「はい……」
その先を引き継いだハルの言葉に、泣きそうな表情で受付嬢が頷く。
「それ以降は何も? といっても、この状況では難しいですね……」
何もしなかったのか? そう問いかけたルナリアだったが、閑散としたギルドを見る限り、愚問であると自己完結する。
「なるほど……それじゃあ、その依頼を出した時に手に入った情報を教えてもらうことはできるか? 何ができるかわからないが、少しでも力になれればと思ってさ」
「何もできないかもしれないですが……それでも放っておくことはできないんです!」
淡々としたハルと、熱意のこもったルナリアのそれぞれの言葉に胸を打たれた受付嬢は、後ろを振り返る。
彼女の視線の先には他の受付嬢の姿があった。
彼らに託してみたい! そんな気持ちを目で訴えるとそれに同意して、他の受付嬢たちも頷いていた。
それほどまでにこの街の置かれた状況は芳しくないのだということなのだろう。
「ちょっと待っていて下さい! 上の許可をとってきます!」
「その必要ならないぞい」
彼女が動き出そうとするのと同時に、老女の声が聞こえてくる。
「――っ、ギルドマスター!?」
それは、この冒険者ギルドのギルドマスターの声だった。
彼女も最近は仕事が少なくなってきているため、階下の様子を確認しようとちょうど降りてきたところだった。
杖を突いて少し前かがみになっているが、纏う雰囲気は上に立つ者として凛としている。
ギルドも頭を悩ませている問題にたいして向き合おうとするハルたちの目をしっかりと見つめていた。
「お主たち、湖のことをなんとかしたいと思ってくれるのかい?」
なんとかしてくれるのか? とは聞かない。なんとかしようと思ってくれるか――それだけをギルドマスターは確認している。
「俺はこの街に来たのは初めてなんだが、彼女は一度来たことがある」
ハルの言葉を聞き入るように、ギルドマスターは目を閉じ、無言で頷きながら聞いている。
「この街の魚料理はすごく美味かったらしい。そして、俺はこの街で肉料理を頼んで食ったんだが美味かった――それを超えるという魚料理をさ、是非一度食べてみたいんだ」
そう言うハルの表情は笑顔だった。
「はい、本当に美味しかったんですっ。是非ハルさんにも食べてもらいたいです!」
その言葉にルナリアも笑顔で乗っかる形となる。
ギルドの受付嬢たちはまさか食欲の為に彼らが動こうとしていたとは知らず、驚き固まっていた。
「ほっほっほ、なかなか頼もしいじゃないか。いいさ、二人に前回の情報を見せてあげな」
目を開けると豪快に笑ったギルドマスターの言葉に、受付嬢たちは全員明るい顔になる。
それを見たハルは二つの思いが胸に浮かぶ。
一つはこれだけ笑顔にさせておいて、何もできなかったらまずいな。という思い。
そして、彼女たちの笑顔を真実のものにしてあげたいという思い。
ルナリアも同じことを考えているらしく、最初は少し困った顔を、しかしすぐに気合の入った表情になっていた。
「――ルナリア、俺たちでできる限りのことは全力でやろう」
「はいっ!」
資料を用意しようと慌ただしく動いている受付嬢を見て、二人は強く胸に誓っていた。
しばらく待っていると、資料が用意できたようで奥の部屋に案内された。
「ここなら、他の冒険者の方に見られることもありませんので、存分にご覧下さい。ただ、あまり外で吹聴するのだけでおやめください。どなたかと協力してことにあたる場合はそれに限りません――お二人の判断にお任せします」
対応してくれたのは最初に声をかけてくれた受付嬢。
思っていた以上に寛容な対応であるため、ハルもルナリアも感心していた。
「ただ資料を見てもわからないこともあるかと思いますので、私のほうで要点をご説明します。前回の依頼の際に担当したのが私だったので、ある程度の理解はあると思いますので……あぁ、そういえば自己紹介をしていませんでしたね。私は当ギルドの受付嬢をしています、ランと申します。よろしくお願いします」
そう言ってふわりとほほ笑んだ後、深々と頭を下げるラン。
「それはこちらもだ。俺の名前はハル。Dランク冒険者だ。よろしく」
「私の名前はルナリアです。同じくDランクになります。よろしくお願いします」
互いに自己紹介を終えると、早速ランによる湖の調査依頼に関する情報が説明されていく。