※今回は主人公の一人称ではなく三人称でお送りします。

――ミーシャが宿で修行中の時のこと。

「ふう、疲れきったわ……」

ミーシャは卵料理の講習が終わって、宿泊客のいない空き部屋(ここの掃除もミーシャの修行内容の一部だ)で一息ついていた。

「少なくとも卵の殻を入れずに割れることができたんだし、長足の進歩と言えなくもないんじゃないかしら」

こんこん、こんこん。

ノックの音がする。

「どうぞ」

入ってきたのはルナリアだった。

「休憩中、お邪魔します」

「そんなに他人行儀にしなくていいわよ。お世話になってるのはこっちなんだから」

ミーシャはぱっと笑顔を向ける。

「ちょっと、里帰りしたような気分なのよ」

久しぶりに宿の面々に出会えて、ミーシャもうれしいのだ。

「私もミーシャさんと話せて楽しいです。猫ちゃんだと思ってたら、こんなに落ち着いた女性になってるし」

「まあ、この見た目は変化魔法のせいだけどね。一度、この見た目になっちゃうと、意識がこの体に引っ張られて違う女の子にはなりづらいの。ウサギとかおじいさんとか全然違うものには問題なく変化できるだろうけど」

「すいません、実はちょっとお聞きしたいことがあって来たんです。特訓中にするような話じゃないので……」

「何なの? 遠慮せずに聞いてよ。何だって答えてあげるわよ」

変化魔法ってどんな感じなの? とか、何にでも変身できるの? とか、そんなことを聞かれるのだろうとミーシャは思っていた。

普通の町娘にとったら気にもなることだろう。

しかし、その予想は大ハズレだった。

もじもじしたままルナリアがつぶやく。

「あの……ケイジさんとはどんな生活をなさってるんですか……?」

言うと、かぁ~っとルナリアの顔が赤くなる。

そのまま、うつむくルナリア。

「あっ、そうか……あなた、ご主人様――ケイジに告白したぐらいだものね……」

ルナリアを気づかってご主人様という表現を修正したミーシャ。

「わ、悪いけど、いちゃらぶな生活を送ってるわよ。お、お子様にまだ早いようなことも……してるけど……」

「ですよね……。ケイジさんとの生活のこと、いろいろと教えてくれませんか……?」

「私はいいけど、あなたはいいの?」

ちょっとミーシャも躊躇した。

「甘い話ばかり聞かされても、あなたが傷つくんじゃない?」

「いえ、逆です!」

はっきりとした声でルナリアが言った。

「それでケイジさんが幸せってわかったら、ふんぎりがつくかなって。それに、ケイジさんが幸せなことは私もうれしいですし」

「あなた……」

いきなりミーシャがルナリアを抱き締めた。

「えっ!? 何するんですか、ミーシャさん!?」

「あなた、本当にいい子ね! いい子すぎてびっくりしちゃった!」

「ミーシャさん、恥ずかしいです! 恥ずかしいですって!」

「あなた、ご主人様のことを一番に思ってるのね。けなげでいじらしいわ。ご主人様をあげられないことが惜しいぐらい!」

ミーシャにとってはルナリアはまだ小娘なのだ。あるいは妹みたいなものなのだ。

見た目からすると、だいたい同じなのだけれど。

「いっそ、一日ぐらいご主人様を貸してあげても――いや、それはダメね」

ミーシャは嫌なことを思い出した。

「あの泥棒犬と一緒にいた時も、危険の兆候がなかったわけじゃなかったわ。ご主人様が誘惑に負けることだってありうる」

「あと……ミーシャさん、さらにお願いがあるんです……」

ルナリアの声がちょっと硬くなる。

「とにかく言ってみなさい。いったい何なの?」

「黒猫姿のミーシャさんをなでなでしたいんです!」

「えっ…………?」

「ほら、私、猫が好きなんですが、すぐに逃げられるんです……。それで猫を心ゆくまで撫でたいなって……」

「猫の姿で撫でられるのってご主人様への浮気に当たるかしら?」

「猫だし、女同士だから大丈夫だと思います」

はぁとため息をついて、ミーシャは黒猫に戻った。

「好きなだけ撫でていいわよ」

ぱぁっとルナリアは目を輝かせた。

「ありがとうございます!」

そのあと、ミーシャはルナリアの腕の中で、ケイジとの日々をいろいろと語るのであった。