'Cocktail Potion' by Transworld Transfer Bartenders
[Daikiri] (3)
「何の真似だ?」
護衛の男は、はっきりとした疑問の目で俺を見ていた。
だが、動きは止まっている。
俺がおもむろに取り出した金属器具を、不思議に思ったからだろう。
周りに居る客たちも、静かに事の成り行きを見ていた。
助けに入る構えだったゴンゴラやイソトマも、俺のやる事を気にしている様子だ。
何故だか、今の俺は酷く落ち着いている。
やるべき事が、はっきりしている。
胸に宿った烈火のごとき怒りが、意思をもって俺に伝えている。
何故、今までその発想に至らなかったのかが、不思議でしょうがない。
俺が使える『弾薬化』は、俺の中から生まれた『魔法』。
そして俺は『カクテル』を作る技術しか持っていない。
ならば『弾薬化』の魔法は、『カクテル』を『弾薬』にするために存在すると考えるのが、当たり前のはずだった。
《生命の波、古の意図、我求めるは魂の姿なり》
俺が呟くと、グラスの中の【スクリュードライバー】が淡い輝きを放つ。
それが収束すると、手の中に、水色の弾頭を持つ弾薬が生み出されていた。
「ま、魔法!?」
男は魔法の存在に焦りを見せる。
もともと、スイの存在を恐れていたような連中だ。正体不明の俺が、正体不明の魔法を使えば驚きもするだろう。
男は迅速だった。魔法で何かをされる前に速やかに俺に近づこうと、カウンターを乗り越えようとする。
だが、焦りは判断を鈍らせる。
「ヅぁっ!」
男が手をついたカウンターには、ギヌラが割ったガラスの破片が散らばっていた。
そんなところに手を付けば、ズタズタになるのは当然だ。
男が呻いている間、俺は迅速にシリンダーを開き、弾を込めた。
そして、バーテンダーという人種が普段そうするように、説明してやることにする。
「【スクリュードライバー】がどんな『カクテル』か、知ってるか」
男の目に疑問が滲んだ。俺が何を言い出すのか理解できないという風に。
「ベースは『ウォッカ』──いや『ウォッタが45ml』、それを『オレンンジジュース』でアップするだけの、簡単なカクテルだ」
その説明と共に、俺は【スクリュードライバー】の味を思い浮かべた。
穏やかな口当たり、オレンジジュースの甘さ、そしてパンチの効いたウォッカのアルコール。
例えるなら、穏やかでありながら、強烈な圧力を持つ『水』の流れのようなものだ。
その言葉、そのイメージ。
それが導線になったのか。
俺の指先から銃の弾丸へと、静かに、確実に魔力が流れ込んで行った。
手の中の『銃』が、準備を終えたと告げるように鈍く唸った。
「……っ! させるな!」
その様子を見ていたギヌラが、声をあげる。
それを受けて、呆気に取られていた男がようやく我に帰る。
手元を良く見てガラスを避け、カウンターを乗り越えて俺に迫る。
だが、遅い。
俺はハンマーを起こして、叫びながら、引き金を引いた。
「これが【スクリュードライバー】だ!」
引き金を引いた直後、ハンマーが雷管を叩く。
そこから発したのは、甲高い音ではなかった。
ドンと、何かを強引に撃ち出す音。
その魔力の爆発は、秘められた力を、銃口から真っ直ぐに打ち出した。
放たれたのは、水色の光弾。
凄まじい勢いを持つそれは、真っ直ぐに向かってきた男の体に命中し、
爆ぜた。
生み出されたのは、強烈な水の奔流。
水鉄砲を百倍強烈にしたかのような、水の爆発。
その衝撃を一身に受け、男はカウンターから、店の入り口のドアまで吹っ飛んだ。
ガランと鐘が音をたて、男の体はそこでズルリと地べたに落ちる。
突然の事態に静まり返る店内。
「な、なな、そんな、スイを封じたのに、なんで『魔法』がっ!?」
護衛の男が一撃でのされ、ギヌラは動揺に声を震わせた。
俺はそれに答える必要性も感じない。
焦らず、早歩きでカウンターの外に出ると、ギヌラに向かって言ってみせた。
「それで、確かお前も『ご注文』があったよな?」
言ってから、俺はガラスの破片が散らばるカウンターに手を付いた。
いくらか手のひらを押し付ける感触があったが、まあいい。
手から繋がっていることが、発動の条件だ。
《生命の波、古の意図、我求めるは魂の姿なり》
効果範囲を広く指定する。
丁度、カウンターに広がった【ダイキリ】を包み込むように。
カウンターの表面で、薄く、清らかな光が生まれ、俺の手の中に集まった。
手のひらに残っていたのは、赤い弾頭を持つ一発の弾薬。
俺は【スクリュードライバー】の薬莢を排出して、新たに【ダイキリ】を込めた。
「ま、待て! スイがどうなっても良いのか!?」
ギヌラは、俺の行動に恐れをなして叫んだ。
だが、そのタイミングで、スイもまた行動を起こす。
「いい加減離して!」
「だっ!」
彼女はギヌラの腕に噛み付いて拘束を弱める。その一瞬の隙を突いて足を踏みつけ、自力で拘束から抜け出して見せたのだ。
スイは急いで俺の隣に駆け寄ってくる。そして自身の懐から小型の杖を抜き出す。
だが、俺がそれを止めた。
「総?」
「まだ、ご注文が終わってない」
俺はじとりと暗い笑みを浮かべたまま、ギヌラへとにじり寄った。
「ま、待て、僕が悪かった! もう来ない! だから許して!」
「ああ、それは当たり前だ。だからこれは、俺個人の問題だ」
俺はギヌラに照準を合わせて、そっと答える。
「一口も飲まれずに捨てられたんじゃ、【ダイキリ】が可哀想だろ?」
俺がウインクをすると、ギヌラはぺたりと腰を抜かして座り込んだ。
そんな彼に、ゆっくりと優しく、俺は告げた。
「【ダイキリ】の作り方は──ベースに『サラムを45ml』、副材料に『ライム15ml』と『砂糖1tsp』、それを『シェイク』して作るんだ」
語りかけるように言いながら、同時に【ダイキリ】をイメージした。
熱い地域で生まれた、ラムの燃えるような力強さ。
それを引き締める、ライムのすっきりとした酸味。
そこに暖かなまとまりを与える、スプーン一杯の砂糖。
凄まじい力を秘めていながら、それはすっきりとしていて飲みやすい。
例えるなら、『火』山のような力強さを持つ、しなやかな龍の息吹。
その言葉とイメージが引き金だ。
俺の指先から、今度は火の魔力が、緩やかに流れ込んで行った。
今にも爆発しそうな炎の気配を撒き散らし、銃はブゥンと鈍く震える。
「ほ、本当に、許してくれ! そ、そうだ! 僕に何かあったら! 父や店が黙ってないぞ!」
「そうか。じゃあ、今のうちに言っとく。次は正々堂々と来いってな」
「ま、待っ──」
俺は少しの距離を開けたまま、丁度彼の頭の辺りを狙って引き金を引いた。
「【ダイキリ】だ、召し上がれ」
直後、銃口からは一頭の火龍が、その身を現した。
灼熱と火炎を撒き散らしながら、火龍はゆったりとその身を踊らせる。
そして狙い通りに、火龍はまっすぐにギヌラへと向かっていった。
少しずつ、脅すように、俺の意思に従って火龍は進んで行く。
「あ、ああ、ああああ! あぁあああああああああああああ!」
ギヌラが涙目で、大声を上げた。
その瞳には、恐怖と後悔と、絶望と、そんな色々が滲んでいた。
きっと色々と悔い改めていることだろう。
もう、いいか。
俺は銃から伸びる火龍に向かって、そっと一つの魔法をかけてやった。
《生命の波、古の意図、我定めるは現世(うつしよ)の姿なり》
直後。
銃から伸びていた火龍が光に包まれて、頭の中心で一塊(ひとかたまり)の液体と化した。
それは最初に狙いを付けたとおり、真っ直ぐにギヌラの頭──いや、口の中へと吸い込まれて行く。
大口を開けていたギヌラは、それを全て口の中に含んだ。
ゴクリゴクリと、休憩を許されずに、ギヌラはそれを飲み干した。
「……感想は?」
火龍から、もとの液体に変わった【ダイキリ】の感想を求める。
ギヌラは、泣きそうな顔になりながら、一言だけ、言った。
「……美味しい……です……」
「どうも、ありがとうございます」
そして、それだけを告げると、ギヌラはバタリと気を失った。
ポーション屋の息子なのに『ポーション酔い』で気絶するとは。
俺は状況を片付けたと思い、ふぅと息を吐く。
そしてようやく、冷静に状況を整理することができた。
やっべぇ! 本当になんか起こったよ!
というかこれ魔法だよ。あれだよ、黒魔道士だよ。
いや、むしろ魔砲使いだよこれ。
俺は今更ながらに、自分の起こした現象に体が震えてくる。
恐怖というよりは、興奮で。
そのときふと、周りの人間がこちらを見ていることに気づいた。
あれだけの騒ぎを起こしたのだ。バーテンダーとして場をまとめなければ。
責任感から、俺は内心の興奮を隠し、落ち着き払った態度で言った。
「お騒がせしました。引き続き、お食事をお楽しみください」
その声は、しんと静まり返っていた店内に響き、
『うぉわああああああああああああ!』
お客様の大歓声を生んだ。