「なんの心配事もなく、こうして皆で歩くのはなんかいいね」

茜色に染まった空の下、今日ばかりは屋敷を空にして新選組総出で歩いていると、なんだかとてもいい気分だ。隣を歩いていたシスティナもくつろいだ笑みを浮かべながら頷いてくれる。

「そうですね……最初はお金もあまりありませんでしたし、お金を稼ぐために入った塔では変種に遭遇して死にかけました」

うん、あのときは蛍と桜も人化を維持できないくらいのダメージを受けて、システィナがひとりで俺たちを担いで塔から脱出してくれたんだよな。

「そのあと、フーちゃんをいじめてた貴族のボンボンをちょんぱしたりね」

俺の前をぴょんぴょんと跳ねるように歩いていた桜が器用にバックステップをしながら俺に話しかける。そういえばあれが桜の初仕事だったっけ。弟を毒漬けにしてフレイを奴隷扱いしていたのを桜が解決したんだ。

「大金を手にした私たちが屋敷を購入したと思ったら、盗賊団と交戦状態になったのだったな」

蛍が徳利を傾けながらあとを続ける。そう、コロニ村で『赤い流星』の残党を倒したら、屋敷が襲われる可能性が出てきて家を守るために戦うことを決めたんだよな。

「山猿と桜さんが暴走したりして本当に大変でしたわね、主殿」

いつものように俺の腕に抱き着きながら葵がほほほ、と楽しそうに笑う。今でこそ笑い話だけどあのときは本当に絶望的だった。蛍と桜が死んだかも知れないなんて思いはもう二度としたくない。

『その戦いの中で、私と我が主、狼たちと葵殿の間に絆が結ばれました』

桜の隣を尻尾を揺らしながら歩く一狼。いつも屋敷の警護をしてくれている二狼たちも今日は自由に……と思ったら俺たちを守るように展開しているな。本当にありがたい。盗賊の幹部に使役されていた狼たちを葵の【唯我独尊】で使役を奪って、敵の魔法から守ってあげたら懐いたんだよな。一狼だけは俺を気に入ってくれての仲間入りだったけど。

「そのあと私と陽が旦那様とシスティナ様に助けられるんですね」

「僕たち兄様たちに助けてもらえて、家族にしてもらえて本当に幸せだよ」

霞が九狼と、陽が四狼とメイド服のまま嬉しそうに笑っている。急に奴隷が欲しいって言いだした桜の提案で奴隷を買いにいったら聖塔教の暗殺者養成所から逃げ出して、死にかけていたふたりに出会ったんだよな。本当にあのときのふたりの体は酷い有様だった。リュスティラさんの作ってくれた魔断と、現代医療の知識を得て進化していたシスティナの【回復術】がなければ、こんな元気なふたりは二度と見れなかった。

「こっちこそふたりがきてくれてよかったよ。それにしてもうちのお姉さまがたは、あのときの霞と陽を見てかなりおこだったなぁ」

「なにを言っている。あのときはお前のほうがよっぽど殺気だっていたぞ」

それは当たり前だ。こんなに可愛くて良い子なふたりをあんなにしたんだから、やった奴を生かしておく理由がない。それに、あいつらはシスティナの故郷ともいえる【御山】も占拠していたしな。

「……やつらと戦うために私もこの姿になった」

男装の麗人よろしく背筋を伸ばし、新選組スタイルっぽい服装で歩く雪が誇らしげに胸を張る。聖塔教との決戦前に戦力を増強したくて、葵に属性魔石の作成を依頼して雪を錬成した。あのあとにやった歓迎会という名のタイマン勝負の数々はなかなか見応えがあった。まあ、最後は俺が刺し貫かれるというオチだったけど……そうやって考えると今回の蛍との対戦といい、あんまり成長してないな俺。

「そしテ、そのあと私たちがお前に買われたのだナ」

かっぽかっぽと蹄を鳴らしながら悠然と歩くグリィンスメルダニアの姿は、デミホースクイーンの名に恥じない立派なものだ。その後ろを黒王と赤兎も相変わらずのリア充っぷりで寄り添うように歩く。

ウィルさんの紹介でマリスさんから買ったグリィンと陸馬の二頭は自由に飢えていた。俺との間の【友誼】による契約と俺たちの屋敷の立地や、俺たちの立場、そして武力が彼女たちにとっては好都合だったんだ。面白半分に戦争に首を突っ込んでくるのはどうかと思ったけど、副塔討伐で見せた彼女たちの強さは目を見張るものだった。

「その戦いのさなか、私はフジノミヤ様に助けられ、しかも契約までしていただくことになりました」

奥ゆかしく俺の後ろを歩きながらメリスティアが照れくさそうに微笑む。うん、間違いなく昨日のこと思い出してるよね? あれは俺にとっても衝撃的な経験だったからいまは置いておこうね。

メリスティア、システィナの後輩にして御山の指導者。いまは後任に職を譲って、俺の侍祭だ。【御山】の侍祭を守るため、あえて悪祭になる覚悟をしたメリスティアはエクストラスキルをふたつも持つ頼れる侍祭様だ。あのとき副塔でドロップした『金羊蹄の長杖』は一番相性のいいメリスティアに渡してある。メリスティアならうまく使ってくれるだろう。

本当に短い間にいろいろあったな……でも日本で生きていた十七年間よりここで過ごした数カ月のほうが充実していた気がする。それに、こうして皆で歩いていると俺の仲間たちも随分と増えた。最初は俺と蛍と桜しかいなかったのに……

そんな当たり前のことを、こうして気持ちよく歩きながら思えただけでも今日のピクニックを企画してくれた桜には感謝しなくちゃな。

「ソウ様、着いたよ」

その桜が案内してくれたのは山から流れてきた川が平地に流れ出るところ、下流側は平地で見晴らしがよく、上流側は山を覆う森へと続く、そんな場所だ。

まったりと話しながら歩いているうちに、いつの間にか傾きかけていた陽は完全に沈んで周囲は闇に包まれつつある。でも、今日は大きな満月も出ているし真っ暗闇というほどではない。なにげに侍祭ふたり以外は魔物だったり刀娘だったり【夜目】持ちだったりで暗闇を苦にしないメンバーだしね。

「ここが桜が連れてきたかったところ?」

「そうだよ。ほら皆、座って座って。桜が準備したテーブルと椅子を使ってもいいし、敷物も持ってきたから狼たちと地面でもいいよ」

桜のいう通り大きなテーブルと椅子が準備されていてその近くには八畳ほどの敷物もひかれている。

「シスとメリィたちは持ってきたお弁当どんどんセットしちゃって。もう始まるよ」

俺はせっかくなのでたまには一狼の近くにと思って敷物の上に座り、隣に寝そべった一狼にもたれかかって柔らかい毛を堪能する。蛍と雪は椅子に座りさっそく杯を傾け、葵も狼たちと近くに腰を下ろす。侍祭ふたりと侍女ふたりはアイテムボックスに収納してきた数々の料理をところ狭しと並べている。並べ終えたあとは侍祭組はテーブルに、侍女組は相棒の狼とともに敷物に座る。グリィンは蛍の近くで足を折り一緒に酒を飲み、陸馬たちはちょっと離れたところで並んで足を追っている。

各々が思い思いの位置に落ち着いたのを見た桜は満足げに頷くと、当然のようにすっぽりと俺の隣に収まった。

「あ、始まった」

「え? ……おぉ!」