'Cocktail Potion' by Transworld Transfer Bartenders
raw materials and characteristics and
「なぜ『ネズの実』なんだい?」
ホリィはしごく当たり前の疑問を俺にぶつけた。
この場での俺の発言はきっと、突拍子もない提案に聞こえたことだろう。
そうなると思ったから、俺はまず『ジーニ』を選択したといっても過言ではない。
「ホリィさんは、どうして『サラム』と『サトウキビ』の組み合わせを選んだんですか?」
「まぁ、手当たり次第みたいなものだねぇ。一通りの魔草なんかは出尽くして、途方にくれていた頃。たまたま手に入ったから、なんとなく試したくらいのものだ」
となると、その二つの関係を曲がりなりにも推測しているのは、俺だけだろう。
だが、その繋がりを少し分りやすく感じてもらわないと説得しようがない。
「じゃあこう考えたことはないですか? 『サラムポーション』と『サトウキビ』の風味は通じるところがある、と」
「……ふむ?」
ホリィはその言葉を聞いて、コツコツと並んでいる棚に近づき、一つの瓶を手に取る。
栓を開け、その香りを扇ぐように嗅いで、難しそうな顔をした。
「すまないが、あまりピンと来ないなぁ」
「……ちょっと、そちらをお借りしても」
俺はホリィから、恐らく『サラムポーション』が入った瓶を受け取り、それを嗅いだ。
そしてその、あまりにもすっきりとした、悪く言えば無臭ぶりに驚いた。
「……そうか」
俺は急いで、この部屋に持ち込んでいた荷物から『サラム』の瓶を取り出した。
スイ謹製の、やっすい魔石をそのまま水に溶かし込んだ、アルバオ曰く『スイのオリジナル魔法』で作られたポーションである。
それの封を開け、俺はホリィに差し出した。
「これならどうですか?」
今度のサラムポーションは、先程の香りを感じないほどの上質なものとは違う。
魔石に含まれている不純物も全部混ぜ込んだ、恐らくスイしか作っていないポーションだ。
そして、その粗悪なポーションにこそ、俺が感じる地球の『スピリッツ』の味わいが色濃く現れるのである。
ホリィは受け取った瓶から香りを嗅いだあと、少しだけグラスに取って舐める。
ほぅ、と複雑な表情をして、俺に目を向けた。
「……これは『サラム』なのかい?」
「ええ、うちの店主が作った特製です」
「確かに、無理に関連づけようと思えば、できなくはないかもしれないねぇ。むしろ、私達の作った『熟成ポーション』との繋がりを感じられるかなぁ」
「でしたら、今度はこの『ジーニポーション』と『ネズの実』なら、どうです?」
次に俺は、スイ特製の『ジーニポーション』を同じようにホリィに渡した。
彼女はそれもまた同じように香りを嗅いで、その段階で二度ほど頷いた。
「……君の言いたいことが、なんとなく分かったよ」
ホリィは悪そうな表情になって、ニヤリと唇を歪めた。
スイ印のポーションに何かトラウマがあるのか、近づくこともしなかったアルバオがホリィに尋ねる。
「どういうことですか、室長」
「ん? アルちゃん?」
空気が一瞬固まる。
「……ホリィさん」
「なに、簡単な話だねぇ。彼は風味が近い者同士を合わせると、樽と相性が良いポーションができるのでは、と考えているらしい。そうだろう?」
ホリィの尋ねに俺は頷いた。
俺が最初に『ジーニ』を選んだ理由。
それは、この世界の『ポーション』と俺の世界の『スピリッツ』が繋がっていると仮定したとき、その繋がりがもっとも顕著に思えたから。
簡単に言えば、『ジーニ』の香りが、一番特徴が出ているから。
独特の香りを持つ洋酒である『ジン』は、その原料は実はありふれたものだ。
しかし、大元のアルコールの原料がなにであるかは、知らない人はあまりピンと来ないかもしれない。
そも、お酒を作る時に必要な『モノ』とは何か。
答えは『糖分』である。
酒を原料ベースで考えると、『糖分』を発酵させてアルコールを作るか、『デンプン』を『糖化』させてアルコールを作るか、この二つに分けられる。
前者の代表は、ブドウの糖分から作られる『ワイン』。
後者の代表は、米のデンプンを糖化して作られる『日本酒』といったところか。
そしてできあがった酒は、比較的アルコール度数の低い『醸造酒』と呼ばれるものだ。
『醸造酒』のアルコール度数は、高くても二十度を越えない。
糖からアルコールを作るには『酵母』の力を借りる必要があるのだが、この『酵母』は自身が作ったアルコールの度数が高くなると死滅してしまうのだ。
そして出来上がった『醸造酒』を、さらに強くしようとする動きがあった。
そこで生まれたのが『蒸留酒』──この世界では、未発達な分野の酒である。
先程出来上がった『醸造酒』を蒸留し、エタノール(アルコール)と水分の沸点の違いを利用して、アルコールだけを取り出す。
蒸留によってアルコール度数を高めた酒が『蒸留酒』ということになる。
そのあとに、熟成だったり加水だったりと色々な手間が入ることになるのだが、この場合は割愛しよう。
簡単に流れを説明すれば、
糖分、またはデンプンを糖化したものから『醸造酒』を作り、
生まれた『醸造酒』を蒸留することによって『蒸留酒』が作られる。
シンプルにこれだけだ。
話を『ジン』に戻すと、何回か説明したように『ジン』には独特の香りが付いている。
その香りは、酒そのものの原料の香りではない。
蒸留酒といえどその味わいは原料に左右されるところもあるが、ジンのアルコールの原料は大麦、ライ麦、ジャガイモなどと言われている。
もちろん『ジン』の香りをイメージして貰えれば、大麦やライ麦、ジャガイモのような香りでないことは分かるだろう。
『ジン』独特の香りといえば、松やにのようなあのツンとくる辛めの香りである。
香り付けという工程にて、『ネズの実』を中心とした多種多様のボタニカル(草根木皮)を加えることで、あの独特の香りが生まれるのである。
個人的な意見を述べれば。
ラムを象徴する原料が『サトウキビ』であれば、
ジンを象徴する原料は『ネズの実』なのだ。
さらに流れを汲めばウォッカはきっと『白樺の炭』だろうし、テキーラは『リュウゼツラン』になるだろう。
ウォッカの特徴は『白樺の炭』を用いた濾過であるし、テキーラの特徴は『リュウゼツラン』という植物から作られることだから。
俺の想定は、あくまで地球のスピリッツを基にしている。
しかし、風味に限れば、この世界に存在するそれらと、この世界に存在するポーションで似た所がないとはいえまい。
その特徴が、一番万人に分りやすいのが『ジーニ』だと俺は思うわけだ。
「しかし、これか。仮にこれが本当にヒントなのだとしたら、私達は偶然に頼るしか見つけられなかったのも仕方ない」
「室──ホリィさん。まだ仮定の段階ですが」
「ふふ。アルバオ君。この世界は直感だよ。イケると思える何かがあれば、だいたいイケるんだよ。むしろ私は、この『サラムポーション』と『熟成サラムポーション』の繋がりから、それを感じたねぇ」
ホリィはやや上機嫌に、その二つを見比べている。
そのあと、俺が見つめていることを思い出したように、静かに笑った。
「良いよ、夕霧君。まずは君の思うままにやってみよう」
ホリィはそれだけを告げると、るんるんと上機嫌に、室内に残っている他の人間にも指示を飛ばした。
「ほらほら、君達もさぼってないで準備だよ! ひとまず『ジーニ』! お、良い所に雑用! ちょっと『ネズの実』を手配してきなさい!」
「……は、はぁ!? ぼ、僕は今さっき仕事を終えたところだぞ!」
「雑用に終わりは無いのよ!」
俺がカクテルを作り出したあたりから注目していた他の人々も、ホリィに命令を言い渡されてせこせこと動き出す。
約一名反抗的な態度を取っていた気がするのだが、人に揉まれて消えてしまった。
アルバオはその様子を少し苦笑いで見たあと、ようやくスイのポーションに近づいてきて、その香りを嗅いだ。
『サラム』と『熟成サラム』を嗅ぎ分けて、不思議そうに顔をしかめる。
「……なるほど。確かにね。味はどうなんだい?」
「少なくとも、変な調整を加えさせてないから、昔のよりはマシだと思うぞ」
「……思い出したら吐き気が」
やはりアルバオも、スイのゲロマズポーション被害者の会の一員だったか。
彼は過去の幻惑を振り切るように頭を振り、それからポツリと呟く。
「しかし皮肉なものだね」
「……なにがだ?」
「ポーションを取り巻く世界がさ」
意味深な言葉を残し、アルバオはスイのポーションを一口含む。
不味い、という顔はしなかった。
「調整を加えていないからこそ、このポーションには魔石に含まれていた『何か』が残っている。その『雑味』こそ、合成素材のヒントになりうるかもしれない」
「…………」
「それってまるで、僕達が当たり前に作ってきたポーションが間違っていて、世界に否定されたスイのポーションが正しいみたいじゃないか」
その時に浮かんでいた表情は、悲しいのか、悔しいのか、呆れているのか、笑っているのか、とにかくそんな複雑な感情が見て取れた。
自然と、言いたい事が口から漏れた。
「別に、スイのポーションが正しいってことはないだろ。これはまだ確定してないヒントの話で、スイが否定されたのだって、作ったポーションがクソ不味いからだし」
「それは否定できない」
はは、と苦笑いを浮かべるアルバオ。幾分か元気が戻ってきているようだ。
「ただ俺が思うのはさ。俺が作る『カクテル』に使うには、きっと『スイのポーション』が合ってたんだろうなってだけ」
「……ポーションとカクテルか」
俺のなんとなくの言葉に、アルバオの呟きが返ってくる。
それから俺達も、慌ただしく動く人達に混ざって準備を手伝った。
『ネズの実』を加えた『ジーニ』と、『樽』の相性の良さが証明されたのは、それから二週間くらい後の話だった。