Continental Hero Senki

Zalesier Match - Collaboration -

総司令官ロコソフスキ元帥が架空の伏兵を警戒したため、帝国軍前衛及び右翼は完全に孤立した。特にアーヴェン中将率いる帝国軍前衛3個師団は、正面に王国軍2個師団、左側面に1個師団、そして背後に2個師団によって包囲されている。右側面には友軍である帝国軍右翼1個師団がいるものの、その師団も半包囲されており、損害を積み重ねている。

この時点での前衛及び右翼の被害は既に4割を超えており、全面崩壊に至るのは時間の問題だった。

「何? 本営が動かないだと!?」

「はい。後衛2個師団を中間地点に押し出したのみで、あとは動きは……」

アーヴェン中将はイラつきを隠せないでいる。このままでは全滅は不可避、死ぬか捕虜になるかが待っているのだ。そう考えるとアーヴェンの不安もさらに増大することになる。

彼の幕僚であるヤシン准将は、諭すような口調で上官に進言をした。

「閣下、ここは一端後退して戦線を縮小しましょう。さもないと我々は全滅です」

「だが、この状況下で後退など容易ならざることだ。第一どこに逃げればいいのだ」

「後退しつつ右翼と合流しましょう。そのまま前進してきた我が軍の本陣及び後衛と合流できれば、数の上では互角となります。その間に他の戦線から増援が来れば、我が方の勝ちは揺るぎません」

前衛及び右翼の残存戦力はおよそ2万2500人。しかし、後方には無傷の後衛2個師団約2万人、本営3個師団約3万3000人。全てを合計すれば7万6000人程度となる。王国軍は8個師団約8万人なので互角となり、防御に徹すれば増援到着まで持ちこたえることができるだろう。

アーヴェンは思考した。

ここで終わっては「敵中に引き摺り込まれた愚将」として永遠に戦史の教科書に掲載されることになるだろう。だがここで退いて旗下の部隊の再編をし、そして帝国軍の全面崩壊を防ぐことができれば総司令官を守った忠義の指揮官としての栄誉を得ることができるだろう。そうなれば、大将への昇進は確実。うまくいけば貴族の階位も上がるかもしれない。

そう結論付けると、彼は決断した。

「右翼部隊と合流しながら右後方に後退、我が軍の後衛との合流を図る。急げ!」

「ハッ!」

午前11時50分、アーヴェン中将は後退を命令した。帝国軍右翼もその動きに同調し、前衛との合流を図った。

帝国軍の後退を察知した王国軍の動きは早かった。真っ先に動いたのは左翼増援2個師団を率いるヘルマン・ヨギヘス中将だった。ヨギヘスは現在29歳と中将としては大変若い方である。それは侯爵家の嫡男であることが影響しているが、それ以上に軍事的才幹に恵まれている人物だった。

「閣下、敵が退きます」

「予想通りだね。たぶん合流して右後方に引きながら本営と合流したいんだろう。そうじゃなきゃ全滅するだけだし」

「それでは、事前の作戦通りになさいますか?」

「うん。細かいことはよろしく」

彼の命令は適確、緻密で信頼の置けるものだと評判だが、実際の所少なくとも「緻密」の部分は彼の幕僚にして友人であるザモヴィーニ・タルノフスキ大佐の尽力によるものである。

「お前ってやつは……」

タルノフスキ大佐は、友人だが上官であるヨギヘス中将に聞こえないように溜め息を吐いた。だが人事には従わなければならないため、彼は渋々職務をこなす。

「ま、頑張れよ。これがうまくいったら『タルノフスキ大佐、勲功第一』って報告書に書いておくから」

「それはありがとうございます」

その感謝の言葉はお手本にしたいくらい綺麗な棒読みだった、と後にヨギヘスは述懐している。

左翼増援ヨギヘス師団は最初、帝国軍右翼を必要以上に攻撃する事はなかった。本気を出せば帝国軍左翼サディリン師団と同じ末路に陥れることが可能だった。だが彼はあえてそれをしなかった。

その理由は2つ。1つは帝国軍右翼を壊滅させてそのまま前衛を包囲すれば、包囲された帝国軍が助かろうとして必死になって反撃してしまい、王国軍が無駄な出血をしてしまう可能性があったこと。

もう1つは、あえて退路を作って帝国軍に後退の可能性を示し、前衛と右翼が合流することを期待していたからである。

「どうせ同じ『全滅させる』なら、2回に分けるより1度の攻撃で一気に、って言う方が楽じゃん?」

というのはヨギヘスの言である。

戦闘中に部隊を合流させる、というのは難易度の高い技術である。合流すれば確かに戦力が上がるが、部隊の命令系統や陣形の再編をせねば烏合の衆にしかならない。だが命令系統と陣形の再編を戦闘中に出来る者はこの世に存在しない。シレジア王国の歴史において最も有能な将軍と言われたマレク・シレジアであっても、それは不可能であっただろう。

また師団規模となると合流した途端に混乱が発生するのも常である。理由は簡単、数万人が個々に陣形を組んで動いていれば衝突する。戦闘で体力も精神の疲弊があるのならそれは尚更である。

そしてヨギヘスの予想通り帝国軍前衛及び右翼は合流を図り、合流した瞬間に一時的な混乱が生じた。彼が待ち望んでいた展開である。

「よっしゃあ!」

「はしゃぐなみっともない……」

ヨギヘスは友人の制止を無視し狂喜した。そして同時に合流による混乱の渦中にあった帝国軍前衛・右翼部隊に対する攻勢を命じた。

さらに彼は旗下2個師団を有意義に活用した。彼は後退する帝国軍の後背を突くように部隊を動かすと共に、魔術と弓矢による遠距離攻撃で敵の動きを王国軍にとって有利となる経路になるように強制したのである。その結果ヨギヘス師団は、帝国軍アーヴェン師団を混乱させ、かつ退路を完全に遮断することに成功したのである。

また他の王国軍将官もヨギヘス師団とよく連携した。ヨギヘスは伝令の馬も信号弾も送ったわけではないが、各師団司令官は彼の意図を十分に察したからである。

とりわけこの動きに敏感だったのは、高等参事官エミリア・シレジア少佐だった。

彼女はヨギヘス中将の意図を正確に察すると、総司令官キシール元帥にこの会戦何度目かの意見具申を行った。

「閣下、この包囲に対して帝国軍増援2個師団が阻止攻撃を行うかもしれません。帝国軍前衛の包囲は近衛師団とヨギヘス師団に任せて、左右両翼の師団で以って帝国軍増援の動きを牽制してはどうでしょうか」

この具申をキシール元帥は即刻採用し、伝令の馬を左右両翼の司令官に出した。左右両翼2個師団は、すぐにその命令を実行に移す。と言っても王国軍両翼と帝国軍後衛との距離はだいぶあったため、まずは騎兵を1個連隊を先に動かすことにした。両翼の騎兵連隊はその足の速さを生かして包囲隊の外側を迂回して、帝国軍後衛の側面に躍り出ることに成功した。

帝国軍後衛が接近する騎兵の存在に気づき槍兵を並べて壁を作ったため、王国軍はそのまま突撃することはなかった。代わりに馬を下り、槍を構えて歩兵連隊として戦った。

騎兵は防御が弱い。馬は鎧を着ているわけではないし、図体もでかい。それに槍などの先端が尖った物を見ると馬は怯んでしまい、足を止めてしまう。だからこそ騎兵に対しては槍の壁が有効なのだ。

それをわかっていた王国軍騎兵は最大の長所であり欠点でもある馬から降り、歩兵として戦ったのである。

ここに至ってようやく、帝国軍総司令官ロコソフスキ元帥は居もしない王国軍の伏兵の存在を否定することができた。王国軍がわざわざ遠い場所から騎兵を送り込んできたのがその証拠だった。ロコソフスキはすぐさま本営3個師団を前線に投入し、前衛を救うことを決定した。

だがその決断は余りにも遅かった。

帝国軍本営及び後衛5個師団は、王国軍左右両翼2個連隊、そして追いついた残りの部隊の徹底した防御陣を突き崩すのに多くの時間を犠牲にした。

結果ロコソフスキは、前衛2万数千人の命を救うことができなかった。

午後0時50分、帝国軍前衛は文字通り全滅。帝国軍は左右両翼及び前衛合わせて5個師団、ロコソフスキ軍団の半分にあたる戦力を失った。