――ルーシーの故郷『カナンの里』を襲った危機は去った。

魔王の腹心シューリと五千のアンデッド軍団。それをルーシーの母『ロザリー・J・ウォーカー』は、たった一人で撃破した。 木の国の最高戦力『紅蓮の魔女』。

(強過ぎない?)

かつて、たった二人で魔王を倒した英雄。とはいえ……もはや、ルーシーのお母さんがいれば大魔王も何とかなるのではなかろうか?

「さすが、私ね!」自画自賛しながら、『紅蓮の魔女』ロザリーさんがこっちにやってきた。口調が、ルーシーと一緒だ。母娘 流石、。

「バカもんがー!」ばし! っと大きな音を立てて里長がロザリーさんの頭を叩いた。

「痛ったー! 何するのよ、お父さん!」ロザリーさんが、頭を押さえて非難する。

「死んだかと思ったじゃろうが! 心配をかけおって!」「そーよ、母様!」ああ、確かに刺された時はびっくりした。家族なら、その衝撃は俺の比じゃないよな。

「私があれくらいで、死ぬはずないってー」ケラケラと笑うロザリーさん。里長やルーシーのお姉さんたちは、頭を抱えている。

しかし、里長が結構なご老人なのに、ロザリーさんの見た目若すぎない?これで親子って本当だろうか。正直、ロザリーさんはルーシーのお姉さんにしか見えない。

「なぁ、ルーシー」小声で話しかける。「なに?」「ルーシーのお母さんって、歳いくつ?」「私も気になるかも!」さーさんも会話に入ってくる。

「あー……、うん。えっとねー、ママは冒険中で見つけた若返りの秘宝を使ってるから、見た目が年齢通りじゃないの。実際の年齢は200歳を超えてるから。マコト、ママの若作りに騙されちゃダメよ?」「へぇー200かぁ」「全然、見えないー」まあ、200歳なんて会ったことがないわけだが。普通はどんな感じなんだろう?人間だと、40~50歳くらいかな?

200歳超えかぁ。大賢者様(1000歳)には負けるが、相当なご年配だな。なんて考えていた、その時。

「「!?」」

『危険感知』スキルのアラートが鳴り響く。俺とさーさんが、びくりとして隣を見ると。 

「痛い痛い痛い! ママヤメテ! 私何も言ってないから!」「ル~~シ~~? ママの年齢は、家族以外には秘密っていつも言ってたわよねぇー」ルーシーが、ロザリーさんの拳で、頭をぐりぐりされていた。空間転移 してきた?そして、ルーシー、痛そう。

「マコトなら、家族みたいなもんだから!」「あら? そうなの?」ロザリーさんが、手を離す。顎に手を当て、ルーシーと俺をじろじろと観察した後。ルーシーのお腹に手をあてた。

「何か月?」「なんでよ!」なぜルーシーの家族は、すぐその発想になるんだろう?

「えー、だって家族なんでしょ? 子供ができたから里帰りしたんじゃないの?」「できてないから!」「そうよ、ルーシーは真面目だから、結婚の報告に帰ってきたのよ」お姉さんたちも、ルーシーのフォローする。

「子供はこれから作るのよね?」「そうそう、すぐ出来るわよ」フォローしてなかった。 すぐ、出来ないって。

「そもそも、マコトと私はそんな関係じゃないから!」ルーシーが叫ぶ。

「「「え?」」」

俺 里長、ロザリーさん、ルーシーのお姉さん全員が信じられないものを見る目で、見てきた。  

「ねぇ、あなた。ルーシーに何もしてないの?」「ええ~、私の娘のどこが不満なのよ!? 私に似て可愛いでしょ!」「おぬし、硬派な男だな!」ルーシーの女家族は、子作りに積極的すぎる。そして、里長さんからの、好感度が上がった。なんだ、これ?

「ねぇ、高月くんー。私、疲れちゃった。もう休んでいいかな」後ろから肩を、とんとん叩かれて、耳元でさーさんが囁いた。

「ああ、さーさん、悪い。徹夜で探索だったもんな。部屋で休んでていいよ。俺は少し用事があるから」正直、俺も眠いが、獣の王の部下と出会った話を里長さんたちに報告しないと。と思っていたら、さーさんが変なことを言い出した。

「ええー、高月くんも一緒に寝ようよー」「さーさん!?」「アヤ!?」俺とルーシーが驚きの声をあげ、ロザリーさんとお姉さんの目がキラリと光った。

「ねぇねぇ、あなたルーシーの彼氏とどんな関係? 三角関係?」そ「一緒に寝るってことは、当然、関係なのよね?」おいおい、お姉さんにお母さん。俺とさーさんは、別にそういう関係では……

「身体の関係ですよー☆」「ちょっと! さーさん!?」あら、いやだ、とニヤニヤ笑う女性陣と。「軟派者がっ!」里長さんからの好感度が下がった。

初「あ、あ、あ、あ、アヤー!! 待って! いつの間に!? 私たちって約束したじゃない!」

なぜか真に受けたルーシーが、さーさんに詰め寄る。三人一緒って、マラソン大会じゃないんだから……。てか、その約束、俺が知らないんですけど?え? そんな予定になってるの?拒否権なし?

「ふふっ、じゃあ、高月くん! ベッドで待ってるねー」場をかき乱して、さーさんは奥の客間に消えていった。「待ってよ、アヤー!」ルーシーがそれを追いかけていった。

(え? 俺だけ取り残されるの?)

みんなの視線が、こちらに集まる。結局、俺一人で、魔の森の探索結果を報告しました。いろいろツッコまれて、大変だったよ!

その後、客間に帰って、泥のように眠りこけた。 

目を覚ましたのは、昼頃だった。

当然、隣にはさーさんもルーシーも寝ていない。部屋が違う。

外に出ると、ガヤガヤ騒がしかった。

「何かありました?」「マコト兄さん、起きましたか」「高月マコト、客人ですよ」ジャネットさんが指さす方向を見ると、巨大な亜人の戦士を里のみんなが囲んでいた。

――木の国の勇者様だ。――おお、勇ましい御姿。――魔王軍など、恐るるに足らんな。

そんな声が聞こえてきた。

「風樹の勇者マキシミリアン・ラガヴーリン、到着いたしました」「おお! このような小さな里まで、よくぞいらっしゃった」里長が、勇者を迎えている。

風樹の勇者マキシミリアンさんは、亜人だった。種族は『龍人』らしい。

身長は、二メートル以上あるだろうか。屈強な肉体は、ラガーマンのようでさらに自分の身長ほどの大剣を背負っている。そしてうっすらと、鱗のようなもので肌がおおわれていた。これが、龍人か……。

(めっちゃ、強そう……)

ちなみに、西の大陸での勇者序列は第四位。前回の御前試合では、惜しくもジェラルドさんに敗れたらしい。龍人は雷属性が苦手なんだとか。ただ、ちょっと気になることが。

「なぁ、ルーシー。カナンの里って、木の国の中じゃ、小さめの里なんだろ?」「うん、そうよ。どうかした?」俺は、小声でルーシーに話かける。

里の規模は、以前ルーシーから教えてもらった。カナンの里は千人にも満たない。大きな里は、数千人規模らしい。

「なんで、勇者も巫女もるーちゃんの里に集まるの?」さーさんが、疑問を引き継いでくれた。

「ああ、それは……」水の国「おお! あなたが、の勇者殿ですか!」風樹の勇者マキシさんが、俺とレオナード王子のほうへ笑顔でやってきた。

「ご無沙汰しております、『風樹の勇者』マキシミリアン殿」水の国「お久しぶりですな、『氷雪の勇者』レオナード王子。それと、初めましての新勇者マコト殿。風樹の勇者マキシミリアンです」「は、はじめまして、高月マコトです」

風樹の勇者さんは、水の国の勇者に会いに来たらしい。握手を求められた。近づくとマジででかいな!おおう、威圧感が……。若干のビビりが態度に出た。

「マコト、もっと堂々としなさいよ」「高月くーん、同じ勇者だよー」「人見知りなんだよ……」初見は、苦手です。

「ルーシー、久しぶりだな。後ほど、ロザリー様にもご挨拶に行かねば」「先輩、ご無沙汰です!」「るーちゃん、お知り合い?」「学校の先輩よ」まじかよ。

見た目は怖いけど、話してみると風樹の勇者さんは、普通にいい人でした。真面目な性格で、勇者としての責務を果たすため、いつも森の聖域で修行しているらしい。あとは、各里のパトロールなんかもしているそうだ。

ルーシーとは学校の先輩後輩の関係。ちなみに、生徒会長をやっていたらしい。……異世界にも、生徒会あるのか。そんな世間話をした。

その夜は、風樹の勇者を歓迎する宴だった。

といっても、これから魔王の復活阻止のため、魔王の墓に挑む戦いが控えている。大きく騒ぐこともなく、話題は自然と明後日の決戦の話になっていた。

木の国の戦士が一か所に集まると、魔王側に察知されてしまうため決戦の日時のみ統一して、一斉に魔王の墓を目指すそうだ。そんな方法で、統一の指揮が取れるのか不安だ。だが、木の国は、今までそれでやってきたそうだ。強力な指導者は無く、小さな集団の集まり。

木の女神の巫女、風樹の勇者、里長、レオナード王子、ジャネットさんたちが話している。最初は、話を聞いていたけどどうも、政治の話っぽかったので眠くなってきて俺は席を外した。

この戦いで、無事魔王の復活を阻止できれば、木の国と水の国の同盟を強化しようとか、そんな話だった。ジャネットさんは、その際は太陽の国が間に入るとか言っている。彼女は、ハイランドの五聖貴族の一員だし、何か事情があるのかもしれない。庶民勇者である俺には、どうにも難しい話だ。

夜風に当たりたくて、俺は外にでた。空気が澄んでいて、空にはほぼ円形の月が浮かんでいる。

(確か……十三夜月って言うんだっけ?) 今度、さーさんにでも聞いてみようかな。

「精霊さん、精霊さん」明後日の決戦に向けて、大森林の精霊へ呼びかけた。水の精霊の数は、……やや少ない。 

(大丈夫かねぇ……、今回の相手は強そうなんだけど)

獣の王の直参『ジンバル』。魔王の腹心『セテカー』。そして、復活する魔王『不死王ビフロンス』。

正直、ルーシーのお母さんにお任せしたほうが、確実な気がする。水の国の外交係兼勇者としては、そういうわけにはいかないが。どうにも、集中できないながら修行していると、急に声をかけられた。

「あら、ルーシーの彼氏さん。精霊魔法の修行?」「! こんばんは」ロザリーさんが、いきなり現れた。神出鬼没だなぁ。艶やかな金髪が、月の明かりに照らされている。いつかの夜のように妖艶に微笑みながら、俺の隣にすっと近づいてきた。

「へぇ、水の精霊に好かれているのね」「そういえば、ロザリーさんも精霊が視えるんですね」ルーシーのお母さんの手が、俺の頬に触れる。ルーシーのように体温が高くない、普通の綺麗な手だ。少しドキドキする。

「最近は、エルフ族でも精霊魔法を使う子が減ってつまらないわ」「人族では、もう誰も使ってませんよ」「ふふっ、そういえばそうね。女神教会は精霊魔法を認めていないものね」そう言って、パチンと指を鳴らすとそこから花火が打ちあがった。

「今のは?」「火の精霊、視えなかった?」「俺は水の精霊専門なんで……」「……変わってるわね。一番弱い精霊じゃない」

それしか、視えないんですよ。一応、あなたの娘さんにキスすると火の精霊が視えるんですけどね。それは、言えない。

「明後日の夜が、満月ね」「ええ、魔王が復活する予定日ですね」正直、想定外だった。魔王イベントは、もっと後だと思ってたから。

ロザリーさんは、まったく気負っている様子が無い。緊張とかしないんだろうか?

「上級魔族シューリってやつは、期待外れだったわ。あなたが出会ったっていう獣の王の部下と、もう一人の腹心セテカーってやつは、骨があるといいんだけど」「……」

戦闘狂タイプでしたか。そりゃ、緊張しないわ。

「でも、不死王の片腕セテカーと言えば、伝説の『石化の魔眼』持ちなのに、よく無事だったわね」「え?」「え? 知らなかったの?」

知らなかった……。『石化の魔眼』といえば、数ある魔眼の中でも最強格の一つじゃないか。セテカーさん、そんな物騒な眼を持っていたのか。でも……

「セテカーに眼は無かったですよ」本来、眼のある位置にはただの空洞があるだけだった。

「ふうん、流石に『石化の魔眼』は復活してないのか……つまらないわね」「力を取り戻している最中って、言ってましたよ」森狼たちが犠牲になっていたし。 

「じゃあ、楽しみね」ニヤリ、と不敵に笑う『紅蓮の魔女』様。頼もしいこと、この上ない。

(セテカーさんに眼があったら、一目散に逃げ出そう)俺は、心に誓った。

「そういえば、あなた異世界から来たんですって?」話題が変わった。「はい、そうです」ルーシーとよく似た顔で、興味深そうにこちらへ話しかけてくるお母さん。

「あなたの居た世界には、月ってあった?」「勿論ありましたよ」何を聞いてくるんだ? 突然。

「やっぱりねー、ところで、こんな話知ってる?」意味ありげな視線を向けて、ロザリーさんが話を続ける。

「この世には、たくさんの異世界があるけど『月』はたった一つなの」「へぇ……」それじゃあ、俺のいた世界の月と今居る異世界の月は同一ってこと?それはちょっと、ロマンがある。

(まあ……それはないか)俺の世界だと、月に人が降り立ってるし。

「あ、信じてないでしょー。本当よ? 私が異世界に行くときは、いつも月を通ってるから」「え?」異世界に行く?

「異世界に行ったことがあるんですか?」「勿論よ。ルーシーの父親は、魔界の貴族だからね」なんてこった。ルーシー、異世界人ハーフだったのか。属性、多過ぎない?

「じゃあ、俺の居た世界にも行けますか?」魔力「行くだけならね。でも、あなたの世界ってが無いんでしょ?」「魔法は使えない世界ですね」「じゃあ、行ったっきり戻ってこれないかなぁ。それは困るから、私は行かないけど、頑張ればあなたは戻れるわよ、多分」

(ま、マジか……!)衝撃の事実だった。

「マコト! 元の世界にマコト戻るの?」「高月くん! そうなの!?」ルーシーとさーさんがやってきた。話聞かれてた?元の世界には帰りませんよ、俺は。

「ありゃ、あなたの彼女たちが来たわねー。じゃあ、あとは若いものたちでごゆっくりー」「あ! あのっ!」

空間転移 で、消えてしまった。あーあ、行っちゃったか。できえば、『精霊纏い』とか『精霊召喚』について教えて貰いたかったんだけど。あとで、見つけて教えてもらおう。 

「ねぇ、ねぇ、マコト。ママと何を話してたの?」「るーちゃんのお母さんを口説いちゃダメだよ?」「口説かないから!」どんなナンパ野郎だよ!

しばらくは、ルーシーとさーさんと雑談して。二人は眠いからって、部屋へ戻っていった。

俺は、もう少しだけ精霊魔法の修行をするので、その場に残った。

ぼんやりと、月を眺める。

(月を通って異世界に、か……)面白そうな話が聞けた。

どうやら、この世界において月は特別らしい。月魔法が嫌われているせいで、神殿では教えてもらえなかったけど。今度、パーティーに月の巫女が居るし聞いてみようかな、とかぼんやり考えた。

しばらく、一人で修行を続けていた。すると小さな影が、足元に飛び込んできた。

「なう、なう」「ん? ツイ?」俺の使い魔(?)である黒猫が足元にすり寄ってきた。宴会で、大きな魚を貰ってガツガツかじってたはずだけど。こいつが居るってことは……

「私の騎士、何してるの?」月の光が似合う絶世の美女。フリアエさんが、立っていた。

「精霊魔法の修行中っす、姫」後ろを向いたまま答える。「あなた、私の守護騎士でしょ。ちょっとは、私を守りなさいよ」「え?」 

聞いたところ、ルーシーの兄たちから口説かれて大変だったらしい。フリアエさん、美人さんだからね!しょうがないね!

「あんたねぇ……」「あ、はい。次から守護ります」怒られた。

そんな世間話をしている時。

――ゾワリ、と背筋を悪寒が駆け抜け。

強い頭痛と『危険察知』のアラートが鳴り響き、黒い影が、俺たちに襲いかかってきた。