Daily Transfer - I'm Unmatched in All Worlds

47. Leaving messages in different worlds can make your stomach ache

ある異世界で、わたしが冒険者ギルドの酒場の席でお留守番をしていたときのことです。

「やあ! キミは神を信じるかい?」

その人は突然現れて、わたしに声をかけてきました。

シルクハットに燕尾服。周囲の冒険者からもあきらかに浮いています。

何故かクネクネと怪しい踊りをしてるのに、誰も注目しないのが不思議です。

首をひねりつつ、わたしはピンと来た思いつきを口にしました。

「ひょっとして、クソ神さん?」

「え、えええええっ!? な、なんでー!!?」

急にビクビクして、踊りがさらに変になりました。

「ち、違う、よ? 僕、クソ神じゃ、ないよ!?」

すごくわかりやすい反応です。

ああ、この人がクソ神さんなんだなって直感しました。

「……うーん、なんでわかったんだろう。勘のいい子だなぁ、後でばらして驚かせようと思ったのに。これじゃ後々の展開っていうものが……」

すごく小声だけど聞こえていますよ、クソ神さん。

まあ、本人が否定しているので違うという前提で話を進めてあげます。

何かとキレやすいサカハギさんのお嫁さんとして、このぐらいの気配りはできて当然です。えっへん。

「わたしに何か御用ですか?」

わたしの記憶が確かなら、クソ神さんはサカハギさんにとって不倶戴天の敵のはずです。

サカハギさんの留守を狙って来るなんて。

ひょっとしたら、わたしはここで殺されてしまうのでしょうか。

「ああ、警戒しなくても平気平気。僕ってゴブリンに殴られたら即死するぐらいに弱いから!」

戦う覚悟を決めようとしてるとクソ神さんがヘラヘラ笑いました。

神様なのに弱いなんてことがあるんでしょうか。

「ちなみに僕の偽名はナウロン・ノイエね」

「あ、はい。鳴神佚菜(なるかみいつな)です」

自分で偽名って言っちゃうんですね。

自称ナウロンさんがテーブル向かいの席に斜め座りして足を組みました。

「いやあ、ちょっとキミとお話ししたいなって思って」

「どうしてわたしと?」

ひょっとして、これがサカハギさんがいやらしい顔で言っていたネトリックスというやつなのでしょうか。

よく意味がわからないけれど、なんとなく身持ちを固くします。

「実は僕、キミの連れとは知り合いでね。顔を合わせると彼が怒っちゃうんだ」

まあ、それはそうだと思います。

できればこのまま会わないで帰ってもらいたいですし。

「それに僕が彼と今ここで出会うのは、エンターテインメントとは言えないからね。本当言うと、僕がここにいること自体にも多大なリスクがあるんだ」

「へぇー」

「そのリスクを軽減するために、僕はこうして最弱の存在としてここに立っているんだよ」

「ふーん」

「それでも彼自身と会うのはリスクが高い。だからキミという観測者を使って顔見世をしておこうというわけなのさ」

「そーなんですねー」

わたしが聞き流しながらジュースをすすると、何故かナウロンさんが椅子から転げ落ちました。

「ち、ちょっと反応薄過ぎなーい?」

「だって、よくわかんないですし」

「そ、そこはもうちょっと理解を示してほしいって僕は思うかなぁ」

そう言われましても、わからないものはわからないのです。

サカハギさんみたいにいろんな知識を持ってるわけじゃないですし。

「本題だけ話してください」

「そ、そんなぁ……僕の存在意義はトリックスターなのにぃ……」

ズバッと要求を突き付けると、ナウロンさんはへなへなと床に崩れ落ちました。

「じゃあ本題だけど……キミはここの前の異世界で、彼がやったことを知っているかい?」

椅子に座りなおしたナウロンさんが心なしか可哀想に思えたので、正直に答えることにします。

「いいえ、知りません。というより、前に寝た世界からどれぐらいぶりなのかもよくわからないです」

「ここはキミが寝てからふたつ後の異世界さ。ひとつ前に、キミの知らない世界がある」

「へー」

「そこの世界でね。彼は――」

要約すると、サカハギさんが祐也という子に対してひどいことをしたというお話でした。

「というわけなんだ。酷いと思わないかい?」

「うーん……」

腕を組んで首を傾げながら、ナウロンさんのお話を自分なりに吟味します。

「それはしょうがなくないですか? その祐也って子も悪いと思います。それにナウロンさん、わざとサカハギさんが悪く思えるような話し方してるでしょう」

「おや」

悪戯を見抜かれたような顔をしながら、ナウロンさんはわざとらしく両手を広げて見せます。

「サカハギさんはわたしにそういう話、あんまりしないです。でも聞いたら教えてくれます。この間、魔王になったときのことも教えてくれましたし」

そこで勇者たちに酷いことをしていたたくさん人を殺したことを、ちゃんと教えてくれました。

どうして殺さなきゃいけなかったのかも全部話してくれたのです。

もちろん思うところがないでもないけど、無理に聞いたのはわたしですし。

わたしが受け入れられると思ったから、サカハギさんは話してくれたんだと思います。

「だから、ちゃんと納得してます」

「……ふぅーん。さすがに彼がお嫁さんに選んだだけのことはあるね。つまんないなー」

ナウロンさんが本当につまらなそうに髪の毛を弄りだしました。

人の神経を逆なですることばかりして、この人は何がしたいのでしょう。

話している間もヘラヘラしていたけど、この人の目は一度も笑っていませんでした。

サカハギさんほどじゃないけど、わたしもナウロンさんのことが嫌いになれそうです。

「……お話はそれだけですか?」

「うん、それだけさ。じゃあ、僕はそろそろ行くね」

ジッと非難するように見つめると、ナウロンさんはあっさり席を立ちます。

そして、わたしに無防備に背を向けて語り出しました。

「実を言うとね、キミに会いにきたのはついでなんだ。もともと僕はこの異世界のある人物たちに用があって、そこにたまたまキミたちが来ていただけ。偶然って……運命って怖いね」

またまた意味不明です。

でも不思議なことに、その言葉はわたしに向けられているのではない気がします。

もっと、別の誰かに話しかけているような?

「僕はね、自分の世界を持たない神々に場を提供しているんだ。集めた信仰心に応じて無限に等しいエネルギーまで得られるような素晴らしいシステム付きでね。でも、思うように信仰を集められない神々は自分自身の分身を作って、そいつらを信者に見立てて信仰心が実際より多いかのように見せかけようとする……そうすることで、エネルギーを不正受給するのさ」

ペラペラとやっぱり意味のわからない解説をしながら隣の席、冒険者たちが集まるテーブルに近づきます。

その席には無表情な男の人と、外見がすごくきれいな女の人たちが座っていました。

あれだけ美人なら人目を引きそうなのに、まるで舞台の書き割りみたいに全く印象に残らない不自然な人たちです。

ナウロンさんが冷たい声で、その人たちに話しかけます。

「さて、そういうわけでキミたちの神は不正をしてエネルギーをかき集めていた。よって、僕の宇宙から消えてもらう」

ナウロンさんがシルクハットを脱ぐと、その中からステッキと真っ白な布が出てきました。

そしてステッキに布をかぶせると、それを冒険者の皆さんに向かって振るいます。

すると、パァっと布が広がって冒険者の皆さんを包み込みました。

「――キミたちに道はない。3、2、1!」

カウントダウンが終わり布が取り払われると、テーブルは空席になっていました。

最初から誰もいなかったみたいに、きれいさっぱりしています。

不思議なことに目の前で人間が消されたのに、何の感慨も湧いてきませんでした。

まるで席に誰もいないのが正しかったみたいに……。

「つまんない事務仕事終了っと。それじゃあね、イツナちゃん……また会おう!」

ナウロンさんは来た時と同じように変な踊りを踊りながら去っていきました。

「また会おうって……あの人、また来る気なの?」

げんなりしつつ、わたしはジュースの残りをちびちびすすりながらサカハギさんたちの帰りを待つことにします。

あの人が来たことはなんとなく話さない方がいい気がするけど、後でバレても怖いです。

唸りながら悩んでいると、酒場の入口からナウロンさんがひょこっと顔を出しました。

「あ、ちなみに僕はサカハギくんがクソ神って呼ぶ存在なんだ! びっくりでしょ!」

「知ってますよ!」