いつもどおり、いや甘さ激増で帰ってこられた旦那様。

ちょっと輪郭がシャープにはなりましたが、それすらもお綺麗な顔をさらに凛々しく見せています。うらやましい。

しかし何とかしたいな、この状況。

相変わらず私は旦那様に抱き込まれたままです。

今や私と旦那様は超至近距離で見つめ合ったような状態になってますが、ハッと気付けばここはエントランス。しかも旦那様は隣国から帰還してそのまま王宮直行だったので、騎士様の制服の上から外套を着た旅装束のままです。そうそう、ここはソッコーお部屋に入っていただいて、ゆっくり疲れを癒していただかないといけないところですよ。そういうシミュレーションをしたじゃないですか! こんなエントランスで立ち話なんて、私としたらうっかりさんでした。

「とにかく旦那様はお疲れでございましょう? 湯あみの用意もできていますし、快適なベッドも待っておりますよ? 心を込めて支度させていただきました(使用人さんが!)。明日も行事がぎっしりのようですから、とにかくゆっくりなさってくださいませ!」

私は、身体に巻きついたままの旦那様の手を優しく解くと、そのままぐいぐいと引っ張り、お部屋へと誘導します。ほら、旦那様が早く寝ないとみんな休めませんからね! すでに超過勤務なんですから。

旦那様が抵抗しようが駄々をこねようが、ここはサクッと寝てもらわねば! そしてここはみんなのためにも私が頑張らねば!

秘かな決意を胸に旦那様をけん引します。

しかしいつもの旦那様なら、このあたりで抵抗してくるのですが、

「それは嬉しいですね! なにせ向こうの寝台は快適とは言い難かったから。とりあえず今日は休ませてもらおうか。積もる話はこれからた~~~っぷり時間があることだしね」

なんと。ものすごく素直に、私に手をひかれて自室に向かって歩きはじめたではありませんか!

え? なんか拍子抜け?

そんな素直な旦那さまの行動に、ロータスやダリアも驚いています。あんまり表情に出さないですが、ロータスは眉がクイッと上がりました。ダリアも、一瞬頬がぴくっとなってましたし。

うん、でも私は旦那様の言葉にちょっと引っかかるものを感じたのですが。なぜに「た~~~っぷり」というところに力こめました? 確かに当分は出張や遠征はないでしょうけど?

「ま、まあ、そうですね! 明日からゆっくりとお話を聞かせていただきますわ!」

「ええ。――では父上、母上、今日は休ませていただきます。わざわざお出迎えありがとうございました」

旦那様は階段の途中で義父母のことを思い出したのか、振り返り挨拶をしています。

「あ、ああ。おやすみ」

「おやすみなさ~い」

素直な旦那様に驚いているのか、お二人とも呆気にとられた感じで挨拶を返しています。

そして旦那様は上機嫌で私に手をひかれたまま、自室に収納……ではなく送り届けられました。

やっぱり素直すぎて気持ち悪……違う、不気……いや、拍子抜けします。

「おやすみなさいませ、旦那様」

「おやすみ、ヴィオラ」

そう言って私に軽くハグをしましたが、すぐに解放するとにこやかに自室に入っていかれました。

バタンと旦那様のお部屋の扉が閉まるのを確認してから、私は自分の私室に戻りました。

「……旦那様が素直だった……」

驚きに打ち震える私。

「まあ、確かにおっしゃるとおりですが……」

ダリアが苦笑しています。さっきはダリアだってびっくりしてたくせに~!

「だって、あの旦那様がよ? 最近言動が不埒になりつつあったり、甘ったるくなったり、ことあるごとにくっついてくる旦那様がよ? 何かあったのかしら? 気が向かない行事はすっぽかしたりするのに、しかも今日はその行事に参加してきたみたいなのにご機嫌はよかったわね? 向こうで何か悪い病気にでもかかってきたのかしら? それとも遠征で疲れすぎておかしくなっちゃったのかしら?」

私が眉根を寄せてブツブツと考えている横で、

「……奥様の中の旦那様のイメージって一体……」

ダリアがこめかみを押さえて首をフリフリため息をついていました。

うん、私の中の旦那様って、さっき言ったまんまですよー? 何かおかしいですか?

しかしダリアはコホンとひとつ咳払いをすると、

「さ、奥様も早くお休みになってくださいませ。明日は奥様も『帰還の儀』に参加でございますよ」

といや~なことを宣告してくれました。

「え? 帰還の儀はお義父様が出るんじゃないの?」

出征の儀はお義父様が出てくださったので、今回もてっきりそうだと思っていたんですけど。

私が出ても意味ないよ~? と小首を傾げれば、

「せっかくの旦那様の晴れ姿ですから、奥様が出られてもおかしくはございませんのよ。先代様も出席なさいますから、ご心配は無用です」

「う~ん、お義父様が出るとかでないとかではなくてですねぇ、私が公式行事に参加するのが嫌というかなんというか、ごにょごにょごにょごにょ……」

と泣き言を言っていると、ダリアにキッと睨まれてしまいました。ひょえ~! 怖くて最後はモゴモゴしてしまいましたよ。

「あ、それに! ミモザがまだ体調悪いから変身できないし?」

「それは今朝も申し上げましたが、明日からわが娘が参りますからご心配無用です」

私の抵抗はあっさりと却下です。

ああ、そうでした。ダリアの娘さんがきてくれるんでしたね!

「そうだそうだ、明日から来てくれるんだったわね!」

「はい。不束者でございますが、よろしくお願いいたします」

ダリアったら、娘を嫁に出すようなセリフですね! っと、そうではなくて。

「ダリアの娘さん、早く会いたいわあ。仲良くしてくれるとうれしいんだけど」

「それは大丈夫でございましょう。歳も21で、奥様とはそう離れておりませんし」

「そうなの? じゃあお姉様みたいな感じね!」

「そう言っていただけると嬉しゅうございますわ。では、もうお休みください」

「はーい!」

明日はダリアの娘さんに会えるということで、またテンションが高くなった私。ダリアに促されるままにベッドに潜り込みました。

そっかー、明日会えるのか~。どんな人かしら、楽しみです!

早く明日にならないかな~。

……あれ? やっぱりまたすり替えられてしまった……。

「おはようございます、奥様」

「おはようダリア」

ダリアの手でカーテンが開けられて、とても眩しい光が私室に満ち溢れています。今日も爽やかないい目覚めです!

いつもどおりの時間に起こしに来てくれたダリアですが、今日は後ろにミモザでも愉快なエステ隊でもない侍女さんを連れています。新しい侍女さんが入ったのかしら……ってああ、まだ寝ぼけてますね、私。

ダリアの娘さんじゃないですか! 

パッと見た感じがあまり似ていなかったので、すぐにはそうとわかりませんでした。

こんな寝起きの私でごめんなさいね~。いや、寝起きは悪くないから大丈夫か! 夜着姿で失礼します!

私がダリアから渡された肩掛けを羽織っていると、ダリアが娘さんを私の方に押し出しながら、

「早速でございますが、娘を連れてまいりました。これからの支度はこのステラリアがお手伝いいたしますので、よろしくお願いいたします」

そう言って紹介してくれました。

ステラリアと呼ばれた娘さんは、カルタムを彷彿とさせる柔和な顔をさらにふわっと綻ばせて、

「初めまして奥様。カルタムとダリアの娘のステラリアと申します。ミモザに代わってしばらくの間奥様にお仕えさせていただきます。精一杯お仕えさせていただきますので、よろしくお願いいたします」

きっちりそう言うと、深々と腰を折りました。行儀や態度はダリア似のようですね! ついでに言うと、声も似ています。

もう一度私に向き直った顔をよく見ると、ゆるいくせ毛の金髪に深いグリーンの瞳が印象的な柔和な顔立ちはカルタム似です。きっちりと結われた金の髪が、背中に波打って綺麗です。

ダリアと同じくらいで、背はそんなに高くないでしょうか、

さすが美形のカルタムに似て綺麗な人です。

「ステラリアね! ヴィオラです、よろしくお願いします」

私も軽く会釈しました。

私とステラリアの挨拶を黙って見ていたダリアですが、区切りがいいところで、

「では早速お着替えをいたしましょうか。今日は時間もあまりございませんので」

いつもどおりのお仕事に戻るために声をかけてきました。

「そうですね。朝食の前にあらかた済ませておきましょう」

それに追随するステラリア。

ステラリアは、見かけこそカルタム似の緩い感じですが、口調や仕草はダリアに似ててきぱきとしているようです。

「エステ隊の方は、今日は時間がないので割愛させていただきますね。その代り軽く私がマッサージさせていただきますから」

「はい」

エステ隊のことも引き継がれていましたか! 仕事はやー。

「今日は、旦那様は騎士様の制服ですので、奥様はそれに合わせて紺色を基調にしましょうね。紺色は清楚ですから、きっと奥様もお気に召しますわ。でも少し落ち着いた色合いになりますから、デザインは華やかにしましょう。髪は、いつもは結われているようですので、今日は華やかに巻き髪にいたしましょう」

「そうね。お願いするわ」

私の好みやいつもの髪型を知っているということは、ミモザとも連携済みですか! 仕事はやー。

「パーティーは大広間(しつない)で行われますから、日差しなどは気にしなくていいので、ちょっと大胆にデコルテを出しましょうか。きっとお似合いになると思いますわ! お飾りは、デコルテが開いている分、大ぶりの方が存在感もあっていいでしょう」

さすがは王宮勤めの女官さんだけあって、行事に詳しいですね! そして衣裳部屋に行くと、お目当てのドレスをさっさと見つけて、私に見せてきます。仕事はやー。

私が口を挟む暇なくぽやぽやしているうちに、すっかり用意は整っていました。

すごい、の一言に尽きます。

ダリアというと、さっきから黙ってステラリアのすることを見守っているようなので、きっと娘のお手並み拝見といったところなのでしょう。

ステラリアによってサクサクと用意されたドレスやお飾りを見ても、ミモザに勝るとも劣らないセンスです。ちょっと華やかなデザインのドレスや、デコルテを出したりと、いつもより若干冒険気味ですが。

メイクの前のマッサージも、なかなかにゴッドハンド。血色もよくなり、お肌もちもちです。やりますねぇ!

あまりにてきぱきとしているステラリアに、ぼへ~っと見惚れていると、あっという間に朝食用の準備をさせられていました。ナニコレ仕事早い。

黙っていればカルタムみたいにふにゃっとした美人さんなのに、いったん動き出したら、なんというテキパキさっさか手際の良さ!

おおう、ダリアが二人いる……!!

なぜでしょう。ちょっと慄いてしまった私です。

大体の下地を終えて、簡単に髪を梳かして普段着ワンピースです。

あら、お支度は? と思いステラリアの方を見ると、

「ドレスを着て、ヘアメイクをするのは朝食の後にしましょう。華麗に変身して、旦那様をあっと驚かせましょうね! ふふふ」

柔和な顔でいたずらっ子のように茶目っ気たっぷりに微笑むステラリア。これはダリアにはない気質です。うん、カルタムの血が確かに息づいているっ! ……絶妙に融合されてますねぇ。