Common Sense of a Warrior

To the land of showdown.

輝かしい白星を初戦で飾ったものの、私たちはそのままリンメル公国に潜伏していた。

それは、敵側の出方をうかがっていたため。

確かに初戦を白星で飾っていても、決して敵を壊滅的な状況まで追い込んだわけではないのだ。

動き出さないで欲しい……できることならば、このまま終わって欲しい。

そう願いつつも、けれどもこれで終わる訳がないという確信めいた思いが私の中にはあった。

予定ではそれに対抗すべく、防衛の観点から自国を簡単に離れられないお父様に代わり、お兄様がヴェルス伯父様鎮圧後に援軍としてここまで来ることになっているのだが……。

お兄様が来る前に敵が動き始めてしまえば、私たちは圧倒的に不利な状況に追い込まれる。

けれどもそうと分かっていても、私たちが離脱してしまえば敵は簡単にタスメリア王国に雪崩れ込んでしまう。

だからこそ、私たちはここで待ち続けていた。

お兄様たちが来るまでの間、少しでも時間を稼げるように。

牽制と見張りを兼ねて。

野宿を続けることは辛いが、それでもなんとか生活ができているのはルイが送りこんでくれた物資のおかげ。

私たちですらかなりのハイペースでここまで来たというのに、物資を集めて送り込むのに、ここまで短時間で完了させるとは。

私の婚約者様は……本当に頼もしくて凄い人。

物資を前に、私はそんな思いを噛み締めていた。

「メルリス様!」

慌てた様子に何となく続く言葉が想像つくが、努めて冷静を保つ。

「どうかした?」

「斥候より報告が。……敵が体制を立て直し、再び動き始めたと」

内心、溜息を吐いた。

恐れていたことが、本当に起きてしまったのだと。

「タスメリア王国から援軍は?」

「それがまだ……」

「そう……。ならば、地図を」

私は別の者に地図を持って来させ、それをもとに報告させる。

敵の数、現在いる場所、そして今後の想定されるルート。

それらを聞きながら、私は頭の中で戦いをイメージする。

……お兄様がここに到着していない今、数に劣る私たちには奇襲や伏兵が最も有用な手段。

先の奇襲の経験から、恐らく敵も警戒してあの細道を使うことは決してないだろう。

現に、斥候が示したルートはただ広い草原のような場所。

おまけに、罠をしかけるには時間がなさ過ぎる。

どうする……? どうすれば良い?

何か、手はないのか。

数に劣る私たちが、彼らを退けることができるような『何か』が。

彼らをタスメリア王国に行かせてはならない。

彼らがタスメリア王国に来ることとなれば、流石にタスメリア王国も国軍を動かさざるを得なくなる。

そうなれば……リンメル公国との関係はどうなる? 停戦中のトワイル国はどう動く?

お父様たちの世代が掴んだ平和は……どうなってしまうというのだろうか。

「……貴方たちは、十分によく戦ってくれた。とても一領地の護衛隊とは思えないほど……」

だというのに、思い浮かばない。

この場にいる皆が命を賭しても、時間稼ぎにしかならない。

それが分かりながら……それでも、私は離脱しようと言えない。

それ故に、私の声が震えていた。

……早く、言え。

皆に、ここを離れるようにと。

「……俺たちがここを離れちまったら、敵はタスメリア王国に辿り着いちまう。そうでしょう?」

私の言葉を遮ったのは、シュレーさんだった。

「俺たちの主人の名は堕ち栄誉は奪われ、その上リンメル公国とトワイル国どちらも動き出しかねない。……ならば、俺たちが取るべき道は一つしかないんじゃないですか?」

「……私は、貴方たちに死ねと言えない」

「だが、貴方はここから離脱する気はない。……違いますか?」

随分鋭い問いだと、私は言葉を詰まらせる。

「ならば、俺の選ぶ道はただ一つ。……最期まで、お供させてください」

そう言いながら、彼は臣下の礼をとった。

それに続くように、周りの皆が同じ姿勢になる。

……胸が、痛かった。

彼らの忠誠が、嬉しくて。そしてそれと同時に、彼らを道連れにしようとしている己の愚かさに。

「……許す。私と共に、最期まで駆けることを」

「有難き幸せ」

私は一瞬、目を瞑る。

彼らを前にして、涙を流さないように。

……泣くのは、全てが終わってからだ。

「生きて帰ったのなら、マダム・カリュイの店を貸し切るわよ!」

瞬間、その場が湧いた。

「おお、良いね。クロイツなんか目じゃねえほどモテちまうな」

「お、俺……ルルリアちゃんに今度こそ告白するんだ!」

そんな言葉に笑い合って、囃し立てている。

どこか空元気なように感じられるそのやり取りに、けれども誰もそれを指摘しない。

誰もが、敢えて明るい言葉を選んで口にしているのだ……決して、状況が変わった訳ではないのだから。

そしてそんな異様な盛り上がりを保ったまま、私たちは夜を明かした。