Corporate Slave Hero Says He’s Quitting His Job

immortal bird to turn into ash

「――そんなことができるのか」

『うむ。我をあやつに突き立てることができればな』

「分かった。それで行こう」

俺はエクスダークに魔力を補充しなおす。

ほんの少し休めたおかげか、全身の痛みも少しだけ引いている。

チャンスは今しかない。

ここで出し惜しみをせずに挑まなければ、どのみちここで俺が死ぬ。

「行くぜ……アデル!」

レッドの背中から炎が噴射し、俺に向けて高速の突進を仕掛けてくる。

速いだけでなく、掠ればそれだけで大ダメージを負うほどの熱量を帯びていた。

『これが我を用いて放てる最大の攻撃じゃ! 気張れよ主!』

「ああ!」

エクスダークから噴き出したオーラが、刀身の回りに渦巻く。

やがてそれは漆黒の大剣を形どった。

俺はそれを高く振り上げ、息を吸う。

「らぁぁぁぁ! 鳳凰拳(ほうおうけん)ッ!」

「『――――黒帝剣(こくていけん)ッ!』」

レッドの拳に、すべての炎が集約した。 

図らずしも俺たちが最後に繰り出した技は、同じ系統の技だったようだ。

赤と黒がぶつかり合い、衝撃がほとばしる。

衝撃は大きく地面をめくり上げ、あっという間に周囲を岩場のような景色へと変えた。

膨大な力同士が拮抗している中、俺は限界以上の力をエクスダークに注ぎ込む。

「っ! まだ力が上がりやがるのか!」

「う――おおおぉぉぉ!」

拮抗が崩れる。

体でエクスダークを押し込み、レッドの腕を斬り飛ばす。

宙を舞うレッドの腕を目にとめず、俺はさらに一歩足を踏み出した。

「これで終わりだ……ッ!」

エクスダークの剣先を、レッドの胸へと突き入れる。

そのままレッドの体を貫き、衝撃によってできた岩に縫い付けた。

『今じゃ!』 

レッドと刃が接している部分に、神経のような筋が広がっていく。

俺とエクスダークが出会ったとき。

こいつを手にした瞬間体を乗っ取ろうとしてきたことを思い出す。

「な、何だこりゃ……」

『悪いのう。お主の体は乗っ取らせてもらった』

レッドは気味が悪そうに自分の体を見下ろしている。

先ほどの一撃で炎を一度使い切ったのか、神経を焼き切ろうとする様子はない。

『これでお主は我の支配下じゃ。そして……』

「っ……おいおい。マジか」

レッドの足先が、まるで炭のように黒く変色し崩れていく。

それは徐々に膝の方へ上り詰め、その範囲を広げていった。

「何してやがるんだ……てめぇ」

「その剣が、お前の体に滅べって命令してるんだよ。そいつは人を乗っ取る魔剣だからな」

エクスダークは、侵食し支配した者を自由に操れる。

正確には、命令を出すと支配された者は逆らうことができなくなるらしい。

そしてそれは、『死ね』という命令も例外ではない。

レッドは逆らうことのできない死の宣告によって、不死身の体を自ら手放すことになったのだ。

「はっ……俺はここで死ぬわけか」

「そうだ。お前はここで死ぬ」

「じゃあ、俺の負けだな」

「ああ。俺の勝ちだ」

「何だかよぉ……負けるってのはこんなに悔しいもんなんだな。今まで負けるってことなかったからなぁ」

口から出る言葉の割に、レッドは笑っていた。

不思議と楽しげな彼は、俺の向け手を差し出してくる。

「手、出せ」

「……?」

「別に悪あがきはしねぇよ。いいから、出してみろ」

レッドの目は嘘をついているようには見えなかった。

もうこの距離ですら俺を殺す力は残っていないのだろう。

俺はレッドの手に自分の手を重ねた。

「勝者には褒美をやるもんなんだろ」

レッドの掌に炎が宿るが、どういうわけかほんのり温かいだけで熱くはない。

その温度は手を伝い、徐々に全身へと回る。

「これは……」

「ずいぶん弱っちまった俺の力じゃてめぇの体を全盛期に戻すことはできねぇが……これで大分マシになったはずだ」

そう言われてみれば、全身の痛みが和らいでいた。

魔力を使うたびに苦しんでいたのだが、今はそれがない。

「今日中なら、てめぇは一度くらいなら本気が出せるだろうな。本当なら、本気のてめぇと戦うのは俺がよかったんだが……まあいい。満足だ」

レッドは俺から手を離す。

すでに炭となってしまった部分は上半身に達しており、間もなく全身が崩れてしまうであろうことが分かった。

「てめぇがリューク・ロイをぶちのめせ」

「……ああ、任せろ」

「頼むぜ、クソ勇者。いけすかねぇあいつの顔を、醜く歪めてや……れ……」

目の前で、レッドという男が完全に崩れ落ちた。

あとに残っているのは、もはや何なのかも分からない黒い塊。

それも徐々に風に吹かれ、宙に消えていく。

こうして、一人の不死鳥の命が終わりを告げた。

「――――あとは」

『あの男だけじゃな』

「ああ」

エクスダークを岩から引き抜く。

鞘に戻し、俺はイスベルとリュークが戦っているであろう場所へと視線を向けた。

リュークは地面を跳ねていた。

自分が何をされているのか分からない。

気づけば顔を地面につけていた。

ただ全身が痛い。

まとわりついている冷気のせいで動きが鈍く、思うように動かない。

「立て、まだ終わりではないぞ」

忌々しい女の声がする。

顔を上げれば、自分を見下すように立っている魔王の姿があった。

立たねばならない。

リュークは聖剣セイヴァースを支えに立ち上がると、その剣先をイスベルに向ける――――。

と同時に、真後ろに吹き飛ばされていた。

原因は、胸元にめり込んだ氷のつぶて。

リュークは、この攻撃を何発も受けてしまった。

来ると分かっていても、かわせないのだ。

威力、そして速度。

どれもリュークの常識とは一線を画している。

故に、すでに満身創痍といった具合に追い詰められていたのだ。

「立て。まだ私は貴様に借りを返していないぞ」

「調子に……乗るな!」

リュークは立ち上がり際に飛剣を放つ。

粗削りだが、セイヴァースの力が足されその規模は巨大。

生身で受ければ、アデルでさえも重傷を負う一撃だった。

「――鬱陶しい」

しかし、イスベルはそんな攻撃に手をかざすだけで凍らせる。

氷は瞬時に空中で砕け、リュークの飛剣を跡形もなく消し飛ばした。

イスベルには、氷の結晶一つ届くことはない。

「まだだ。すべて見せろ」

「な……に……?」

イスベルが一歩踏み出すたびに、地面に氷が広がる。

そしてリュークの目の前まで来たイスベルは、相変わらず彼を見下しながらいい放った。

「お前の手の内をすべて見せろといっている。すべてこの場で打ち砕いてやるから」

この場にいる者が誰であっても、彼女のその言葉には戦慄を覚えただろう――――。