「ぐおおおおおおおお!」

力強く歯を食いしばったハルは全ての力を動員して、ベヒーモスの一撃を受ける。

その衝撃たるやこれまで受けたどんな攻撃よりも重たくきついものだった。

体格差、もともとの筋力の差からぐいぐいと押し込まれていく。

「俺が、ここで、止めるぞおおおお!」

それでもハルは一切諦めるつもりはなかった。

攻撃を受け止めるための能力は既にフルに使っている。ならば、ここからは気合、根性などの精神論がハルを支える。

「“フリーズライン”!」

ルナリアはいつもの氷魔法を使って、ベヒーモスの身体を凍りつかせようとする。

しかし、巨体のベヒーモスの動きを止めるほどには効果がない。

ならば、とルナリアは作戦を変更する。

「動きが止められないなら……ダメージを与えます! “アースランス”!」

放たれたのはルナリアが使える魔法の中で最もランクの高い土魔法。

無数の土で作られた槍がベヒーモスの目に向かっていく。

「GRR」

しかし、それは気づかれており、軽く首を振ったベヒーモスの頬に当たって力なく砕けていく。

自らが強固な魔物であると理解しているベヒーモスは、防御力の低い目などが狙われることを想定していた。

「――なっ!?」

今まで戦った魔物であれば、隙をついた攻撃が見事に決まっていた。

しかし、ベヒーモスはそれらの魔物とははるかに格が違っていると、ルナリアは見せつけられたような気がした。

「だが、助かる!」

ルナリアの攻撃は無意味だったわけではない。一瞬でも注意がそれたことで、ハルに余裕ができていた。

「これでもくらっとけ!」

腹に力を込めて大きく息を吸ったハルは闇のブレスをベヒーモスの腕の先にある爪めがけて吹きつける。

すると爪の一部が黒く変色していく。

「GRAAAA!?」

今度のハルの攻撃はヘビーモスにとって予想もしていないことだった。

呪われた装備を使っていて、相手に呪いのダメージを与えるというものは確かに存在する。

しかし、ハルが持っている武器はそれらには類さない剣であるとヘビーモスは本能的に理解していた。

人であるハルが、なぜ呪いを付与する攻撃を行えたのか? ベヒーモスは疑問に思うとともに、警戒して距離をとる。

「よしっ!」

ハルの目的は討伐ではなく、足止め。まずは逃げていった冒険者たちへの興味を失わせ、自分自身に注視させること。

そして、街への興味を失わせて街への被害を最小限にすること。

その一歩目が、走るベヒーモスを止めることだった。

「さあ、ルナリア。ここからが本番だぞ」

「はいっ!」

隣り合うように立つ二人はベヒーモスと対峙する。

「ば、馬鹿! あんたたち何やってるのよ! せっかくひるんでくれたんだから、逃げなさいよ!」

逃げていったと思われたエリッサは仲間を先に逃がしたのち、後ろ髪を引かれる思いにかられて足を止めて振り返り、ハルとルナリアに大声で呼びかける。

彼女の表情は真剣そのものだった。

数年ぶりにあった大好きな友達であるルナリア。

エリッサはルナリアに会えたことを心から喜んでいた。そして、あとでゆっくり話すのも楽しみにしていた。

ずっと魔法が使えなくて悩んでいたはずの彼女が自由自在に魔法を使っていることに驚き、そして嬉しく思っていた。

だからこそ、ヘビーモスにやられる彼女など見たくなかったのだ。

「エリッサは逃げて! 街の人にベヒーモスのことを知らせて!」

ずっと自分の後ろについてくるだけだったルナリアが自分に逃げるよう指示している。

そのことはエリッサに衝撃を走らせた。

「おい! エリッサ、ああ言ってるんだ、逃げるぞ!」

少し離れたところからしびれを切らしたようにパーティメンバーもエリッサに声をかけ、逃げるように促す。

「――わかった」

そうハッキリと口にするエリッサ。しかし、彼女の足はハルとルナリアのもとへ向かっている。

「っ、おい!」

「ルナリアの言うように、みんなは近くにいる冒険者に声をかけてきて! 確か、いくつかのパーティがいるはずだから!」

ルナリアは逃げて街に知らせるようにと言ったが、エリッサの判断は違った。

街まで距離があるため、その間にハルとルナリアがやられてしまうと考えていた。

「チッ……くそっ、わかった! 死ぬなよ!!」

これ以上言ってもエリッサが考えを変えることはないとずっとパーティを組んできた仲間たちは理解しているため、少しでも勝率をあげようと彼女の指示に従うことにする。

「ルナリアの友達も大概だな……だが、まあおもしろい。いくぞ!」

走り去る彼女の仲間の気配を感じながら、ハルはニヤリと笑うと、再びベヒーモスへと向かっていく。

「GAOOOOOOOO!」

一度引いてしまったベヒーモスは、自分よりも矮小な人間風情に自分が引かされたことに苛立ちを覚えていた。

そして、多少のブレス攻撃など気にしないほどの攻撃をすればいいと考えて、尻尾を思い切り振りまわした。

「くそっ、面の攻撃かよ!」

全身の筋肉を使って振り回された尻尾の攻撃は、剣で受けても吹き飛ばされてしまうのが目に見えている。

「ルナリア、後方に引きながら邪魔をするぞ!」

ただ逃げるのではなく、ベヒーモスに一矢報いなくては気が済まないとハルがルナリアに声をかける。

何を狙っているのか瞬時に把握したルナリアは小さく頷き、自らも後方に逃げながら魔法の準備をする。

「いくぞ!」

「はい!」

短い言葉だけだったが二人には互いに何がしたいのかわかっていた。

ハルは尻尾の進行方向に炎の壁を作る。

ルナリアは土の壁を作り、氷の壁をつくり、風の壁を展開する。

二人が生み出した壁に衝突する尻尾。

尻尾の威力はハルが予想していたとおり、相当な力を持っている。

しかし、二人が生み出した魔法の壁は数秒だけだったが、尻尾の動きを止めていた。

壁にぶち当たった尻尾は当初の勢いからかなり失速することになる。

「よし!」

「やりました!」

わずか数秒、しかしこの数秒がハルたちが逃げ切る隙を作ることにつながった。

目視で避けられるほどの勢いになった尻尾を二人はひらりとかわして見せた。

「……あ、あんたたちすごいわね。ルナリアもあそこまで魔法を使えるなんて……」

二人を助けようと走ってきたエリッサだったが、自分たちの力だけでベヒーモスの攻撃を回避した二人に驚いていた。

「エリッサ、来てくれてありがとう! でも、アレ……すごく強いよ」

「わかってる。お兄さんもなかなかやるわね、ここから共闘しましょう? あたしの仲間が近くにいる冒険者を呼んできてくれるはずだから、それまでもたせようじゃないのよ!」

ぱちんとウインクをしながら仁王立ちして力強く宣言したエリッサは右の拳を左の手のひらにパンパンと二度あてて、気合を入れなおしていた。

「見てわかると思うけど、私の職業は拳闘士――武器はこの二つの拳と、二本の足よ!」

「俺は剣がメインで魔法も使う」

「わ、私は魔法がメイン」

それぞれの戦闘方法を簡単に話し終える頃、尻尾を避けられて不機嫌そうなベヒーモスが三人を睨みつけていた。