スタンダードレシピに限って言えば、その出来映えは技術にかかっている。

良く言われる話だが、同じレシピで作っても、作る人間が違えば味は変わる。

当たり前だ。

そこには常に個々人の癖、技術の違い、そして思いがこもっているのだから。

さらに、ベースに使う銘柄まで変わってくれば、同じ味になる筈が無い。

また、技術の違いといっても、それが必ずしも上手い下手を指すとは限らない。

単純に、グラスの中で液体を撹拌する『ステア』だけで見ても、

時間が短ければ混ざり切らず、長ければ水っぽくなる。

しかし、どの時間がベストなのか、それはバーテンダーによる。

混ざり過ぎない方が、個々の味を楽しめて良いという場合もあれば、

少し水を含ませるくらいが、柔らかくなっていいという場合もある。

ウィスキーの水割りを作るときなんかには、特に関わってくる話だが、今は止そう。

先程の話で言えば、

サリーはまだ調整も分からないし、技術もないからバラバラの味になった。

それを、俺が丁寧に撹拌してやれば、まとまるというのも当たり前の話なのだ。

「……でも、やっぱり強い、ですわね」

俺が手を加えた【スクリュードライバー?】を口に含み、サリーが零した。

「当たり前だ。最初にも言ったが比率が違えば味は変わる。そもそも前提が違うんだ」

俺の言葉を黙って聞きながらも、サリーは今一度、液体を口に含む。

その頬に僅かな赤みが差しはじめている。そりゃ、強いからなぁ。

そろそろ、身にしみた頃だろうか。

「サリー。少し飲めば、さっきの一杯が、どんなものだったかは理解できるだろ?」

「……悔しいですけれど」

「だけどな、それを飲んだのはイソトマさんなんだ。さっきの場合は言われたから仕方ないが、この先ずっとそのままじゃいられない。バーテンダーは、自分が作りたいから、作るわけじゃないんだ。誰かに飲んでもらうために、作るんだ」

俺の言葉に、サリーは少しハッとした表情をして、横を見る。

その視線の先には、チラチラとこちらを窺っていたイソトマが居た。

サリーは少しだけすまなそうにペコリと頭を下げた。

イソトマはそれに苦笑いを浮かべつつ、ぐっと親指を立てたのだった。

「フィルもだけど、そのことは忘れないでくれよ。自分の失敗は、自分の前に、相手に伝わってしまうってことは」

その意思疎通が終わったと見て、俺は二人に声をかけた。

フィルは先程の話を知らないだろうから、不可思議そうな目をしている。

反対に、サリーは少し意を決した様子で、俺に言った。

「……私は、自分が知りたいから、カクテルを作りたい。この気持ちは譲れませんわ」

「ああ」

「ですけれど、そのために他人を利用したいとは思いません。失敗の責任は、私が自分で取りたい、そう思います」

宣言し、サリーは自身の持っていたグラスをぐいっと傾けた。

「あ、バカっ!」

割合としては『ウォッタポーション』そのものに近い液体が、一気に半分ほど呑み込まれていった。

直後に、サリーはグラスを口から離し、ゲホゲホと咳き込む。

「無茶すんな! 飲み慣れてない奴がそんな危ないことを!」

俺は慌ててサリーからグラスをひったくる。

咳き込むのが落ち着いたサリーは、その影響で涙目になった瞳で俺を睨んだ。

「返してくださいな。私はその一杯を飲む義務がありますの」

「やめろ。責任なんかで飲まれたら『カクテル』が可哀想だろうが」

「……はい?」

俺が思わず言い返すと、サリーはパチクリと瞬きをする。

俺は、サリーがぐいっと飲んだ残り。

丁度半分くらいになったグラスを見て、にやっとした笑みを浮かべる。

「また半分こにしようかとも思ったんだが、いい塩梅だ。それじゃサリー、最後の一つを教えてやるから、これを一旦貸してくれ」

「最後の一つ?」

どうやら彼女は、俺が学んで欲しいといった三つの要素を忘れてしまったようだった。

俺は、静かに会話を聞いていたフィルにも目配せしたあと、言った。

「この状態から、手を加える『発想力』ってやつだよ」

「マスター。あんまりいじめてないよな?」

「もちろんですって。心配しないでくださいよ」

一度グラスを持って作業台に戻ると、イソトマが探りを入れてくる。

「イソトマ、心配しすぎですよ。お店にはお店なりの、マスターさんにはマスターさんなりの考えがあるんですって」

「で、でもよ」

そのイソトマの過保護っぷりに、連れの男性が穏やかに諭すようなことを言っている。

俺は「いえいえ」と受け流しつつ、すぐに作業に入った。

さて、誰かが口にしたものを再加工するのは相当に行儀が悪い。

だが、器具は洗えばいい。そして、ここでは知っておいて欲しいことがある。

カクテルは、少し手を加えるだけでその姿を全く変えてしまうということだ。

先程イソトマから預かった時。俺はまず、味のイメージを決めた。

現在の、かなり辛口の『ウォッカとオレンジ』を、メインに。

味の系統は、それほど変えずに。

されど、その風味はがらっと変えさせてもらう。

そう思ったとき『尻拭い』という単語も同時に浮かんだ。

俺はまず、並んでいるボトル棚から、透明な粘度の高い液体を選ぶ。

あとは、酸味のアクセントとして、レモン。

その状態からの割り材に、ソーダとトニックをチョイスしたのだった。

俺は、すでに半分程度入っている液体に足すように、『ピーチポーション』を20mlほど測り入れた。

その後に、レモンジュースを適量──レモン六分の一から絞れる程度の量を流し込む。

その状態で、一度良く混ぜ合わせ、味を見た。

新参者であるピーチの、強い風味がある。

それは、ウォッタの刺激を穏やかに覆い、オレンジの酸味と調和して緩やかな甘さを主張していた。

それを引き締めるレモンの味も僅かに感じつつ、思う。

これでは、少し辛い【ファジーネーブル】と変わらないな、と。

だが、そこで終わりではない。

最後にグラスへ、ソーダとトニックを少量ずつ。

『ソニックスタイル』で、少しだけ辛めに炭酸を与えた。

容量の関係で微炭酸なので慎重に、ステアをしてやれば完成だ。

手の甲に落とした雫で味を見れば、想定通りの甘さに収まっている。

「それではイソトマさん。また少しだけ失礼いたします」

俺が新しいカクテルを作り終え、イソトマにそう声をかけたところで、彼は尋ねた。

「そういや、そのカクテルはなんて名前なんだ?」

「はい?」

「メニューには乗ってないだろ?」

イソトマの声に、俺は虚をつかれた気分だった。

そういえば、こういうのは今まであまりやってなかったな、と気付いたのだ。

リキュールが揃っていなかったというのが原因で、俺は『オリジナル』をあまり作ってはいなかったのだ。

「名前はありませんよ。さっき考えたので」

「……は?」

「『カクテル』作りに必要な最後の能力は『発想力』ですから」

バーで働いていれば『何かオススメのカクテル』なんて注文はざらにある。

もちろん、その場で色々な好みを聞き、その方にあったカクテルを提供するのだが。

ご希望を聞いたとき、頭の中にあるスタンダードレシピでは、ピッタリのものが作れないなんてことも、やっぱりざらにある。

その時、バーテンダーは頭の中で、作り上げなければいけない。

そのご要望にあう、ピッタリのカクテルを。

「でも、そうですね。あえて名前をつけるなら【サリーズ・ヒップス】なんてどうでしょうか?」

俺は少しの遊び心をこめて、そんな名前を挙げてみた。

イソトマは、興味深そうに尋ねる。

「それは、どういう意味なんだ?」

「単純に『サリーの尻』くらいの意味です。ピーチですしね」

そんな由来を聞くと『ポーション酔い』が回っているイソトマは、大笑いした。

隣のお連れ様は、どちらかと言えば苦笑いである。

そう、ピーチなのである。

尻拭いと考えたときに、自然と桃が出て来てしまったが故の、カクテルなのである。

「それでは、改めて失礼いたします」

まだ笑っているイソトマに断りを入れて、俺は待っているサリーのもとに向かった。

さて、彼女はこのカクテルにどんな反応を示すだろうか。