ザウスとキマイラ。

両者が衝突した瞬間、衝突した場所を起点に周囲に衝撃が広がる。

「GAAAA!」

「うるっせええええ! このデカイ猫やろうがあああ!」

爪と剣がぶつかり、そこから押し合いになる。

身体の大きさでいえば圧倒的にキマイラのほうが大きい。

しかし、ザウスは顔を真っ赤にしながら、気合を入れて大剣を両手で押し込み、キマイラを徐々に後方に動かしていく。

「GRRR!?」

小さな人間が、しかも一人で自分に向かってきたことに苛立ちを覚えるキマイラ。

しかし、今は自分が押し込まれていることに、驚きと動揺を隠せずにいた。

「俺は、ザウス様だぞおおおお!」

そして、周囲にとどろくほどの雄たけびと共にキマイラは勢いよく弾き飛ばされた。

「GYAUUUUU!」

自身が力負けしたことに驚いたキマイラは、視線をザウスから外してしまう。

「そういうとこが甘いんだよ! 死んどけええええ!」

気合を入れた表情で大剣を振るうザウスは既に追撃の姿勢に入っており、キマイラが顔を上げた瞬間には既に剣を振り下ろしていた。

跳躍して、体重をかけた大きな大剣による攻撃はキマイラの獅子の顔を見事に真っ二つにする。

「ハッ、手をやかせんな。俺もあいつらの後を追いかけないとだからな……」

そう言い捨てると、くるりと背を向けたザウスはハルたちの後を追いかける。

しかし、彼は気づいていなかった――キマイラの尻尾がまだ小さく動いていることに……。

「――キシャアアアアアアアアア!」

「っ……なに!?」

そして、尻尾が足をからめとってザウスの態勢を崩す。

ぬらりと伸ばした蛇の身体でザウスの自由を奪い、毒液滴る蛇の口がザウスへと襲いかかる。

「ぬおおおお!」

眼前まで迫る蛇の口――絶体絶命のピンチという言葉がふさわしい状況にあった。

一方でハルとルナリアは順調に島の中央にやってきていた。

キマイラ以降は強力な敵はおらず、恐らくあれが防衛の最終ラインということなのだろうとハルは予想している。

「っ、ハルさん!」

そして、先に何かを見つけたのはルナリアだった。

「あれは……なんだ? いや、誰?」

目を細めながらルナリアがさす方向を見てハルもそれに気づいたが、それがなんなのかは、離れたこの位置からではわからず、ひとまず警戒しながらも走る速度をあげていく。

「……貴様らは何者だ?」

静かな声音でハルとルナリアに問いかけるのは、腕を組んで目を瞑っている人物だった。

しかし、人と言うには皮膚の色が緑であり、頭部の左右には角が生えている。

そして質素であるがちゃんと服を着ており、先ほど指摘した二つの部分以外は、ハルのような一般的な人と同じタイプだった。

「そういうお前は――魔族?」

思い当たる外見の特徴からそう結論を導いたハルの言葉に、ルナリアは目を見開いて驚いてしまう。

魔族とはこの世界にいる種族の一つであり、個体数は少ないと言われている。

だが獣人族よりも力が強く、動きも早い。エルフ族よりも魔力が強い。

単純な戦闘力でいえば、世界でも上位に存在する種族だった。

「あぁ、俺は魔族だ。そしてもう一度尋ねよう。――貴様らは何者だ?」

うなづいてゆっくりと肯定した魔族はすっと目を開いて、ハルとルナリアを視界に捉えて質問をする。

その目の色はどろりとした銀色で感情を読み取ることができない。

「……俺の名前はハル。あんたたち魔族が知っているかわからないが、いわゆる冒険者というやつだ」

警戒しながらも毅然とした態度でハルが名乗っても、魔族はただ黙っている。

「わ、私の名前はルナリアです。ハルさんと同じく冒険者です」

動揺交じりにルナリアも同じく名乗るが、二人の回答は魔族が望むものではなかったらしく、不満げに目を細めた魔族が改めて二人のことを視界に捉える。

「なるほど、ハルとルナリアか。俺の名前はシュターツ。さて、それでは質問を変えよう。貴様らは何故この場所に来た? 島には多くの魔物がいたはずだし、魔霧をださせていたはずだが?」

その霧が止み始めた時点で何かが起きていることはシュターツもわかっていた。

しかし、自分の場所に辿りつくまでの者がいるとは思ってもいなかったようだ。

「なにゆえ? それはこんな島ができあがって、これだけの魔物がいて、あれだけの霧が立ち込めているからだろ。湖を元々の状態に戻すために俺たちはやってきた」

何がおかしいのかわからないという様子のハルの話に、腕を組んだままなるほどとシュターツは頷く。

「理解した――ならば、お前たちは俺の敵ということだ」

これもわかっていたことだったが、シュターツは改めて確認することで自分の行動の根拠を固めていた。

淡々とした口調で噛みしめるようにそう告げた。

「それでは、さらば」

再びハルたちを視界に捉えたシュターツはそれだけ言うと、あっという間にハルとの距離を詰めて、いつの間にか手にしていた剣を振り下ろしていた。

「くそっ!」

剣は鞘にしまったままであったため、ハルは咄嗟に左手で剣を防ぐ。

「馬鹿なことを……」

人間の細腕でシュターツの剣を防げるわけがないと、無表情のままだったが、彼はハルのことを蔑んでいた。

しかし、思ってもいなかったカキーンという金属音が響き渡ったため、シュターツは驚き、わずかに目を見開いて動きを止めてしまう。

ハルはいつものごとく、複数の能力を使って腕を強化して剣による攻撃を防いでいた。

「隙あり!」

一瞬の停止はハルが攻撃に移るのに十分な時間を与えており、剣を引き抜くと思い切りシュターツの胴を薙いだ。

しかし、剣はシュターツの身体を吹き飛ばすだけで、皮一枚程度でしか斬ることができなかった。

「お前……」

「貴様……」

ぎろりとにらみ合って二人の視線が交差する。

「「強いな!」」

二人の言葉がかぶる。そして、二人は不敵に笑った。

それぞれが武器を改めて構え直して、走りだす。

二人の剣と剣がぶつかり合う。二人とも両手で剣を持ち、つばぜり合いをしている。

ここまでに数舜しか間違わってない二人だったが、互いに相手を強者と認めあっていた。

「“ライトアロー”!」

動きが止まった隙を見逃すルナリアではなく、シュターツの横っ腹目がけて魔法を放つ。

「むむっ! 卑怯だぞ!」

「卑怯じゃない! 俺たちは仲間だ!」

不満げに文句を言うシュターツにハルは苛立ちを感じつつ強く反抗する。

ハルはシュターツの力を認めていた。認めていたからこそ、パーティとして全力で戦わなければならないと考えていた。

それをルナリアは理解していたため、瞬時に魔法を放つという判断を下していた。

「“アースバイト”!」

そして、魔法は止まらず、土魔法によってシュターツの足に噛みつく牙を生み出して、その動きを止めていく――。