Can I Become an Adventurer Without Gift?
Lesson 50
キラーメイルの斧術のランクは3。
剣術のランク7に比べればどうとでもなる――それが、ハルの考えである。
だから、この状況は別にピンチだとも思っていなかった。
「“甲羅の盾”!」
ハルが発動したのはパワータートルから手に入れた防御スキル。甲羅柄のシールドがハルの前に展開される。
『なんだと!?』
勇ましく振るわれたキラーメイルの斧は甲羅の盾にぶつかり、強くはじかれる。
「その盾は、かなり硬いぞ? それに、俺はこんなこともできる」
不敵な笑みを見せたハルは大きく息を吸うと、氷のブレスをキラーメイルに吹き付ける。
その威力自体はそれほど強くはない。
しかし、足を短時間ではあるものの床に貼り付ける。
『なに!? き、貴様、人ではないのか!?』
ハルの放ったブレス。それが魔法でないことはキラーメイルにはわかっている。
となれば、ハルは魔物なのか? その疑問と戸惑いによってキラーメイルの動きが更に一瞬止まる。
「くらえええええ!」
ハルはその隙をついて、剣を思い切り振り下ろす。もちろん炎鎧と火魔法で強化してある剣で。
『むおおおおお!』
痛覚はないが、自らの足の部分が斬られていくの感じるキラーメイル。
思わず痛みに膝をついてしまうが、甲羅の盾が出現した位置からずれたため、一撃を入れようと張り付いた足を無理やり引き剥がし、その勢いのまま斧をハル目がけて振り下ろす。
甲羅の盾は、一度出すと、消すまで新しいものを出すことができない。
そんなことはキラーメイルも知らないが、しかし狙いは正しくハルに向かって斧が振り下ろされる。
「まだ、俺には次の手がある!」
甲羅の盾だけがハルのスキルではない――気合の漲る表情で彼は左手を身体の前に出す。
『そんな腕など斬り落としてくれる!』
キラーメイルの斧とハルの左手が触れる。
その瞬間、金属同士がぶつかったような音が響き渡る。
『な、なんだと!?』
おおよそ人間の左腕が触れたとは思えないような音にキラーメイルは驚き、本日何度目かの同じ言葉を口にすることとなる。それと同時にハルという存在が何なのか分からなくなり、挙動が止まる。
ハルは自らが持つスキルをふんだんに活用していた。
まず、骨強化によって、斧の衝撃を受けても骨が折られないようにする。
そして、皮膚硬化によって、斧を受けてもダメージが軽減できるようにする。
更に、その上に竜鱗を出現させ、防御力を上げて斧によるダメージを防ぐ。
加えて、腕力強化によって斧に押し負けないようにしている。
様々なスキルを組み合わせることで、ひとつひとつは練度の低いものでも強力な能力を引き出すことに成功していた。
「俺の腕なんか簡単に斬れると思っただろ? そうはならないさ!」
キラーメイルの意表を突けたことで戦うのが楽しくなってきたハルは、剣をキラーメイルの心臓部目がけて突き刺そうとする。
これまでの攻撃の中で、キラーメイルが左胸のあたりを庇っているのをハルは見切っていた。
『させんわあああ!』
ハルの攻撃意図がわかったキラーメイルが斧を持っていない左の手でハルを殴ろうとする――がそれはかなわない。
「私のことを忘れないで下さい!」
ひたすら魔力を練り上げ、魔法の準備をルナリアは、キラーメイルの左手を完全に凍り付かせて動きを止めていた。
「さすが俺のパートナーだ!」
待っていたタイミングでのルナリアの魔法攻撃にハルはにやりと笑い、剣は真っすぐキラーメイルの胸に突き刺さり、後ろまで貫通する。
『ぐ、ぐぐぐぐ、しかし、まだ私はやられんぞ……』
弱点を突かれたキラーメイルだったが、まだ動けるようで斧を手放し、残った右手でハルを攻撃しようとする。
「リビングアーマー――つまりあんたみたいな動く鎧系の魔物っていうのはさ、魂が鎧に定着されてるようなんだよな? それって、つまり……呪いの類なんじゃないのか?」
キラーメイルの右手の攻撃を見切って避けたハルは剣から手を離して、両手をキラーメイルの腹の部分にあてる。
「”解呪”!」
ハルはキラーメイルに向かって、解呪のスキルを使う。聖なる光が彼の手から放たれ、キラーメイルの鎧が一瞬白く輝いた。
すると、鎧からどんどん力が抜けていく。
「天に、返れ!」
その言葉と共にキラーメイルにかけられた呪いがハルによって解かれ、それと同時に、鎧から色が抜けて徐々に白になっていく。
『うあああああああ!』
どんどん失われていく力に抵抗するように声をあげるキラーメイルだったが、どこか心地よさを感じていた。
ずっと何かに縛られていたようにこの鎧の中に閉じ込められていた彼の魂が解き放たれ、いいようのない安らぎと平穏が訪れる。
ハルたちによって、解放されたキラーメイル。
彼が本来の正しい判断ができていれば、ハルたちに礼を言うだけだった。
しかし、呪いによって心が蝕まれ、来訪者である彼らを敵とみなし、殺すという結論に至っていた。
『あ……ありがとう……そしてすまなかった……』
自分という人格がこの地より消えていくのを感じているキラーメイルは、穏やかな口調で振り絞るようにハルとルナリアに対して礼と謝罪の言葉を口にする。
彼は元々この城の王に仕えていた騎士であり、礼節を重んじ、弱気を助けを地でいくタイプであった。
そんな彼は王から信頼され、仲間の騎士からは頼られ――それ以外の者たちからは老若男女問わず慕われていた。
そんな彼だからこそ、城を守り切れなかったことを心の底から悔い、悲しみ、怒った。
それゆえに魂が囚われ、呪いという形で鎧に封印されることとなった。
しかし、長年この城にいた彼も今、やっとこの地から解放されていく。
『全て、君たちのおかげだ。何か返したいが……私にできるのはこれくらいだ……』
残った力を振り絞って、キラーメイルは右手をあげ、人差し指で何かをさしている。
『あとは、好きに、して……く……』
それがキラーメイルの最後の言葉となり、真っ白になった鎧が灰になったようにバラバラとその場に崩れ落ちた。
「ふう、強かった……。スケルトンから手に入れた骨強化も意外と役にたったな」
キラーメイルの最期をみとったあと、ハルは自分の左腕を触りながら、無事であることを確認する。
「ハルさん! 左腕大丈夫でしたか?」
不安そうな声音で駆け寄ってきたルナリアは、ハルがどんな能力を持っていて、どれを使ったか知らないため、慌ててハルの左腕を触りながら確認する。
「あ、あぁ、能力を使ったからなんとかなったよ。ただ、明日は筋肉痛で動かすのも辛いかもしれないけどな」
ゆっくりと左腕を動かすハルを見て、ルナリアは安心したようにふにゃりと笑うと少し離れる。
「さて、それよりもキラーメイルが指差した方向を調べておこう。何か返したいとか言ってたけど……」
鎧から剣を引き抜いて鞘へと納剣してから、ハルは一足先にその方向を調べにいく。
「なんでしょうかね?」
少し遅れてルナリアがついていくと、そこには暖炉が一つあった。
この場所はキラーメイルが最初に囚われていた場所の奥にあたる。
「この暖炉……ルナリア、水ですすを流せるか?」
「水――まかせてください!」
活躍できることに嬉しそうにぱっと笑ったルナリアは魔力を手に込める。
ルナリアのギフトの中に水魔法はない。
しかし、彼女は右手から氷の、左手から火の魔法を使って氷を溶かすことで水を作り出す。
「へえ、うまいもんだな。俺にもできるかな?」
ハルも氷のスキルと火のスキルを持っている。
ルナリアがすすを流している横で自分もできないものかと試してみるが、なかなか難しく、次第にハルは眉間に皺をよせていた。
「ハルさん、綺麗になりましたよ!」
少し弾むような声音でハルを呼んだルナリアは徐々に水がでる勢いを強くすることができ、最後のほうは効率よく行えていた。
「おぉ、さすがルナリア……さてさて何かが……」
今はひとまず魔法の組み合わせを諦めたハルは綺麗になった暖炉に入り込んで何かがないかと調べていく。
すると奥に水でぬれたレバーがあるのを見つける。
「このレバーか、これを引くと……うおおお」
ハルがぐいっとレバーを操作すると、ゴゴゴと音を立てながら暖炉が下に降りていく。
「ハ、ハルさん! 大丈夫ですか?」
取り残されたルナリアが不安そうに声を上げる。
ハルを連れたまま、しばらく降りてそこで止まる暖炉。地下一階にあたる場所になる。
「あぁ、大丈夫だ。ルナリアも降りてくるといい。そんなに高くない」
見上げつつ、なだめるようにそう言うとハルは指先に小さな火を灯して周囲を確認する。
「よいしょっと、ハルさん一体何が……うわあ」
ぴょんと飛び降りてきたルナリアはきょろきょろとあたりを見回す。
そしてハルの火が照らすものを見て、ルナリアは驚く。
「これはすごいな」
そこには金銀財宝がそこら中に積まれていた。ハルの小さな灯りに照らされたそれらはきらきらと輝いている。
「スケルトンもゴーストもあの鎧も、元々はこれを守っていたのかもしれないな……」
感心したように驚きながら、二人は同じことを考えていた。
――だが、どうやってこれを運び出そうか?
そう考えた次の瞬間、急にハルが意識を失って倒れた。
ルナリアが悲痛な叫び声を上げたのが遠くに聞こえたような気がした。