Chronicles of The Hardships of Komachi in The Sengoku Era

powerless kindness is only irresponsible

「四六。今の私は親ではなく、領主として貴方と対面しています。ゆえに親子の情を期待してはいけません」

何かを口にし掛けた四六の言葉を遮るようにして静子が告げた。場の空気が重みを増すが、静子は気にする様子もなく言葉を紡ぐ。

「困っている人を助けたい、その想いは立派です。しかし、為政者たるもの情で動いてはなりません。成算の無いまま情で動けば高い確率で失敗を招き、最終的にそのツケを払うのは民なのです」

「……はい」

「他者を動かすのであれば、まず利を説きなさい。貴方の言(げん)に従うことによって、相手がどれだけの利を得ることになるのか、そしてそれはどの程度の投資を要し、どれぐらいの勝算があるのか説明するのです。貴重な他人の時間を頂戴するのだから、その程度の準備は出来てなくてはいけません」

静子の淡々とした言葉を耳にした四六は強い羞恥(しゅうち)を覚えた。憐憫(れんびん)から発作的に行動し、それが招く影響についてまるで考えていなかった己の至らなさを悔いた。

哀れな境遇に置かれた人を目にし、助けてやりたいと思ったまでは良い。しかし、己の力ではそれが為し得ないと悟り、庇護者である静子の立場を考えずに縋ったのは間違いだ。

静子は確かに四六の親だが、同時に一国を預かる領主でもある。彼女が私情で動けば、必ずその利から漏れた者から不満が上がる。

「力無き同情は時に毒となるのです。四六、貴方は自分の両手で救える人の数を常に意識しなくてはいけません。神ならぬ身である以上、無制限に救いを与えることなど出来ないのですから」

「……」

「話は以上です。真田殿に問い合わせて、四六が目にしたという状況の裏を取りましょう」

項垂れていた四六は、静子の思いがけない言葉に思わず顔を上げる。

「四六、貴方には既に力が与えられています。自分なりに調べて助ける必要があると思ったから私の処へ来たのでしょう?」

「ですが、先ほどは……」

「勘違いしてはいけません。情だけで動くことを諫めただけです。貴方は自分の裁量で民を救いたいと願った。私は親として四六の願いを叶えてやりたいと思い、また領主として後継者の成長に必要な投資だと判断したのです」

「母上」

静子は一度瞑目した後、四六を正面から見据えて言葉を紡いだ。

「貴方が私の跡を継ぐことになるかは判りません。しかし、周囲は貴方を私の後継者として見ています。そしてその立場は貴方に相応の力を与えます。その力は決して小さいものではありません。多くの人を動かし得る大きな力は、必ず力の大きさに見合った反動を生じます。貴方はこの失敗から学ばねばなりません」

「はい」

「まずは自分の持つ力を自覚なさい。何が出来て、何が出来ないかを見極めるのです。乱世に於いて力無き正義は無責任の誹(そし)りを免れません。正しく己の力を使う術を身につけるのです」

静子自身が失敗を重ねつつ、少しずつ力を制御できるようになって今の立場を獲得していた。

助けたいと願った静子の手から零れ落ちた命は、今も静子を支える礎(いしずえ)となっている。

己の無力さと、力さえあれば救えた命があると思い知った静子は、弊害があると知りつつも地位と権力を持つようになったのだ。

「さあ、お説教はここまでとしましょう。四六、今回の学びを活かしなさい。貴方が手を差し伸べた事によって、彼らは一時的には救われるでしょう。しかし、同様の境遇にありかつ、救われなかった者たちがどう感じるか、またそれがどのような影響を彼らに与えるのかを知るのです」

「肝に銘じます。母上、ご迷惑をおかけするとは思いますが、何卒宜しくお願い致します」

「構いません。失敗はそれが許される間にするのが最上。失敗から学ぶ者こそが、真に強くなるのですから」

四六は静子の言葉を噛みしめると、深々と頭を下げて部屋を退出した。足音が聞こえなくなった頃合いを見計らって、静子は隣室へと繋がる襖に声を掛ける。

「盗み聞きは感心しませんよ、慶次さん?」

「こういう時に限って勘が鋭いんだな、静っちは」

静子の私室へと繋がる襖を開いて入ってきたのは、ばつの悪そうな表情を浮かべた慶次であった。

「なかなか他人に頼ろうとしない四六が、私に直訴するなんて変ですよね? 誰かしらが四六に入れ知恵したんだろうと考えれば、四六が兄と慕う貴方が真っ先に思い浮かびます。そして慶次さんは、四六を唆(そそのか)したまま放置なんてしないでしょう?」

「こうもお見通しだときまりが悪いな」

静子に指摘された慶次は、口の端に咥えたままの煙管を上下させながら答えた。

「四六が静っちに相談するように仕向けたのは俺だよ。あいつはなまじ知恵が回るから、やりたいという想いを押し殺してしまう。行動しない傍観者についていく奴は居ないからな」

「そうですか、それを聞いて安心しました」

「弱い立場の人々を助けてやりたいと思える四六は、次に訪れる泰平の世にこそ必要な人間だ。静っちが尻を拭ってやれるうちに、失敗させて学ばせた方が良いだろう?」

「元よりそのつもりです。親の欲目もありますが、四六は優秀な為政者となれる素質があります。出来れば私の跡を継いで、領地を治めて欲しいのですけどね」

「先の話なんざ誰にも判らないさ。俺は泰平の世になったら世界の広さを見てみたい。虎太郎爺さんが語ってくれたまだ見ぬ異境を見てみたいんだ」

「世界をまたにかける傾奇人ってのも粋ですね」

「だろう?」

慶次が屈託なく笑みを浮かべ、それを目にした静子もつられてクスクスと笑みを漏らす。

この戦乱で命潰えるならばそれで良し、生き残ったならばまだ見ぬ世界に旅立ってみたい。従来の生き方に固執せず、新たな未来を望む様子は、実に慶次らしいと静子は思った。

未来のことは誰にも判らないが、願わくば慶次が戦乱を生き延びて世界を旅する様を見てみたい。

「静っちは泰平の世になったら何がしたい?」

「そうですね。数人のお供だけを連れて、諸国漫遊の旅かな」

慶次の問いに少し考えこんだ静子は、世直しの旅を続ける老人のドラマを思い出していた。