そして私たちはタスメリア王国からリンメル公国へと、密かに渡った。

眼下に広がるのは、細長い道。

切り立った崖のような高台に両側を挟まれていたその細道を前に、私は心を落ち着かせる。

「……来た」

遠くから徐々に近づいて来る馬の駆ける足音に、小さく呟いた。

否が応でも、後ろに控える護衛隊たちの緊張感が高まる。

その空気に、私もまた喉を鳴らしていた。

「さて。……皆、獲物が来たぞ」

ゴクリと、誰かが生唾を飲む音が耳に届く。

「私は、戦いを厭う。私は、命を奪うことを厭う。……だからこそ、それを犯そうとする奴らの存在が疎ましい」

そう呟く合間にも、敵が徐々に近づいて来ている。

それでも、私は口を止めない。

「さあ、皆。奴らに恐怖を刻み込もうぞ。アンダーソン侯爵家の名を聞けばわ震え上がるほどに。二度と、敵が戦を考えないほどに。……圧殺せよ! 粉砕せよ! 歯向かう敵は全て必殺!……行くぞ!」

肌で、後ろに控える護衛隊たちの熱量が上がっていることが感じられる。

良い雰囲気だ。

視界の前に広がるのは、こちら側よりも圧倒的に人数の多い敵。

唯一救いなことは、狭い道だからこそ敵は数の利が働かないことだ。

私は手綱を操り、馬を前へと走らせた。

敵は一瞬私の登場に怯むも、こちら側の数が少ないことを見て取ると、すぐにそのまま走らせ来る。

ギリギリ敵が目の前に来る前に、私は手を挙げた。

瞬間、何本もの矢が雨のように降り注ぐ。

そしてその矢は、確実に敵の命を奪った。

敵が呆然とする間もなく、矢が次々と降り続く。

そしてその度に、赤い血飛沫が視界を染めて上げていた。

「メルリス様!」

後ろに控えるアンナが、嬉しそうに私の名を呼ぶ。

……こうもうまく作戦が嵌ったのだから、それもそうか。

だというのに、私の気分が高揚することがないのは何故だろうか。

ただただ為すべきことが為されている様を眺めているような、むしろ安堵に近い気持ちだった。

やがて、敵が体制を整えようと後退し始めようとする。

私は再び、手を挙げた。

そして私自身が馬を走らせて、前へと進む。

瞬間矢が降り止んだ。

幾重にも積み重なる敵の屍を越え、逃げ惑う敵を背後より襲いかかる。

そして、一番近くにいた敵を斬り捨てた。

私の後を、護衛隊たちが続く。

高台より矢を射ていた護衛隊の仲間たちも皆、そのまま挟み撃ちをすべく降りて来ていた。

次々と剣を振り下ろしては、敵を斬り捨てる。

削るだけ、削れ。

今後の戦いのために、とにかく敵の数を減らせ。

それがこの戦い前に、護衛隊の皆に伝えていた命令。

護衛隊はそれを忠実に守り、私と同じくその場に残った敵を倒し続けていた。

紅に全てが染まり、鉄の生臭い匂いが私の鼻をくすぐる。

体制を崩された敵は、やがてそのまま後退していった。

その細道から敵の姿が消えたそのとき、後ろにいた護衛隊たちが歓声をあげる。

……初戦は、こちらの勝ちか。

ホッと安堵と共に馬を下馬した。

誰もが喜びをその表情に浮かべ、歓声をあげている。

そしてそれに応えるように、私は手を挙げたのだった。