夕方、店を閉める頃に彼らは現れた。
「私はガメッツと申します。私の所有する物件を150万Sでというお話を伺ったので、150万Sにするのに条件を出させてほしいと思っています」
言葉の端々に棘を感じる物言いの男だ。
いやらしい笑みを向けられSP(精神ポイント)が少し減った気がする。
SPなんて無いけど。
「私はクリストフ・フォン・ブリュトゼルスといいます。それで条件とは?」
「何、簡単なことです。私も商売をしておりましてね、私にブリュト商会のマジックアイテムを卸していただけないかと思っております。勿論、言い値で卸していただいて結構ですが販売する店は当店限定にしていただきたい」
あの物件の地権者の男は目聡いな。
販売店を限定するということは専売できるということで、俺が高額で卸しても高利を得られやすいという算段だろう。
商売人としては当然のことだと思う。
ただ、何か嫌な感じがする・・・何が嫌な感じと聞かれても答えられないのだけど、この男は信用してはいけない気がする。
どんなにメリットがありそうな話でも信用できない者と商売をするというのは非常に怖い。
いくら俺がブリュトゼルス辺境伯家の威光を笠に着ているとは言え、絶対に騙されない保証は無いし、それどころかブリュトゼルス辺境伯家の敵対勢力がわざと騙そうとすることもあるだろう。
「ふむ、どのような物をお考えで?」
見た目は子供でも俺の中身は大人なので取り敢えずは紳士的な対応を心がける。
一時の感情や直感で嫌いだと感じても、それだけで人を遠ざけるようなことはしない程度には大人の対応ができると思っている・・・つもりだ。
明らかに敵対していたり人に迷惑を掛けていて実害があるのであれば別だけどね。
「どんな物でも構いませんよ。ただしマジックアイテムでお願いしますね」
「卸す物や量、それに値段は此方で決めさせてもらいます。それと商業ギルドを間に入れるのでしたらその条件を受けさせてもらいます」
「それではあまりにも一方的な条件ですね」
「では、この話は無かったことに」
この男が何を考えているか解らない以上、商業ギルドを間に入れるのが得策だろう。
注文は商業ギルド経由だし、卸した物の支払いもブリュト商会は商業ギルドに請求するので未払いなど有り得ないし、大概のことは商業ギルドを絡ませ対応できるのはメリットだ。
まぁ、ブリュトゼルス辺境伯家を敵に回すことはしないと思うが、念のためにね。
あの物件の問題は両隣の貴族だ。
態々トラブルの種を抱え込むような者はあまり居ないだろう。
あのボロさから言っていつ倒壊してもおかしくないと思うし、いつ売れるか分からないあのアパートを処分したいと切羽詰っているのは地権者の男の方だ。
もし倒壊などすればそれこそ貴族の店に被害が及びトンでもない賠償金をふっかけられるだろう。
地権者の男はしばらく黙考し商業ギルドの女性職員と相談をして結論を出したようだ。
表情は嫌々だったが俺の条件を飲むと返答をしてきた。
あのボロアパートを土地付きで購入するために商業ギルドまで赴き契約を交わし、現金をその場で支払う。
この150万Sの内、いくらが商業ギルドに入るのだろうか?
1割?少ない気がするな・・・3割だとやや高いか?・・・2割程度が良いところかな?
その後、俺は第二号商権を200万Sで購入する。
想定より多い売り上げに10人を超える使用人となってしまったので、第三号商権では規模が大きすぎ違反になってしまうからだ。
第二号商権も王都限定の販売権でそれ以外は商売の規制は無い販売権となるが上納金も跳ね上がる。・・・仕方がない。
第三号商権が王都限定の小規模取引限定なので小規模制限が無くなったと思ってくれれば良い。
因みに200万Sという金額は元々100万Sで第三号商権を購入していたので、それを同値で商業ギルドに販売したことにしてその差額を支払っている。
元々は300万Sってことだね。
第三号商権から第二号商権にランクを上げるときは皆そうしているそうで、商業ギルドのサービスの一環だそうだ。
まぁ、商業ギルドとしても第二号商権の方が上納金の桁が上がり多くの上納金を得られるので、恩を売りつつ儲けを取るという感じだろう。
今は夜の帳が下りており、街の中は街灯があるもののかなり暗い。
そして既に支払いも済ませ名義変更も完了しているので、あのボロアパートは俺の物だ。
なので早速あのボロアパートに手を入れたいと思う。
しかし俺の周囲には常に護衛騎士達が居るので夜中にこっそり行きたいと思う。
俺はボロアパートを改築する気は無い。
かと言って解体して新築する気もない。
じゃぁ、どうやって人が住めるようにするかと言うと時空属性の王級魔法である『時間操作』を使うつもりだ。
この『時間操作』という魔法は時間を操る効果があるので、俺はボロアパート全体の時間を新築時まで遡らせるという力技を試そうと思っている。
・・・理論上は問題無いはずだ。理論上はね。
やってきましたよ、ボロアパートちゃん。
さて、やりますかね。
先ずは敷地全体に空間結界を張りもしもの場合があっても周辺に被害が出ないように配慮する。
この程度の結界であれば造作も無く張れる。
次にボロアパート全体を『時間操作』で包み込むイメージをする。
この時点で膨大な魔力が必要になる。
額から汗が流れ落ちる感じを受け、久し振りに味わう感覚だと懐かしくも思う。
ボロアパート全体に魔力が浸透した処で、『時間操作』を発動させる。
更に膨大な魔力が持っていかれる。
俺のMPは4,000を超えるのだが、4,000近くの魔力を使っても『時間操作』で180年分の時間を遡ることはできなかった。
取り敢えず倒壊しない程度には時間を遡ったので数日に分けて作業をすることにした。
因みにヒューマンの一般人の魔力は100前後だし、天才と言われリスペクトされているロザリア団長でも1000程度なので俺の魔力がいかに高いかは解ってもらえるだろうか。
そんな俺の魔力をほぼ空にしても180年を一気に遡ることはできないほどに『時間操作』の燃費は悪い。
疲れた。ここまで魔力を消費したのは久し振りだ。
額の汗がタラタラからダラダラに変わっているので、その場に座り込む。
暫くして魔力が少し回復したので屋敷に帰ることにする。
張っておいた結界はそのままにして誰も敷地内に入ることも干渉することもできないようにしておく。
誰もいない間に放火されたり破壊されたりするのを避けるためだ。
ここまでする必要は無いとも思うが念には念を入れておく。