ドレスは1週間後には出来上がってきました。うちのを最優先で作ってくれたとのこと。いや、ほんと、なんか申し訳ないです。

この間購入したお飾りと合わせても『あ~もうなんてスバラシイ!』の一言に尽きます。惜しむらくはこれを着るモデル……もとい、私であります。

夜会までの2週間。ロータス先生のダンスレッスンとエステ隊の努力の成果で、かなり良家の若奥様っぽくなった気がします。あくまでも主観ですが。

ダンスやエステばかりだとストレスが溜まるので、ちゃんと(?)家事には参加させてもらってます。ロータスダリアにすっかり私という人物が把握されています。

そして迎えた夜会当日。

出陣前から疲れるのは遠慮したいところだったので、エステ隊によるほどほどのブラッシュアップの後、ミモザに特殊メイクを施され、気分はすっかり人造人間……ではなく、別人です。

「今日の奥様は一段と素敵ですわ~!」

ミモザが私の後ろから鏡を覗きこんで目をキラキラさせています。

ミモザが言うとおり、そこには楚々としたご令嬢、いや若奥様が映っているのですから!

自分で言うのもなんですが見事な変身っぷりです。ビフォーアフターを絵姿で比べてみたい気がします。

「ミモザの技術がいかんなく発揮されてるわよね。すごいわ。別人だもの」

見れば見るほど自分とは思えません。元々二重ですがそんなに大きくない目が、いまやこぼれんばかりにパッチリと開いております。アイメイクの恩恵ですね! いつもなら特筆すべき点などない普通の唇も、ふっくらツヤツヤ魅惑の輝きを放っております。あまり食べ物などを口にしないように気を付けましょう!

超有名オートクチュール謹製のドレスも、さすがはあれこれ採寸しただけあってジャストフィットです。『つるぺた』も若干『ぽん』くらいある感じに見せてくれています。

「そんなに濃くお化粧はしてないんですよ? すべて奥様の本来のものですのに」

私の冷静な反応に不満顔のミモザ。

「またまた~。ミモザのスキルがすごいんですって。謙遜しなくていいんですよ~」

私とミモザがそんな会話をしていたら、

「いいえ、奥様がお綺麗なのですわ。さ、これをつけて完成ですわ」

そう言って、ダリアがお飾りをつけてくれました。ちなみにあの時誂えたのは、今日もキラキラ具合が目に突き刺さる首飾りと、それに合わせたイヤリングです。それらを身に着けてもらい、いっちょあがりです。

そんなこんなで支度を終えたところで部屋のドアがノックされ、

「奥様、ご準備はよろしいでしょうか? 旦那様がお迎えにいらっしゃいました」

ロータスの声が聞こえました。

ロータスに先導されてエントランスへ行くと、そこには支度を終えた旦那様がすでにお待ちでした。

普段から素敵な旦那様なんですが、夜会用におめかしている姿はちょっと私に分けてほしいくらいに無駄にキラキラしています。そのお姿に、普通のお嬢様ならばくらっとくるんでしょうね。同じ色合いの衣装は、二人並ぶと言い逃れできないレベルでペアルックです。

「ああ! なんて今日の貴女は綺麗なんでしょうか!」

私を見た旦那様はあまりの変身っぷりに驚いて瞠目しています。『今日も』ではなく『今日の』ってところに本音が見えます。いいんです、いつも地味ですから。

「侍女たちが頑張ってくれましたので。おかしくはありませんか?」

少しドレスをつまんで淑女のご挨拶。

「おかしいなんて! すごく似合ってますよ。新しくドレスを作った甲斐がありました」

驚きから戻ってきた旦那様は、私の頭の先からつま先まで視線を走らせた後、満足そうにニッコリと微笑みました。その視線が不躾とかいやらしいとかを微塵も感じさせないところに高度なスキルを感じてしまいましたが。

「こんなに素敵なドレスやお飾りを贈っていただいて、ありがとうございました」

できればもうこんな散財要りませんから、と続けそうになるのは喉の奥にごっくんして。

お礼だけは伝えておきましょう。

「これくらいでよろしいのなら、いくらでも喜んで」

また輝かしい笑顔で答える旦那様ですが、いやほんと、もう要りませんから。

「おほほほほ~」

笑って誤魔化しておきましょう。

「そろそろお時間でございます」

それまで黙って私たちの会話を聞いていたロータスが、出立を促してきました。その声を聞いてダリアが私に上着を着せかけてくれます。

「ああ、そろそろか。では、参りましょう」

そう言って旦那様は私の方へと手を差し伸べましたが、これはエスコートしますよ~っつーことですね? もうここから演技は始まっているのですね。了解です。

「はい」

大人しく旦那様の手に自分の手を重ねました。

王宮の夜会。どんなものなのでしょうか。ちょっと楽しみです。意地悪令嬢? ばっちこいですよ! 旦那様が目当てなんでしょう? 全力で譲ってさしあげますとも!

「今日はよろしくお願いしますね」

王宮に向かう馬車の中、私は旦那様と向き合って座っています。先に旦那様が話しかけてきました。

「はい。私にできることは力いっぱい頑張らせていただきます」

ダンスのレッスンもばっちりやりましたから、ロータスに『これだけ踊れるようになりましたら大丈夫でございますよ』と太鼓判貰ってきましたし。特殊メイクも結構イケてますから、まあ何とかなるでしょう。

「ありがとう。なるべく私から離れないようにしてくださいね」

「わかりました」

馬車は静かに王宮の門をくぐっていきました。

さすがは王宮。キラキラピカピカ。眩くて大変です。またしても目を覆い、壁際によろけるところでした。

照明やお飾りだけではありません。こにいるすべての人がキラキラ属性なのです。なんだかもう総てが発光体のように思えてきました。誰か、日蝕グラスプリーズ!

「フィサリス公爵ご夫妻のご到着~」

パーティー会場の入り口に旦那様と並び立つやいなや、侍従の紹介の声に、一斉に飛んでくる視線。

旦那様はこういう場に慣れていらっしゃるからかいつもの素敵笑顔のままですが、私は多分に引きつっていると思います。私事なので確認はできませんが。

あ~、視線のレーザービームをチリチリ感じてきました。この感覚、結婚式の時に感じたのと同じですよ!

ちらりと見たところ、扇で口元を隠して何やらお隣とひそひそ言い合っているお嬢様方が何組かいらっしゃいます。お嬢様方だけではありませんね、マダムもお見受けします。旦那様、年齢問わず人気なのですね! ああ、でも旦那様自身がお姉さま好きですから、マダムもありなんじゃないでしょうか?

「まずは国王陛下にごあいさつしなければ」

そう私の耳元にささやいてから、旦那様は私の腰に手を添えエスコートしてくれます。この腰を抱かれている状態。結構恥ずかしいんですけど。

衆人環視の中、私たちは玉座に向かって歩を進めました。

つつがなく国王陛下ご夫妻と賓客に挨拶を済ませてから、パーティー会場でしばらく軽食をつついたり美味しい飲み物をいただいたり(私は化けの皮、もとい特殊メイクが剥がれ落ちないように気を付けていましたから、最低限の飲食しかしてませんよ!)、あっちには上司、こっちには部下と社交にも精を出しながらも適当に過ごしていました。その間私は言われたとおりに腰ぎんちゃく……ではなく、行動を共にしていました。

「フィサリス団長。ちょっと……」

そう言って、きりりとした男前さんが旦那様に声をかけてきたのは、宴もたけなわのころでしたか。

「なんだ。……ああ、これは私の部下なんですが。少し失礼しますね」

男前さんに返事をした後、私にその人を紹介してくれましたが、ここでは話しづらい事なのでしょうか、私にひとこと言うと二人でテラスの方へ向かっていかれました。

すっかりお一人様になってしまった私です。

もともと社交などに興味もないし、そんなお金もありませんでしたからここに知り合いの一人でもいるはずもなく。

「うん、ここは壁の花になるのがよさそうね」

ぐるりとまわりを見渡しそう結論付けた私は、飲み物の入ったグラス片手に壁際に移動することにしました。

しかし後もう少しで壁、というところで、

「貴女がフィサリス公爵夫人ですの?」

という、ちょっときつめな若い女の人の声に引き留められてしまいました。

きた? きた?! お約束イベントですか?!