「何の真似だ?」

護衛の男は、はっきりとした疑問の目で俺を見ていた。

だが、動きは止まっている。

俺がおもむろに取り出した金属器具を、不思議に思ったからだろう。

周りに居る客たちも、静かに事の成り行きを見ていた。

助けに入る構えだったゴンゴラやイソトマも、俺のやる事を気にしている様子だ。

何故だか、今の俺は酷く落ち着いている。

やるべき事が、はっきりしている。

胸に宿った烈火のごとき怒りが、意思をもって俺に伝えている。

何故、今までその発想に至らなかったのかが、不思議でしょうがない。

俺が使える『弾薬化』は、俺の中から生まれた『魔法』。

そして俺は『カクテル』を作る技術しか持っていない。

ならば『弾薬化』の魔法は、『カクテル』を『弾薬』にするために存在すると考えるのが、当たり前のはずだった。

《生命の波、古の意図、我求めるは魂の姿なり》

俺が呟くと、グラスの中の【スクリュードライバー】が淡い輝きを放つ。

それが収束すると、手の中に、水色の弾頭を持つ弾薬が生み出されていた。

「ま、魔法!?」

男は魔法の存在に焦りを見せる。

もともと、スイの存在を恐れていたような連中だ。正体不明の俺が、正体不明の魔法を使えば驚きもするだろう。

男は迅速だった。魔法で何かをされる前に速やかに俺に近づこうと、カウンターを乗り越えようとする。

だが、焦りは判断を鈍らせる。

「ヅぁっ!」

男が手をついたカウンターには、ギヌラが割ったガラスの破片が散らばっていた。

そんなところに手を付けば、ズタズタになるのは当然だ。

男が呻いている間、俺は迅速にシリンダーを開き、弾を込めた。

そして、バーテンダーという人種が普段そうするように、説明してやることにする。

「【スクリュードライバー】がどんな『カクテル』か、知ってるか」

男の目に疑問が滲んだ。俺が何を言い出すのか理解できないという風に。

「ベースは『ウォッカ』──いや『ウォッタが45ml』、それを『オレンンジジュース』でアップするだけの、簡単なカクテルだ」

その説明と共に、俺は【スクリュードライバー】の味を思い浮かべた。

穏やかな口当たり、オレンジジュースの甘さ、そしてパンチの効いたウォッカのアルコール。

例えるなら、穏やかでありながら、強烈な圧力を持つ『水』の流れのようなものだ。

その言葉、そのイメージ。

それが導線になったのか。

俺の指先から銃の弾丸へと、静かに、確実に魔力が流れ込んで行った。

手の中の『銃』が、準備を終えたと告げるように鈍く唸った。

「……っ! させるな!」

その様子を見ていたギヌラが、声をあげる。

それを受けて、呆気に取られていた男がようやく我に帰る。

手元を良く見てガラスを避け、カウンターを乗り越えて俺に迫る。

だが、遅い。

俺はハンマーを起こして、叫びながら、引き金を引いた。

「これが【スクリュードライバー】だ!」

引き金を引いた直後、ハンマーが雷管を叩く。

そこから発したのは、甲高い音ではなかった。

ドンと、何かを強引に撃ち出す音。

その魔力の爆発は、秘められた力を、銃口から真っ直ぐに打ち出した。

放たれたのは、水色の光弾。

凄まじい勢いを持つそれは、真っ直ぐに向かってきた男の体に命中し、

爆ぜた。

生み出されたのは、強烈な水の奔流。

水鉄砲を百倍強烈にしたかのような、水の爆発。

その衝撃を一身に受け、男はカウンターから、店の入り口のドアまで吹っ飛んだ。

ガランと鐘が音をたて、男の体はそこでズルリと地べたに落ちる。

突然の事態に静まり返る店内。

「な、なな、そんな、スイを封じたのに、なんで『魔法』がっ!?」

護衛の男が一撃でのされ、ギヌラは動揺に声を震わせた。

俺はそれに答える必要性も感じない。

焦らず、早歩きでカウンターの外に出ると、ギヌラに向かって言ってみせた。

「それで、確かお前も『ご注文』があったよな?」

言ってから、俺はガラスの破片が散らばるカウンターに手を付いた。

いくらか手のひらを押し付ける感触があったが、まあいい。

手から繋がっていることが、発動の条件だ。

《生命の波、古の意図、我求めるは魂の姿なり》

効果範囲を広く指定する。

丁度、カウンターに広がった【ダイキリ】を包み込むように。

カウンターの表面で、薄く、清らかな光が生まれ、俺の手の中に集まった。

手のひらに残っていたのは、赤い弾頭を持つ一発の弾薬。

俺は【スクリュードライバー】の薬莢を排出して、新たに【ダイキリ】を込めた。

「ま、待て! スイがどうなっても良いのか!?」

ギヌラは、俺の行動に恐れをなして叫んだ。

だが、そのタイミングで、スイもまた行動を起こす。

「いい加減離して!」

「だっ!」

彼女はギヌラの腕に噛み付いて拘束を弱める。その一瞬の隙を突いて足を踏みつけ、自力で拘束から抜け出して見せたのだ。

スイは急いで俺の隣に駆け寄ってくる。そして自身の懐から小型の杖を抜き出す。

だが、俺がそれを止めた。

「総?」

「まだ、ご注文が終わってない」

俺はじとりと暗い笑みを浮かべたまま、ギヌラへとにじり寄った。

「ま、待て、僕が悪かった! もう来ない! だから許して!」

「ああ、それは当たり前だ。だからこれは、俺個人の問題だ」

俺はギヌラに照準を合わせて、そっと答える。

「一口も飲まれずに捨てられたんじゃ、【ダイキリ】が可哀想だろ?」

俺がウインクをすると、ギヌラはぺたりと腰を抜かして座り込んだ。

そんな彼に、ゆっくりと優しく、俺は告げた。

「【ダイキリ】の作り方は──ベースに『サラムを45ml』、副材料に『ライム15ml』と『砂糖1tsp』、それを『シェイク』して作るんだ」

語りかけるように言いながら、同時に【ダイキリ】をイメージした。

熱い地域で生まれた、ラムの燃えるような力強さ。

それを引き締める、ライムのすっきりとした酸味。

そこに暖かなまとまりを与える、スプーン一杯の砂糖。

凄まじい力を秘めていながら、それはすっきりとしていて飲みやすい。

例えるなら、『火』山のような力強さを持つ、しなやかな龍の息吹。

その言葉とイメージが引き金だ。

俺の指先から、今度は火の魔力が、緩やかに流れ込んで行った。

今にも爆発しそうな炎の気配を撒き散らし、銃はブゥンと鈍く震える。

「ほ、本当に、許してくれ! そ、そうだ! 僕に何かあったら! 父や店が黙ってないぞ!」

「そうか。じゃあ、今のうちに言っとく。次は正々堂々と来いってな」

「ま、待っ──」

俺は少しの距離を開けたまま、丁度彼の頭の辺りを狙って引き金を引いた。

「【ダイキリ】だ、召し上がれ」

直後、銃口からは一頭の火龍が、その身を現した。

灼熱と火炎を撒き散らしながら、火龍はゆったりとその身を踊らせる。

そして狙い通りに、火龍はまっすぐにギヌラへと向かっていった。

少しずつ、脅すように、俺の意思に従って火龍は進んで行く。

「あ、ああ、ああああ! あぁあああああああああああああ!」

ギヌラが涙目で、大声を上げた。

その瞳には、恐怖と後悔と、絶望と、そんな色々が滲んでいた。

きっと色々と悔い改めていることだろう。

もう、いいか。

俺は銃から伸びる火龍に向かって、そっと一つの魔法をかけてやった。

《生命の波、古の意図、我定めるは現世(うつしよ)の姿なり》

直後。

銃から伸びていた火龍が光に包まれて、頭の中心で一塊(ひとかたまり)の液体と化した。

それは最初に狙いを付けたとおり、真っ直ぐにギヌラの頭──いや、口の中へと吸い込まれて行く。

大口を開けていたギヌラは、それを全て口の中に含んだ。

ゴクリゴクリと、休憩を許されずに、ギヌラはそれを飲み干した。

「……感想は?」

火龍から、もとの液体に変わった【ダイキリ】の感想を求める。

ギヌラは、泣きそうな顔になりながら、一言だけ、言った。

「……美味しい……です……」

「どうも、ありがとうございます」

そして、それだけを告げると、ギヌラはバタリと気を失った。

ポーション屋の息子なのに『ポーション酔い』で気絶するとは。

俺は状況を片付けたと思い、ふぅと息を吐く。

そしてようやく、冷静に状況を整理することができた。

やっべぇ! 本当になんか起こったよ!

というかこれ魔法だよ。あれだよ、黒魔道士だよ。

いや、むしろ魔砲使いだよこれ。

俺は今更ながらに、自分の起こした現象に体が震えてくる。

恐怖というよりは、興奮で。

そのときふと、周りの人間がこちらを見ていることに気づいた。

あれだけの騒ぎを起こしたのだ。バーテンダーとして場をまとめなければ。

責任感から、俺は内心の興奮を隠し、落ち着き払った態度で言った。

「お騒がせしました。引き続き、お食事をお楽しみください」

その声は、しんと静まり返っていた店内に響き、

『うぉわああああああああああああ!』

お客様の大歓声を生んだ。