Common Sense of a Warrior

With friends and princes.

「メルリス様、この後お時間がございましたら共に談話室に行きませんか?」

「シャリア様。それは良いですわね。ですが……」

「……メルリス様、お迎えに上がりましたわ」

私とメルリス様の会話を遮るようにして、上級生らしき女子生徒が三人メルリス様に声をかける。

「まあ……皆様にご足労いただきまして恐縮ですわ。シャリア様、ごめんなさい。先約を思い出しましたので、談話室はまたの機会に」

メルリス様はそれを悠然と受け入れ、付いて行く。

「え、ええ……」

了承したものの、先導する三人から不穏な空気を感じ取って彼女たちの後を追うべく動き始めた。

言葉を交わすことなく、貼り付けたような笑みを浮かべて彼女たちは歩いている。

その様を、付かず離れずで追いつつ私は観察していた。

そうして、人気のない図書館裏に到着したところで彼女たちは止まる。

私もまた彼女たちに悟られないように、近くの物陰に隠れた。

「……殿下!?」

同じように物陰に隠れて様子を伺っていた人物の存在に気がついて、ついその名を呼んだ。

本当に、驚いたのだ。

まさか殿下がこのような人の通りが少ないところに、隠れるようにしているなどと……誰が想像できるだろうか。

けれどもそれでも大きな声を出さなかったのは、単に自分の現在置かれている場所を忘れていなかっただからだ。

「シッ」

エドガー王子は素早く人差し指を唇の前に持って来て、言葉の代わりにジェスチャーで応えた。

「やっとお話しができますわね、エルリス様」

幸いにも私たち二人の存在に気がつかなかった女生徒たちの内の一人が、口を開いた。

「ええ。お待ちいただき、ありがとうございます」

ニコリ、メルリス様は微笑む。

その余裕綽々とした反応に、むしろ取り囲んでいた女生徒たちの方が一瞬たじろいでいた。

「……それで、ご用件は何でしょうか?大変申し訳ございませんが、私、先輩がたがどのような話をされたいのか、とんと分かりませんでしたので」

「ルイ様のことよ」

ジロリとメルリス様を睨みながら、真ん中の生徒が言った。

「まあ……ルイ様のこと、ですか。一体何でしょうか?」

メルリス様は彼女の苛立ちに特段恐る様子もなく、むしろそれを煽るかのように純粋無垢な瞳を向け首を傾げている。

「貴女……仮にもルイ様の婚約者を名乗るのであれば、少々弁えなさいな」

その煽りを受けてなのか、普段はとても出さないであろう低い声で言った。

「弁える、とはどのような意味でしょうか? 大変申し訳ございまでんが、先輩がたが何を言いたいのか私には理解ができません」

「分からないですって? まあ……とても、アルメリア公爵家に嫁す方とは思えませんわね」

嘲るように笑う真ん中の人につられ、左右に控える女性も笑っていた。

「忠告痛み入りますわ。後学のため、できればその真意をお教えいただけませんでしょうか」

けれどもメルリス様はそれに対して激昂することなく、ただにこやかな笑みを浮かべるばかりだ。

「良いこと? ……ルイ様はお忙しいの。貴女、婚約者だからと言ってお忙しいルイ様のお時間を頂戴するのは如何なものかと思わなくって?」

「そうよ。それに、あまりルイ様に馴れ馴れしくするのも如何なものかと思いますわよ? ルイ様の評判に傷がついたらどうするおつもり?」

「……病弱な貴女には、アルメリア公爵家の次期当主夫人は務まらないのではなくって?」

ここぞとばかりに、三人から嫌味の槍が放たれる。

徐々にエスカレートするそれらは、段々と聞くに耐えないものとなっていた。

側から観察していたエドガー王子も顔を顰め、それを止めようと身体を動かしかける。

「……お待ちください、殿下」

けれども私は、それを止めた。

「一体何を……?」

エドガー王子はそんな私の反応に、怪訝な顔を向けてくる。

「もう少し。……もう少し、様子を見させてくださいませ」

私たちがそのようなやり取りをしている間に、事態は思わぬ方向へと動いた。

ふふ……と、柔らかな笑い声が、メルリス様の方から聞こえてきたのだ。

「忠告、ありがとうございます。そのような考え方もあるのだと、大変勉強になりましたわ」

一瞬、女生徒はメルリス様が何を言っているのか分からないと言わんばかりにキョトンと目を丸めていた。

「な……っ」

「それで、他に何か仰りたいことはございますか?」

「何て態度でしょう。上級生に対して、そのような……!」

彼女たちの苛立ちに対して、メルリス様はさも愉快そうに笑った。

「上級生? ……あら、おかしい。下級生を呼び出し暴言を言うことが、上級生のなさることなのでしょうか」

先ほどまでの、柔らかな声色ではない。

……聞いた者が寒気を感じるほどの厳しい声色と共に、真剣で鋭い視線を彼女たちに向けていた。

その雰囲気に呑まれ。誰も口を開けなくなっている。

「……そも、公爵家に相応しくないとは一体何を以って判断されているのでしょうか。我が父ガゼル・ダズ・アンダーソンの判断とアルメリア公爵家当主ロメル・ジブ・アルメリア様のご判断を否定されるだけのお力が、貴女にございまして?」

「な……何よ。実家の権勢を誇るだけしかできないクセに……」

「まあ……そう取られても、仕方ありませんわね。私を否定しようと欠点ばかり探される貴女がたを認めさせるだけの、絶対的なものを提示するのは難しいでしょうから。……貴女がたのような方がいることを、そしてその声を直接聞く機会を与えてくださったこと、大変感謝致しておりますわ」

一瞬、気が緩んだかのように柔らかな笑みを浮かべている。

「ですが、そも……認めさせる必要など、ありませんわね。誰が何を言おうとも、私はルイ・ド・アルメリア様の婚約者。私がそれを望み、彼がそれを認めてくれている限り……貴女がたが何を囀ろうとも、それは覆ることはありませんのよ」

けれども先ほど以上に鋭い気を纏わせ堂々と言い放った言葉に、彼女たちはついに口を閉ざしていた。

「……やっぱり」

その様を見て確信を抱いた私は、つい、ポツリと呟く。

「やっぱり? ……何がやっぱりなのだ?」

存在を忘れていたが、エドガー王子がいたのだった……と焦ったが、後の祭りだ。

「……え? あ……」

上手い言い訳が思い浮かばず、暫く狼狽していたものの……やがて諦めて私は溜息を吐くと同時に口を開いた。

「メルリス様が何故平然と彼女たちに付いて行ったのか、納得したのです」

「どう言うことだ?」

「……彼女にとって、女性同士の口論なんて些事なのでしょう。それこそ、耳障りな羽音の煩い蝿が近くを飛び回っている程度のこと。ほんの一回手を振れば退治することができるそれを、どうして恐ることができましょうか。流石は、ガゼル将軍のご息女」

「……随分と、楽しそうだな」

「ええ、ええ。そのようにお感じになられることも仕方のないことでしょう。私の憧れそのもののような方が、目の前にいらっしゃるのですから」

話していて、どんどん言葉が溢れてくる。

それと同時に、胸の高まりが一層強まった気がした。

そしてその興奮で、目が潤む。

……でも、仕方ないことじゃないか。

再会を焦がれるほど待ち望んでいた大切な彼女に、再び会うことができたのだから。

ふと我に返ってエドガー王子を見れば、何故かエドガー王子は固まっていた。

心なしか、顔が赤い気がする。

体調が悪いのならら、早く寮に戻れば良いのに……とボンヤリと見ていたら、エドガー王子が再び口を開いた。

「そのような、強い女性になることが……か?」

ポツリと、呟くような問いかけだった。

「強い……ええ、そうですわね。あのように決して折れぬ強固な芯を一本己の中に持つことを、強いと称するのであれば」

「なるほど……その心の有り様が強いとお前は言いたいのだな?」

「ええ、ええ。あの方は誇りを持って自らの足で大地を踏み、その視線に映る他者を守り慈しむ方。……まるで森の王である狼のようですわ。今ご覧になられた……その気高き有り様を、同じ女性として憧れぬ訳がございません」

「そうか……」

「それでは、殿下。御機嫌よう。メルリス様が女子寮にお戻りになられるようですから、私も女子寮に戻りますわ」

「あ、ああ……」

未だ呆然としているエドガー王子を置いて、私は弾む心を抑えきれずに戻って行った。